記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第113話 終わっていた戦い
外壁に足を打ち込んだまま、渾身の右ストレートをぶちかます。
重力に真っ向から逆らった拳だ。
「ぐふぅ!」
鎧圧を螺旋状に巻き込む技術を用いた場合、圧を纏っていない生身を殴れば、そこには凄惨なひき肉パーティが催される。
ただ、通常の場合は、という言葉が語尾に付くが。
ーーガリリィィイッ
嫌な音を立てて悪魔の体が弾かれた様に空中を舞った。
確実に刺さる攻撃だったはずだ。
現に俺の拳は悪魔の白塗りにめり込む様に間違いなく突き刺さっていた。
硬質な物をドリルが削り取る音もしっかりと聞こえた。
なのになんなんだろうか、この言い知れぬ不安は。
手応えはあれど、それがまったく奴の本質にまで届いている気がしない。
「クソ!」
空中でクルクルと回転し優雅に着地する悪魔。
落ちる方向を間違えたのか、何故か時計塔に着地した。
まるでそこが奴にとっての地面であるとでも言うかのように。
「どうですぅぅう〜? 研鑽は届きましたかぁあ?」
大きく裂けるように口を開いて悪趣味な笑顔を作る悪魔。
こちらとしてはなにも面白くない。
「やっぱりお前には技だけじゃどうにもならないモンがあるみたいだな」
「はっはぁー! やっとお分かりになりましたぉかぁ〜」
悪魔は実に楽しそうに手首にステッキを引っ掛けてクルクルと回している。
終いには底の高い革靴を打ち鳴らしてタップを踏み始めた。
なんて煽り能力の高い悪魔なのだろうか。
奴のタップダンスを見てるだけで頭から火でも出そうな程イラついてくる。
「あなた方人間は聖遺物も持って初めて我輩たち悪魔に指を掛ける事を許される程度の存在。
それを知っていながらひとりで立ち向かってくるとは、愚か極まりないですねぇぇぇぇ〜。我輩は賢いのでわかります。狩人アーカム・アルドレア、さてはあなた馬鹿ですねぇぇえ〜?」
悪魔は余裕の笑みのまま口元を手で隠しこちらを笑いながら指差してくる。
タップを踏むのも忘れない周到さ。
「ベラベラとよく喋る口だ。すぐに後悔させめやるから少し待ってろ」
折れた左腕にポーションをかけながら凝った首を回してほぐす。
腕から溢れ滴るポーションが中空へと流れ落ちていく。
「おやぁぁ〜? もう諦めてしまったのですかぁあ?」
「ん、どうだろうな」
空になったポーション小瓶を投げ捨てて足を時計塔の外壁に打ち付け直す。
そしてギリギリ動く様になった左腕に満足して腕を組んで、前方の悪魔を睨みつけた。
戦っても意味がないとわかった以上、ここは待つしかない。
悪魔祓いの専門家たち、教会の「宣教師」たちを。
それが俺の勝利の条件。
初めから倒せる可能性が薄かったのは知っていた。
ただ、自分の目で、拳で確かめたかったのだ。
そしてわかった。
コイツにはダメージを1ポイントも入れる事が出来ていないという事が。
それならば、当初の予定通り増援が来るまでここで待たせてもらおう。
「あーそうですかぁぁ、これはつまらなくなりましたぁぁねぇぇ」
「お互い様だ」
悪魔はステッキを振り回す勢いを弱めてしょんぼりとしている。
まさか本当にテンション下がってる訳じゃないだろうから、どうせただの演技なんだろう。
演技派狩人の前で、そんな三文芝居をするなんて生意気な奴だ。
「はぁぁ……仕方ありませんねぇぇ。時間はまだ半分ほど残っていますが、まぁ別にいいでしょぅぉお。終わらせます、か」
「時間だと?」
悪魔の意味深なセリフに眉根を寄せ訝しむ。
「おや、お気づきになられませんでしたぁぁ?」
「何のことだ」
悪魔は不敵な笑みをさらに深いものにしながら歩み寄ってきた。
時計塔を地面のようにステッキで突きながら、歩調を合わせてリズム良く歩く。
細長い足が一歩、また一歩と近づいてくるその姿には情けなくも俺は恐怖を禁じ得なかった。
「ふははぁあ! 貴方がお待ちになっておられるのはあの聖職者たちの事でしょうぉぉ〜?」
コイツ、俺の狙いを初めからわかってたのか。
「はっ、別に狙いがバレたってどうって事はないさ。これだけ派手に戦闘すれば彼らならすぐ気付く。悪魔、街をこれだけ破壊したのは失敗だったな」
