記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第112話 悪魔の力
早朝のレトレシア区、とある時計塔前の噴水広場。
身の毛もよだつとはまさにこの事。
強大な怪物として名高い悪魔を、気づかないうちにパーソナルスペースに侵入させてしまっていた。
男の口が頬まで裂けるようして大きく開く。
途端に時間を幾分にも分割して消費する鈍重な世界の時間は加速し始めた。
急速に動き出す視界の映像。
激しい時間の緩急に酔いながら、こっそりと片手で枝の様にスイングされるステッキを視界の片隅に捉えた。
「マリ!」
「きゃっ!」
隣に立っていたマリを突き飛ばして一瞬でも早く、1ミリでも遠く、次の瞬間に訪れる死の衝撃から離れさせる。
だが、即刻訪れると予想していた衝撃はこず、代わりに細長い足によってこちらの右足を刈るように払われてしまった。
「なっ!?」
さらに、ステッキの持ち手を左足首に引っ掛けられ、今度はすくうようにして石畳みから浮かされる。
「ぬ!」
こいつ踏ん張らせない気か……ッ!
「はっはっ! あははッはははぁあぁぁーーッ!」
次の瞬間、まるで世界がひっくり返ったかと思うほどの衝撃が俺の左上腕をぶっ叩いていた。
浮いた両足が微妙に地面からさよならしているところへ、バットによるノック打ちの如く、両手でふり抜かれたステッキが打ち込まれたのだ。
コマ送りになる世界で鎧圧を咄嗟に直撃部位に集中させ、衝撃に対して最適な受け身姿勢をとった。
だが、しかし、それでも足りないーー。
「ーーッ!?」
あ、やべ。
そう思った時には、すでに俺の体に与えられた途方も無い運動エネルギーは、正しくベクトルを定めて正確に作用し始めていた。
浮遊感をわずかに感じたのもつかの間。
地面と水平に吹き飛ばされる。
建造物を破壊し硬いものにぶつかる感触。
鋼鉄の様な空気が連続して背面を襲ってきた。
「ぁ、がぁあ!」
一瞬で切り替わる視界。
亀裂の入った圧の鎧。
それだけを認識して俺は豪速の肉砲弾として街中突き進んだ。
ーーゴガガァァァ……
「ぁ、ぁ、ぐぅ!」
最後にひときわ丈夫な岩壁に叩きつけられる事によって俺の体は強制高速移動から解放された。
左上腕部から胸部にかけて満ち駆け抜ける、焼かれるような痛みを堪えながら、俺は起き上がった。
追撃はくるかのか?
マリは無事か?
「ぐぅ!」
自分の事よりも直前に突き飛ばしたマリの安否が危ぶまれる。
あの悪魔に俺とマリが仲良くしてるところを見られてしまったのだ。
悪魔なんてどうせ性格はゴミみたいでろくでもないに違いないんだ。
何をされるかわかったもんじゃない。
自身を埋める巨大な瓦礫を蹴り上げてどかし両足で大地を踏みしめる。
「ぁ、ぐぅ、やっぱりダメか。待ってかれた」
あたりを舞う土埃をぶんぶんと手を振って払いのける。
すると視界が確保でき、焼けるよう激痛の走る左腕を目で確認する事が出来た。
俺の左腕は完全に折られていた。
しかも攻撃を受けた箇所の皮膚は元からあった火傷の上からさらに焼け焦げ裂けて、筋肉の繊維が破裂しているのがガッツリ見えてしまっている。
痛み耐性のない奴だったら、ここで終わっていたとしてもおかしくない。
予想通りっちゃ予想通りではある。
しかし、この結果に落胆を隠しきれない。
俺はこれでも鎧圧のレベルは高いとアヴォンにも褒められているのだ。
なんとなく攻撃を食らった瞬間やばい感じはしたのだが、まさか本当に折られるとは思わなかった。
自信の鎧圧が、ただの一撃でだ。
これは精神的にもショックだし、現実的に戦う前から腕一本使えないハンデを背負うという意味でもかなり危ない。
「あの悪魔、純粋な攻撃力だけで、俺のガードを突破してくるとはなかなか良い度胸をしてやがる」
「″ねぇねぇ、怪物だよ……逃げた方が良くない?″」
突如として現れた悪魔に対して激しい憤りを感じていると、相棒の銀髪少女が腑抜けた事を抜かし始めた。
俺の心配してくれてるのはわかるが、そうそう簡単に逃げられる立場じゃないし、逃げたくもない。
「ダメだ、殺る」
「″まぁ、そうなるよねぇ……″」
しゅんとするアーカムの頭をひと撫で。
「大丈夫、俺たちの力を信じろよ」
「″もちろん信用してる。けど、本当に危なくなったらすぐ逃げてよ?″」
「その時は遠慮なく逃げさせてもらうさ。脱兎の如く地下遺跡でも駆け抜けてやる」
