記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第116話 ただの不審者



暗く深い、どこまでもつづくひたすらの闇。
光の届かない深海のごとくここではなにも見えない。
あるいは元から光なんてないのかもしれない。
はなから事象を認識できる空間ではないのだ。
そう考えれば、不思議とこの暗黒に対しても親しみというものを感じることができる。

いや、それは間違いか。

きっと俺が暗黒に対して親しみを感じているのは、こいつをわかった気になっているからではない。

何度もこの場所に来ているからだ。

そう考える方がはるかに自然だろう。
何度も訪れている。
だから、この空間に訪れた後何が起こるかは大体見当がつく。
俺は暗黒世界の常連だからな。
何回気絶してると思ってるんだ。

ーーピィィィ

おや、どうやら今回は少し展開が違うらしい。
なにやら不思議な音が響いてくる。

能天気に構えながら不可解な振動の発信源を探る。
とはいっても手を使って探るわけではない。

この場所暗黒の中では自身の体はないのだ。
何度か経験したからこそわかる。
ここでの立ち回り方を知っている。

ーー本当に公表しないおつもりですか?

突如「聞こえてきたような」何者かの声。
これはいったい何だろうか。

急に明瞭になった音に緊張と困惑を隠せない。
これまでとは違う展開ーーいや、前にもこんなことがあったか。思い出せない。

もやがかかったように不明瞭な思考のせいで記憶がひどく曖昧だ。

こちらが混乱している間にも、どこからともなく発信される振動は形を成していく。

ーーこれは決まったことだ。

自身の中へ注がれていくイメージ。
それは人の五感のいづれでも感じ取ることのできない情報媒体だ。

だが、強いて言うなら……やはりそれは「声」なんだろう。音、なんだろう。

俺はそんなこの「声」の源がどこなのかを突き止めるよりも先に、このイメージ情報に対しての既視性を禁じえなかった。

どことなく懐かしいような、どこかで体験したかのような。

いつか夢の中で会話したときの一節かもしれない。
そんな程度の、なんとなく感。

だが、それはまるで在りし日の友人との語らいのようであって、あるいは何か大きな覚悟を決めた時のような印象に残る思い出のようでもあった。

ーー今こそ、人はひとつになるべき時ではないのですか? こんな抜け駆けのようなこと……。

しわがれた年老いた者の声。

ーー大丈夫だ。技術を確立してからでも遅くはない。我々には、人類には彼らがいるんだ。まだ時間はある。

対するは固い決意に満ちた、威厳ある声。
かなり年齢を重ねている事が声音から判断することができた。

ーー局長……あいつらは本当に人の味方なのですか? そもそもの原因、大陸が割れたのは本当に事故なんですか?

訴えかけるように語り掛ける、現状を憂う老人の声。

彼らの、この「声」の聞こえ方は当事者のそれではない。

同じ部屋にいる第三者が二人の老人の会話を聞いているかのような、そんな聞こえ方をしている。

会話の内容が掴めない。
一体何について話しているんだ?
この「声」は一体どこから聞こえてくるんだ?

疑問も疑念も懐疑的に。
俺はすべての情報がなにを示しているのかわからず居心地の悪さを感じ始めていた。

それぞれが勝手に方向を定めて、俺宛に向かってくる情報が一個もないではないか。

ーー天成、君からも何か言ってくれ……ッ!

次に聞けてきた「声」は今までとは明らかに違った。
これは間違いなく俺宛だ。

瞬間、暗黒から逃げようとする己の意識。

意識の願いは成就する。
理性とは別に、本能の自分がこの場から逃げたがっている。
まるでここから先の情報には触れたくないとでも言わんばかりにーー。

なぜだ。
なぜ俺は拒絶している。
俺はこんなにも知りたいと思っているのに。
かつての記憶に触れる事をこれほど望んでいるのに。

ーーすみませんが、私も局長と同じ意見です。

これまでの第三者としての「声」ではない。
今度はもっと身近、主観的な声だった。

つまり、これは俺の声?
ただ、俺の記憶にある声より幾分か落ち着きのある大人びた声音だ。
自信の記憶とのズレに気分が悪くなる。

ーー人は奴らよりも早く帰らなければならない。

俺は何を言っているだ?
何の話をしている?
そもそも、この声は本当に俺なのか?

