記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第99話 駈けぬける白兎


「お、ポチ、久しぶり」
「わぉわぉ!」

久々に帰って来たトチクルイ荘でポチの姿を発見。

「あれ? お前、これって……」
「わぉ!」

おすわりして中庭の芝生に座すポチの首に、何かが巻いてある事に気がついた。
ポチのモフモフの首回りを若干スリムにしつつ巻いてある物体。
俺にはそれに見覚えがあった。

「そっか」
「わぉ!」

ポチの首に巻かれていたもの手に取り視線を落とす。
すると何故か、無性に瞳の奥込み上げてくるものがあった。
堪えよにも堪えられないその感情の波。
俺は溢れ出すそれを必死に押し留める。

「ポチ、これゴミ捨て場で拾ってきたのか?」
「……わぉ?」

太くふわふわな首を可愛らしくかしげて不思議そうな顔をするポチ。

「そりゃ、そうだよな。こんな布切れ、捨てる、よな……ぅ、ぅ」

ついに目尻に溜まった涙を堪え切れなくなると、それは歯止めを知らずどんどん溢れ出てきた。
ポチが首に巻いていたもの……それは夏休み前の餞別の日に、俺がカティヤさんにプレゼントしたはずのマフラーだったのだ。

結局、オキツグの言った通りだった。
いいや、まともな贈り物を出来ていれば結果は違ったかもしれない。

俺は愚かにも独り善がりに、ただ贈り物をすれば喜んでもらえると勘違いしていたんだ。
どうしようもない馬鹿野郎だったんだ。

「ぅ、ぅ、ごめん」
「くぅーん……」

ポチのふわふわのたてがみにすがるようにして、ここにいるはずもないカティヤさんに懺悔する。
自分のした事が何の意味もなかったと思うと悔しくて、悔しくて仕方がなかった。

そんな惨めな俺のことを哀れんだのか、ポチは先ほどまで元気に立てていた耳を垂れ下げて、どことなく悲しそうな顔をしてくれている。
一緒に悲しんでくれるというのか、この犬は。

「はは、いいんだよ。カティヤさんには喜んでもらいたかったけど、ポチが使ってくれれば作った甲斐はあったってもんだ」

長過ぎるマフラーをもう一度ポチの首に巻き直す。
頭おかしいほどに長さがあるせいで巨犬ポチにすら巻けてしまう。

マフラーを巻いたポチの姿はモフモフ感が若干抑えられて、首回りがスリムになっていた。
だが不思議とピッタリとサイズは合っており、なかなかどうして悪くない着こなしだ。

もとからポチ用だったのかもしれない、このマフラーは。

「ほら、人狼マークもお前にピッタリ合っててカッコいいぞ!」
「わぉ……」
「そんな顔するなって。俺はもう平気だから」

明るく振舞ってみせるが、ポチは依然として寂しそうな顔をしている。
別にポチがそんなに悲しむ必要はないだろうに。

「わぉ、ぉぉ」
「え……ポ、ポチ?」

か細い鳴き声をだすポチの異変に気がついた。
その顔を覗き込むようにして見つめる。
すると、彼がただ悲しそうな顔をしているだけではないことがわかった。

「泣いてるのか、ポチ?」
「わぉ、ぉぉ、ぉ……っ」

にわかには信じられないが、目の前の巨犬はあろうかとか金色の瞳から涙を流していたのだ。
いくらポチが賢いからって人の感情にこうも影響を受けるなんて。

「俺のために泣いてくれてるのか?」
「わぉぉん、ぉぉお」

涙するポチにそっと手を伸ばす。

「ッ!」

だが、俺の手が藍色の毛並みに触れた瞬間、ポチは素早く身を翻してさっさと屋根へと登ってしまった。

「ポチ……」
「ぉぉ、わぉ」

ポチは屋根上からこちらを一瞥すると、すぐさま屋根の向こう側へ消えていってしまった。



新学期が始まり、授業もまたいつもどおり始まった。

学校生活は相変わらずだ。
毎日のようにオキツグが厄介ごとを持ち込んできたり、授業中にオクハラにちょっかいをかけて真剣で斬りつけられたり、
グリードマンの決闘論でサティと毎回のように決闘したり、カティヤさんに勝負を挑まれたり。