歩み寄ってくる悪魔に負けじと近寄って行く。
威勢で負けてはいけない、強気に行かなくては。
もうじき増援が来てくれるはずなのだから。
彼らなら絶対に気づく。
さっきアレだけ派手に魔法だってぶっ放してロケーションだって示した。
昨日のうちに王都中の狩人たちにだって悪魔の出現を伝えてもらった。
誰かひとりくらいすぐに駆け付けてくれるはずだ。
「あぁ……可哀想にぃぃ、未だに助けが来てくれると思っているのですねぇぇ〜」
「当たり前だろ。この街に何人狩人がいると思ってるんだ。それに神父だっている。逃げ場なんてないんだよ。お前はもうとっくに詰んでるんだぜ」
「はは、逃げ場が無い、ですかぁぁ〜」
「そうさ。俺すら倒せない雑魚悪魔の癖に調子に乗りすぎたな」
喋っているうちに調子が戻って来て顔の筋肉がほぐれて来た。
俺は不敵に笑って悪魔と対峙する。
再び鼻先数十センチまで迫って来た悪魔の顔。
奴の顔が虚勢を張っているように見えて仕方なくなってきて笑えてくる。
「はは、本当に哀れですねぇぇぇ〜」
「ははは、お前がな!」
それだけ言葉を交わし、俺は垂直の壁を蹴り重力に逆らいながら天空へ向けて中段回し蹴りをお見舞いする。
悪魔は全く反応出来ていない。
どこを見ているかわからない間抜けな面へ、ほくそ笑みながら腰を据えて回転力を上げる。
さぁその余裕の表情をすぐに崩してやる。
「もらった!」
あとコンマ数ミリで悪魔に命中する。
しかし、何かがおかしかった。
極小時間を見極める視界の中、すべてがスローモーションに動いているにも関わらず、悪魔の動きだけが唯一滑り出したのだ。
「ッ!」
悪魔の滑らかな動作で突き出される貫手は一見何でも無いような動作だ。
だが、その手の動きが速度の乗った俺の足が1ミリ動く合間に数十センチ近づいて来ている事を考えれば、間違いなく死の攻撃である事がわかる。
絶対に食らってはいけない。
それはわかる。
だが避けられなければ意味はない。
悪魔の突きを胸部に穿たれ豪速で地面に突っ込まされる。
ーーゴゴォォオッ
「アッハっ♡」
今まで味わった来たあらゆふ衝撃を上回る未曾有のインパクトに内蔵が強烈に掻き回されるされる。
「ぶっはぁ、がぁあ!?」
気がついた時、時計塔まが支えを失って倒れ出しているのが、小さく遠くに見えた。
これは、俺が上を見上げているのか。
この視界はの位置はーー地面の下か。
「ぁ、ぁ、ぅぅ……がっは……っ」
自分が大きく陥没した縦穴に倒れはしている事をかろうじて認識したのは数秒の気絶の後だった。
頭上から冷たい水が流れ落ちて来ており、それが顔を濡らしてくる。
きっと広場の噴水も壊れたんだろう。
頭を常に働かせて再び消えようとする意識を必死に繫ぎ止める。
「ぁ、がぁ、ぁ……」
「おやおやぁぁ、苦しそうですねぇぇ」
意識を繋ぐだけで必死な俺のところへ、容赦なく悪魔の声がーー文字通り悪魔の声が投げかけられる。
陥没した地面の穴に降り立った悪魔はステッキをクルクル振り回しながら歩み寄ってきていた。
「これでわかっていただけましたぁかぁぁ? 我輩と貴方との間に存在する大きな格の違いがぁぁ〜」
「ぅぶ、ぐぅ、ぁぅ」
何か言い返してやりたいところだが、それどころではない。
舌が全く動かず、手足も痙攣し出しているのだ。
何が起こってるのか確かめたいが頭痛もひどく、吐き気もする。
思考するだけでもひどく億劫だ。
「我輩は貴方ごとき相手に本気なんて出していなかったぁのでぇぇす。先ほどは雑魚悪魔などとよくも言ってくれましたぁぁねぇ〜」
「ぁ、ぁ、ぅ、ガァ、ッ!?」
悪魔はステッキを使って胸部を突いてきた。
それだけでとてつもない激痛が全身に駆け巡るのだから意味がわからない。
燃えるような痛みが全神経を過敏にさせながら、俺は首を動かして必死に暴れる。
そのおかげか、無様に震える自分の胸元がどうなっているのか、視界の端に捉えて確かめる事ができた。
そこには穴が開いていた。
右大胸筋にぽっかりとした穴が開いているのだ。
「ぅ、う、ぐぅう!」
なるほど。
どうやら先の一撃は俺の予想以上に遥かに致命傷だったらしい。
脊髄が破壊されて体を動かすための信号が正しく伝わっていないようだ。
それで悪魔はステッキで俺の背骨を直接突いてたんだろう。クソが、なんて悪趣味なんだ。
