記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第129話 嵐の前のお喋り
ーーカチッ
時刻は12時53分。
「サティ、大丈夫か?」
険しい顔で廊下を歩くサティに並びながら俺は尋ねた。
「全然平気。次は絶対に負けないもの。あんなのただ不意打ちを受けただけ。距離が近すぎたし、肉体強化系の魔法なら私だって使えるもん」
強気な姿勢を見せるサティ。
「サティに敵う魔術師なんていないよ。俺が保証する」
「っ、何言ってんのよ、アーク。そんなの当たり前でしょ! 私が一番なのは当たり前なんだから!」
サティはポニーテールを振り乱しながら顔をグイッと寄せてきた。いい匂いがするが、今はそんな事に言及するべきでないのは流石の俺でもわかる。
急くサティは人混みを掻き分けオオカミ庭園の中へ入っていった。
「……何してたの?」
「顔洗ってただけよ。あんたも準備しなさいよ」
庭園の入り口で待っていたカティヤさんへ、サティはすげなく答えると、観客席ではなく競技フィールドへ向かっていった。
「相当ショックだったみたい」
「だろうな、サティのプライドはボロボロだよ。可哀相に」
サティの背後をカティヤさんと共に追いつつ、俺たちはエルトレット魔術師団に合流。
ちょうどその時だった。
特徴的な空気を揺らす音がオオカミ庭園競技場に響いたのは。
「こほん、えぇ〜皆さま大変長らくお待たせいたしました。これより此度の大会優勝杯を巡って争う競技者を選定する、運命の第1種目を始めさせていただきます」
ゴルゴンドーラ校長は、競技場中央の壇上で観客席を見渡しながら高らかに宣言した。
『うぉぉぉぉおおぉおーっ!』
四方八方から聞こえてくる歓声。
いよいよ始まる、そんな期待がピークに達し数万人を収容する観客席が波打つように蠢いている。
会場の盛り上がりは最高潮だ。
ゴルゴンドーラ校長が会場の熱気に満足そうに何度か頷き、壇上から降りていく。
代わりに壇上に上がってきたのは我らが魔法決闘論の教諭ジョセフ・グリードマンだ。
グリードマン先生は観客席へ向け軽く礼をして、ここからの進行を自身が務めることを爽やかな声で告げた。
「本大会にて参加する決闘サークルは全13サークル、564名にて第1種目をやらせていただきます。伝統的なサークルから、
今年度立ち上げられた新たな風吹くな決闘サークルまで目白押しです! さらに今大会には我々ローレシアの同盟国、アーケストレス魔術王国からも、名を馳せる優秀な魔術師がやってきています!」
グリードマン先生の言葉に会場は疑念の声でざわめき立ち始めた。
当然か。
レトレシア杯に他学校、それも他国の学院から出場者が来ているんだから。
「その名を世界に轟かせる魔術の最高峰、ドラゴンクラン大魔術学院からやってきた彼らの活躍にもぜひご期待ください!」
グリードマンは爽やかに締め、一拍おいて再び口を開いた。
「しかし、いかに参加者が多いとしても優勝杯を手にすることが出来るのは、過酷な競技を勝ち抜いたただ一つサークルのみ。歴史に名を残し、その時代の覇者となれる魔術師もまた一握りだけ。
その栄誉の殿堂入りの鍵こそがレトレシア杯。ご覧ください、これこそが本大会の優勝杯、第150回を迎える伝統を継承する、栄光と勝利のレトレシア杯ですっ!」
グリードマン先生は素早く杖を引き抜き魔法を発動。
途端、まばゆい光がオオカミ庭園競技場に出現した。
ムクムクと動きせり上がって来た壇上中央から、その神々しく美しい光は放たれている。
「凍てつく大山脈から持ち帰られた竜の卵、その殻を加工して作られたレトレシア杯こそが優勝サークルにはふさわしい! さぁ競え、若き魔術師たちよ!」
『うぉぉおぉおぉおおーっ!』
輝く無骨な優勝杯を指し示しグリードマン先生はニコリと爽やかな笑みを浮かべた。