片眉あげてニヤリと余裕の表情をアーカムに向けておく。
銀髪少女は俺の顔にに満足してくれたのか、ひとつ頷いてすんなりと俺の胸に飛び込むようにして精神世界へと戻っていってくれた。
「さて、とっ!」
軽く1歩踏み込む。
休日のお昼頃、何もすることがなくちょっと外の空気でも吸ってみようと言う程度の何気なさ。
しかし、俺の呑気なその1歩は瓦礫だらけの地面を爆ぜさせ、踏みしめた石畳みを粉砕して亀裂を入れて爆発的な推進力を足裏で発生させてくれた。
そうして地面蹴っ飛ばし一足で先ほどいた時計塔まで戻るべく空中に飛び上がった。
空を跳びながらチラリと後ろを見ると、巨大な城壁が一箇所だけ崩れているのが見える。
どうやら先ほど俺がぶつかったのは王都ローレシアの一番内部の城壁、第1区と第2区を分かつ城壁だったらしい。
「あんな飛ばされたのか」
時間的に一瞬の出来事だったので、予想以上の移動距離に舌を巻いて驚く。
まったくもって規格外だ。
怪物の膂力と言うのは。
教え通り正面からパワー対決みたいな事は絶対にしちゃダメだ。
自身を戒めつつあまりにも理不尽なパワーの差にため息をつきながら時計塔広場に戻ってきた。
時計塔の前に降りたたった時、人々がパニック状態になってお互いを押し合いながら、我先にと逃げ出していた。
そうだそれで良い。
けどケガ人には気を付けろよ。
一刻も早くここから逃げてくれ。
俺が吹っ飛ばされた事によって破壊された建物へ視線を向け、膨大な瓦礫の山となった広場の一方向を見た。
そして広場に出来上がった人間だったものが散乱する赤き地獄の光景も目に焼き付ける。
「なるほど。よくもやってくれたな悪魔」
破壊された街並みと散乱する死体を指し示しながら余裕の表情を持って話しかける。
彼らが身内だったらきっともう脳みそが沸騰していただろうが、あいにくまだまだなんの関係も無い他人だ。
冷たい様に感じるかもしれないが、俺は知らない人間の死を心から悲しんで涙を流せる程情に熱い人間では無い。
冷たいのだ、自分でもわかってる。
ただ、この冷たさが役に立つときもあるーー。
ひとつ気がかりな事として広場にマリの姿が見えない。
散乱する肉片に混じっていなければいいが。
うまく逃げたのだと信じるしかない。
今はただ時間を稼ごう。
俺ひとりで倒しきる必要はない。
というか、そもそも悪魔は殺せないしな。
アヴォンとの怪物勉強をした時の事を回想しながら、あまりにもチートくさい「怪物」に腹が立ってきた。
「おやぁおやぉあ〜、ずいぃぶん余裕を持ってるんですねぇぇ、聖遺物でもお持ち、ですかぁあ〜?」
「どうだろうな? もしかしたら持ってるかもしれないぜ?」
「アァーーーはっははは、ふははッははぁあーっ!」
悪魔の性悪な高笑いに広場に響き渡る。
不快な笑い声に眉をひそめながら、俺は図書館での勉強日々を思い出していた。
ーー半年前
ありし日のローレシア王立大図書館。
アヴォンと向かい合うようにして席に座る。
互いに机の上に置かれた分厚いオカルト本へ視線を落とした。
「アーカム、悪魔は事前の準備無しでは殺せないという事をよく覚えておけ」
アヴォンは本の挿絵を指差しながら言った。
巨大な巻き角を頭に生やして、黒い翼の生えた典型的な悪魔の挿絵だ。
あまりに雑魚そうな挿絵なので緊張感は全くない。
「吸血鬼と同じですね。やっぱり銀杭とかニンニク使うんですか?」
指で角を生やしながら肩すくめておどけてみせる。
会話にはちょっとした茶目っ気が大事なのさ。
「いいや、奴らには銀杭は効かん。もちろんニンニクもだ。というか吸血鬼にもニンニクは効かないだろう」
「ぁ、すみません、冗談です」
思ったより真面目に返され反省する。
こういう時のアヴォンには冗談は通じないんだったな。
アヴォンは丸メガネを直し首を振った。
堅物なオールバックからちょこんとはみ出したアホ毛を指で弾いてやりたくなってきた。
「それで、準備するものってなんです?」
「悪魔を滅ぼす為に必要なもの。それは聖遺物とよばれる高次元物質だ」
アヴォンはオカルト本のページをペラペラめくりながら言う。
そしてとある挿絵を見つけると、再びそれを指差した。
見た感じ杭の絵だ。
ただ、かなり目立つように不思議な模様が彫られていたり光を放っているように描かれていて神聖化されている。
これが聖遺物という奴だろうか?
