記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第72話 男の娘? 少女ゲンゼディーフ
「もう、信じられないよ! あんな楽しみにしてたのに寝落ちするなんて!」
マリが真っ赤な顔で目を見開く、
緑色の瞳で非難の眼差しを送ってくる。
「だって、立て続けに知らないおじいちゃんやおばあちゃんに出てこられても、
テンション上がんないよ。もっとこう組み分け帽子みたいなイベントがあると思ったのに……」
「なにわけわかんないこと言ってんのよ! ていっ!」
「痛いっ!」
サティに杖で小突かれる。
「う、なんでふたりはそんな仲良くなってんだよ」
いつの間にか意気投合してるマリとサティを見やる。
「ふん、アークがマリのお股に堂々と顔突っ込んで寝てるのを私が助けたからよ! このスケベめ!」
「アーカムのエッチ! 乙女の心を弄んで許さないからね!」
「痛い! やめっ!」
マリとサティから杖でのお仕置きをされる。
自分では無意識だったのだが、寝落ちした際にマリに寄りかかって寝ていたらしい。
そのままズルズル姿勢が崩れて、結構イケナイ感じの寝方をしてしまっていたということか。
目が覚めた時には、なぜかマリは真っ赤になっていて、サティからはゴミを見るような眼差しを向けられていたのはそのせいだったのか。いやはや参ったな。
とんでもない誤解なのに。
冤罪である、俺は無実なんだ。
「痛っ! ちょ! ほら退場しないと!」
「スケベの声に耳を傾けちゃダメよ!」
「わかってる!あ、こら、逃げるなエッチ!」
少女ふたりに杖で叩かれながら、とりあえずクレアさんの気配を剣知覚で探す。
入学式はすでに撤収の用意に入っており新入生たちは皆、自分の両親や友達たちとまとまって笑顔で話し込んでいた。
今日のスケジュールは午前中の入学式の後、オリエンテーションとなっている。じっくりと授業のカリキュラムを見て、自分の取りたい講義を考えるのだ。
通常は必修科目と選択科目があるのだが、俺は柴犬生なので、必修科目が3つしかない。
柴犬生は授業選択の幅が広いのだ。
それぞれ好きなように自由に授業を取れという事らしい。
ちなみに通常の子犬生は必修科目が20個ある。
「そういえばサティのママやパパは来てないのか?」
「来てるわよ。2週間前からずっと王都にいるわ」
「そんなに? サティのお父さんってギルド支部長じゃなかったけ?」
彼女の父親ドットナイン・エルトレットはクルクマ冒険者ギルド支部長だったはすだ。
そんな重役が2週間も王都にいていいのだろうか?
「知らないわよ。本当は引越しが終わったらすぐ帰るって言ってたのに、途中から帰りたくないってパパがダダこね始めんだもん。
通りの地面に寝っ転がって手足をばたつかせられたら言うこと聞くしかないじゃない」
「あぁそっかぁ」
「サテリィのお父さんって個性的なんだね……」
マリが若干引き気味にこちらに身を寄せて来た。
「それじゃ、一旦パパとママに会ってくるわね。アーク! マリに変なことしちゃダメだからね!」
「安心しろ、何もしないから」
サティがひらひら、と手を振りながら人混みの中へ立ち去っていく。
「あ、サティ! ゲンゼを忘れんなよ!」
「わかってるー!」
若干ゲンゼのことを忘れてそうだったので、一応忠告してとく。
唯一の友達2人に忘れ去られるなんて事があったら、あまりにも残酷だからな。
「じゃアーカム、おばあちゃんのところに行こっか!」
「そうだな」
クレアさんの気配目指して、マリと共に歩き出す。
ー
「それじゃね、おばあちゃん!」
「ありがとうございました、クレアさん」
校門で先にトチクルイ荘に引き上げるクレアさんを見送る。
「マリ、今日はアーカムくんもつれてご馳走を食べに行こうかね、楽しみにしておき」
「わぁー! やったね、アーカム!」
「はは、すみません気を遣わせしまって」
クレアさんは慈愛に満ちた笑顔で微笑んでくれる。
先程から俺に対する対応が好意的なものになったような気がする。
以前から良くしてもらっているのだが、なんだろう、もっと良くなった? っというんだろうか?
