記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第92話 帰荘


「″ーー″」
「……」

「″ーー″」
「……」

「″ーー!″」
「……」

「″アーカム!″」
「…………おう」

「″おう、じゃないよ!″」

ーーペシン

「痛っ!?」

目を覚ました途端に幼女に平手打ちを見舞われた。
俺頑張ったんだからもうちょっと優しくしてほしいんだけど。

「″アーカム! 大丈夫? どこも変じゃない?″」

涙で瞳をうるうるさせた銀髪アーカムがすがるような視線を送ってくる。

「ああ、大丈夫だよ。前の時と一緒だろ? しばらくしたらベッドの上で起きるって。それよりさ、精神世界があるって事は俺たち生きてるんだよな?」

気を失うことに慣れてしまっているのか、俺はとても冷静に現状の把握を行うことが出来ている。
いやはや、慣れって怖いね。

「″え、あ、うん、たしかにそうだけど。もう少し自分の心配したら?″」

銀髪少女は呆れたような表情で座布団に腰を下ろした。
急須に手を伸ばし茶を淹れるらしい。

「俺にも淹れて」
「″はいはい″」

アーカムから熱々の緑茶を手渡される。

「ズズゥ……ふむ。うまい」
「″ズズゥ、はぁ〜″」

ーーカコン

「和室」の外に新設された「和風庭園」のししおどしがナイスなタイミングで仕事をする。

「うん、やっぱ庭を作ったのは正解だったな」

俺は障子を開けて小池とししおどしだけ設置してある「和風庭園」へ目を向けた。

「″もう、そうなの作ってる暇あったら私の『大浴場』手伝ってよ″」

アーカムは不満そうに頬を膨らませた。

「だって『浴場』作っただろ? 『大浴場』なんて必要ありません。これ以上ここの入居者増えないだろ」
「″いるのー! 私とアーカムが一緒にお風呂入るために必要なのー!″」
「俺は入らないからな。ロリコン恐い」

ロリータコンプレックスになるのが恐いの略だ。

障子を全開にしながらアーカムに流し目を送る。
やれやれ、本当におませさんなのだからうちの一人娘は困りものだ。
こんなんでは悪い男に騙されてしまう。

「″むぅ。ズズゥ″」

緑茶をすすりながら上目遣いで抗議の視線をおくってくる銀髪。

「そういえばアーカム、今回は停電しないんだな」

彼女の講義視線なぞパーフェクトイグノアして、俺は精神世界が明るい事に言及することにした。

以前≪激流葬げきりゅうそう≫を使った時は精神世界が大停電してしまい、何にも見えずこの中で肉体を持つ事も出来なかったはずなのに、今回はなぜかいつも通りの「和室」に戻ってこれている。

前回と今回でなにか状況と条件に変化が生じたのだろうか。

「″あー実はね、この部屋とお庭以外は全部使用禁止中″」
「ほう、つまりここ以外は真っ暗なのか?」
「″真っ暗っていうか、消えちゃった感じかな?″」
「消えた、か」
「″うん。多分余計な精神世界の部屋を維持するだけの魔力が無くなったんだと思うな、私的には″」

アーカムは緑茶をすすりながら推測を口にした。
ここ数ヶ月の間、精神世界に入ったり出たりする事で、俺たちはこの世界についてある程度の経験的な知識を得ている。

判明したことはこの精神世界はおよそアーカム・アルドレアの魔力量の影響を受けるということ。

ゆえにアーカム・アルドレアの魔力の大半を放出する≪激流葬げきりゅうそう≫を使ったことで、
「和室」以外の部屋が消失した今ならば、やはりこの仮説が正しかったと確信を持って言えるものだ。

きっと精神世界はアーカム・アルドレアからの魔力供給がないと成り立たない世界なんだろう。
全ての魔力を放った後は、しばらくの間精神世界に回すだけのリソースが足りなくなるのだ。

「ふむ、となるとやっぱり精神世界の中でも「和室」は特別だな」
「″だろうね。ここが起点だもん″」
「俺の庭も無事だな」
「″『和室』に増築したからじゃない?″」
「ふむ、だとすると他の部屋も全部廊下か何かで繋げて増築する方向で行けば、停電被害は免れるのか」
「″それだと逆に停電した時、この『和室』も被害受けるかも″」
「ふむ、たしかに」