あぁそうだ変わった事もある。

最近はカティヤさんに決闘で勝てる事が多くなって来た事だ。
相変わらずサティには手も足も出ないが。

俺の使える決闘用の魔法は相変わらず≪喪神そうしん≫と≪魔撃まげき≫くらいなのだが、最近は魔感覚が成長してきたお陰なのかカティヤさんの魔法でも見てから避けれる様になってきた。

どことなく手を抜かれてるような気もするが……いや、でも彼女はかなり負けず嫌いなのは周知の事実なのでそれは無いか。

ちなみに、カティヤさんとの決闘はもはや魔術師の戦いでは無くなっている。
お互いに他の魔術師の追従を許さない格闘能力と機動力があるのため、決闘魔法陣・改を出ないように走り回って魔法を撃ち合うのがもっぱら俺たちの戦いだ。

ただ、この走り回る戦い方はカティヤさん相手以外にやると苦情を貰ってしまうのでカティヤさん専用戦法になっているだけれど。

多分カティヤさんも同じだろうな。
彼女にとっては対アーカム・アルドレア専用の戦い方なんだ。

「ふふ」

こういう事を考えるとカティヤさんと繋がりが出来たような気がして俺はいつもちょっと嬉しくなれたりする。



季節は巡る。

夏の暑さは完全に抜けて、秋もいつの間にか終わり冬がやってきた。

12月10日。
もうすぐ俺の誕生日だ。
ま、世間はそんな事知らずにトニースマス気分だろうがな。

「ねぇ、あんた魔術言語、得意だったよね?」
「ん? 毎回学年一位取らせて頂いていますけど何か?」

純魔力学の授業が終わると同時に、カティヤさんが睨みを効かせてきた。
彼女の美しい髪の毛で視覚を楽しませながら、努めてニヤけないように向き直る。

最近少し髪が伸びて来たせいかカティヤさんの髪型が小洒落きている。意識せずにはいられない。

理由は定かではないが、俺としては眼前の美少女がオシャレに気を使い始めた事がとても嬉しい。
目がこれまで以上に幸せになれるからだ。

「あたしにも、ぉ、教えなさい」

唇をわなわな震わせながらも懸命に頼み込んでくるカティヤさん。
頼み事するのに慣れていないのか、頬を染めて悔しそうな恥ずかしそうな顔をしている。可愛い。

正直、こんな顔でお願いされたら、インフィニティにエターナルに何でも教えてあげたくなってしまう。

だが、優しい事だけが彼女の為にはならない、という事を俺はカーピィナ先生から学んだのだ。
ゆえに簡単には首を縦には振ってやらない。

「はぁ〜それが人に物を頼む態度か〜」

うざったらしく首を横に振りながら、肩をすくめて大げさにため息を吐く。

「ぐぬぬぅ!」
「ん〜? どうしたぁ〜?」

はは、遠慮なく調子に乗らせてもらおう。
なんでか知らないけど夏休み明けから俺はカティヤさんに暴力を振られなくなったのだ。

ほら、今だってカティヤさんは拳を握りしめて、ふるふる震えながら怒ってても、可愛い顔で睨みつけてくるだけ。うむ、苦しゅうないぞ。

「ほら、どうした? 人に物を頼む時はお願いしますだろ」
「ぅ、おね、お願、ぃ……」

カティヤは小さな声で何かを言う。
顔はそっぽ向いてしまいこちらを見てくれない。

素直だ。可愛い。
だが、まだだ。
ここで妥協してはいけない。

これから彼女には学校のみんなに受け入れられるような平均的コミュ力を身につけて貰うんだ。
もう拳で話し合うのはやめにしようじゃないか。

「ほらほら。声が小さいぞ。そんなんじゃーー」
「アーカムぅう、助けてくれよい!」

背後で扉が開け放たれる音がする。

「チッ、俺のスウィートタイムを邪魔するオキツグコレラ菌がまた来たか」
「なんだその言い草!? 酷過ぎるだろい!」
「うるさい、静かにしろ。また面倒ごと起こしたのか、オキツグ」
「俺じゃねぇ! ウサギだよ!」
「は? なにを訳のわからないことを」