「それじゃしっかりね」
クレアさんは最後にニコリと笑うと、校門を出て帰路へついた。
「ふふ、今晩はご馳走だってさ、ふふ!」
「あぁ楽しみだな」
子供のようにはしゃぐ子供をとなりに、踵返してレトレシア校舎へ戻る。
ーーカチッ
時刻は12時59分。
「アーカム、時計あそこにあるよ?」
「いいんだよ」
マリが不思議そうな顔で玄関ホールに設置された大きな時計を指差す。
普通ならわざわざ時計を取り出して確認するよりも、見上げればいいだけなので玄関ホールの時計を見るべきなんだろう。
だが、まぁいいじゃん、懐中時計が好きなんだから。
「あ、アークだっ! アークぅう!」
「ん?」
時計をポケットしまっていると、どこからか声が聞こえてくる。
玄関ホールには親と子が別れる儀式が行われていて、非常に混雑しているためどこから声が聞こえてくるのかわからない。
普段、剣知覚に頼りきっている弊害だ。
人が多過ぎて、こういう剣知覚が働かない場面では、すこぶる五感の知覚能力の調子が悪くなるのだ。
「アーク!」
「あ、いた」
「アーク! ぁ、ぐへぇッ!」
こちらに走ってくるゲンゼの姿を捉えて、ニコやかに手を振り返そうとした瞬間、目の前でゲンゼが人と衝突した。
なんてドジなやつなんだろうか。
てか、今、なんか割れたけど?
「あ、すみません! ってあぁ割れてる!?」
「おい、コラァ! テメェ! どうしてくれんじゃあ!」
「ヒィィイ!」
「お前、本当よく絡まれるなぁ」
目の前でテンプレな絡まれ方をする友人を傍観する。
「ヒィィ!」
「この新入生が、人のポーションを割ってヘラヘラしやがってぇ!」
ゲンゼは速攻で胸ぐらを掴まれて片手で持ち上げられてしまっている。
相手はかなり大柄な体格だ。
しかもいじめの基本構成である模範的な3人組。
大柄なやつの後ろに控えているのは、3人の中では一番背が低く眼鏡をかけたインテリイケメンな男と、高身長で太り気味の男だ。
見た感じ、全員上級生か。
着ているローブの色が違うし、かなり年季が入っているように見える。
大柄な男と太り気味の男は同じ、黒オレンジのローブ。
眼鏡イケメンは黒青のローブだ。
「おい、やめとけって、新入生なんだろう? かわいそうじゃないか」
太り気味の男が大柄な男を静止に入った。
「それに、その子女の子ですよ。気づいてないかもしれませんが」
眼鏡イケメンも援護射撃をする。
「な、たしかに、お前妙に軽いと思ったら女子だったのか」
「ひっく……うぅ……」
「まったく、先輩は女の子に対する礼儀がなってないですね」
「はん、天才呼ばわりされてるからって、ずいぶん生意気だな、アマイ」
眼鏡イケメンに注意され、大柄な男は涙目のゲンゼを静かに下ろす。
ゲンゼは降ろされた途端に、慌てて乱れた服装を整え始めた。
いろいろツッコミたいところはあるが、これはこれで面白そうなので放っておこう。
ただ、黙って懐から財布だけ取り出しておく。
「まぁ、女子だからって落とし前はちゃんとつけてもらわねぇとな! こっちは今から決闘サークルの活動があるんじゃ!」
不良みたいな喋り方をする大柄男は、床に落ちたポーションの大瓶を指差していう。
なんで大瓶をこんなところで持ち歩いているのかと疑問に思っていたが、どうやら彼らは決闘サークルの活動をこれからする予定だったらしい。
入学式が終わったらすぐ部活を始める、意識高い系の部活の先輩たちだ。
てかさ、大柄ポーションが必要になるほどケガ人出るんかい、決闘サークルって。
「銀貨1枚じゃ、ほれ払えや」
「あ、あの、すみません!その今は持ち合わせが無くて……」
ただの大瓶ポーションにしてはかなり高めの金額を男は提示する。
「なんじゃ? 持ち合わせがなかったら弁償しなくていいって言うのか? あ?」
大柄な男はゲンゼを威圧するように上から畳み掛ける。
眼鏡イケメンと太り気味な男は後ろで困った顔だ。
たしかにぶつかったのはゲンゼなので、弁償すべきなのもゲンゼではある。
それなのにお金がないとなると、後方の2人どうするか悩んでしまっているんだろうな。
「ふっ、払えないってんなら、こりゃ体で払ってもらうしかないかーー」
「か、体で!?」
ニヤつき冗談を述べる先輩に蒼白になって怯えるゲンゼ。
「はいはい! 自分が払います!」
冗談でもゲスい提案をゲンゼにしようとしたところで、俺は面白がって傍観するのをやめ、止めに入ることにした。
変なことしようとした後で、ゲンゼが男だと分かったらきっと逆ギレするに違いない。