アーカムと共にこれからの精神世界の建築プランを練り直していく。

「ところで、アーカム」

俺は座布団に座り直し、とある話題を振る。

「侵食樹海ドレッディナさ」
「″ふむふむ″」
「元の世界の奴いるっぽくないか?」

真面目な表情でアーカムに話しかける。

「″え、なんてそうなるの……?″」

彼女は首を傾げ訳がわからないとばかりに目を点にした。

銀髪アーカムはも気づいていないようだ。
あの森の状況がエレアラント森林の時と似ている事に。

「ズズゥゥ」

緑茶をすすりながら先の戦いを回想する。
昨年のエレアラント森林ではテゴラックスが通常よりも体が大きく強大な魔物へと進化を遂げていた。

今回は怪物ヒトガタが従来のヒトガタでは考えられない、進化を短時間で何度も行なって見せた。
2体に分裂し、なおかつ巨大化。
増殖する魔眼に最後の破壊光線。

特に破壊光線は特徴的だった。
あの攻撃は否が応でもあの金髪碧眼の軍人を連想させるくらいのインパクトがあった。

そうして思い至ったのだ。

この森にももしかしたら「金属の塊」もとい宇宙船らしきモノがあるんじゃないかとーー。

「″なるほど、言われてみれば確かにかなり似てるかも″」

銀髪アーカムは難しい顔をして顎をしごいて俺の話に同意をした。やはり勘違いではないらしい。

「さて、これからどうするか」
「″うーん、アーカムが記憶を取り戻したいって言うなら、やっぱり接触するべきなんだと思う″」

銀髪アーカムはうつむきながら急須を握りしめている。

「″だけど……だけど、私は危ないと思うな……もしまたあんなに強い軍人が出て来たら今度こそ殺されちゃうよ″」

アーカムは震えながら急須の中身の湯を見つめて言った。

「″だから、だからよく考えて、ね? 決めるのはアーカムだけど私の事も忘れないで。ちゃんと話し合って決めよう?″」

アーカムが顔を上げた。
彼女の瞳からは恐怖と不安で今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。

俺は黙って今にも泣き出しそうな少女の隣に座る。
そしてその小さい両肩に手を乗せて安心させるように微笑みかけた。

「わかってる。、だもんな」
「″ぅぅ、ぅん、、だよ……っ″」

崩れ落ちてくる華奢な体を抱きとめる。
羽毛のように軽い俺の守らなくてはいけない相棒。
その柔らかい銀髪に指を通して慎重に壊さないように努めて優しく頭を撫でる。

「大丈夫、大丈夫だよ」
「ぅぅ、うぅ、ぅぅぅ」

泣き続けるアーカムを子供をあやすように背中をトントン。
どこかの吸血鬼のような殺人背中トントンではなく、慈愛と親愛に満ちたものだ。

俺はアーカムは悲しませたくはない。
そうする為の最善の選択を2人で考えていこう。
俺たちは2人でひとつなんだから。

ーーンンンゥゥゥゥゥ

五臓六腑を揺らし体の芯にまで響く重低音の振動が「和室」を揺るがす。

「時間だな」
「″ぐすぅ……うん″」

アーカムは未だ震えながらも、どうにか涙を堪えて頷く。

ーーブオオオォォォォンンン

大型豪華客船の野太い警笛を鳴らしているかのような、重い振動音はその音色を次なる段階へ移行させていく。
夢の目覚めが近い証だ。

「それじゃまた後でな」
「″ぐす、うん、いってらっしゃい!″」

目元を赤くしながらアーカムは満面の笑みを作って現実世界へ送り出してくれる。

この笑顔があれば俺はいくらだって頑張れる。
そう思うほどに彼女の存在は俺に力を与え支えとなってくれているのだ。
まぁ、これを銀髪アーカムに言ったら絶対調子付くので言わないんだけれど。