競技場全体が震え上がるような歓声に包まれる。
相変わらず取り仕切るのが上手い人だ。
「それでは、第1種目の説明に入らせていただきます。今大会の第1種目はーー」
説明をし始めるグリードマン先生を置いて、俺たちレトレシア杯の出場者はすぐに移動を開始した。
俺たちは事前に全ての競技に関するルール概要を渡されているため、聞く必要がないからだ。
レトレシア杯では恒例の種目がいくつかある。
この第1種目も恒例種目のひとつだ。
ずばり俺たちは今から競技場フィールドのトラック1周800メートルの障害物競走をやり、第2種目以降にその競争に進む為の権利を勝ち取る必要がある。
サティ、ゲンゼ、パラダイム、サラトラ、テテナ、キャトル、俺、そしてカティヤさん。
総勢7名からなる弱小サークルの俺たちが生き残るには、力を合わせてひとりでも多く次の競技に競技者を出し続ける事が必須条件。
後々の競技進行をしやすくする為の、大量足切りに付き合うことなど出来ないのだ。
「わ、私たちはサテラインちゃんとアーカムくんを残すために頑張れば良いんだよね?」
「だとしたら私はアーカムを守るネ。アーカムのために死ねるなら私は本望だヨ」
「私たちの目標はサテラインを筆頭にした、主戦力にして大本命の三大魔皇を守護すること。この3人さえ決勝種目に通せれば優勝は間違いないのだからな」
チームに献身的な亜人たちだが、俺は何も彼らに犠牲なってもらう気などないので、俺のために死ぬとかなんとか人聞き悪いので口走らないでいただきたい。
亜人代表でテテナの尻尾をモフる刑に処しておく。
「もふもふ」
「はぁん……っ! いきなり尻尾はダメだよ!」
「あぁごめん、手が勝手に」
さて、では可愛い声が聞けたので本題に入ろうか。
オオカミ庭園競技場フィールド端に集った564+6人もの学生たちを、一歩引いた位置で俯瞰する。
皆がそれぞれの決闘サークルユニフォームに身を包み実に多彩な色を持っている。
ただ、何色か圧倒的に多い奴らがいる。
まず目につくのは紅蓮のコートと紺青と白のコートを着た生徒たちだ。
二大決闘サークルの両雄クリムゾンヴァンパイアとシルバヴェアボルフである。
その顔立ちや体つきも大きく精強な魔術師が揃ってるのは一目瞭然。
他の決闘サークルに比べてサークルメンバーを厳選してるだけあって、結果として平均年齢が高めになっているからだろう。
次にこの2つのサークルよりもさらに目立つ色がある。
それは暖色を基調とした黄色のコートを着る集団だ。
色のせいもあるかもしれないが、見た感じ多さという意味ではヴァンパイアとヴェアボルフを抑えて最大だろう。
「テテナ、あの黄色いやつらはなんなんだ?」
「あれは『サン・デ・ローレシア』のサークルメンバーだよ、アーカムくん。すごい人数だよねっ」
「あのサークルはレトレシア杯に参加してみたいって言う人を広く受け入れてる決闘サークルだヨ。実践魔術の才に秀でた者を集めた鬼や狼のサークルより緩くて、多様な人材が集まる面白い決闘サークルだネ」
「統率者の犬4年生コカトリス・プカトリオは有名な魔術の家の跡継ぎらしい。アルドレアの良い相手なのではないか?」
この亜人3人娘はひとりが喋るとみんな喋る習性でもあるのかよ。
一気に情報を詰め込んでくるんじゃない。
とりあえずサラっと俺と犬生の大先輩をマッチングさせんな。
「おーい、アーカム、キャトル、頑張れよ〜い! お前の彼氏も応援してるぞーい!」
「えぐいて! アホ、やめ、そんな恥ずかしいこと言うなや!」
観客席でギオスに掴み掛かられながら手を振る馬鹿に手を振り返す。
となりのケンタウロスさんも頬を染め気恥ずかしそうに手を振り返している。ギオスは幸せ者だな。
こんな美女をモノにしたのだから、やはり彼には男連中とつるむのやめさせて、末永く爆発してもらわないといけないかもしれない。