そんな下らない理由でゲンゼがボコされたらとなったら、流石に罪悪感に押しつぶされてしまう。
チラっと後ろ2人に視線を向けると、眼鏡イケメンも太り気味も懐に手を入れていた。
自分たちが立て替えようとしてくれていたらしい。
「なんだお前、このガキの代わりに払うんかよ」
「あーはい、払いますよ! 銀貨1枚ですよね? どうぞ」
俺は革袋から手早く銀貨を取り出して大柄な男に差し出す。
「ふむ、たしかに。おい新入生。この小僧に感謝しろ」
大柄な男はそれだけ言うと、手に持つ荷物を太り気味の男に預けて校舎を出て行った。
「アークぅぅぅ」
「よしよし、ごめんよ、何秒か傍観してて」
ゲンゼが泣きついて来た。
3歳も年上の割には小さい体をめいいっぱい使って抱きついてくる。
久しぶりのゲンゼディーフ感にこちらも安心してしまう。
なんだかんだ1ヶ月以上前にクルクマで会ったのが最後だったからな。
「いや、先ほどすまなかったね新入生の君」
眼鏡イケメンな黒青ローブの先輩が、穏やかな口調で話しかけて来た。
「いえ、こちらこそすみませんでした」
「ア、アークぅう」
泣いて使い物にならないゲンゼの代わりに謝っておく。
「先ほどのお金は私が立て替えておこう。
新入生に入学早々、嫌な思い出を作って欲しくない。彼も悪気があった訳じゃないんだ。この頃は連敗が続いているから苛立ってたんだろう」
眼鏡イケメンはそう言ってニッコリ笑うと銀貨を差し出して来た。
一瞬考える。
「はい、ありがとうございます」
銀貨を受け取ることにした。
こういう場面では遠慮するより、ちゃんと受け取った方が渡す側も格好がつくのだ。
なんせ、先の大柄な男のけんまくで周りの新入生や、その親御さん注目がこちらに向いているのだから。
優しい先輩には花を持たせてやらねばな。
「うん、それでは良き学生生活を」
眼鏡イケメンはそれだけ言い残し、太り気味の男を連れてどこかへ行ってしまった。
なかなか親切な先輩だったな。
彼ら消えていった方向を眺める。
「ちょっと、ちょっと、私びっくりしちゃったよ!」
近くで佇んでいたマリが駆け寄って来た。
「うん、俺もだいぶびっくりしたよ」
ゲンゼが女の子に間違われまくってることにな。
「アークぅ」
涙目のゲンゼが胸元から顔を上げて、上目遣いでこちらを伺ってくる。
おや、こう見ると確かに女の子に見えない事も無い。
これは初見で勘違いしても仕方ないレベルの男の娘っぷりだ。
てかゲンゼ、お前ちょっと可愛い系を意識してね?
「その子、前にうちに訪ねて来た女の子だよ」
マリはゲンゼを指差しながら言った。
やっぱりお前も勘違いしてるんだな、マリよ。
こいつは男だと言うのに。王都のやつはどいつもこいつも、まったく。
「だろうね。ほらこいつゲンゼディーフだよ、サティの言ってた」
「あ、この子がそうなんだ」
「うぅ、ぅうアークぅだ」
「お前はいつまで泣いてんだよ」
ゲンゼはさっき絡まれた恐怖よりも、心底安心してしまった事による嬉しさで泣き直していた。
本当に手間のかかる友人だ。
「ところでアークとゲンゼディーフはずいぶん仲いいんだね」
マリはニコやかな笑顔で話しかけてくる。
ただ、同時に俺の腕をつねって来ていることを考えれば、見た目ほどマリの心境が穏やかではないことは明白だ。
「あの、痛いですよマリさん?」
「んー? どうしたの?」
「いや、どうしたのって……あ」
俺はなんでマリが不機嫌なのか思い至り、そっとゲンゼと離れることした。
マリはゲンゼを女の子と勘違いしているので、俺とゲンゼの仲の良さを見せつけられて悔しいんだろう。
きっとゲンゼと仲良くなりたいのだ、マリは。
「ほら、ゲンゼ紹介するよ。こちらの可愛い女の子はマリ・トチクルイ。サティともさっき会って友達なんだぜ?」
俺はゲンゼの背中に手を添えて、自己紹介を促す。
ゲンゼが友達を増やす機会だ、ここは協力してやらねば。
「ぁ、ぇ、ぁ、ぁ、ぇ、えぇと、あぁと、ぇと、ゲ、ゲ、ゲン、ゲンゼ、ゲンゼ、ゲンゼディーフ、で……す……は、い」
ゲンゼが予想の斜め上を行くコミュ障振りを発揮しはじめた。お前、それマジかよ。
「うん、よろしくねゲンゼディーフ!」
しかし、マリは明るい笑顔でゲンゼの手を取り、ぎゅっと握りしめる。
なんて効果的なアプローチをするんだろうか。
これは年頃の男の子的にはかなり嬉しいはずだ。
コミュ障ならどもっちゃうよな。なぁゲンゼ?
