記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第108話 昇進、狩人(仮)



12月16日。

今世の最大の緊張感を持って廊下を歩く。
額に馴染むのは、ここ一番の勝負に出る冷や汗。

大丈夫だ。落ち着いていこう。

目標へ向かってまっすぐ進む。
リボンをあしらって梱包された手に持つ箱の中には、俺が編んだ手袋が収められている。

これを、これをカティヤさんに受け取ってほしい。
前みたいに犬用みたく大きくなってはいない。
俺の編み物スキルはこの4ヶ月の期間を経てずっと成長し続けているんだ。
手袋の出来は問題ない。
時期も間違えてない。
大丈夫だ、今日は冬、てか季節は冬だ。
手袋をプレゼントしたっておかしくないんだ。
だから、だからーー。

「止まってくれ足の震えぇ……ッ!」

もし、もし仮にこの手袋を受け取って貰えなかったらーー。
いや、大丈夫だ受け取っては貰えるだろ。
俺が恐れてるのは、餞別の日の焼き直し。

明日の朝、ポチが手袋をして来たりなんかしたら俺は多分ショックで死んでしまう。

「落ち着け、大丈夫だぁあ!」

太ももを叩いて弱い心を奮い立たせる。
廊下を行く周りの生徒に変な目で見られてるが、そんなこと知ったこっちゃない。
今は全集中力を投入して本気を出す場面だ。
剣気圧を無意味に全開にして、戦う為の気力を充実させる。
相手は俺の心。
かたわらの窓ガラスを反射を使って髪型が崩れてないか確かめる。

よし、バッチリ。
果てしなく男前じゃないか、えぇ?

「″あ、後ろの寝癖やばーいー″」
「うっせ。黙ってろ」

妨害工作をはたらく肉体の同居人を精神世界へ押し戻す。

「″むぎゃ!″」

よし、いくぞ、いくぞ!

深呼吸。
よし、よし。
クールにクレバーなアーカム・アルドレアで行こう。

未だ爆笑する膝をぶっ叩いて喝を入れる。
そして足を踏み出す。

一歩目を踏み出して仕舞えばあとはどうという事は無かった。
自然と足は動いてくれた。

よし、あと5メートル。

あと3メートル。

1メートル。

「ぁ」

うっかりカティヤさんの黄昏れる窓辺を通り過ぎてしまった。

馬鹿か!
何をやってるんだ俺は!

勝手に動く足を意思の力で今度は強制停止させる。
背後5メートルの位置にカティヤさんがいるーーような気がする。

ちらりと尻目に背後を伺う。

よかった、まだ窓の外を見て黄昏ていらっしゃる。

さぁ、あともう少し近づけ。
近づくんだアーカム・アルドレア。

「ドートリヒト」
「ん?」

やべ緊張しすぎて背を向けたまま話しかけちゃった。
うっわ、なんだよこの会話の切り出し方!
演出がクサすぎるぜ、まったくもう!

意図せず厨二チックな演出になってしまったことに心の中で神を呪う。
我ながら嫌になるよ、本当に。
だが、もう話しかけてしまった以上このまま行くしかない。

「なに、アルドレア」
「お前に渡したい物があるんだ」

靴底を打ち鳴らしくるりと振り返ってカティヤさんのことを見据える。

ダァぁぁああー!
なんでこんなクサすぎる演出をしてしまうんだぁ!
全部無意識のうちにやってしまう!

「ッ、なに、渡したい物って」

カティヤさんは金銀色の毛先を指で弄りながら目を合わせずに答えた。

あ、やっぱキモいよね、マジでごめん。
いやさ、俺もこんな事になるはずじゃなかったんだよ?

