記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第89話 怪物、ヒトガタ
王都ローレシアから南西にある魔の森。
侵食樹海ドレッディナ。
このドレッディナは日々動き続けており、少しづつ少しづつ森全体が王都ローレシアに向けて近づいている事が知られている。
史学者の分析によると、数百年もしないうちに王都ローレシアの最外壁に到達すると考えられているため、ローレシア魔法王国にとって将来の大きな懸念の一つだ。
侵食樹海の周辺には毒沼が湧き出る死の世界が広がっており、そこには来るものを拒み去る者を逃がさない天然の要塞が出来上がってしまっている。中に入らなくても十分に危険なのだ。
湿地帯中央の森自体にも高い「脅威度」を持つ魔物が多く生息していたり、さらにはところどころ精神を蝕む危険な瘴気が溢れている場所もあり非常に危険。
だか、そんな危険という言葉は探究心が旺盛な冒険者たちにはただの宣伝効果しか持たないのが現実だ。
現在、移動し続けるドレッディナに最も近いバンザイデスの町では日々冒険者たちが、危険でいっぱいの侵食樹海に現れる魔物たちを討伐し日々の糧としている。
森への挑む冒険者の推奨等級は熊級以上、経ランクは500以上。
俺たちが今来ているのはそんな恐ろしく危険な森なのだ。
「ふむ、見つけた。反応が弱いが『ヒトガタ』だな」
アヴォンは鋭く正面を睨みつけながら標的の発見を知らせてきた。
「まだ休眠状態だな」
「休眠状態、ですか」
ミントちゃんとミルクちゃんと並走させながら中空をなんとなしに見上げ、俺は今回の狩猟目標の怪物ヒトガタについて大図書館で教わった事を回想する。
ヒトガタは侵食樹海ドレッディナの中心部に現れる怪物でこの森の固有種の怪物だ。
名前の通り人型をした巨大なエイのような平たい姿をしているらしい。
全長15メートルを超え、瘴気を撒き散らしながら空中を泳いで森を徘徊する事を日課としているとか。
ぽっかり空いたキバだらけの口が下面に付いているらしいが、特に何かを捕食しているところはこれまでに確認されていない。
殺す事は不可能で、一定期間の無力化のみ有効。
一度無力化すると約151日後に再び侵食樹海ドレッディナ最深部で復活するとかしないとか。
そのため近くの狩人が5ヶ月周期で森に入り、一定の手順に従って作業的に無力化しては休眠状態にさせる、というプロセスを協会は繰り返しているらしい。
怪物ヒトガタの厄介な点は触手と魔眼である。
触手は多い時で37本、少ない時で2本。
この辺は気まぐれらしい。
怪物にも調子のいい時と悪い時があるという事だろう。
また触手は筋肉の塊で出来ているらしく、自由自在に動き破壊力も凄まじいため避ける事が賢い選択だとアヴォンに教えられた。
だが、ヒトガタが怪物とうたわれる本当の理由は魔眼のほうにあるらしい。
ヒトガタの魔眼は「発狂魔眼」と呼ばれる非常に強力かつ厄介な魔眼であり、表裏に6つずつ、計12個あるとされる。
発狂魔眼の効果は個体差があるが、特にヒトガタの魔眼は強力で、5秒目を合わせただけで精神汚染をくらい戦闘の継続が困難になる。
また目を合わせなくても姿を見られるだけで少なからず精神汚染の効果は発揮され、約10秒見られると生涯廃人コース確定、15秒見られると死亡してしまうらしい。
ちなみに直接的に目をを合わせてしまった場合は9秒でご臨終だ。
ヒトガタの情報を思い出しながら、その恐ろしい能力に身震いする。
もし前情報を持っていなかったらとんでもなく危険な怪物だ。
「休眠状態ならば楽々倒せそうです。ラッキーでしたよ」
どんなに恐ろしくても寝ていてはどうってことあるまい。
「今回はお前に経験を積ませる為に来たんだ。寝ていてもらっては困る。叩き起こすぞ」
