記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第121話 暴露の止まらない男
ただひたすら俯いて、人狼たちの機嫌を損ねないように振る舞う。
ミンチにされた左足の傷は「流石に止血しないと不味い」という事で、人狼並みにデカい狩人のおっさんがポーションを飲ませてくれた。
「大丈夫だ。吸血鬼の血が少しでも入ってるならいずれ治る」
大きなおっさんはそう言って力強く肩を叩いて、席に戻っていった。
インチキのような強さを持つ人狼の理不尽な暴力に晒されて、俺の精神はもうズタボロだ。
俺が何したって言うんだよ。
ふざけんなよ、痛ぇな。
「ぐすん、ぅぅ」
あまりにも意味のわからない凄惨な状況に自然と涙が溢れ出てきた。
どうして自分は今傷つけられているのか、なんでこんな悪意を向けられなければいけないのか。
どれを取っても俺にはわからないのに。
「やはり、全く持って突拍子も無い話だと私は思うんだ。なぁホープ、彼を見たまえ。人狼の力をその身に初めて受けて思い知ったーー私にはそんな怯えた子供のように見える」
ふやけた視界で声の方を見る。
狩猟王は眉根を寄せてこちらを哀れみの瞳で見つめていた。
「だが、この人間が我々の牙城を破壊したのは間違いない。被害者だって、目撃者だったいくらだってこちらにはいる。この人間で間違いない」
灰色の人狼はこちらを指差して言い切った。
それに対して反応を示したのは大男の狩人。
袖がない方ではなく、ちゃんと袖がある方の大男だ。
さっきポーションをくれなかった方の大男とも言える。
「にわかには信じられない話だ。アーカム君は年齢にそぐわない強靭な肉体を持っている。
吸血鬼の血の副作用か肉体レベルは常識には収まらない。狩人になれるだけのスキルもある。だが、はっきり言わせてもらおうか。オオカミ城を吹き飛ばす? それは幾ら何でも無茶ってもんだ」
大男は呆れたように最奥に座る人狼王の方を見た。
その間も狩猟王は疲れた顔をこちらに向けて、何を考えてるのかわからない目で俺のことを見つめて来ていた。
「城でも建て替えたかったのですかな、人狼の王よ。そのためにこんなイベントを?」
袖のある大柄な狩人は肩をすくめて人狼王へひょうきんな態度でそう言った。
人狼王はそれに対して眉根をヒクつかせさっと冷たい瞳をして答えた。
「イベントだと? 死にたいのか、アークポルトの狩人よ。私の城が無くなったのだ。お前ら協会が分相応な振る舞いをしていればこうはならなかった」
大きなおっさんの言葉にカチンと来たのか、人狼王は覇気を放ちながら拳を握りしめている。
おっさん、やめとけってぇ。
挑発したらヤバイだろう。
大きな体躯の狩人の挑発的発言に室内の空気が張り詰めていく。なにしてんねん、マジで。
「おぉ、これはおっかねぇ……失礼致しましたっ!」
アークボルトと呼ばれた大きなおっさんは肩をすくめてスッと頭を下げた。
それを見て謝罪とした人狼王は鼻を鳴らして椅子に座りなおした。
「アヴォン」
「はい」
「彼、アーカム君には『狼王の牙』の隊長を打倒し、人狼万単位と渡り合える程の力があったのかな?」
張り詰めた空気の中、やけに楽しそうにアヴォンへ問いかけている狩猟王アゴンバース。
「いえ、ありません。現段階では吸血鬼をひとりで討伐するのも困難でしょう。新人狩人としては比較的テクニックのある、良い狩人とは思いますが」
「ふむ、やはり実力という意味ではまだまだ完成してはいなそうだね」
狩猟王は満足気に頷き、チラッとこちらを見て来る。
「ただですね、狩猟王」
「ん? なにかな?」
アヴォンは部屋中の視線を集めつつ、一呼吸入れてから続けた。
「アーカムは特殊な体質を持っていまして、ある魔法を使用する事で爆発的な狩猟力を獲得する事は可能です」
アヴォンがそこから語ったのは主に≪最後の場所≫についての事だった。
その魔法を取得するに至った経緯。
平常時からどれだけ魔法を使っても尽きない魔力量を有効活用しようと考えた結果、魔力を貯めて必要な時に一気に使おうという思考に至った事など。
そして≪最後の場所≫を使ったらどのような状態になってしまうのか。
俺の体内から溢れ出る純粋魔力によって辺り一帯へ破壊を撒き散らし、たかが外れ性格が変わりーーアヴォンには本性と言われたーー上位とは言わずとも、並みの吸血鬼程度なら十分に狩れるレベルの狩猟能力を誇ると。
それと肉体は急激に成長ーー元に戻るーーことなどもアヴォンは全て喋った。
そしてその後、力にはタイムリミットがあり時間を超過すると急激に弱体化して最後には眠ってしまうという事も、包み隠さず話してしまった。
俺の秘密の奥義を全部バラされたようでちょっとだけ嫌な気分だ。
そんな全部言わなくたっていいじゃないか。
特に時間制限とか弱点みたいな感じだしさ。
「これは驚いた。そんな事も出来るのかね」
感嘆の声を上げる狩人勢。
疲れたじいさんと大きなあっさん2人が、興味津々の顔でこちらを一斉に見て来る。
驚いてくれてるのは面白いのだが、いかんせんこちらはとても喜べるテンションではない。
「はい、出来ます……」
それだけ言って余計な事は喋らない。
また殴られるのが怖いからだ。
「ふむ、だがやはり怪物に匹敵する膂力を得たからと言って、私にはアーカム君1人で万人の人狼を相手できるとは思えない」
狩猟王は肩すくめて言った。
「たしかに傲慢で、やけに偉そうな態度だったな。今のコイツとは大違いだ。強さも雰囲気も」
ナポレオと呼ばれた大柄な人狼が睨みつけてきた。
この人狼は相当俺の事が嫌いみたいだ。
「まぁ我々でどれだけ話しても仕方ない。彼に話を聞いてみようじゃないか」
狩猟王は部屋中の視線を集め、腕をゆっくりとこちらへ差し向けて注意を誘導した。
「アーカム君、何故君は人狼の城に居て、尚且つそんな危険な魔法を使って無謀な事をしたのかな?」
優しい声音。
だが、圧力を感じざるおえない程に力の宿った問いかけ。
眼前の長机に座す超常の存在たちが一斉にこちらを向いてくる。
蛇に睨まれたカエルが如く不安と恐怖で体の震えが止まらない。
「お、俺は! 何も、何も知らない! わかんないだよ!」
寄ってたかって俺の事を虐めるなよ。
俺は何も知らないんだよ!