「おう、行ってきます」

最後に少女の柔らかい頭髪をひと撫でしてから俺は現実世界へと帰還した。



意識が体に装填されていく。
自身の体の制御が完全に戻ってきたことに満足して寝ている体が動くことを確認。

よし、いけるな。
まぶたをゆっくりと開く。
そして最初に視界に飛び込んでくるのはーー。

「わぉわぉ」
「……ポチ?」

目の前に突然現れた巨大な顔に一瞬ビビったが、よく見れば俺のお気に入り迷い犬のポチだ。

「ぇ、なんでポチが、ぅくすぐったい」
「わぉわぉ!」

わけもわからず上体を起こそうとすると、ポチは感極まったのかもっふテールを振り乱して顔を舐めてきた。

「ぅぅ、おぅ、わかった、わかった! よし!」
「わぉわぉ!」

あたりを軽く確認して、ここがトチクルイ荘の庭だと把握する。
とりあえず、それだけわかれば、今はいい。

とにかく、このペロペロしてくる巨犬の相手をしてやらなければなるまいな。
激しい戦闘でモッフ成分が不足していたところなんだ。
ぐへへ、存分にモフらせてもらうぜ。

「よーし、よしよし! 良い子だなぁ〜」
「わぉんわぁ!」

ポチに含有されるモッフニウムを口で吸引摂取するため、抱きついて銀色のたてがみに顔をうずめる。
あぁ、ポチの匂いだ。

「ずずぉぉ!」
「わぉわぉ!」

猫吸いならぬポチ吸いを敢行し毛並みの魔力を大量摂取。
なんか石鹸で洗ったみたいですごく良い匂いがするんだよな。
この匂い、モフモフ!
たまらん! モフモフ!

「すぅーはぁーすぅーはぁー」
「わぉ……ぉ、わぉ……」
「逃がさないぞ!」

匂いを嗅ぎまくっていると、だんだんポチがそわそわし出した。
俺はポチの事を逃がさないように抱きついたまま寝技に入る。

倒れたポチの露わになった銀色のお腹の毛並み。
すかさずわしわしと鷲掴みして撫でくり回す。
わたあめみたいな真っ白お腹の毛は溶けてしまいそうな程柔らかく、まったく手に絡まってこないくらいきめ細かい。なんたる至福だ。モフモフ。

「うっはぁー! やばいなお腹!」
「わぉぉ……ぉぉ……♡」

ポチがぷるぷる震えている。気持ちいいのか。
お腹を撫でられるのが好きなのかもしれないな。

絶賛ポイントを見つけた俺はポチのお腹に顔を埋めて深呼吸を繰り返しながら、激しく撫で回す荒技を敢行。モフモフ。

「わぉと、わぉぉ!」

次に震えるポチの銀色に輝く胸毛部分を両手一杯に掴み顔をうずめる。モフモフ。

「わぉぉんッ! わぉ、ぉ……わぉ!」
「くっ、なんてモフモフだ、抵抗できない!」

最後に取り掛かるのは毛の暴力の権化たる、ふわふわの尻尾。
爆発でもしたのかと言うような毛並みを鷲掴みだ。
ここで俺は庭の縁側に置いてあるブラシを血式魔術で作った、血の糸を引っ掛けて手元に引き寄せた。

「わぉぉぉッ!」
「ほらはらほらぁぁあー!」

神のみわざとレトレシアのモフモフ亜人に定評のあるブラッシング技術を遺憾無く発揮して、ポチの太い尻尾を迅速に艶々に仕上げていく。

俺は嬉々として走らせるブラシを今度はポチのお腹に移動させた。
再び始まったお腹攻めに呼吸の荒くなるポチ。
もっと、もっとブラッシングしてやろう。

「わぉ……ぉわぉぉ、ぉ……ッ!」

ポチが俺から逃れるべく芝生をはって逃げようとし出した。まだ尻尾とお腹しか終わってないのに。
這いつくばる巨犬を上から抱きついて脇の下手を入れて持ち上げる。

「はーい、逃がさなぁーい!」
「わ、わぉお!?」

そうしてまた芝生の上にポチと共に寝転がりモッフニウムを摂取。
ポチに抱きつきながらふわっふわの胸元に顔を埋めて深呼吸だ。

「はぁ可愛いなぁお前は〜よしよし!」

されるがままのもふもふ神ポチの事を不埒にも撫でまくって、のどをカイカイしまくる。
ポチは尻尾を振り乱して、極楽と言った表情を浮かべていた、
良かった、存分に喜んでくれてるらしい。