「ぇ、いや、でも寝てるんなら別に起こさなくても……」
そんな藪蛇つつくような事やめましょうよ。
「アーカム、私には別に魔眼なんて効かないしヒトガタの無力化作業は慣れているからいいが、
お前は違う。気を引き締めていかなければすぐに廃人にされるぞ」
「ぅ、すみません」
アヴォンは横目にこちらを捉えながら厳しい口調で言った。
俺はミルクちゃんのたてがみを指で弄りながらうつむく。
そっか、これから戦うのは「怪物」なんだよな。
それはつまり、狩人協会が存在する意義そのものなんだ。
冒険者や兵士たちでは多大な犠牲を出してしまうであろう人類の脅威を、いち早く取り除き人々への被害を未然に防ぐ秘密結社の使命。
「アーカム帰るか?」
「いえ、行きます。もう大丈夫です」
アヴォンの冷徹な瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「そうか」
アヴォンは俺の返事に満足そうにして正面へ向き直った。
ー
怪しい霧が立ち込める足場の悪い、道とは呼べない道無き道をグランドウーマは難なく走破して来た。
流石はチョコちゃんの子孫たち。
道中、何匹か魔物に遭遇したが、俺が馬から降りて迎撃する前にアヴォンが軽く斬り払ってくれた。
おかげで俺は馬から一歩も降りずにただ見てるだけでいろいろ済んだ。運転も戦闘も自動化だなんてびっくりだ。
そうして俺たちは森の最深部へと到着していた。
「……あの」
俺たちは今、想定を上回る事態に困惑を余儀なくされていた。
「こういう場合、どうすればいいんですか、ね?」
侵食樹海ドレッディナ最深部にあるヒトガタの発生地点に俺たちは今来ている。
アヴォンの事前の索敵による調査によるとヒトガタが休眠状態にあるとの事だった。
だが、結果はどうだろうか?
普通に飛んでいる。
いいや、問題なのはそこではないか。
ヒトガタが2体飛んでいるのだ。
「先生ーー」
「ちょっと待て。今考えている」
アヴォンは木々の間からちらほらと姿の見え隠れしている、巨大な異形のエイを油断なく見つめながら顎に手を当てて思案顔をしている。
まさかヒトガタが2体いるなんて、アヴォンでも予想していなかっただろう。
これは異常事態だ。
本来、狩人協会は常に最新の「怪物」に関する情報を取り揃えており、日々怪物相手に奮戦している狩人たちが情報を更新していっている。
ヒトガタの情報は70年前に始めて確認された時以来、ほとんど情報の変化はなかったのがこれまで。
情報の更新があったとしても、触手が何本増えてた、何本減ってた、ちょっと大きくなってたなどの個体差の範疇の情報更新であった。
これまでのヒトガタの出現の際に2体同時なんて事はあり得なかったのだ。
確実に現在進行形で異常事態が今起きている。
「ふむ。そうか、面白い」
アヴォンは顎から手を離して帽子を深く被り直しながらニコリと不敵な笑みをしている。
なんて頼もしい表情なんだ。
流石はアヴォン、想定外のこんな状況にもまったく取り乱していない。
「お、面白いですかね?」
イマイチなにがアヴォンのツボに入っているのかわからない。
「奴は、ヒトガタは恐らく進化したんだろう」
「進化ですか」
アヴォンはこちらへ顔を向けて推測を語り出した。
「私の予想ではヒトガタがブチ切れたんだと思う。これまで復活してはすぐ狩人にーーというか私に無力化され続けてきたヒトガタだ。
きっと『今回はやられてやらないぞ!』という気兼ねでいるんだろうさ」
アヴォンは胸の前で可愛くファイティングポーズをとって、ヒトガタの気持ちになりきって続ける。
「だから2体、という事ですか」
「ああ、恐らくな。これまで触手の数が増えたり、体が大きくなったりという個体強化がメインの進化だったが、今回は思い切って分裂でもしてみたんだろ」
「思い切ったら分裂出来るんですかね」