なんで信じてくれないんだよ!
先ほどまで味方してくれていた狩猟王の言葉は、まるで俺がその城とやらをぶっ壊した犯人とでも言いたげだ。
そんな狩猟王の態度に方向の定まらない激情が湧き上がって来る。
「起きたら牢屋で拘束されてたんだ! 初めは悪魔の仕業かと思ったけど違った! お前らが罠にはめたんだろ! 俺は悪くない!」
「嘘を言え! 俺たちは貴様が暴れまわったところを見たと言っているだろう!」
「俺は知らない!」
身を乗り出して今にも殴りかかってきそうな大柄の人狼。
そんな事言われたって俺は知らないものは知らないんだ。
勝手に意味のわからない事を言い並べて、俺を悪者扱いしやがって。
「これは……あれかな。記憶の喪失。アヴォン、どうだろうか?」
狩猟王は何気なく呟き、アヴォンへ可能性の在り処を尋ねた。
「可能性はあります。先日のエースカロリと決闘した際にも≪最後の場所≫が使用されたのですが、翌日のアーカムの記憶はある時点から酷く曖昧になっていました。
それにあの体の成長。数日前のアーカムの身長よりも明らかに大きい。彼の中で何かしらの大きな変化、あるいは怪物の血による進化が起きた可能性は十分に考えられるかと」
「そ、そんな……先生まで……」
アヴォンは俺のことを良く知る人間の1人。
そして同時に頼れる先輩狩人である。
だが、ただいまアヴォンが並べた言葉の数々は俺が今回の事件で何かしらやらかした、と彼自身が思っている事を裏付けるものだった。
「だから言ったではないか。この男が事件の実行犯だと。この際、記憶があるか無いかなど関係ない。人間たちには責任を取ってもらわなければならない」
ナポレオの怒りが爆発した。
「同意見だ」
「同じく」
「最初から決まっていたことよ。狩猟王、我々は無駄なお話は望んでいない。
人間が事の原因を作ったのは確定なの。あなたたちは、どう責任を取るかだけを考えればいいのよ」
ナポレオの怒声を皮切りに、それまで黙っていた左長辺に座す人狼の幹部っぽいやつらが、口々にナポレオを支持しだした。
「まぁお待ちになられてくださいな、人狼様方々。まだうちのアヴォンが何か言いたいようですよ」
狩猟王は、憤る人狼たちを穏やかに押しとどめてアヴォンへと視線を向けた。
「実はですね、私の弟子たるアーカムが何故ここにーー人狼の街にどうして居たのかという事に関してわかっている事があります」
「おや、先ほど協会は今回の事件に関しての関与を否定されたばかりではありませんか」
灰色の人狼ホープがアヴォンをするどく睨む。
「コロコロと意見を変えるな、このオールバック」とでも言いたげな疑心を抱いた表情だ。
「あぁ……いえ全くその通りですよ。協会は今回の沙汰とは関係ありません。が、およそ直近に起こった事件とは少し関係があるかもしれない、と言っているんです」
「……? つまり?」
ホープは眉根を寄せてアヴォンに先を促す。
それを見てアヴォンは丸メガネを押し上げて、オールバックを撫で付けた。
そして青色の瞳で部屋全体を、人狼たちを見渡すようにしてアヴォンは喋りだした。
「端的に言います。本日の早朝にローレシア魔法王国、王都ローレシア、レトレシア区の時計塔広場に悪魔が出現しました」
「ローレシア魔法王国……そこは確か……」
「ほう、悪魔ですか」
「だからなんだと言う?」
「話は最後まで。正確な時間は定かではありませんが、悪魔は出現後数分から数十分で速やかに排除されました」
アヴォンは長机の面々を舐め回すように見渡していたその視線を最後にこちらに向けて、ついでに手で指し示して来た。
「アーカムと人狼の姫の手によってです」
その一言は部屋中に静寂と驚愕をもたらした。
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