錯乱した友人へ憐れみの目を向ける。

「そんな顔でみるな! お、おい、ドートリヒトも何で睨みつけて来るんだよ!」

オキツグは地団駄を踏みながら身振り手振りで何かを伝えようとしている。
じっとしててもうるさい奴がそんなことすれば騒がしいったらありゃしない。

「アーク! 大変よ、ウサギが!」

オキツグを突き飛ばし廊下から新たな闖入者ちんにゅうしゃ
焦げ茶色のポニーテールを振り乱す天才そうな少女だ。

「なんだよ、サティまで頭おかしくなったのか?」
「違うわよ!」

ーーブウゥゥゥンッ

唐突に打ち出された風の玉を首を振って避ける。
冷や汗が額を伝い、怒りながらも手加減してくれた少女に密かに感謝しておく。

「それで、ウサギってなんだよ」
「ほら、あのーー」
「アーク! 大変だよ!」

さらなる闖入者がやってきた。
今度は茶色い単発のなんか女子っぽい男子だ。

「ゲンゼ、お前までどーー」
「アーカム! 大変だよ、ウサギが!」

また闖入者ちんにゅうしゃ

「レージェもどうしたんだーー」
「アルドレア、大変です、ウサギが逃げ出しました!」

闖入者。

「カービィナ先生戻って来たんでーー」
「ペットハンターのアルドレア様はいらっしゃいますか!」

闖入ーー。

「あんたは飼育員のーー」
「アルドレア! 今すぐウサギを捕まえに行きますよ!」

闖ーー。

「グリードマーー」
「アーカムよ、ウサギが逃げ出してもうたわい」

ちんちんちんちんちんちんーー。

「こ、校長先生まで……」

もはや学校中の職員生徒たちが教室へ押しかけて来ている。
何が起こっているのかわからず混乱が加速していく。

しかし、ここで皆の言うある一つのキーワードが俺の頭に閃きをもたらした。

「ぁ、あの、ゴルゴンドーラ校長先生、ウサギってもしかして、あの子たちですか?」

俺は唯一ウサギという言葉で思い当たる存在たちの姿を思い出す。

「そうじゃ、レトレシアの聖獣、グランドウーサーのモチモチとシゲマツが逃げ出したようなのじゃな」
「うわぁ」

ヒゲをしごきながら呑気に語るゴルゴンドーラ。
これは大変な事になった。



レトレシア魔術大学の聖獣コンビ、グランドウーサーのモチモチとシゲマツの脱走は王都中を激震させた。
冒険者ギルド第四本部は緊急クエストとしてモチモチとシゲマツの捜索および、住民避難を王都にいる全冒険者へ勧告。
王城のある第1区は東西南北、全4区画完全閉鎖され、区画ごとに検問が設置されるほどの事態に。
街中には貴族街から出動した騎士団たち総出で、モチモチとシゲマツの捜索が行われ始めている。

ウサギたちの脱走によって王都中が大混乱の中へ叩き落とされたのである。

レトレシア魔術大学の本日の授業は全て緊急休講となり、職員たちも総出でモチモチとシゲマツの捜索に乗り出した。

「私たちではモチモチとシゲマツを見つけられる可能性は極めて低いです。アルドレア、くれぐれも頼みましたよ?」
「任せてください、カービィナ先生」
「まあまぁ、気楽に行くとするかの。アーカムも気張らんでいいからのぉ」
「はい、ありがとうございます、ゴルゴンドーラ校長先生」

