記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第62話 遺跡を爆走する男


ローレシア魔法王国 王都ローレシア

人々が日々の営みを開始する前、街が寝ぼけて通りに霧を立ち込ませている都会の早朝。

冬の寒さもだんだん和らいできたとは言え、まだまだ朝は冷え込む。
そんな肌を撫でていく寒さの中外套を着込み、遺跡街を歩く少年の姿がある。俺だ。

本来は王都城壁周りでも外周しようかと思っていたのだが、よくよく考えたら魔術師はランニングなんかしないことに気がついたのだ。

今の俺は近接戦闘力を持たない、レトレシア魔術大学の一生徒。

そんな走り込んでいるところ王都民に見られたら、良からぬ噂が立ってしまう。

よって早朝街中ランニングは無しとなった。

ストイックトレーニングの代名詞たる早朝街中ランニングが出来ないのは不本意だが、別に外周や街中を走る必要性はないので、俺は日陰者らしく地下遺跡でも爆走しようと思う。

早朝街中ランニングより、地下遺跡ランニングの方がファンタジーっぽいし楽しそうなので、この案は俺の中で速攻可決された。

というわけで現在、俺は修練場の地上出入り口にやってきている。

あたりに人がいないことを確認し、右手中指で石碑をなぞる。

ーーズウゥゥ

「″おぉ、すご!″」
「ふふ、だろ?」

指にはまった黒色金属の指輪に青い模様が浮かび上がり、石碑と共鳴する。

指輪と同じ青い文字を浮き上がった石壁が、ひとりでに動き出し、地下ドームへ続く階段を出現させた。

素早く中に入り、入り口を閉める。

「″すごーい、なんかワクワクするね!″」
「ふはは、そうだろ、そうだろ!」

自分もつい昨日教えてもらったばかりなので、真のアーカムの気持ちはよくわかる。

昨日、アヴォンから教えてもらった通りに、リング脇の台座に黒色金属の指輪をかざし、ドーム全体に青く光る模様を出現させる。

青い模様がうす暗いドーム全体に広がり、幻想的な明るさを地下遺跡に提供してくれる。

こちらも起動成功だ。

「″うわぁあ! すごい! すごい!″」
「ふはは! はっはっはっ! すごいだろ!」
「″うん! すごいよ! アーカム!″」

銀髪アーカムは素直に喜んでくれるものだから、こちらまで嬉しくなってきてしまう。

「″この2ヶ月アーカムが何してたのか全部知りたい!″」

半透明の少女はそう言いながら近場をうろちょろと飛び回っている。

「あぁいいよ。時間はいっぱいある。だからたくさん話をしよう」
「″ふふ、やったぁー!″」

銀髪アーカムは軽やかに空中に浮かび上がり、ごく自然な動きで俺の肩に止まった。

背中に覆い被さるように乗っかられているのだが、全く重さは感じない。

俺はもうひとりのアーカムを背中に乗っけたまま、ドームから地下遺跡通路へ向かうことにした。

「さて、それじゃアーカム、俺たちの修行を始めるか」
「″おー……ってお話するじゃなかったの?″」

アーカムは流れに「待った」をかけてきた。

「あぁもちろんたくさんお話はするけど、その前にいくつか確認、というか実験というか……試したいことがあるんだ」
「″実験? 確認?″」

少女アーカムは首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべている。

「アーカム、一旦俺の中へは戻らないでいてくれ」

トチクルイ荘からここに来るまでで、この少女の「霊体」の状態についてはいくつかわかったことがある。

まず銀髪少女アーカムは、自由に精神世界「和室」と現実世界を行き来出来るようになっていた。

俺が起きているにも関わらず、彼女は「和室」に入れるのだ。

しかも「和室」にいたとしても感覚を俺と共有しているらしく、現実世界のことは普通にわかるらしい。

いわば俺が主導で動かす体にアーカムが入ってる状態だ。

次に、このアーカム・アルドレアの体の主導権が完全に俺に移っているということ。
霊体アーカムは、アーカム・アルドレアの肉体の操作権を完全に喪失しているということだ。

