記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第119話 脱獄者A
ー
ーーアーカム視点ーー
ー
「ぅ、ぁたま、いてぇ……」
意識を取り戻した後の第一声。
車の中で気持ちよく昼寝していると、道路の段差でガクンッとしてふいに目覚めることがある。
強烈な頭痛に気づき両手で頭を押さえる。
「やっと、起きたか」
「ぅ、ぅん?」
聞き覚えのないような、あるような声が聞こえ怠慢な動作で首を傾ける。
ーージャラジャラ
「あ、あれ、これは……?」
首を動かし、上体を動かそうとして初めて気がつつくのは、なにやらいかめしい装飾品。
自身の首にかけられたのは銀色の首輪と、同色に鈍く光る腕輪だ。
くさりが光のすじを作りながら壁際まで続いている。
無骨で冷たい印象を受ける岩壁には禍々しい魔術式が書かれており、およそ封印系統の神秘属性式魔術であることがわかる。
なかなか複雑そうなのでこれ以上を知るためには、少し頭を使って試行錯誤する必要がありそうだ。
「それは保険だ。当然の措置として遠慮なく付けさせてもらった」
手首の腕輪から視線をはずし、声のするほうへ。
「あの……」
「なんだ」
鉄格子の向こうにいる、先ほどから声を発していた人物の格好を見て困惑を隠せない。
俺の想像より遥かに背が高く、その隠しきれないふわふわな輪郭が可愛かったからだ。
「あ、いえ、なんでもないんです……良い毛並みですね!」
目の前で不機嫌そうな顔をして座す犬の亜人をとりあえず褒めておく。
異種間コミュニケーションの授業で、獣系統の亜人は毛並みを褒めると喜ぶのは検証済み。
この毛並み褒めを初対面のもふもふ系に言っとけばまず間違いない。
「……ありがとう」
ほらね?
「して、その自分頭打ったのか記憶がちょっとあやふやなんですけど……」
手首の鎖をジャラジャラさせながら犬の亜人に掲げて見せる。
朝、マリと一緒に殺人現場を見に行ったところまでは覚えているのだ。
しかしながら体内時計的には今はもう夜の感じがする。
となると、今朝家を出てから、ここで目覚めるまで少なくとも10時間前後の記憶が飛んでしまっていることになるのではないだろうか?
可能性としては、昨晩かの宣教師たちに教えてもらった悪魔の使うって言うなんかしらの、魔術をかけられているとも考えられる。
「そうか。よく考えて反省するんだな。少しそこで待ってろ」
「ぇ? あぁ! ちょっと!?」
犬の亜人は最初よりも一層機嫌悪そうにして重たい腰を上げて足早に去っていってしまった。
気配を剣知覚で追いたいが、なぜか上手く探知できない。
「『剣気圧・無』、かな? そうとうのやり手だなあのワンさん」
ふかふかの毛並みさんにすげなくされてちょっとへこんだが気を取り直していこう。
「出番だ、アーカム」
いまいち何が起こってるのかわからないがトラブルってるっぽいし、ここで待っているように言われた。
なので面倒ごとを起こさないように銀髪アーカムにちょっと偵察に行ってもらおう。
「……」
……。
「……あれ?」
一向に出てくる気配のない銀髪少女。
「アーカム、アーカムさん。出番ですよ」
いつもならすんなり出てきてくれるのに、何故か返事をくれない相棒。
その不気味な沈黙に心の支えが脅かされているような底知れぬ不安を感じる。
俺は近づいてくる焦燥感に捕まらないように、払いのけるように心を落ち着かせた。
焦っちゃいけねぇよな。
クールに行こう。
そう自分に言い聞かせ、冷静に可能性として最も高そうなものを思案した。
「そっか、寝てるのか」
そういえばあいつ、昼寝をしてる時は出てこないんだったな。
別に焦るような事じゃなかったとわかりひと安心。
「さて、それじゃ」
脱出、してみよっかな。
ーーバギンッ
首や手首にかけられていた銀の枷を無造作に引きちぎって破壊する。
金属としての硬度は鋼に遠く及ばないので、銀程度なら剣圧を少し掛けてやれば楽々破壊可能だ。
狩人たるもの銀で縛ることがあっても、銀に己を縛られることはないのだ。
「あのモフモフは悪い奴じゃない気がするけど、大抵ああいうのが黒幕なんだよなぁ」
かつての有名なSF映画を観た時の記憶を回想しながら、鉄格子の前に立つ。
そしておもむろに格子を掴んでゆっくりと、格子と格子の間を広げていく。
ーーゥゥゥゥッ
「よし」
慎重に慎重を期したおかげで、あまり音を出さずに鉄格子をオシャレな現代アートに変換する事が出来た。
格子の間をひょいっと抜ける。
「あ、俺また≪魔力蓄積≫解けてんじゃん」
自分の視線の高さが異様に高い事にようやく気がつき、自身に掛けた魔法が解けている事がわかった。
あれ、でもなんか視線が高すぎるような。
これ2メートルくらいあるくね?