持ち前のピンチに冷静な頭で絶望的な状況を分析する。
頼む、誰か、誰か早く助けに来てくれ。
悪魔がこんなに強かったなんて知らなかった。
後悔の念が止まらない。
俺は調子に乗ってしまっていたんだ。
「苦しそうですねぇぇ、実に愉快ぃぃい」
「ぁ、ぁぐ、ぅ」
悪魔は深呼吸するようにして天を仰ぎ見て勝利を確信している。
「で・す・が、死んでもらっては我輩が体を使えませんねぇぇぇ」
「ッ!?」
悪魔は腰を150度折り曲げてずいっと白塗りの顔を近づけて来た。
生理的に嫌悪感を抱く嫌らしい笑みだ。
少しでも離れたくなり動かない体を必死にもぞもぞさせる。
「うっひひひぃいーーッ!」
「ぁ、ぁぁ、ぅ」
悪魔は愉快そうに気持ち悪くて笑いながら、何気ない動作で指先を俺の胸に空いた穴へ突き立てた。
ーージュァアッ
悪魔が俺の体に触れた瞬間、傷口を起点に全身へ温かい感覚が広がって来た。
熱いとも形容できるその熱は優しく傷付いた五体を癒してくれる。
ポーションを使って血肉を肉体情報にそって回復する時と似たような感覚だ。
「や、やめ、ろ、な、ぁ、何を……!?」
「おぉぉ、流石は吸血鬼の血を引く男ですねぇぇ。情報通り、驚異的な回復能力だぁぁあ」
悪魔はそれだけ言うと指をそっと離した。
自分の身に起こった所業がすべて悪魔の手による物だと本能が理解する。
そしてそれを理解してしまえば、もう立ち上がることはできなかった。
言葉すら発することができない。
肉体的には可能なのだろう。
だが、体よりも先に精神が殺されてしまった。
「おやぁぁ、恐ろしくて声もでませんかぁぁ〜。まぁぁ、仕方のないことですぅぅう〜」
「は、ぁ……ぁ、ぅ」
恐怖で動かない体とは別に頭だけはよく働く。
極限状況のさなか、俺はかつて悪魔について勉強した日々のことを思い出していた。
魔界から召喚された悪魔はこちらの世界では本来の力を発揮する事が出来ない状態にある。
奴らが自分たちの力を100パーセント引き出すためには、それに耐えうる肉体をこちらで探さなくてはいけないらしい。
悪魔は人間の体を奪うのだ。
そしてその素体に備わった力が強いほど、悪魔は100パーセントにプラスαの力を得ることが出来る。
この悪魔は人間の体に乗り移っていない状態でも、俺を遊び殺す事が出来るほどに強力だ。
こんな奴に狩人たる俺の肉体を与えてしまったら、取り返しがつか無いことになるのは火を見るよりも明らかである。
体を渡してはいけない。
今コイツを倒さなければならない。
そうでなければこの悪魔は体を手に入れ未曾有の大災害を人々の鮮血で描きつづることだろう。
心の中で未だ現れぬ増援に訴えかける。
一刻も早く、1秒でも早く来てくれ!
もう来てもいい頃だろ!
「その瞳、心は折れても諦めてませんねぇぇ。けど残念ぅぅ、助けは来ませんよぉぉ〜」
「な、ど、どうして……」
自身の心を見透かされたかのような悪魔の言葉に目を白黒させる。
「おかしいとは思わなかったのですかぁぁ〜? これだけの破壊活動が行われているのにだぁれも駆けつけて来ないことにぃ〜」
「ど、どういう……?」
「現在、この王都全域、我輩の能力下にありますぅぅう〜」
悪魔は右手を広げて、俺の目の前に手の甲を突き出してきた。
見ろ、とでも言いたげに主張してくる。
「悪魔の秘術」
悪魔がそれだけ言うと突き出してきた手の指先に5色の炎が灯った。
赤、青、緑、黄色、紫と色とりどりの鮮やかな炎が揺らめき、陥没した地下空間に怪しげな明かりをもたらす。
「我輩の存在を認識させずぅぅ、人間を近づけさせずぅ、かの聖職者たちから我輩の姿を遠ざけぇぇ〜、
我輩の能力発動を隠蔽しぃ、我輩と貴方との戦闘行為にはだぁ〜れぇも干渉することが出来なぁ〜い」
「そ、そんな、馬鹿な、デタラメなこと、が……ッ!」
悪魔は炎の灯る自身の指先を順番に指で指し示しながら、強力な複数の能力を明かしていった。
話には聞いていた。
悪魔たちは人間には真似できない特殊な魔力の使い方をする秘術があるのだと。
人間には到底真似できない魔術式の構成らしい。
より高次元の思考と叡智があって初めて成立する悪魔の業。
だが、まさかこれほどの能力とは。
しかも複数同時に発動していると言うのか?