「あ、うん。よろ、よろし、よろしく、ね……」
「よろしくね! 私もゲンゼって呼んでいい?」
「う、えっと、うん、いい、よ」
マリは相変わらずゲンゼを女の子だと思っているのか、距離が異性のそれではない。
ゲンゼも喋り方がたどたどしい。
なんだか見ていて不安になる光景だ。
「ふふ、じゃ私もゲンゼって呼ぶね!」
「ぅ、ぁ、ぅ、わか、わかった」
ゲンゼはもじもじしながらマリを上目遣いに見やる。
「ふふ、ゲンゼちゃん可愛いー!」
マリは躊躇なくゲンゼにハグをした。
おおっとこれはコミュ障の童貞のゲンゼにはかなり効くんじゃないかー?
「う、うん、ありがと」
「ん?」
ゲンゼは特に動揺する素振りを見せる事はない。
むしろ段々マリに慣れて来たのか落ち着いている。
なんだ思春期の男の子ならもっと「あわわわわ!」みたいになると思ったが……。
さきほどマリに手を握られた時といい、ハグされても動揺しない事といい、
ゲンゼはサティのせいで正常な男の子的反応を示す感性がぶっ壊れているのかもしれないな。
マリはゲンゼのことを女の子と勘違いしているみたいだが、なんか面白くなりそうなのでこのまま放っておいてもいいだろう。
サティが来ればすぐにバレちゃうんだしな。
「それじゃサティに会いに行こっか」
ーーカチッ
時刻は13時時12分。
まだまだ時間はある。
が、早めにサティに合流しないと、後で杖でしばかれる気がするのでもう行った方がいいだろな。
「ぁ、あーそれ! 時計? カッコいいね!」
マリとハグしていたゲンゼが目をキラキラさせて寄ってきた。
ふふ、先ほどのマリに指摘されたにも関わらず、再び取り出したかいがあった。
盛大にこの至高の芸術作品を紹介してやろう。
「ふふん、ゲンゼよ、貴公もそう思うだろう? これはかの天才発明家トーマス・エジサンが作り上げた最新の機械式魔導時計トール・デーー」
くるくると回って懐中時計の紹介。
「きゃあ!」
「ッ!」
人にぶつかってしまった。
これはいけないいけない。謝らなくては。
「すみません! 大丈夫です……はぅ!?」
反射的に謝ると同時。
相手の顔を見て思考が真っ白になる。
「もう! 気をつけてくださいま……あら?」
ぶつかってしまった高身長の女子は首を傾げた。
「あなた以前、どこかでお会いましたかーー」
「いえ、絶対会ってないかと」
貴族風の煌びやかなオーラを纏う女子は「うーん」と可愛らしく唸り記憶を探っているご様子。
まずい、この女子はだけはダメだ。
「わたしくウェンティ・プロブレムと申しますの。やっぱりあなた以前に、お会いしたことがあるような気がーー」
「いえ、僕は知りません。さようなら」
「っ、あ、ちょっと!」
ウェンティ・プロブレム、以前女子寮に偶発的に侵入してしまった時に対峙した女子寮の番人だ。
顔を見られてはいないとは言え、おんな近くで話していたらいずれ事件の事を思い出しかねない。
もしプロブレムに女子寮での事を思い出されたら、その時点で全てがおしまいなんだ。
「あ、待って! 話はまだーー」
「失礼します」
「私の話を聞きなさい!?」
俺はくるりとプロブレムに背中を向けて足早に、そして適当に歩き出す。
本気の速歩きを待ってコーナーで差をつけるのさ。
「え? 速っ! 速すぎますわ! なんて歩きなの!」
「あ、ちょっとアークぅ!」
「アーカム待ちなさいよ!」
後ろからいろいろ聞こえてくるが、今は構っている暇がない。
一刻も早くウェンティ・プロブレムから離れなければ。
すべてを置き去りにする速歩きで俺は玄関ホールを駆け抜ける。
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