記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第71話 入学式


「んぅ、すごい混んでる」
「何人いるんたよ、これ」
「″わぁ!すっごい!″」

レトレシア魔術大学の校門前の人混みを見て呟く。

現在、俺とマリとクレアさんは入学式が行われるレトレシアの巨大中庭へ向かう人の川を見て、顔をしかめたいた。

ーーカチッ

時計を確認すれば時刻は午前8時40分。

式が始まるのが午前10時30分なので大分時間に余裕を持ってきたのだが、結果はこの有様だ。

早めにくれば混雑が予想される時刻を避けることができると思ったのだけど……見当違いだったらしい。

王都民の朝は俺が思ったよりも早いようだ。
皆、気合いの入り方が違う。

「なんでこんな早く来るんだよ」

ポケットに時計を落とし込むようにしまいながら愚痴をこぼす。

「そりゃあ、早く来た方が決闘サークルの席が残ってるだろうからだよ〜」
「そうだねぇ。サークル狙いは十分に考えられる可能性だろうねぇ」

マリとクレアさんはわかってる風に会話する。
俺だけ仲間はずれにしないで欲しいな。

「決闘サークルの席って?」
「あれ? アーカムは知らないの? 決闘サークル」
「いや、決闘サークルは知ってるけど、なんでそれが早く来る理由なのかわからなくてさ」

流石に決闘サークルくらいはエヴァに教えてもらったし、クルクマでサティやゲンゼとのレトレシアの話の中で何度も出てきたので知っている。

決闘サークルとはレトレシア魔術大学にある部活のようなものだ。
ただ、普通の部活と違うのはこの決闘サークルとは決闘するためのサークルだということ。

すべての決闘サークルは決闘することが主な活動なのだ。

バスケやサッカー、将棋にチェス、茶道と花道、みたいに競技が分かれているわけではない。
そういうスポーツや文学部的な活動をやりたかったら、それはそれで決闘サークルとは別にあるらしい。

決闘サークルに参加しなくても決闘することは自由だ。
が、決闘サークルに所属することでいくつかメリット得られるとか……。

サティから聞いた話である。

一つ、練習相手が決闘サークル内で見つけやすく、色々な相手と戦い経験値を積むことが出来る。

一つ、決闘サークルに所属する事で個人戦以外のチーム戦を行う際メンバーを揃えやすい。

一つ、サークルに所属している者は年末に行われる最優秀決闘サークル決定レトレシア杯、と呼ばれる大きな大会に参加できる。

そして最後に決闘サークルに所属している事で友達ができる、だそうだ。
まぁこれはありがちなメリットだな。

というわけで以上、4つが俺がサティから聞いた決闘サークルのメリットだ。
ちなみにデメリットは特に言っていなかったように思える。

「そっか、アーカムは田舎から来たから知らないのね」
「ん? なんかムカつく言い方だけど、その通りだから何も言えねぇわな」

マリがニヤニヤと笑いながらちょんちょんと突っついて来ている。楽しそうだ。

「えへん! 仕方ないから、このシティガールのマリさんが丁寧に田舎者アーカムに教えてあげるよ」
「ちんちくりんが」
「え、なんか言ったー?
「なにも。説明、求む」
「ふふ、えーっと、なんで早く来るかって事と決闘サークルに何の関係あるか、だったよね」
「そうそう。別に早いもの順に入る決闘サークルが決まるわけじゃないだろ? 友達には自分で選べるって聞いたけど」

クルクマの秘密の場所でサティとゲンゼと話をした時のことを思い出す。

「うん、自分の入る決闘サークルはもちろん自分で選べるよ」

マリは指を立てて俺の言葉肯定してくれる。

「じゃあなんでーー」
「話は最後まで聞くこと! ていっ!」
「うぅ」

ピンと立てた人差し指を口に当てられ≪シャラップ≫の魔法をかけられる。

「外の人はもしかしたら知らないかもしれないけどね、決闘サークルの中には圧倒的に人気の2つのサークルがあるの」

マリは俺から人差し指を離し、指もう一本立てた。

「その2つ決闘サークルはあまりにも人気だから、入ろうと思って簡単に入れる決闘サークルじゃないってわけ」
「ふむふむ、それで?」
「そ・れ・で、その決闘サークルに入るには方法があって、ひとつがこの入学式の間に行われる抽選券を引くことなの!」
「当選したら決闘サークルに入れると?」
「そういうこと!」

ニカッと笑ったマリに額を指で押される。

抽選なんかで部活に入れるか決まるのか?
なんだかややこしいシステムだ。
どうして入学式なんかにそんな早い者勝ちみたいなシステムを導入するのだろう?