「ギオスと一緒に愛の決闘サークルでも設立した方がいいんじゃないか?」
リアルポニーテールをふりふりするキャトルに提案してみる。
「馬鹿を言え。そんなしていたらテテナが尻尾振って、お前について行ってしまうだろう、アルドレア。貴様は節操なしだから私の大事なテテナは任せられん」
「うーん、節操なしって別に事案を起こした覚えはないんだけど……」
なんで俺が遊び人みたいな扱い受けてんねん。
節操どころかまだひとりも彼女いないってのに。
風評被害に俺がくちびるを尖らせていると、グリードマン先生の観客への競技説明が終了した。
いよいよ始まりそうな予感。
向こうから焦げ茶色の焦げ茶色のポニーテールがひとり歩いて来た。険しい顔で話しかけてくる。
「軽く≪術式暴き≫掛けてみたわ。結論から言うと、スタートからゴールまで40メートル感覚で魔法の痕跡を見つけたわ」
サティは中央壇上の他は、すべてが真っ平らなトラック&フィールドを指し示して言った。
実はこの障害物競走、目に見える障害物などはじめからなかったりするという面白い特徴がある。
その代わりに、一見しては目に見えない魔法の罠が、800メートルトラックを一周してくる間に腐るほど仕掛けられているわけだ。
罠はどれもユニークな物で毎年出てくる伝統的な物から、新規の物まで多様らしい。
それもそのはず。レトレシア杯の魔法の罠は大人気なくもレトレシアの教員たちが、本気で各々の専門知識持ち寄って作った合作の一点物ばかりなのだ。
教科書に出てくるような古典的な魔法の罠などの方が少ないくらいだ。
「罠の魔術式の方はほとんど読み取れなかったわ。魔術暗号学の専門知識が無いと解けないものが多すぎて、とてもじゃないけどどんな『現象』を発生させるかまでは分からなかったの」
サティは残念そうに首を振りため息をついた。
「で、でも、サテリィは凄いよ! 先生たちが作った罠を見破っちゃうなんて!」
子分のゲンゼがすかさずフォローに入る。
それと同時にグリードマン先生が≪拡声≫のよく効いた声でカウントをしはじめた。
「スリーッ!」
「っ、みんな早く私の近くに寄って!」
焦るサティに腕を引っ張れる。
「トゥーッ!」
「アーク予定通り行くわよ!」
あらかじめ決めていた作戦を実行するべく、俺は俺の中で現状最難関の魔法≪水≫の暗唱を行いはじめた。
全神経を集中させなければ、これほどの魔法は使えない。
さぁ、やるんだ、俺。
初めて無詠唱で30秒掛けて≪水≫を出した時の感覚を思い出すんだ。
「ワン! 競技開始ッッ!」
「≪水≫!」
俺のトリガー詠唱によって杖先からすずめの涙ほどの水滴が出現。
だが失望することなかれ。
これは瞬き1回の後に訪れる大海の呼び水なのだから。
俺は≪火≫を爆炎放射にした時と同じ要領で、到底≪水≫の魔術式に組み込むべきではない量の莫大な魔力を杖に注ぎ込む。
俺の杖先から暴れ乱れるように、真水が勢いよく溢れ出した。
「ワンテンポ遅いわよ! ≪天翔ける激流≫!」
水属性三式、人が濁流の大河を制覇する為に考案された高難度水操作系魔術ーー。
そのトリガーによって競技場に神秘なる生きし海が降臨する。
「こ、これは……!?」
「な、なんだあれはぁぁああー!?」
「素晴らしいものじゃの〜」
「学生が龍を召喚しやがったぞ!」
「お見事。流石はエルトレットですね」
「サテラインちゃん頑張れぇぇぇえ!」
驚愕と瞠目、賞賛と応援の数々が観客席から聞こえてくる。
ただ意味もなく大量に魔力生成された莫大な量の水が、然るべき者の杖さばきによって、意思ある水流の巨大龍へ進化を遂げたのだ。
これぞ団結の力。
その美しき方程式におののくがいい。
さぁショータイムと行こうじゃないか。
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