こんな理不尽に強力な存在がいるなんてーー知らなかった。
「う、ぅぐぅぅぅ」
あまりにも無力な自分が不甲斐なく涙が溢れ出て来た。
自分の生涯を否定された。
俺の必死に生きて修行した時間を無為に返された。
「あっはははははぁぁあ〜! 泣いてしまいますかぁぁ〜! それも仕方ありませんねぇぇ!
だってもう立ち上がる力は無くぅ、助けも絶対にこないと言うことが判明してしまったのですからぁぁねぇぇえ〜!」
「ぅ、ぐぅぁぅぅ、ぅぅ……ッ」
勝ち誇る悪魔の憎たらしい笑顔に睨みつけ、俺は最後の切り札を使う事を躊躇わずに杖に手をかける。
俺は無力だ。
だが俺たちの力が届かないと決まったわけじゃ無い。
俺の心に再び炎が宿った。
「人避けがされてるって言ったのは間違いだったなぁッ!」
何万回と繰り返したファストドロウで抜きはなった杖自身に突き刺す。
暗唱は終えている。
あとはトリガーを引くだけだ!
「無駄です」
悪魔は静かな声音でそう囁くと、そっと俺の杖を指差した。
「杖が壊れてしまっては、ねぇぇえ〜」
「っ、ぁ、な、どうして……!?」
手に持った愛杖が本来の重さを持っていない事にようやく気がついた。
杖を目の前に持ってきてその理由にも気づかされる事になる。
「先ほどこっそりと焼かせていだだきましたぁぁ〜」
「哀れなる呪恐猿」が手の中で灰となって砕け散っていく。
暗い穴の中を天上から差し込む光に照らされ、杖だったはずの灰色の粉が舞い上がる。
俺はその瞬間、全てが終わっていたのだと初めて知った。
舞い上がる粉を見つめながら腰裏に仕込んでおいたラビッテの杖にも手を伸ばす。
そして予備の杖までもが先ほどと同じように灰になって倒れふす自身の体を白く汚していくのを、ただ黙って見つめる。
「そうか、終わってた、のか……」
「えぇ、左様でございますぅぅう」
嬉しそうに、実に愉快そうに微笑む悪魔を感情の抜け落ちた瞳で見つめる。
この悪魔にはどうやっても勝てなかったんだ。
最悪の場合は≪最後の場所≫を使えば何とかなる、と考えていた。
その絶対の保険がこんなにもあっさりと打ち破られるなんて。
そうかそうか、そうなのか。
最初から切り札を切るなんて選択肢無かったんだ。
そうか、そうか、そうか……。
「ぅ、ぐ、ごめん、アーカム、ごめんぅぅ…….ッ!」
俺は、俺たちは初めから詰んでいた。
うつむき地面の底にたまる水溜まりに突っぷす。
後悔と懺悔の念で視界がふやけていく。
何度謝ってももう遅いのだ。
全ては終わってしまっていたのだ。
自身の内側で恐怖に怯えているのか、俺への激しい怒りに狂乱しているのかはわからない。
どちらにせよ、俺に出来るのはただ眼前に迫った最後の瞬間まで彼女に謝り続ける事だけだ。
「おやぁ、謝るのはご自身では無く、彼女らなのではないですかぁぁ〜?」
悔しさでぐしゃぐしゃになった顔を上げて悪魔を見上げる。
天上の太陽を背にする悪魔の姿は皮肉にも神々しく神聖な印象を与えてきた。
そんな最悪の悪魔が、その細い両手に人を持っている事に気づいた時、俺は心の底から震え戦慄した。
「ぁ、ぁあぁあ!」
「あーはっはははははははぁあ〜!」
俺にはそれらが誰なのか一瞬でわかってしまっていた。
だからこそ理解したと同時に激しい怒りを雄叫びとして怒鳴り上げたのだ。
あるいはこれは憤怒の雄叫びではなく、ただただ絶望の叫びだったのかもしれない。
「ご紹介しましょぉぉ〜。こちらは貴方のご友人のゲンゼディーフちゃんとマリちゃんですぅぅ〜!」
「ぁぁぁああ!」
「あーはっははははははッ、あぁーははははッ!」
俺の叫び声を聞いてなお喜ぶ悪魔の高笑いが薄暗い穴の底にこだまする。
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