そんなんじゃ、王都以外から来た新入生に不利じゃないか。

現に俺はそんな情報知らなかった。
うーん、なんだか腐敗の匂いを感じるぞ。

「それじゃマリは急がなくていいのか? その抽選券とやら、早く行かないと無くなっちゃうんじゃね?」

校門前で余裕な表情でくっちゃべってるマリの行動が疑問だ。
マリは王都民でこの入学式の抽選の事もちゃんと知っている。

ならばせっかく早く来たんだから、マリも抽選券を取りに行った方がいいのではないだろうか?

「ううん、私はいいの。抽選なんかで入っても意味ないし」

マリは顎に手を当てて、ツンと澄ました顔で流し目を送ってくる。
なかなかカッコいいことを言ってるし、艶っぽい仕草をしているが顔も体もお子様なのでどうにも締まらない。

最近の子供はませてる奴が多い。

「なんで意味ないの?」
「だって実力で入ってないじゃん? 実力が伴ってなくちゃ毎月の転換期に追い出されるだけだよ。上位の決闘サークルは甘くないんだから」
「使えねぇ奴は追い出されんのかよ! 決闘サークル恐いな!」

あまりのガチ勢ぶりに戦慄する。

もしかして、決闘サークルでの所属はレトレシアでのスクールカースト的な意味合いもあるんか?

アメリカの大学においてフットボール選手がちやほやされるように、レトレシアじゃその人気決闘サークルにいる事がアドバンテージとなるのか?

そうならば、上位の決闘サークルに入ってれば晴れて人気者の仲間入りだ。
逆に雑魚決闘サークルに入ってしまったら、それだけでスクールカーストは下の方に決まってしまうってことだ。

だったら俺も今からでも抽選券取りに行った方がいいのだろうか。

サティみたいな天才ならまだしも俺やゲンゼみたいな凡才通り越して、才能なしの奴らには正々堂々と戦うのはちょっと荷が重い。

俺はそこまで考えて、いざ抽選券を引きにいくことを決意した、
マリとの話を切り上げて校門へ歩き出す。

「マリ、俺ちょっと抽選券取っーー」
「ちょっと待ってよアーカム。まさか抽選券なんか取りに行かないよね?」

マリに肩をがっしり掴まれた。

「え? 取りに行くけど?」
「行かせるかぁ!」
「な、なんだよ!」

肩を掴まれて止められた次の瞬間、俺はチョークスリーパーをかけられていた。
無駄に洗練された動きだ。なんなんだこのマリ、

「アーカム! 私の話聞いてなかったの? 実力で入らなきゃ1ヶ月後にはゴミのように捨てられるんだよ?」
「いや苦しいから、まず離してくれよ。ってかなんかさっきより表現が残酷になってない!?」
「私はアーカムには正々堂々戦って欲しいの!」

マリのチョークスリーパーを優しくほどきながら、動かないように取り押さえる。

「俺は魔術師としてはザコだから、チャンスは活かさないといけないんだよ! 行かせてくれって!」
「くぅ! なら私を越えて行きなさい!」
「は?」

マリは拘束から逃れると流れるような動きで杖を取り出し構えた。

「ぇ、いや、ここで決闘するってこと? 危なくない?」

周りには入学式のために来ているたくさんの人間がいる。

「ふっふっふっ! 魂のぶつかり合いに場所は選ばないわ。人的被害なんて関係はなーい! って、痛ぁあッ!?」
「関係あるに決まってるね。バカな事はおよし」

意気揚々と杖を構えたマリであったが、背後からクレアさんに小突かれてあえなく撃沈した。

「そりゃそうなるよな。いやはや、ありがとうございます、クレアさん」
「うちのマリがすまんね。時折アホになるのがたまに傷なんだ」
「痛いぃ〜!」

マリは涙目で頭をさすっている。

「ただね、アーカムくん。マリの肩を持つわけじゃないが、この子の言っている事は一理あるんよ」

おや、クレアさんからのアドバイスタイムだ。
この世界の老齢者のアドバイスは為になるのでよく聞いておこう。

「獲物は追いかけるより、追いかけさせた方が良い……私の長年の経験からくる物事の必勝法だね」
「追いかけさせる、ですか」

なんだか深い意味がありそうだな。

「あーなるほど、わかりました。マリの言う通り正々堂々とやってみますよ」
「おー! 流石アーカム! わかってくれると思ってた!」
「うん、まぁわかったって言うか……うん、まぁそれで、いいよ」