これはここまで歩いてくる中での銀髪アーカムとの会話で判明したことだ。

どうやら銀髪アーカムは、俺が始めて精神世界を訪れた日からずっと「和室」に閉じ込められていたんだそう。

そのため彼女はアーカム・アルドレアがどこにいて、何をしているか2ヶ月前から情報を更新出来ていないのだ。

つまり2ヶ月前のあの日からこの体の主導権は俺に移っていたということだろう。

故に俺はこの地下遺跡にくるまでに簡潔に銀髪アーカムの記憶情報を2ヶ月分更新してあげていたのだ。

そのため本来確かめたかった事が後回しになっている。

だから、これからその事を試そうとしているのだ。

「″わかったー。付いていけばいいの?″」

銀髪アーカムが、いかにもこれから走ります、という風態の俺を見て首を傾げてくる。

「そうだな。最初はついてきて」
「″うん、わかった!″」

銀髪アーカムと俺がどれだけ離れても問題がないかも後で調べなければならない。

この霊体みたいな存在の、想像できるルールや条件として「本体から離れ過ぎると何か起こる」っという可能性があるので、まずは安全な距離から試していこう。

アーカムが俺の首にしっかり掴まったのを確認して、全身に剣圧を作用させる。

「よし、いくぞ」
「″オッケー!″」

銀髪アーカムの了解を最終確認として、俺は全身をバネに変えてドームと地下通路の出入り口から、全力疾走を始めた。

著しい前傾姿勢で常に加速することを考え、足の回転率を上げていく。

「″うぉぉお! 速いぃい!″」

コメントを定期的にくれるアーカムが振り落とされていないことに安心し、剣知覚で地下通路に何の存在もいないことを確認しつつ、無限に広がる地下遺跡を走っていく。

最終的にドームまで戻れればいいので、特に何も考えずに通路を爆走しよう。

右へ左へ、時折上、下へ移動しながら爆走すること1分。

実験第一段階は終了した。

「はぁ、はぁ、ふぅ!」
「″おつかれさま!″」

銀髪アーカムがどこから持ってきたのかわからない半透明のタオルで汗を拭ってくれる。

これで汗がしっかり拭えているのだから意味がわからない。

この霊体のアーカムは現実世界に「微妙に干渉できる能力」があるらしい。

例えば、このように額の汗をタオルで拭う程度のことは出来る。

しかし、逆を言えば霊体アーカムの現実世界への干渉能力は今のところ、この汗をタオルで拭うことが限界らしい。

タオルで拭ってもらった箇所に微妙に汗が残っていることを考えると、タオルも実体ではないと考えるべきだろう。

「″それで、今のは何の実験だったの?″」

少女アーカムはタオルをどこかへしまいながら聞いてきた。

「あぁ今のは剣気圧の確認……かな」
「″ん? なんで剣気圧を?″」
「実はさ、今朝からなんか体の調子が微妙に悪くて、剣知覚の範囲と精度がめちゃめちゃ低くなってたんだ」
「″え!? そうだったの!? 私が『和室』に入ってる時は剣気圧もの凄いことになってたから、てっきり絶好調なんだと思ってたよ″」