普段よりもやや高めな視線に不安が湧いてきた。
「また急成長か? 流石に怖いなぁ」
理由はわからないがとにかく身長が2メートルを超えてしまった事だけはわかった。
発育が良いとして180センチまでは、まぁ百歩譲っていいとしよう。
でもさ、2メートル超えちゃうのは流石に化け物じゃね?
いつの間にか成長していた自身の体に微妙な顔になってしまう。
一体俺はどうなってしまうんだ。
病衣のような布に包まれた震える体を抱いて温める。何も寒いわけじゃない。ただの本能的な行動だ。
「大丈夫だ、落ち着け。まだ慌てる時じゃない」
そうだ大丈夫だ。
2メートルくらいなら全世界見渡せばそれなりにいるはずだ。
そうだな、3メートル、3メートル超えたら流石にやばい。
慌てるのは3メートル超えてからでいいだろう。
ふふ、冷静だ。
うはは、へへ俺は冷静だぜ。
「行くか」
乱れ荒れる自分への猜疑心と、自覚なしの支離滅裂な思考を抱いて俺は地下牢らしき階を出た。
ー
暗く湿っぽい石造の螺旋階段。
雰囲気的にここを登っていけば地上に出られそうな予感がするのでひたすら上がっていく。
この大きな大きな螺旋階段は横に人が10人くらい並んで歩いても余裕があるほどに幅があり、一般的な体格の人が使うには少々段差が厳しい。
恐らくは先ほどまた大きな犬の亜人たち用に調整されているのだろう。
俺はそんな落ち着かないえらく広い階段を、中央の柱に手を当てながらゆっくりと登っていった。
これ、上から人来たら一発でアウトだな。
そう思い、俺は気配を殺して、相手の気配に注意を払いながらゆっくり進んだ。
細心の注意を全俺に呼び掛けつつ、集中して螺旋階段を登っていく。
「見つかったら何されるかわからんからなぁ。あの毛並みにモフられる罰とかだったら喜んで受けるけど」
天国のようなおしおきの妄想を膨らませていると勝手に頬が緩んできた。
いかん、いかん。
ここは悪魔の拠点ーー敵地かもしれないんだ。
油断はできない。
心構えを新たに慎重に進む。
そうして足音を立てずゆっくりと着実に螺旋大階段を上っていくと、踊り場というのだろうかーーちょっとした広間に着いた。
人影はない。
こんなに薄暗いにもかかわらず松明すら付いていないことを考えるに、あの犬の亜人は暗闇を見通す夜目をしっかり持っているのだと推測できる。
広間の奥には金属製の丈夫そうな扉がひとつだけ付いており、ほかに出入り口らしきものは見当たらない。
壁際に鉄格子越しに夜空が見えるくらいだ。
今夜はシングルムーンデイか。
夜空に浮かぶ満月と半月と三日月を眺めて何となしに黄昏る。
いかん、すぐボーッとして集中が途切れちゃうな。
疲れてるのかな、俺。
頭を振って気を取り直す。
金属の扉に手を掛け、音がならないようにゆっくり開く。
「そぉーと」
扉の隙間から広間の向こう側を伺い見る。
向こう側はどうやら個室になっているらしく、奥にもう一つ扉が見えた。
されどもすぐの個室には誰もいない。
金属の扉を全開にしてあける。
躊躇なく個室へ入り、部屋を見渡しながら歩みを進めて今度は奥の扉に手を掛けた。
「そぉーと」
再び慎重に扉を開けて向こう側を伺う。
「じぃー」
視界に映ったのは金色の瞳。
「ひぃぃい!?」
扉の隙間から黄金の瞳が鼻先でこちらを見つめていたのだ。
「隊長! 出ました、出ましたぁあ! 半吸血鬼が脱獄してますぅぅ!」
「あぁぁクソッ! 罠か!」
目の前でワンワンと騒ぎ立てる犬の亜人。