肩を軽く叩いて、託されるようにしてニコやかに微笑むジジイとババァ。
まさか彼らに頼られるとは思わなかった。
学校のツートップに期待されて自然と緊急ミッションに熱が入る。

前方へ歩いていくジジイとババァは互いに見つめ合い、ひとつ頷くとふわりと空中に飛び上がった。

そうして校長と副校長はそのまま空へと飛んでいってしまった。

「アーク、無茶だけはしないでね」

空飛ぶの老人たちを見上げていると、背後からサティがやってきてぎゅっと手を握りしめてくる。

「はは、大丈夫、あの2匹とは王都で一番仲がいい自信があるから」

かつて2匹のウサギたちに芸をさせて、女子たちを楽しませていた時のことを思い出す。

「だから、サティ。そんな顔するなよ」
「……うん」

不安そうな顔をするサティの頭に手を置いて優しく撫でる。
焦げ茶色髪の毛はサラサラで何とも触り心地がいい。
子供特有のきめ細かさだ。

「この綺麗な髪の毛を撫でにまた戻って来るさ」
「も、もう、平気でそう言うこと……もう!」

サティは歯噛みしながら杖を引き抜き、突いてきた。

「痛ッ! な、なんでだ!?」
「馬鹿ぁ!」

おかしい、子供は頭を撫でておけば大体機嫌良くなるのに。サティには効かないというのか。

「大丈夫だよ、サテリィ。あのアークだよ! きっと今回も上手くやってくれるよ!」

ゲンゼは頬を染めて、顔真っ赤で怒っているサティの肩に手を置いて彼女を勇気付ける。

サティを安心させる側になるとはな。
お前は本当に成長したよ、ゲンゼ。

「おし、それじゃ、ちょっと行ってくる」
「必ず帰ってくるのよ! アーク!」
「モチモチとシゲマツを頼んだよ、アーク!」

大きく手を振るサティとゲンゼへ、こちらもまた大きく手を振って返す。

友人たちに背中を押され、勇気をもらいながら一気に跳躍して校舎敷地から外の建物屋根へ移動した。

このアブノーマルな事態が収まるまで基本的に生徒たちには皆帰宅指示が出ている。
まぁ、実際のところ従う奴がどれほどいるかはわからない。なんとなく生徒のほとんどは先生たちの少なくなった学校に残って、緊急休校になったことを喜び合うんだろうけど。

ただ俺はそういう訳にはいかない。
俺には役目があるのだ。
モチモチとシゲマツを見つけてやる、という役目が。

というのも、全ては俺の冒険者ギルドでの俺の二つ名は「ペットハンター」のせい、おかげ……だ。
迷子ペットを半年探し続けた事は俺の期待値以上の名声に繋がってしまっていたのだ。
この異名はすでに王都中で知られる程に有名な物になってしまっている。

いわく、未解決の難事件を呼吸をするたびに解決する伝説の名探偵。

いわく、王都にいるすべてのペットの所在地を常に把握している情報屋。

いわく、王都では今後10年は迷子のペットは発生する前に飼い主の元へ戻ってくる、生きているだけでペット迷子を未然に防ぐ男。

いわく、迷子ペットたちが最後に辿り着く迷いし者たちの終点の管理者。

いわく、冒険者ギルドの迷子ペットクエストを馬鹿みたいに受注しまくる狂人。

これらの噂に加え、普段からモチモチとシゲマツにブラッシングして、
半端ない懐かれ方をしている俺は今回のグランドウーサー捜索においてかなめとすら言われた。

以前、冒険者ギルドから感謝状を貰った事もあるのだ。ベット捜索の手際をたたえての感謝状をな。
つまり俺、アーカム・アルドレアは現在では王都におけるペット捜索の分野での第一人者なのである。

あまりにも格好つかない専門家だが、事実なのでしょうがない。

別にプライドがあるわけではない。
たが俺は専門家としても、奴らのブラッシング係としても、何としてでもモチモチとシゲマツを捕まえてレトレシアの動物小屋に戻してやりたい。