「案外気合があれば何でも出来るもんだ」
「……はぁ」
なんだ、アヴォンふざけてるのかよ。
おっさんがそんなポーズしたって1ミリも可愛くねぇよ。
と、言いたいところだが当の本人は大真面目な顔だ。
どうやら本当に気合いで分裂したと考えているらしい。
支離滅裂な思考と言動、て言っても過言じゃない。
さて、警察に突き出すか。
お巡りさん、ここにヤク中がいますってな。
「それではアーカム。今回は幸いにもヒトガタが2体いてくれている。たくさん経験を積むチャンスだ。さっき渡した物は持っているな?」
「はい、ここに」
懐に手を当ててそこにある物がしっかり入っている事を確認する。
「よし、それじゃ行ってこい。教えた通りにやればお前なら十分にやれる。
それに『もうダメだ! 無理ぃ!』……ってなったらすぐに助けに入る。安心して全力をぶつけてこい」
どことなく師匠と同じような激励を送ってくるアヴォンに苦笑いで返す。
「はい、行ってきます!」
ヒトガタの姿をしっかりと捕捉して、俺は木の陰から飛び出した。
木々の間を抜けて気配を殺してゆっくり近づいていく。
ヒトガタは別に剣知覚が使えるわけじゃないが、単純に野生生物としての鋭い知覚を持っているので気配を垂れ流すわけにはいかない。
「ふぅふぅ」
額ににじむ嫌な汗を拭い呼吸が乱れないように気を配る。
1歩、また1歩と近づくにつれて心臓の鼓動が早くなる。やけにうるさく感じるこの音。
頼むから今は静かにしてくれ。
胸元を抑えながら木から木へヒトガタに気づかれないように移動していく。
「ハァ、ハァ……」
ヒトガタまで残り20メートル。
木から顔をゆっくりと覗かせてその恐ろしい全容を視界に入れる。
「……デカイ」
「ロォォォ」
デカイ。
話には15メートルと聞いていたが、明らかにもっとある。
18、19……いや、これは20メートル近いかもしれない。
そんな巨大な人型の分厚い巨大エイが2体優雅に眼前を通り過ぎる。
「ッ」
顎の震えが止まらない。
あまりにも恐ろしい。
心臓が爆発してしまいそうだ。
生物として近づいていけない存在に近づいいることを本能が警告してきている。
地上数メートルの位置を浮遊するエイのお腹には、ぽっかりと空いたあながあり、その穴に生える無数の牙が、その穴が口であることを教えてくれる。
そして口の周りを取り囲むように6つある、巨大な充血した目玉。
「あれが発狂魔眼、か」
エイの真っ白なお腹にある充血したその目玉は明らかに尋常ならざるモノだ。
たしかにあんなものに見つめられたら頭の一つや二つ狂ってしまっても仕方ないかもしれない。
まさに「怪物」だ。
邪悪と醜悪を錬金術で配合してこの世に解き放ったような姿をしていやがる。
そのおぞましい姿に本能が全力で心臓を使って鼓動という名の警笛を打ち鳴らしている。
生唾を飲み込む喉越し音がうるさい。
今にもあのお腹の目玉がこちらへ向いて来て、俺はどうかしてしまうんじゃないのか。
最悪が脳裏をよぎる。
「落ち着け、.大丈夫だ……
まずは落ち着かなければ。
そうさ、俺はアーカム・アルドレア様だぜ?
世界で一番クールでクレバーに賢者モードに入る事で有名じゃないか。
いや、別に毎日息子いじってるとかじゃない。
ん、というかこっちの世界来てから息子の世話してないな。
あれ? 地味にオ◯禁最長記録……っといけねぇ。
冷静になるのは大事だが、ここまで来たらただの雑念だ。
目の前の脅威に集中しろ。
まずは分析から。
目標は当初の予定と変わって2体に増えている。
両方ともおよそ20メートルの過去最大級の超弩級ヒトガタ。
魔眼の数は両面合わせて12個なはずだから、お腹に6つあることを考えれば恐らく数自体は増えていない。
体から噴出しているはずの瘴気は現在は出していない、と。
寝起きだからか?