抽選券なんてチャチな物はいらないぜ。ふっふ、
ただ、この選択が後々に響かなければいいが。

「うーん、そういえばささっき上位サークルに入る2つの方法とか言ってたけど、ひとつは入学式の抽選で、もうひとつは何なんだ?」
「あーそのもうひとつの方法はオーディションだよ。私が言った、実力を示して決闘サークルに入る方法」
「なるほど、オーディション形式か」

マリはクレアさんに殴られた頭をさすりながら答えてくれる。

部活に入るためにオーディションをするなんて……どれだけ人気なんだろうか。



レトレシア区のとあるコーヒーハウス。

ーーカチッ

時刻は9時43分。

まだ入学式まで時間はあるが、余裕を持っておくなら、そろそろ大学に向かってもいい頃合いだ。

「ズズゥ」
「う〜ん、美味」

俺たち3人は校門前での人混みを避ける為に、抽選券の話に決着がついた後、近くのコーヒーハウスでしばらく時間を潰すことにした。

いつまでも佇んでいても仕方がないということで、マリが美味しいコーヒーハウスを紹介してくれたのだ。

優雅に足を組んでコーヒーを飲む若干10歳の少女。
うん、やはりこのマリ、実にませている。

「スズゥ」

俺も砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲む。
王都ではこの甘味である砂糖が比較的手に入りやすいので、俺は砂糖を使える場面では使えるだけ使って過ごして来ていた。

ちょっとお子様過ぎる思考だが大目に見てほしい。

一方で老淑女のクレアさんはいかにも苦そうなブラックコーヒーを飲んでいる。
大人は違うねぇ。

「そろそろ行くかね」
「そうですね」
「いこっか!」

クレアさんはニコリと笑い立ち上がる。

「さてと、ん?」

マリに続いて立ち上がろうとして、右手の指輪が震えている事に気がついた。
アヴォンからもらった黒色金属の指輪だ。
右手を持ち上げて顔に近づけてみる。

ふむ。
やっぱ振動している、なんだ?

「ん、あれ? もしかして……」

俺の剣知覚の範囲に何かが飛び込んできたのを察知して、瞬間的に何が起こっているのか察する。

え、ここで来るのアヴォン?

アヴォンに会った初日に言われた、手合わせ間の襲撃。
具体的に何をどのように襲撃してくるかは知らされなかったアヴォンの提示した試練だ。

一体何をすれば襲撃を防いだことになるのか、そもそも何をどのように襲ってくるかも分からなかったが、
なんとなくこの指輪の振動がアヴォンの試練の開始の合図な気がする。

「おや……?」
「どうしたのおばあちゃんもアーカムも?」

何が起こるかわからないのでとりあえず剣知覚を最大まで伸ばして剣圧と鎧圧による強化も施し臨戦態勢を整える。

クレアさんが不思議そうな顔でこちらを見ている。

彼女が剣士だったのはなんとなくわかっているので、きっと俺の剣気圧の発動に気がついて驚いているんだろう。
内心「何をしてるんだ、この小僧は?」ってくらいには思っているかもしれない。

「んぅ?」
「何をしてるんだいあの子は……」
「ねぇねぇ2人ともどうしたの?」

俺の剣知覚に一瞬だけアヴォンっぽい反応が引っかかったが、すぐに引き返してどこか遠くへ行ってしまった。
本当にあの先生は何してるんだろうか。
自分の先生の珍行動の意味が理解できず、首を傾げてしまう。

次第に指輪の振動も弱くなって来て、すぐにピタリと止まって動かなくなってしまった。

わけがわからない。
今のはアヴォンの襲撃となんの関係もなかったということか?
それとも俺が気がついたから襲撃失敗だとでも?

「うーん」
「あぁそういうことかい」

やはりわからない。
今のがアヴォンと関係があったのか、無かったのか。

関係があったとしたら、なんでアヴォンが引き返したのか。
こういう時のためのマニュアルを用意しておいてほしいものだ。まったくもう、うちのアヴォンは。

これじゃ、何をすれば正解なのかわからないじゃないか。
てか、そもそもアヴォンって数ヶ月は王都を離れるとか言ってたけど、あれはなんだったんだ?

ブラフなのか?
俺を油断させるための?