「ほら」

外面では平静を取り繕いながら手に持った、リボン付きの箱を彼女の前に差し出す。
内面ではすでに自爆したようなこの状況に絶望が止まらない。

「誕生日プレゼント。お前言ってたろ。これちょうどよく貰い物があったからさやるよ。あぁそうだ、これ同情な? 勘違いするなよ?
どうせお前なんかにプレゼント贈ってくれる奴なんていないだろうから、可哀想だなって思ーー」

状況に耐えられず言い訳の言葉をツラツラと並べ立てていく俺。
気づけば廊下の生徒たちはもちろん、オオカミ庭園からも子犬生たちも興味ありげにこちらを眺め出していた。

あぁまずいよ。
これ蹴られて終わるパターンだな。

「だからな、ほら絶対勘違いなんてするなよ。こんなんどうせ出店でゴミみたいに売られてた安物と変わらないんだからな。
お前にはこれくらいがお似合いっていうか、むしろお前が……って、あれ?」

おかしい。
骨格を矯正する殺人キックが飛んでこない。
いつもならもうとっくに飛んできても良い頃合いだ。
はて、どうしたのだろうか。
どこか調子が悪いんだろうか?

恐る恐る目を開けて眼前のカティヤさんを見据える。

「ぅ、ぅうぅ……」
「ぇ」

カティヤさんは泣いていた。

おい、待て、待て待て待て!
嫌だ、これは前回と同じ流れやないか!
違うんだ!
カティヤさん、俺は本当は君を喜ばせたくて!
俺は君に笑って欲しくてこれを作ったんだ!

「か、カティーー」

前回のようにここで逃げるのは簡単だ。
だが、だからこそ俺は逃げない。
ここで逃げてしまったらまた後悔だけが残るに決まっている。
それだけは、それだけはもう嫌なんだ。