「この聖遺物を心臓にぶっ刺せばいいんですか?」
「そうだな。まぁそういう事になるがーー」
「なんだ、ならやっぱり吸血鬼と変わらないっすね」
なんだよ結局、心臓にぶっ刺せばいいんかい。
手順が吸血鬼とあまり変わらず気の抜けた息を漏らして椅子にもたれかかる。
「奴らを甘く見るな。吸血鬼を殺すのは骨が折れる。そして悪魔を滅ぼすのはそんな吸血鬼を倒すことより、遥かに難しい。何故だかわかるか?」
「そりゃ、単純に強い、からですか?」
「個体によってはな。が、もっと根本的問題だ」
「と言いますと?」
片眉をあげてアヴォンに問い返す。
根本的な問題ねぇ。
はてさて、どう言った趣旨の問題か。
「いいかアーカム。聖遺物というのはこの世に存在しない」
「……は?」
何言ってんだこのオールバックは。
ーー時間は現在へ
「ははぁあ!」
ーーギィイ
豪風を巻き込んでぶん回されるステッキがふり抜かれたところを生き残っている右腕で掴み、悪魔の体を動かないようとどめる。
「せいっ!」
超近距離での攻防。
左足を接地したまま、180度開脚。
右足を跳ね上げて行う上段回し蹴りを悪魔の側頭部に叩き込む。
ーースカコンッ
完璧に捉えた。
俺の頭のほぼ真上にある悪魔の頭を正確に打ち抜いた美しい蹴りだ。
人間だったら確実に脳みそをシェイキングし、頭蓋骨をブレイキングできる致死攻撃のはず。
「ぐぅはああぁぁあ!」
俺の蹴りを受け悪魔は凄まじい勢いで地面と水平にぶっ飛んでいった。
だが、このままでは吹っ飛ぶ悪魔で街を破壊してしまい、俺も奴とやっている事が変わらなくなってしまう。
それに後でアビゲイルに怒られるのは嫌だ。
俺はすぐさま蹴りを繰り出した足を地面に接地し、両脚に渾身の力を込めてバネを弾く。
なるべく地面を労って傷つけないように「縮地」で一気に悪魔を通り越した。
そして広場端っこで、後ろ右足を引き絞って瞬き5分の1回分だけ待機。
「フルァア!」
「ぐぅッ!」
オーバーサッカボールキックを飛んできた悪魔に合わせて叩き込み、一瞬で遥か上空へ打ち上げる。
「ここはメテオしたいところ、だけど」
こんな所であの技を使ったら時計塔前は壊滅だ。
きっとあの時計塔も倒れてとんでもない被害が出る事になる。
自身の衝動をグッと堪えて街へ被害を出さない方向で行く事を心掛ける。
「≪喪神≫!」
得意の魔法で天空から間抜けに回転しながら落ちてくる豆粒を精密射撃する。
「うん、効果無し」
命中はしたはず。
だが、上空で必死にステッキを握ってるところを見ればあの悪魔が気を失っていない事はわかる。
やはり対人魔法は効果がないか。
「なら! むむむぅぅ……」
エル、ォル、ドゥ、ダ、ター。
「≪火≫!」
ーーホワッ
杖先にわずかな火種が灯った。
その光を見てニヤけが止まらない。
火属性式魔術の初歩の初歩、というか全ての魔法の入門とも言える初心者待った無しの魔法を悪魔相手に使う。
通常なら舐めプもいいところだと、ふざけるのもいい加減にしろとアヴォンにぶん殴られてるところだろう。
が、違うんだな、コレが。
俺の≪火≫は悪魔だって火傷するんだぜ。
「燃え尽きろーー」
ーージュァア
あたりの石畳みの表面を溶解させながら、俺は杖先から壊滅的熱量を放出した。
元は小さな火種の魔法≪火≫に莫大な量の魔力量をぶち込んで作り出した火炎放射……いや、爆炎放射だ。
かつては射程数メートルがいい所だったこの技も、今では100メートル先の石壁を焼けるレベルに強力な魔法となっている。
ただ、極めて非効率的な魔力の使い方故に他人にオススメできる技ではない。
≪激流葬≫を放てるような謎のスーパー魔力タンクを搭載していなければ到底行使は叶わない。
まぁどうせサティとかなら消費魔力10分の1で100倍くらい「現象」を生み出すんだろうけど。
自虐的に浅く笑いながら俺はありったけの純粋魔力を天空に突き立てた「哀れなる呪恐猿」に注ぎ込む。