ーーゆりかごはもう死んだ。

何一つ飲み込めない事象に混乱は加速する。

暗黒からの目覚め近づいている。
この先を聞いていけない、知ってはいけない。
本能が、魂が真実から逃げ出す。

暗黒に包まれた意識は海底から急速に引き上げられるように浮上していく。

ーー人は彼らよりもはやく「異世界」に至らなければならない。

薄く引き延ばされていく意識。
音なき「声」もかすれるように小さくなっていく。
遥か深い水のそこから浮上した意識はそのまま空へと止まる事知らずに上っていく。

ーー合理的にいきましょう、大義は我々にあるのだから。

自分のような、自分じゃないような。
確信の持てない男の台詞を最後に意識は暗い闇を完全に脱出した。


ーーガルフ・ダット視点ーー


頑丈な石レンガを積み上げられて作られた無骨な城。
世界の中でも指折りに古く、最強生物たちの牙城とうたわれるその城は、とある出来事によって城全体が騒がしく余熱が残っていた。

「はぁ〜お嬢様ってば帰ってきたと思ったらすぐ戻られるんだもんなぁ〜。俺もお姿を見てみたかったなぁ〜」

むき出しの岩壁がどこか野性味を感じさせる、廊下に敷かれたふかふかの真っ赤な絨毯を歩く影が2つ。

先ほどまでのお祭り騒ぎのような賑やかさはすっかりなりを潜め、牙城には静寂が戻りつつあった。

「仕方あるまい。お嬢様は聡明なお方だが、いかんせん拳で万事を解決しようとするクセがある。きっと拳では解決出来ない学業に行き詰まっておられるのだ」

「はぁ〜俺ってば、せっかく兄貴と同じで城勤務になったのにお嬢様とお話した事もないよ。兄貴はお嬢様に殴られた事だってあるんだろ〜?」

ため息の絶えない片割れと、厳格な雰囲気を纏う男たちは仲良く歩幅を合わせて廊下を歩いていく。
どちらの男も身長が高く2メートル近くありそうだ。

「あぁとても痛快な一撃だった。だがな、正直言ってあれは死人が出る。ガルフも馬鹿な事は考えない方が良いぞ」
「はぁ〜それでも俺は一発もらったみたいなぁ〜。お嬢様のお尻嗅げば殴られるかな?」

平気な顔してあまりにも変態な発言を口走る男ーーガルフは目をキラキラさせて兄貴を見つめている。

「いや、それはやめた方がいい。お嬢様じゃなくお父上に殺される。俺は庭で走り回るお嬢様の尻尾を油断して追いかけてしまっただけで、お父上にフリスビーをぶつけられたくらいだ」

弟の危ない発言を注意しない兄ーードルフは自身の過去から苦い経験を選択して弟に戒めとして言い聞かせた。

「いいか、ガルフ。お嬢様が『オオカミ城』に帰ってきた時は、絶対に庭ではしゃぐお嬢様の事を追いかけてはいけないぞ。どんなに可憐で美しくしく可愛くてもだ」

じゃっかん声調と喋ってる内容がズレているドルフは、をピクピク、をふりふりさせながら、ありしの城主の娘の姿を思い浮かべた。

「へぇ〜庭ではしゃぐお嬢様かぁ〜、俺も見てみたいなぁ〜」

ガルフは自身の尻尾を前に持ってきて胸に抱きながら、かつて種族全体を上げてお嬢様を人間の国に送った時の事を思い出していた。

盛大なパレードでだった。
人間の国の有力者たちはこぞって自分たちに媚を売りに集まってきた。
なんとかっていう人間たちの間で強い権力を持つ組織の長だって部下を引き連れてお嬢様に御目通りを願い出たくらいだ。

あの時のお嬢様の堂々たる姿。
忘れたくても、凛々し過ぎて、美し過ぎて、可愛すぎて、勇まし過ぎて忘れられない。
俺は悟ってしまったんだ。
あぁこの人が我々を導くーーいや、いきたし生きる全生命を導く至高にして最高の王様になるんだって。