「うーん、まずはあそこ行ってみるか」

跳躍して、上空を跳び回りながらウサギたちが行きそうな場所を思い浮かべていく。

そうしてグランドウーサーのモチモチとシゲマツがいそうな場所、尚且つおよそ誰も捜索していないであろう場所にあたりをつけることで俺は駆け出した。



グレナー区、地下遺跡。

「やっぱ、ここにいたのか」

開幕、シゲマツ確保。

「きゅきゅ」
「よし、よしよし」

体調5メートルを超える巨大なウサギにブラッシングしながら語りかける。
一旦、これで落ち着いてもらう魂胆だ。

今回レトレシア魔術大学から逃げ出した、グランドウーサーのモチモチとシゲマツは「怪物」である。

彼らがその気になれば王都の都市機能を停止させることなど容易いこと。
それ程までにこの聖獣とうたわれるグランドウーサーの力は強大なのだ。
まぁだからこそこんな大騒ぎになってんだけどね。

「よーし。それじゃお家に帰ろうなぁ〜」
「きゅきゅ」

シゲマツは大きなお鼻をヒクヒクさせてこちらの匂いを嗅ぎまくってくる。可愛すぎる。

「きゅきゅ♡」

こちらの事が俺だとわかり安心したらしい。
でかウサギは艶めく毛並みの長い耳を器用に動かして、こちらにすり寄ってきた。

「よしよし。それじゃゆっくりだぞ。いきなり動いたら遺跡が崩れちゃうからな」
「きゅきゅ!」
「あぁ! コラコラ、動いちゃダメダメェ!」

急に動き出さないようにシゲマツを押さえながら動きを封じる。

ただ今、俺は地下遺跡内で発見したシゲマツを地上へ送り届けるプロジェクトに取り組んでいる。

捜索開始から3分。
俺は人々が知らないであろう地下遺跡内を爆走して、気配を探索しまくった。

その結果、驚異の早さで聖獣シゲマツの行方を知ることが出来たのだ。

今まで知らなかったのだが、校長いわく彼らは特殊なステルス能力を持っているため、魔法による追跡が無効化されてしまうらしい。

ゆえに、全ての奇跡を可能にするとまで唄われる大魔術師のゴルゴンドーラ校長でさえこの怪物の行方を知ることは叶わなかったのだ。

また、話によるとシゲマツもモチモチも非常に索敵能力に優れており、どんなに見つからないよう工夫しても、完全に彼らの目を誤魔化す事は難しく、近くを通り過ぎただけでもすぐに逃げられてしまうらしい。

これが5メートルもあるでかウサギがなかなか見つからない理由だ。

グランドウーサーは災害みたいな強さを持っている事はもちろん、高い危機察知能力、外敵から見つからない隠密能力を持っている併せ持っている。

流石は怪物、持っている能力が一級品だ。
このウサギ、本当に凄い奴だ。

「よーし、いい感じだぞ」
「きゅきゅ」

シゲマツを首筋を撫でながらゆっくりと地下出口へ誘導していく。

「きゅきゅ!」
「ん、どうしたんだ?」

お髭をピンと張り真剣な顔になったシゲマツ。
可愛らしい鳴き声をあげたっきり、なぜか動かなくなってしまった。

境界線のわからない首をもたげ、彼はひたすらに地下遺跡の暗闇へ視線を送っていた。

「どうしたんだよ、シゲマツ」
「きゅきゅ!」

お尻を押しても頑なに動こうとしないシゲマツ。
普段なら喜んで走り出してくれるのに今日はなかなか動いてくれない。

「きゅぅぅ」
「シゲマツ……?」

何かがおかしい。
シゲマツが穏やかではない。
何かを警戒している、あるいは怯えているのか?