「ねぇえ! なんなのよ!」
「あーごめん、マリ、考え事してた」

マリがいじけた顔でこちらを睨みつけている事にようやく気付いた。

頬を膨らませてご立腹だ。
不機嫌になってしまったか。

「もう! 行くなら行こうよ!」
「そうだね、早くしないと遅れてしまうね」

クレアさんも普段のおばあちゃんフェイスに戻り、歩き出す。

ーーカチッ

時刻は9時56分。

うん、たしかにそろそろ行った方が良い。
先ほどの不可解な現象が気になるが、一旦放っておいてもいいか。

今は入学式にちゃんと出席する事だ。

The good Begining makes good Ending.
始まりが肝心なのさ。



コーヒーハウスを出て大学に戻る。

校門に来ると、すでに人混みはなくなっていてレトレシア校舎まで綺麗に道が開通していた。

「よーし、愚かな抽選組どもは散ったぞー!
「空いてるな」

スムーズ校舎にたどり着き、在校生の案内員に従って中庭へ赴く。

「すげぇ集まってんじゃねぇか」
「だって、生徒だけで500人はいるもん、当たり前だよ」

巨大なレトレシア校舎の真ん中にぽっかり空いた、これまた巨大な中庭には視界いっぱいに人が集まっていた。

「マンモス校の入学式とはこういうものだっ!」と言わんばかり物量に気押される。

「えーと、犬生があっちだから、子犬はこっちだ!」

この入学式に出席している新入生は、14歳以上からレトレシアに入学するのなら犬生として入学し、10歳での入学なら子犬生としてカウントされる。

そのため、中庭の人間の塊はいくつかのグループに別れていて座っていた。
新入生を、犬生、子犬生、柴犬生で分けているようだ。

保護者は中庭後方や両脇に集められ、教師陣は前方に設置された壇上に集まっていたり、脇に並んで控えている。
ここからでは壇上の先生方は豆粒のような小さい。

「それじゃねアーカム! 私は柴生だからあっちなんだ〜!」

袖を引かれて振り向くと、マリはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて遠ざかろうとしていた。

「はは、柴犬生、ね」

このまぜガキ自分だけが柴犬生だと勘違いして、勝ち誇ってるな?

「おろかな豆柴めが」

いやらしい笑みを浮かべるマリの後を何事もないようについていく。

「ぇ、いや! アーカム! パピーはあっちだって!」

マリは慌てて俺を引き止めようとこちらへ戻ってきた。
なんだよ、心配してくれんかい。

「マリ、俺、マリと離れたくないんだ」
「ッ!?」

しんみりとした雰囲気を装いつつ、マリの肩に両手を添える。

「そ、そ、そんな何言ってんのよ! わ、私にそんな、そんな事言われたって……仕方ないよ! も、もう!」
「あらまぁ〜はっはっ」

少女はもじもじして顔を真っ赤にして俯いてしまう。
後ろでクレアさんが楽しそうに笑っている。

いいや、よく見ればクレアさんだけじゃなく周りの大人たちが微笑ましいものを見る目で、
こちらを見つめて来ていた。みんな口元を押さえたりして感激しているかのようだ。

これは大成功だな。

「てーのは嘘! 俺も柴犬生だからそっちなんだ。ほら、どうした先に座ってるからな」

さっさとネタばらしをし、マリを置いて先に柴犬生の座る席へ向かう。

「おやまぁ、これはずいぶん優秀な子だね」
「ふぇ? ぇ、あ、あーちょっと! アーカム! 乙女の心をからかったなー!?」

マリが復帰したようで、足音を立てて追って来た。

ふふ、そう何度も俺のことをからかえると思ったら大間違いなのである。

マリを静めつつ柴犬生の集まる席へ。

新入生の座っている席の近くに来てみると、亜人の子供たちがたくさんいることに気がついた。
クルクマじゃもちろん、王都の街中でも亜人を見かけることは少なかったのでこれは意外だ。

みんな頭に耳をつけていて見えている肌が全てふわふわだったり、もこもこしていたりする。

なんだこれは、天国か?

愛犬をモフるのと同様にみんなまとめてモフってやりたい衝動に駆られる。

が、そんなことをしたら、無条件でスクールカースト底辺まで堕ちてしまうので、ここは我慢だ。
耐えろ、俺。

モフモフエリアを抜けて席に着く。

ぴったりとマリがくっついて来たので、周りの新入生たちに注目されてしまったいる。

だが、まぁ俺は大人なので子供たちの視線なんて特に気にはならないし、別にどうということはない。
ちなみにマリは集まる視線に気圧され、縮こまってしまっているが。

自分ではしゃいだのだから、これは自業自得だ。

ーーカチッ

席に着き時計を見れば、時刻は午前10時23分。

ちょうどいい頃合いだろう。というかギリか。

「ちょっと、アーク!」
「ん? あっ、サティ!」

時計を周りの新入生たちに見せつけながら確認していると、唐突に聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。