ガルフはかのパレードがあった日の夜、興奮で寝ることができなかったのだ。
そうして寝られない夜にガルフは誓った。
将来、衛兵になってあの方の役に立とうーーと。

「ガルフ、尻尾が幸せ過ぎだ。そんなに気を緩めていたらいざという時に対応できないぞ。引き締めておけ」

ドルフは睨みつけるようにして鋭い視線を弟へ向ける。
それに対しガルフは紺色の耳を撫で付けて肩をすくめた。

「うーん、衛兵やってる俺がこんな事言っちゃうのもあれだけどさ。一体誰がこの城を、
というかこの土地を襲うっていうの? 俺たちが世界最強の種族なのはずーっと昔からの常識だっていうのにさ」

ガルフは大きなお鼻を一つ鳴らして尻尾の毛繕いを始めた。

「あ、枝毛だ」
「ガルフ、本当にそれをお前が言ったらダメだ。吸血鬼たちは愚かで馬鹿だから、
いつか襲ってくるかもしれない。お前はまだ会ったことないかもしれないが奴らもまた強者だ。
油断していたら不覚を取る事は十分に考えられる」

ドルフはため息をつきながら尻尾の枝毛処理をする弟をたしなめる。

だが、実際のところドルフ自身も自分の仕事に意義はあるのか、という事に関しては疑問を持った事はあった。

ドルフは考える。
一体どこの間抜けが世界最強を生まれながらに約束された種族「人狼」様に逆らうんだとーー。

ーードガァァアッ!

爆音が発生。

「うわぁあ! すごい揺れだぁ!」
「な、なんだッ!」

突然の大きな揺れに驚愕するガルフとドルフ。

つい今しがた枝毛処理をしていたガルフはすぐさま四肢をつき臨戦態勢に入り、あたりを伺い始めた。

一方ドルフは一瞬で揺れの震源を突き止め、そちらへ視線を向け睨みをきかせ始めている。

まるでオオカミ城全体が揺れているかのような揺れの震源はすぐ目の前だと悟ったのはベテランゆえか。

「ガルフ、この部屋の中だ」

ドルフは姿勢を低く、いつでも飛び掛かれる準備をして弟へ情報共有する。

「こ、この部屋ってお嬢様がさっき何か置いてった部屋じゃ!」

ガルフはすぐ傍の両開き扉を見つめて動揺を隠せない。

黒く光る金属で作られた特製扉の部屋は、一時間ほど前に主人が帰ってきて「何か」を置いて行った部屋なのだ。

主人はその時「あたしが帰るまで、絶対に誰も入らないで」と、確かに釘を刺してたのをガルフはよく覚えている。

「あ、兄貴ッ! 一体この中に何が! もしかして誰かがお嬢様の言いつけを破って入ったのかな!?」

だんだんと収まってきた揺れに冷静さを取り戻しながら、ガルフは未だ飲み込めない事態を兄に尋ねる。

震源が部屋の中とは一体どういう意味なのか?
この超デカイ城全体を揺らすほどの何がこの部屋の中にあるというのか?
先ほどお帰りになられたお嬢様はこの部屋に何を置いていかれたのか?

「お嬢様はーー」
「お嬢様は?」

完全に揺れの収まった足場を踏みしめて、緊張に喉を鳴らす若き人狼。

ドルフはもったいぶるようにゆっくりと口を動かしていく。
ガルフにはそれはじれったくて仕方がなかった。
だが、これは決してドルフがじらしプレイの好きな性格だからの所業ではない。

正面に突如として現れたに意識を集中させていたからだ。

「あ、兄貴?」

黙りこくってしまったドルフを不思議に思い、ガルフは首を向けて頼れる兄の顔を確認する。

しかし、ガルフの予想した普段のドルフの顔はそこにはなかった。
ドルフの顔はガルフがこれまで見たことの無い、まさに真剣そのもののような研ぎ澄まされたものになっていた。