聖獣とまでうたわれる怪物グランドウーサーのシゲマツが怯える。
それは平時ならば考えられない事態。
尋常ならざる事だ。
一体何がそんなにシゲマツを恐がらせていると言うんだ。

「シゲマツ、大丈夫だ。俺がいるから」
「きゅきゅ〜」

シゲマツの剛毛で太い首に全身を埋めて安心させる。
このままもこもこを堪能していたい気分だが、事態がそれを許してはくれないだろう。

顔を毛の海から離して暗闇を見つめる。
少し、情報を整理してみよう。
クールにクレバーに物事は考えるんだ。

今日、レトレシア魔術大学から聖獣のモチモチとシゲマツが脱走した。

「まずここからおかしい、か」

明らかにこの時点で普通じゃない。

巨大なウサギが脱走したことはもちろん普通の事ではないが、俺がおかしいと思っているのはそこではない。

普通に考えて「聖獣」が逃げ出す訳がないのだ。

なぜレトレシア魔術大学は「怪物」なんて危険な存在を敷地内で飼っていたのか?
それは彼ら、モチモチとシゲマツが有事の際にレトレシア魔術大学を防衛する使命を与えられているからなのだ。
彼らは穏やかな性格で、調教することが可能な穏やかな怪物である。
そのため、ちゃんとレトレシアを守るようにどこかのプロたちにしつけられているはずなのだ。

それなのに職務放棄して街へ飛び出して行くなんて。

「きゅきゅ」

未だ体を震わせて怯えているシゲマツを、再度腕をめいいっぱい広げて抱きしめる。

「きゅきゅ……」

シゲマツたちが外へ飛び出した理由。
毛の塊に顔を突っ込んで思考に没頭していると、あるひとつの考えが浮かんだ。

「もしかしてシゲマツ……お前、学校を守ろうとしてるのか?」
「きゅきゅ!」

聖獣は有事の際にレトレシアを守る役目を与えられている。
その聖獣が学校を飛び出して行ったという事は、つまり、つまりだーー。

「今が、有事の際……?」

最悪の予想が脳裏をよぎる。

現在進行形で怪物たるモチモチとシゲマツが動かなければいけない程の事態が起こっているとしたらーー。
しかもその事態を引き起こしている脅威はシゲマツが怯えて動けなくなってしまうレベル。

「まずい。もしかして王都に聖獣以上の怪物が入り込んだのか……?」

シゲマツから顔を離して数歩だけ下がる。
あたりの空間を見渡す。

ここは地下遺跡の通路。
最初は学校を脱走して王都の外にでも逃げようとしているのかと思ったが、シゲマツの怯えようを見るにそうではない。

「シゲマツ。この地下遺跡にある、あるいはいるのか、その脅威は?」

ウサギの首を優しく撫でながらくりくりの瞳を見つめる。

「きゅきゅ」
「そうか。ありがとな」

やはり、この地下遺跡に何かいるらしい。
シゲマツの目を見ればわかる。

「ふぅ。これは狩人助手として見逃すわけにはいかない、よな」

左手の手袋をしっかりとはめ直す。
丈夫な生地に描かれた人狼マークをそっと指で撫で付けた。

不安な時、緊張している時、この人狼の模様に触れると不思議にも力が湧いて来るのだ。
これは俺にとってのお守り。
大きな事に挑戦する際のルーティーン。

今回もまるで誰かの祝福でも受けているかのような程、このマークは確実な勇気を俺に与えてくれた。

「よしっ」
「きゅきゅ!」

怪物が現れた可能性がある以上、それを黙って見過ごすことは出来ない。
シゲマツたち以上の力を持っている可能性だってあるのだ。

これはいち早く狩人に知らせた方が良い。
俺の先生、狩人アヴォン・グッドマンに動いてもらわねば。

「よし、それじゃまずは外に出るか」

踵を返し、元来た道を引き返すべく歩き出す。

いや、歩き出そうとした、その時ーー。

「きゅきゅぅぅぅうう!」

「ステ、ナイ……デ……?」
「ッ!?」

俺が振り返った瞬間ーーは何の前触れも無く眼前に現れた。

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