理由は不明だ。
毎度増えているという触手の数だが、今回に限っては大幅に減少している。
その数2体合わせて7本。
5本と2本で分かれている。
「ちょっと大きくなってる事を除けば、条件は悪くない」
対象を冷静に分析しつつ、木々の間を隠れながら適切な攻撃位置に移動する。
そしてヒトガタから目を離さないようにし、俺はアヴォンから受け取ったい魔道具を懐から取り出した、
魔道具「魔眼殺し」
野球ボールくらいの球体の手投げ爆弾である。
使用方法は高い握力で握ること。
およそ鋼の剣の持ち手を片手で握りつぶせるくらいの握力で、この魔眼殺しを握ってやると「ひぃん!」と鳴き声が聞こえる。
その「ひぃん!」と言う声が聞こえたらすぐに爆発し発光する代物らしい。
言うなれば魔眼専用の閃光手榴弾だ。
発動前の鳴き声は可愛いのだが、その効果はえげつなく、この魔眼殺しの閃光を魔眼発動中に目に入れてしまうと大変なことになるらしい。
いわく網膜を介して世界に「現象」を及ぼす魔眼なら永久失明してしまうとか。
だからこいつを初手で使用すれば、ヒトガタの発狂魔眼の脅威をいち早く取り除くことが可能なのだ。
これが周期的に訪れるヒトガタ討伐を効率化するために考案された、狩人の「ヒトガタ狩猟マニュアル」の始め方である。
本来なら怪物相手に狩人でもない俺がひとりで戦うなんて無謀にも程がある。
それなのにアヴォンが俺にひとりでやらせようとしているのは、これが理由だ。
全部マニュアルのせいなんだ。
怪物の中でも狩人協会によって分析、研究が進んで狩猟マニュアルが確立している怪物の中には、狩人をわざわざ送らなくても比較的安全に狩れる奴がいるのだ。
この巨大エイちゃんはそんな奴らの代表選手。
ヒトガタが本当に厄介な怪物だと考えられていたのは、この狩猟マニュアルが出来る前の話だという事だ。
今となっては、慣れた狩人にただ魔眼殺しで目潰しされて、切り刻まれるか、ぽっかり空いた口に爆弾をぶち込むだけの作業と化しているのだ。
ヒトガタは「研究が進んで仕舞えば、どうって事ないタイプの怪物」
もちろん研究が進んだって、単純に強い「怪物」はたくさんいるが。
「よし、行くか」
俺は自分が勝てる戦いに挑んでいる事を再認識して自信を持つ。
俺にはマニュアルがあるんだ。
目を潰してあとはひたすら切り刻むだけ。
簡単なお仕事じゃないか。
狩猟マニュアルがある現在じゃ、こいつは怪物であって怪物じゃない。
「はっ! 恐るるに足らずヒトガタァ!」
「ロォォォ」
一歩踏み出す勇気を振り絞るための気合。
雄叫びをあげながら、木陰から飛び出す。
魔眼殺しを握る手に思いっきり力を込めーー。
「ひぃん!」
「ぁ、くっ! いっけぇぇぇえ!」
予想より早く「ひぃん!」が聞こえて少し戸惑ったが、硬直は一瞬。
すぐに気を取り直して、アンダースローで2体のヒトガタのお腹の発狂魔眼、計12個全ての視界内に閃光が届くようにピッチングする。
美しい軌道で風を突き抜けていく魔眼殺しの魔球。
そしてヒトガタ2体が俺の声に反応するよりも早く魔眼殺しは発動した。
「うっ!」
「ロォォォォオッ!?」
眼前に落雷でも落ちたのかと錯覚するほどの凄まじい光量が出現。
これは魔眼でなくても十分に目くらましとして使用できるレベルだ。
腕で顔を覆い隠して魔眼殺しの閃光を凌ぐ。
次第に光が収まり視界が効くようになる。
思ったより眩しかったことにたじろぎながらも、状況を確認する。
「どうなった!?」
目の前をふわふわと泳いでいたヒトガタは何が起こったのかわからない様子で、巨大な体をバタつかせて暴れていた。
そしてヒトガタの充血した魔眼からは光は消えており灰色に濁っていた。
「よし!」
魔眼殺し、成功だ。
あの魔眼たちはもう二度と光を捉えることは出来ないだろう。
「よしよし、次は……」
ヒトガタは触手を振り乱し、木々をなぎ払い外敵を排除するべくがむしゃらに暴れだした。
だが、暴れているのは触手が2本生えている個体だけ。
「ロォォォォ!」
5本触手のヒトガタは特に暴れる事なく、その大きな体をくるりと反転させようとしている。
アヴォンから聞いた通りだ。
最近のヒトガタは魔眼殺しを学習しており、お腹の目玉がやられたら冷静に反転して背中の発狂魔眼を使おうとしてくる、と。
俺はすぐさま2つ目の魔眼殺しを「ひぃん!」させて、アンダースローでヒトガタの下に滑り込ませる。
今度は5本触手の1体狙いだ。
相手のゴールにシュートぉお!