やはり、少女アーカム自身も彼女が「和室」内にいる間は「アーカム・アルドレア絶好調!」に感じているのか。
これはもう間違いなさそうだ。

「アーカム」
「″なーに?″」
「ハウスだ!」
「″……うぅ、私、犬じゃないんだけど″」

なんだかんだ素直に「和室」に入ってくれる。
可愛い奴だな。

「よし」

自分の中にしっかりともうひとりの存在を感じとり、銀髪少女が家に帰ったことを確かめる。

銀髪アーカムが中に戻ってから感じるこの快調感。

やはりだ。

俺は「和室」の中に銀髪アーカムがいてくれないと、全力を出せない体質になっているらしい。

「ただ、これはーー」

彼女が「和室」に戻ってきてから、アーカムが霊体として外側に出ていた時とは比べ物にならない程の剣気圧を纏えている。

おそらくまた一段階上に、俺たちの剣気圧は進化している。

今日の俺は過去最高に調子が良い。
早くこの力を試したい。

そう思い俺は最大「剣圧」で肉体の強化し、地下遺跡を走ってみることにしーー、

ーーズガガガァア

「ッ!」

慌てて後ろを振り返り、自分の一瞬前にいた通路を見る。

「ぁらら」

気持ちよく全力疾走しようと、走り始めたと思ったら少し歩いただけで地下通路が砕けてしまっていた。

石造の通路が俺の剣圧で強化された脚力に耐えられなかったのだろう。
歴史的価値のある遺跡がめちゃくちゃだ。

今度サティに直してもらおう。
そう思い再び走り出すべすべく前を向く。

「まさか、この技を使う時が来るとはな」

俺はかつて師匠に教えてもらった基本移動術「地面を傷つけない走り方」を思い出す。

師匠にこの技を教えてもらった時は、まだ地面を気にするような脚力で走れていなかったので、一体いつになったら使うのかと疑問に思っていた。

なるほど、ようやくわかった。

俺は速めのジョギングをしながら、忘れかけていた走行法を記憶の中から引っ張りだして徐々に実践していく。

「そうそう、地面に感謝して、慈愛を持ってこんな風にーー」

一瞬で風になり地下通路を高速で駆け抜ける。

そうして遺跡中に凸凹を作りながら、アーカム・アルドレアは早朝ランニングを終えた。



実際に走ってみて地下遺跡についてわかったことがある。

想像していた以上にこの遺跡は果てしなく広大だ。

おそらく王都地下全体、いやもっとずっと広い範囲まで広がっているかもしれない。

地上部分に残っている建造物が遺跡街というだけであって、かつては相当大きい文明がここにあったのだと推測できる。

これから少しずつマッピングしていくのが楽しみであるな。

修練場での修行。

まずは軽くシャドウボクシングでもして体を動かす。
左手を下げ、ヒットマンスタイルの構えで連続ジャブ空気を打つ。

「フッ!」

ーーパパパパパンッ

空気が爆ぜる音がして、気持ちよくドームに響き渡る。

「ファッ!」

ーーパパパパパパンッ

拳が空気の層を叩き軽快な、破裂音を再びドームに発生させる。

剣気圧が上がったおかげか、以前よりも速くしなる左腕が動いてくれる。

ーーパパパパパンッ

ーーパパパパパパンッ

ーーパパパパパパパンッ

ーーパパパパパパパパンッ

パンチを打つたびに、どんどん剣圧が馴染んできて、ジャブが加速していく。

「ふは! 楽しい!」

相手をイメージしてフェイントを入れたり、右で仮想敵をダウンさせにいったり、準備運動にしてはやけに楽しめるぞ、これ。

右を打つときだけ腰を落として「精研突き」に切り替えたりといろいろ試しながら、独自の戦闘スタイルを練っていく。

これは何も遊んでいるわけではない。
アヴォンアドバイスに従っての練習だ。

アヴォンが言うには俺は自分が思っている以上に器用な芸ができているらしく、剣術・拳術・柔術の組み合わせ技および応用技のセンスが良いと言われたのだ。

そこでボクシングの軽いフットワークを見せたところ「うん、いいんじゃないか?」という感じで認められ、正式にボクシング的な動きを俺の体術体系に組み込むことになったのだった。

ただ、今のままでは格下で遊ぶだけの技術でしかないので、ここから進化させていかないといけない。

師匠から基本は教わった。

あとは自分の好み、得意な技を磨き武器を作り上げていく必要がある。

「だけどあんまり、ぴょんぴょんするなっていってたな」

技は昇華させ発展させるのだが、それは基礎をないがしろにしろと言う訳ではない。

根底の基礎を忘れずに技の高みを目指すのだ。
俺が目指すのは師匠の提唱した「理想の狩人」。
武器があってもなくてもめっちゃ強いやつになろう。

「”今のカッコいいね!”」
「そうだろう?」

精神世界から顔を出したアーカムが無邪気に技をほめてくれる。

彼女が知っているのは軍人戦まで。
つまり剣気圧が爆発的に増える前のアーカム・アルドレアなので、きっとパワーアップした今までの技術がすごく見えるんだろな。

今までの修行の苦労を知っていて、無邪気に応援してくれるアーカムの存在はこれからのハードな鍛錬に必要不可欠な存在になることだろう。

俺は、俺たち2人で頑張れるんだ。
本気の修行だってきっと乗り越えられる。

「はは、改めてよろしくな、アーカム」

自然と霊体アーカムに握手を求める。

「”ふふ、うん、よろしく! アーカム・アルドレア!”」

彼女は傷だらけの俺の手を握り返してきた。

微妙に握手している感覚を確かめながら、心強い絶対の味方の存在に感謝をする。

アーカムだけは、もうひとりの自分だけは味方だ。

そう思えばこの王都での孤独感からくる寂しさもなくなる。

素晴らしい相棒ではないか。

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