犬の頭上に「!?」マークを幻視しながら、俺の脳内で同じみの警戒アラートが鳴り出した。
ここから99.99秒は危険フェイズが続くはず。
やりたくはなかったがこうなれば仕方ない。
実力行使だ。
「こらこら! お前、そこを動くんじゃーー」
近寄って捕らえようとしてくる犬亜人。
「ふん!」
勢いよく扉を閉める。
「きゃいん!?」
可愛い声を上げながら犬亜人は吹っ飛んだ音がした。
扉の向こうがどうなってるのかちょっと知りたい欲求に駆られるが、そんなことをしている暇はない。
辺りを見渡し、俺は個室からひとつ戻って螺旋階段を上ってきた広間まで戻った。
そして先ほど夜空を見た鉄格子のの付いている壁の前に立つ。
「窓があるってことはこの先は外だ!」
おもむろに壁をぶん殴った。
ーーバガァァンッ
月の光を冬の夜空から取り込んでいた岩壁は鉄格子ごと消し飛び、あえなくワイルドな吹き抜けへと早変わり。
俺は土埃が舞う中姿を隠しながら気配を消して、ただひたすらに正面へと駆け抜けることを選択。
ここが敵陣である以上単騎決戦は賢明ではない。
それに先ほどの犬が「隊長!」などと叫んでいた。
どうやら部隊単位で統率のとれた奴らが待ち構えているんだ。
さて、どうしたものかな。
取得した情報を整理して最善手を指していく。
「無駄な抵抗はやめろ! お前は完全に包囲されている!」
土埃を壁にして走りだした途端、外から大きな声が聞こえてきた。
と、思った次の瞬間ーー。
猛烈な風が吹き荒れ姿を隠していた土埃が彼方へと払われてしまった。
同時に気がついた。
自分がマジで完全包囲されてたことに。
「あ、降伏します、すみません」
視界に映るだけでも千は下らない数の犬の亜人たちが、地上に塔の上に城壁の上に待機していたのだ。
さらに俺の心を速攻で降参させたのは、いつのまにか喉元へ刃渡り100センチの凶器を突きつけていた犬の亜人の存在。
ジャパンなら明らかに銃刀法違反なその真っ黒の刀身の見事な刀は、こちらの皮膚を浅く切り裂き鮮血を首筋から胸元へ滴らせて病衣を汚してくれていた。
「こ、こんなにガチガチの包囲しなくたっていいんじゃないですかね、ぁはは……」
地面に膝をつきながら、険悪な雰囲気を少しでも和らげようと微笑んで見せる。
「ん、先ほどと雰囲気が違うな。たが、どれほどとぼけようと我らがお前の罪を許す事は無い。我々皆がお前の大罪の生き証人だ」
厳格な声音でしかと宣言した犬の亜人。
よく見ると刀を持っている達人わんこはメガネをかけており、なかなか可愛らしいふわふわな毛並みを誇っていた。
眼前の犬に癒されているのは脳のほんの一部。
脳の大部分は何故か罪人扱いされているこの状況を必死に理解しようとしていた。
え、俺なんかやっちゃったのか?
凄い恐い顔で睨みつけてくる刀を持った犬の亜人。
想像以上に修羅場ってる事にようやく気がついた俺に心底嫌そうな顔をしてくる。
「何もするな。さもなくば殺す。黙ってついて来い」
「……はぃ」
銀色ではない真っ黒で高重量の手枷をつけられた。
さらには新たに近寄って来た犬の亜人たちに脇を固められ反撃の余地を徹底的に排除されてしまった。
刀の犬亜人よりも体躯がずっと大きい、この横の2人の亜人たちもまた凄い恐い顔でこちらを睨みつけて来ている。
そうして俺はヘビに睨まれたカエルが如く縮こまり、目の前を歩く刀を持った犬の尻尾を追って歩かされ始めた。
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