「よし、それじゃここら辺で。モッフニウムは過剰摂取すると命に関わるからな。俺はこれからちょっといろいろやらなきゃいけないんだ」

いつまでもモフってたい衝動はあるが、ずっとこうしている訳には行かないのが現実。
立ち上がって手と服についた芝生を払う。

「わぉわぉ!」
「そうか。それじゃな」

シヴァとの会話経験を生かして、ポチの意思を汲み取る。
どうやら時間なので彼も帰るみたいだ。

ポチは嬉しそうな満面のオオカミスマイルを作って、屋根へと飛び乗り、最後にチラッとこちらを見てから向こう側へと消えていった。

「よし。それじゃまずは」

手を振ってポチを送った後、視線を落として自分の服装を確認する。
俺の格好はヒトガタと戦闘を行った時と同様に、大きめな黒のレザーコート。

先ほどポチとレスリングをしたせいで、落ちた垂れ耳帽子を拾う。

「アヴォンが運んでくれた、のか」

中まで入るわけにはいかなかったので中庭に直置きした、と。少し冷たいがアヴォンらしいっちゃアヴォンらしい。
状況を推測しながら何となしに天上を仰ぎ見る。

「だからポチがいたのか」

顎に手を当てて現状からドレッディナでの戦闘がどのように帰結したのかを導き出した。

そしてその結果が指し示す内容に薄く笑ってひとり微笑む。
やはりヒトガタは無事倒せたと思って良いみたいだな。
空の具合を確かめばまだ空は明るく、太陽が燦々と輝いていた。

「あ、時計持ってるんだった」

空模様から時間を確認しようかと思ったが、自身が時計を持っている事を思い出してすぐさま懐からトール・デ・ビョーンを取り出す。

ーーカチッ

時刻は15時12分。

「うーん、ざっと4時間くらい寝てた、か?」

時計を眺めながら自分が気を失っていた時間を算出。
気絶時間に関しては前回の≪激流葬げきりゅうそう≫の時と大差ない。
この事から魔力切れによる俺の気絶時間はおよそ4時間前後で、固定されている可能性がある事がわかる。
これは純魔力学のレポートに書く内容が増えたな。

懐中時計をしまいながら頷いて棟内に入る。
いつまでも狩人の格好をして中庭に佇んでいるのはよろしくないゆえだ。

誰に見られるかもわからないんだ。
階段を上がり、部屋の扉を開けて安心の我が家へ帰宅する。
汚れてしまったレザー装束を水属性一式、≪≫の次に簡単な≪みず≫で濡らしたタオルで拭きながら、装備を外していく。

「ん?」

装備を外す最中、コートのポケットに紙が入っている事に気がついた。

「これはアヴォンからの手紙か」

綺麗にに折りたたまれた紙を広げてそれがアヴォンからの置き手紙だと気づく。
几帳面な性格を持つアヴォンらしい複雑な折り方だ。

「ふむふむ」

大層な折り込みをされてた割に、ただの連絡事項だけ書かれていた手紙を読み終えて畳み、机の上に置く。
手紙の内容はとても簡潔なものだった。
要約すると「おつかれさま。またいつ通りに過ごしてくれ」って事だ。

てっきり怪物の狩猟に関する指導講評があるのかと思ったが、すぐに学生生活に戻っていいらしい。
まぁ、明日から普通に大学があるしありがたいっちゃありがたいが。

足の装束を脱ごうとして腰についた杖に手が触れる。

「あ、杖!」

とっさにかつての師匠の杖をバキバキにした時のことを思い出し、「哀れなる呪恐猿ReBorN」が細いふ菓子になっていないか確かめる。

ホルダーから抜いてみると……どうやら杖は無事だったようだ。

俺の愛杖が師匠の杖みたいに死んだふ菓子みたいになっていなくて安心した。
ほっと胸を撫で下ろしながら杖をホルダーに差し戻す。

杖も壊れてないし、ヒトガタも無事倒せた。

自然と笑みの溢れる、本日の業務の成果を噛み締める。
俺は怪物を倒したんだ。
ひとりで、道具を駆使して倒すことが出来たんだ。
自分が狩人として偉大なる一歩を踏み出した実感が湧いてきて内心でリオのカーニバルが催される。

ーーぐぅぅ

最高にハッピーな気分になっているところへ、腹の虫が我慢の限界とばかりに唸りだした。
空腹の音色のおかげで、ふと朝の謎の食事から何も食べていない事を思い出す。

とりあえずは腹ごしらえでもしようか。

私服に着替えて財布と杖だけを持ち部屋を飛びだす。
今日は祝いの肉をたくさん食べようじゃないか。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品