隣を見ればサテライン・エルトレットさんだ。
まさか狙って座った訳でもないので、いきなり隣に現れたサティにびっくりである。

「もうアークには、いろいろ言いたいことがあるけど、とりあえず無事で良かったわ」

サティは声のトーンを下げて、掠れた声で喋ってくる。どことなく安心した様子だ。

「危なかったけど、なんとかなったよ。サティも協力してくれたんだろ? ありがとな」
「ほ、本当よ! こっちもいろいろ、もう本当に大変だったんだから!」

お互いに内緒話をするように声を潜めて、再会の挨拶を交わす。

ーーンゥゥン

「お?」

不思議な反響音が中庭ぜんたいに響き渡る。
マイクのスイッチを入れた時のあの感じの音だ。

「えぇー皆様、大変長らくお待たせいたしました」

司会風のおじいちゃんが杖先を口元近くに当てながら式典開始の常套句を述べはじめた。

「これよりレトレシア魔術大学の記念すべき第600回入学式を始めさせて頂きます」
「地味にすごい記念年だったのか」
「アーク知らなかったの? 不勉強ね!」
「サティだってクルクマで教えてくれなかったじゃん?」
「私は王都についてからすぐに知ったのよ。仕方ないじゃない」

サティとお喋りしている最中も司会風のおじいちゃんの挨拶は台本通りと言った具合に進んでいく。

「おおっと、これは申し遅れました! わたくしがレトレシア魔術大学第35代校長を務めさせて頂いております、
サラモンド・ゴルゴンドーラであります。よろしくぅ〜!」

あんた校長だったのかい。

「うわぁ! 本物だよ!」
「すげぇ! ゴルゴンドーラだ!」
「なんか感動〜!」
「すっげぇ〜!」

「あ、あれ? 結構有名人なの? ねぇ、サティ!」

中庭の生徒たちは校長先生の名乗りにざわめき立つ。
知っていないとまずいタイプの人だったか。

「アークったらまさかあの伝説の大魔術師ゴルゴンドーラを知らないの!?」
「あーごめん、知らない」

サティに救援を求めたが「信じられない!」という顔をされてしまった。眉根を寄せて奇怪な者を見る目だ。

「いい? アーク、レトレシアの校長のゴルゴンドーラはねーー」
「では、わたくしからの挨拶もそこそこに。次は来賓の皆様の紹介に移らせていただきます。
えーまずは我がローレシア魔法王国と同盟国であり、レトレシア魔術大学と古くから交流のあるアーケストレス魔術王国の最高学府である、
ドラゴンクラン大魔術学院からお越しいただきました、レティス・パールトン校長先生、よろしくお願い致します」

「えぇ! 嘘、あのレティス・パールトンが来てるの!?」
「ぁ、ぁれ? また有名人?」

サティからゴルゴンドーラ校長の説明を受ける前に、さらなる有名人が追加でやって来たようだ。

「おぉ! パールトンだぁ!」
「まじで! 来たのかよ!?」
「すごいぞ!」
「わぁ! 本物だぁ〜!」

「ぁ……ぅ、うわ! 本物じゃん!」

ふたたびざわめき立つ周囲に取り残されないよう、俺も有名人知ってますアピールを忘れない。
彼らのことは後でまとめてサティに聞こう。

「はい、ご紹介ありがとうございます、親愛なるサラモンド校長先生ッ♡」
「挨拶をお願いします。パールトン校長」

壇上に並べられた椅子からひとりのおばあちゃんは立ち上がるやいなや、ゴルゴンドーラ校長と仲良さげに話しはじめた。

うちの校長は先ほどのおちゃらけた雰囲気を潜めて、真面目くさった顔と厳格な声で、来賓のパールトン校長に式を進めるよう促している。
なんだろう、なんだか急に機嫌が悪くなったみたいだ。

「うふふ! はーい! というわけでご紹介預かりました、親愛なる同盟国ローレシア魔法王国の皆様、わたくしがドラゴンクラン大魔術学院、
第89代校長レティス・パールトンでございます。今日という素晴らしき日に、レトレシア魔術大学の記念すべき600回目の入学式にお招きくださりありがとうございますわ!
それでは、わたくしレティス・パールトンがアーケストレス魔術王国を代表しまして祝辞を述べさせていただきますーー」

そこからのレティス・パールトンの祝辞は長かった。

当たり障りのない内容の文章が延々と続いていった。
俺の今までの、小学校、中学校、高校の卒業式すべてを思い出しても、これほど長い祝辞はなかったんじゃないかと思うほどだ。

故にここでとあるひとつ事件が起こってしまった。
あまりに長い祝辞を読まれると、式に参加している日本の学生はどうなってしまうのか?

答えは爆睡。

つまり俺は寝落ちした。

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