「いけぇぇ!」
投じられた魔眼殺しは俺の思い描いた軌道を綺麗になぞって飛んでいく。
5本触手のヒトガタの反転して下向きになった背面発狂魔眼6つを永久失明させたーーかと思われた。
「なに!? うっ!」
猛烈な閃光で視界が再び白一色に染まる。
腕で顔を覆い隠しながら、俺は視界がふさがる直前の光景に焦りを感じざる負えなかった。
なんとヒトガタが反転するのを途中でやめて、背中を上へ向け直したのだ。
「クッソ! あのエイ野郎!」
まさかヒトガタがフェイントを入れてくるなんて。
こんなの聞いてないぞ。
俺は閃光の影響で点滅する視界を気にせずに、すぐさま3個目の魔眼殺しを手に持つ。
あいつがフェイントを使える以上、安易に魔眼殺しを投げれなくなってしまった。
魔眼殺しだって無限にあるわけじゃないからな。
「斬るかっ」
状況を整理して、現状出来る攻撃はヒトガタ腹部への斬撃だと判断する。
5本触手のヒトガタは魔眼殺しを学習している。
恐らく失明させられるのを知っているんだろう。
ゆえに容易には魔眼の生き残っている背中を下側へは向けてくれないはすだ。
だが、それならそれで好都合というもの。
そもそも脅威の魔眼をヒトガタが魔眼を守るためにその目を使ってこないのだったら、魔眼殺しの本来の目的である「発狂魔眼を使わせない」は達成されている。
はは、まったくもって好都合じゃないか。
「お前、本末転倒だよ!」
魔眼殺しを左手に持って、いつでも失明させてやる準備をしながら、右手で長剣を抜き、ヒトガタの下へと潜り込んで乱切りに腹部を斬りまくった。
「ロォォォォ!」
「オラ、オラオラァァ!」
5本触手のヒトガタは体から瘴気を噴射しながら、触手をお腹下に持ってきて振り回し始めた。
筋肉の塊と言うだけあって、なかなかの速さのある触手だ。
5本全てがムチのようにしなり「パチンッパチンッ」と空気の壁を叩きまくっている。
この触手が最大で37本もあると思うとゾッとするが今はたったの5本だけ。
俺でも十分に対処できる。
それにこのヒトガタは目を上に向けているため、俺の姿を捉えられていない。
ただがむしゃらに振り回す触手は攻撃の予測こそ難しいが、見てから避けるのなんてのは楽勝だ。
「は、オラぁあ! お前それでも怪物かよ! うちのシヴァの方が1000倍強ぇえよ!」
「ロォォォォオ!」
長剣をヒトガタを人型に見立てた場合の股の間から、頭のまで縦断に一閃してぶった斬る。
噴出する血潮の霧。滴り弾け飛ぶ鮮血。
「ロォォォオ、ォォォ、オ」
ヒトガタはデカく皮は分厚いため、両断とはいかないがすでに相当な出血量だ。
真っ赤のどしゃ降り雨が真上から容赦なく降り注いでくる。
すごい臭いがするな血の匂いって。
濃厚な血臭に気分を悪くなる。
と、同時に俺は長剣を逆手に持ち変えた。
「けどな、お前出血し過ぎだぜ」
俺はある技を使うため軽く跳躍して、ヒトガタのお腹の傷口に人差し指と中指を槍のようにして突っ込んだ。
「死ねぇえ! ≪血爆烈傷≫」
「ロォォオッ!?」
俺のトリガーと共にヒトガタの傷口はみるみる膨らんでいき、血を撒き散らしながら大爆発を起こした。
ちゃんと発動してくれたことに安堵してニヤリと笑みがこぼれる。
えぐれ飛んだヒトガタの血肉を最大に被りながら、地面へ戻るーー。
と、同時に横を通りかかった触手を、長剣で叩っ斬る。
あぁノッテきた……っ。
「ロォォ、オッ!」
「はは、お前、触手が痛いんだな」
ヒトガタが苦しく喘ぐ姿。
いいぞ、全ての触手をぶった斬ってやろう。
「さてと、触手ちゃんおーいでッ!」
ーーズシャッ
「ロォォオ!」
触手をぶった斬ったことで再びヒトガタが痛みに悶える。
「さぁ、次……ぉ、ん?」
順調に通りかかった触手を斬り落とせて調子が上がってきていたはずなのだが、なにか妙な胸騒ぎがする。
嫌な予感という奴だ。
背筋に悪寒が走り首筋を起点に、鳥肌が全身に広がっていく。
分からずの恐怖の反応に、俺は自身の勘に従いすぐさま上を見上げた。
そこから圧倒的に不穏な気配がしたからだ。
いや、気配というよりかは視線というべきだろうか。
無数の視線を感じたのだ。
最悪なことに悪寒は的中したーー。
「ぇ、な、ぁ」
「ロォォオ♡」
俺が上を見上げた時。
そこには数えきれないほどの目玉があった。
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