現在、広場の上空は極炎の渦巻く灼熱地獄と化している。
急速に温められた空気によって気流の流れと、炎の勢いによって地上から石ころなどが空へと舞い上がっていく。
火炎放射を近くで浴びた建物はその表面を溶かしゆっくりとその形を崩しつつあった。
さらに時計塔の金属の針すら溶けてすでに動かなっており、磔にされていた死体は火葬が施され始めていた。
「くっ、これ以上はまずいか」
周りの被害を冷静に見定めて火炎放射をストップさせる。
これで倒せるとは思っていないが、ダメージくらいは受けてくれても良いはずだ。
時計塔だってぶっ壊しちまった。
頼むから少しくらい食らっててくれよ。
「んぅ〜! これは効いたなぁぁぁあ〜!」
「……チッ」
悪魔は腕を一振りするだけで、空に広がる炎を一瞬で払い広く遠く澄み渡った青空を広場に帰還させた。
そして空中でくるりと身を回すと、時計塔の頂上付近の壁に重力を完全に無視して降り立った。
ステッキも使って3点で体を支えているとは言え、絶対にありえない物理を無視した業だ。
「はは、なんだよ壁歩きなんてお洒落な技だな。それやる為だけに頑張って修行でもしたのかよ」
肩をすくめてシャクレ顎で悪魔を煽る。
「いえいぇぇえ、まさかぁぁあ。こんなモノはやれて当然ですぅぅうよぉぉ〜」
ステッキを手首に引っ掛けてくるくる回しながら、悪魔はゆっくりと地上に向かって歩き始める。
壁を垂直に歩いて下ってくるその姿はまさしく人間離れという言葉がふさわしい。
「人が呼吸をするよぉうにぃぃ、悪魔は簡単に『この世の理から外れる』事が出来るんですぅぅう〜」
「壁歩いたくらいで大袈裟な奴だぜ。それくらい俺だって出来る」
俺はゆっくりと時計塔外壁を下ってくる悪魔を見据えながら、歩いて時計塔のふもとまで行く。
そして軽く勢いをつけて、注意しながらつま先を時計塔の外壁に打ち込んだ。
「おやおやぁぁ、それは美しくなぁ〜い。人は地上だけに這いつくばるのが正しい在り方で〜すぅぅう」
「それは違えな」
初めて眉根を寄せてニヤけた笑みをやめた悪魔に教育を施してやる事にする。
俺は連続して足を外壁に打ち込みながら、ゆっくり下ってくる悪魔とは対照的に、ゆっくりと垂直に外壁を登った。
「練り上げる事が人間の力だ。人間の在り方は誰が決めるわけでもない。それまでのそいつの生き様が人間を決めるのさ」
「それは違いまぁぁすぅ〜。全ての生物はその在り方を定められて生誕するのでぇえす。
貴方達がどれだけ練り上げようと、積み上げようと、世の理に縛られているのが良い証拠でぇぇえ〜すぅ〜」
悪魔との距離が一歩、また一歩と近づいていく。
白塗りのメイクが全く乱れていない悪魔の顔を見て本当に何の干渉も出来ていないのかと疑ってしまう。
悪魔には何の攻撃も通じないというのは本当なのかもしれない。
内心でその事実に焦りながらも表面では至って冷静に余裕の表情を崩さないように努める。
「積み上げた人の研鑽がただのチート野郎に負けるなんてありえねぇ、あってはならねぇ!」
「ははぁ〜ん、では試してみますかぁぁ。その研鑽とやらが我輩に届くかどうかぁぁあ〜?」
下り迫る悪魔との距離ーー数十センチ。
眼前鼻先に迫ったピエロメイクの男を見上げ睨みつける。
悪魔は腰を折ってこちらの目線の高さに合わせるようにして、ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべる。
ムカつく野郎だぜ。
「もう逃げたくても逃れませんよぉお〜」
「逃げる気なんてさらさらねぇ」
「そ・う・で・す・か♡」
「フルゥア!!」
ーーバゴォオンッ
悪魔の顔面目掛けて全力で拳を振り抜いた。
勝ち筋の見えない悪魔との戦い。
何をすれば勝利条件を満たせるのかわからないまま第2ラウンドが開始する。
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