ドルフは、兄貴は戦闘態勢に入っているーー。

ガルフは瞬時にことの重大さに気がついた。

すぐさま扉を睨みつけ兄と同様にして警戒を再開するガルフ。

そうしてガルフが事態を察した事で、ドルフは言葉の続きを静かな声音で紡いだ。

「お嬢様はーーを置いていかれたのだ」
「ぇ、じゃ、じゃあもしかしてーー」

ドルフの言葉に察しの悪いガルフでも事態の予想がついた。

ーードスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ

重量を感じさせる足音が黒色の金属扉の奥から怪しく響いてくる。

「あ、兄貴、ぃ、ぃ……っ!」
「狼狽えるな。吸血鬼たちは高い不死性を持っている。が、純粋な吸血鬼でない以上我々の敵ではない……はずだ」

足音に怯えるガルフを論理的に宥めるドルフ。
しかし、言葉とは裏腹にドルフは怯えていた。

扉の奥から、近づいてくる存在の大きさに。
冬の夜の乾燥した空気がピリピリとスパークを起こしそうなほどに、張り詰めていく異常な光景に。
そして目に見えて急激に上昇していく空気中の魔力濃度の濃さに。

ーーバギィンッ!

蝶番が弾け飛ぶ。
ガルフとドルフは直感に従って横っ跳び軽やかなステップ。
目にも留まらぬ速さで飛来した高重量の金属扉を何のこともなく避けた。

金属の扉は真っ直ぐに吹っ飛び、廊下の内壁をぶち破って外壁を崩しながら遥か城下へと落ちていく。

場所的にはきっと中庭に落ちたんのだと、ガルフは頭の片隅で思いつつも、目ではしっかりと部屋の中から現れた人影にかつもくしていた。

「おい、お前たち。ここが何処なのか俺様たちにわかるように簡潔に説明しろ。これは命令だ」

眩いまでの高密度の純粋魔力を纏い、青紫色の輝きを全身から放つ巨大な男ゆっくりとガルフとドルフを交互に見やった。

その身長は2メートルを超えており、信じられない逆三角形の体格だけで言えば人狼たちにも匹敵する。

さらに全身から放たれる爆発的なオーラはもちろんのこと、ピチピチに張った服からわかる筋肉量もハンパじゃない。

明らかにサイズの合っていないレザーの服は筋肉のスジを正確に浮き上がらせて、なかなか犯罪者の香りがする仕上がりとなってしまっていた。

何故か足元の絨毯はバリバリいって発火しているし、無骨な廊下にヒビが走り始めているし、微妙に気分悪くなってきたし、見た目が強すぎるし。
ガルフは今にもちびりそうになっていた。

「はは、扉をぶっ壊して出てきたと思ったら、いきなり命令だぁ? 貴様、我々を侮っているな。薄汚い敗北の種族、吸血鬼風情が」
「あ、兄貴、いくの? 殺るのッ!?」

明らかに喧嘩腰のドルフに「ちょっと待った!」と言いたくなるガルフだったが、人狼としては吸血鬼を前に逃げ出すわけにはいかない。

例えそれが、話に聞いていた吸血鬼の100倍くらい強そうな姿をしていたとしてもだ。

「お嬢様が殺し損ねたんだ! 我々でお嬢様のお尻拭いをするぞ!」
「兄貴ッ!」

「おい、俺様たちの言ってる事がーー」

ーードギァアッ!

「ぐぅッ!」

突如、発生した爆風に瞳を細めて耐えるガルフ。

眼前の吸血鬼が弾け飛んだと確信するほどの強烈な兄貴ドルフのぶん殴り。
ガルフはその目で、くっちゃべっている吸血鬼の胸部に兄の拳が打ち込まれるのを確かに見た。

「やった! 流石兄貴ーー」
「俺様たちはモフモフには寛大だ。だがな、身の程知らずなモフモフにはモフる価値はない」
「なっ!?」

爆風が収まったと同時に聞こえてきた傲慢な口調。

なんとそこには、最強生物人狼ドルフの拳を受けて、平然と立っている男の姿があった。

男は世界でも有数の最高の耐久性を備えるカタイ石で出来ている廊下に足を打ち込み、背筋だけで体が後方へ折れ曲がるのを防いでみせたのだ。

「そそ、そんな馬鹿な事がっ!?」
「ありえないッ!」

「アリエール……ッ! はぁ……わからん奴らめ」

わけのわからない事を呟く男は1人でつまらなそうにため息を吐いたーー。

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