「ごめん、えっと、許してくれとは言わないから」
「ぅぁああぁあ!」

ーーバギィ

「うぎぁぁあ!?」

カティヤさんの泣きながらのトーキックで膝の皿を粉砕される。
いつも通りの殺人的な威力に安心している自分が嫌いになりそうだ。

「ご、ごめ、ぁ、あれぇ!?」

カティヤさんに謝るべく近づこうとすると、カティヤさんは俺の手の箱をふんだくって走り出してしまった。

あ、プレゼントは受け取ってくれるんだ。

悲鳴をあげる膝小僧を抑えながら、どこかチグハグな行動をするカティヤさんの小さくなる背中を見送る。

「これは、ポチルートかなぁ」

廊下には振られた哀れな俺を笑う生徒たちと、勝負に負けて膝が大爆笑する敗北者だけが残っていた。



12月16日。
冒険者ギルド第四本部。

「よし、これで狩人(仮)手続きは、完了かー?」

アビゲイル・コロンビアスはよく剃られた顎をしごきながら頷く。

「そうか、ご苦労」

アヴォンは壁にもたれかかり人間のコインを指で弄りながら言う。

「こりゃとんでもない事だ。まさか9歳で狩人になっちまう奴が出てくるんとはね。流石は怪物の血を引く者だ」

アンナは椅子に腰掛けながら指でコインを弾いて遊んでいる。

「おめでと」

エレナは机に突っ伏しながらダルそうに梅色の髪の毛を指で弄っている。
数日前と比べると顔色は少しだけ良くなったか。

てか、コイツら落ち着きねぇな。

「あ、いやまだだ。アーカム、最後にここに指印だけ頼む」

アビゲイルに指示されるがままに親指に紅をつけて紙にスタンプ。
白く薄い紙。
上質な紙である。
庶民の使う羊皮紙ではないそれは正式な書類用か。

「これで本当に完了だな。おし! それじゃ少しだけ注意事項をしておこう」
「はい」

アビゲイルは今しがた記入していた白い紙をファイルして別の紙を取り出した。
こちらは羊皮紙だ。
エーデル語の文字がびっしりと両面に書かれている。

「お前さんは晴れて今日から狩人協会員だ。協会員となったからにはいくつかの特典があるぞぉ!」

アビゲイルはテンション高く腕を突き上げた。
なんだこのおっさん。

「あ、ここ盛り上がる場所でしたか」

ノリについていけず、遅れて腕を突き上げる。
ついでにダルそうに突っ伏しているエレナの腕をつかんでいっしょに持ち上げて見よう。

「チッ……」

舌打ちされた。
ちょっとショックだ。

「こんなん盛り上がる場所じゃないわよ」
「訳がわからん」

先輩狩人たちはみな冷たい視線でアビゲイルを射抜く。

「おいおい、ノリが悪り奴らだ。こほん」

ひとりだけテンションの高いおっさんは、首を振って「ダメだコイツら」と言外に表し、わざとらしい咳払いを持って話を進め始めた。
同僚なんだから仲良くして欲しいものだ。

「特典1、協会員は狩人の怪物図鑑を閲覧できるぞ!」
「ほう」

「特典2、協会員は本部から公用グランドウーマを召喚しても怒られないぞ!」
「あーミルクちゃんにまた会いたいな」

「特典3、協会員は本部の腕利き職人が作った武器を買う権利を得る。つまり本部でいろいろ買い物していいぞ!」
「ほう、会員割引とかあるんすかね」

「特典4、協会員は各ギルド拠点に設置された全ての施設をタダで使用してオーケー!」
「エクセレント」

「特典5、協会員は各ギルド拠点に設置された地下フロアへ入ることが許可されるぞ!」
「ぇ、ギルドに地下フロアなんてあったの……?」

「特典6、協会員は大体変なことやらかしたり、何やっても冒険者ギルドが尻拭いしてあげる!」
「おぉ、それはすごい」

なんだ何しても後始末をしてくれるのか。
なら街くらいちょっと壊しても問題などないな。

「街壊さないでアーカムくん!」
「ぇ、ぁ」

アビゲイルの光の宿ってない黒目。

「街壊さないでアーカムくん!」
「……すみません」
「マジで大変だからね、アーカムくん!」

特典説明のノリで最後に苦情が飛んできた。
いやぁ、本当にすみません、反省します。

「と、まぁ人間のコインを手に入れればあの2万個くらい特典が増えるんだが、現状はこんなところだな。あ、まだあった、けどまぁいいだろ別に」
「どうせなら全部聞きたかったですけど」
「そうか? あと5万個くらいあるけど全部読むか?」

なんなんだよこのおっさん。
そんなに読むのめんどくせぇか。

アビゲイルは羊皮紙を裏返して視線を落とす。
紙の裏がこちら側からでも確認できた。

どこに5万個書いてあるのか教えてほしい雰囲気の内容だ。
アビゲイルが端折った部分を自身で補完していく。

「でだ、いくつか注意事項もあるからこっちは良く聞いておけよ」

アビゲイルは真面目な顔で眉間にしわを寄せた。

やっと真剣に仕事する気になったか。
ちゃんとやれよ、高いお給料貰ったんだから。
どっか国の議員たちみたいに国会で居眠りとか許しちゃダメなんだからな。

「狩人協会に不利益を被る行為を意図して行った場合、人間のコインの返還及び狩人を辞めてもらう」
「ふむ」

秘密結社っぽい注意事項だな。

「アーカム、わかってるのか? 狩人を辞めてもらうんだぞ?」

アビゲイルはうざったらしいジト目を向けてくる。

「わかってますよ。下手なことしたらクビって事でしょ」
「違うな。処刑人に殺されるって事だ」
「……おっふ」

アビゲイルの真面目な表情。
冗談を言っているわけじゃなさそうだ。
そうか、処刑人か。
狩人協会って処刑人なんて役職もあるんか。

なんだか協会の闇に触れたような気がして背筋に嫌な汗を掻いてしまった。

「了解です」
「お前は賢いから皆まで言わなくてもわかるだろ。よし次は、ふむ、どれからいくか」
「狩人三カ条」

紙を見て思い悩むアビゲイルへリクエストが立った。
ダルそうに俯いているエレナが顔をのぞかせてこちらを見つめていた。

「じゃそれで」
「おし、えぇと。狩人三カ条。んっん。
『人間の為に戦え、大義は我々に。
怪物に屈するな、死んでも立ち続けろ。
決して負けるな、常勝の道を行け』だ。よし次は」

アビゲイルは作業感満載に、だけれど声音を変えたりして雰囲気バッチリに楽しんで説明し終えた。

完全に遊んでいやがる。
なんか良さげな事を言っていた気がするのに、これじゃ台無しだ。

「スカラーのやつ」

再びエレナからリクエストが入った。

「はいはい、スカラーのやつ。んっん!
初代狩人、スカラー・エールデンフォートの遺言。
『狩人よ、強くあれ。
人間の味方であれ。
人の誇りを忘れるな。
やがて至れよ、狩人よ』だ。
う〜ん、自分の名前より復唱した遺言だな」
「風勢も何もあったもんじゃねぇな」

アビゲイルはニヤニヤ笑いながら失礼なこと言いまくっている。

これじゃ初代狩人泣くぞ。
謝れエールデンフォートさんに。

「ラチェットのは言ったか」

おや、今度はアヴォンからリクエスト。

「わかってるな、流石アヴォン・グッドマンだ。んっんぅん! じゃ、いくぜ。
第104代狩猟王ラチェット・エフェクトの言葉。『敵は強大だ。
星に比べたら人など吹けば飛ぶような存在であろう。
我々は弱く、超常を打倒することは叶わない。
だが、諦めるな。
我々の敗北は決して無駄にはならない。
進み続ける事が我々人間の大いなる力だ。
積み上げろ。
築き上げろ。
練り上げろ。
そしていつか克服するのだ。
お前たちの骸が偉大なる勝利の架け橋となるのだ』
新暦2853年、ヨルプウィスト人間国、ドゥーハ・エ・トァッビアの演説、第3天使迎撃戦、狩猟王ラチェット・エフェクトより」
「うむ」
「なんか壮絶、ですね」

アビゲイルのこれまでのふざけた空気が一瞬で変わった。
アビゲイルは紙の一端をじっと見つめて何かを考えているようだ。
ラチェットの演説には何か思い入れでもあるのだろうか?

「ほら、アーカム。最後に掟読んどけ」
「はい」

アビゲイルに羊皮紙を渡される。

なんだよ、俺が読んでもいいんなら最初から渡せよ。

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「狩人の掟」
・協会に不利益を被る行為をしない事。
・自身が狩人である事を悟られない事。
・他の狩人の個人情報を流出させない事。
・協会の情報開示をする際は吟味する事。
・やむ終えず私情で殺人を行なった場合は速やかにギルドに届け出を出す事。
・人に迷惑をかけないよう心掛ける事。
・一生懸命頑張る事。

狩猟王ジェイソン・アゴンバースより新人狩人へ
・「一生懸命頑張ろう」


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後半一気に運動会のしおりに書いてありそうな内容になっているが、概ね理解出来た。

「あの、この誰でも言えそうな一言を載せてるジェイソンって誰ですか?」
「現狩猟王だ。その代の狩猟王は何かしら新人狩人へ贈る言葉を掲載する事が義務づけられている」

なるほど。
つまり今代の狩猟王はかなり適当ということか。

「ふむ」

羊皮紙をアビゲイルへ返す。

「おし、これで伝えるべき事は伝えた。さっきのまた読みたかったらまたギルドに来てくれ」
「はい」
「うん、よし、終わり! 解散!」
「お疲れ様〜」
「お腹空いた」
「アーカム、この後の予定を詰める」
「了解です。アンパン、ですね?」


アビゲイルの掛け声で入った時は3人だった狩人たちは、ひとり新しい仲間を増やして部屋を退出していった。
新暦3055年12月17日。
セントラ大陸。
ローレシア魔法王国が首都、王都ローレシア。
冒険者ギルド第四本部にて史上最年少狩人記録が大幅に塗り替えられる。
レザー流狩猟術後継者狩人アーカム・アルドレア。

後に伝説となる狩人の誕生日である。

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