記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!

ノベルバユーザー542862

第25話 理想の狩人


真冬の到来、年末の訪れ。

空は一面灰色に染まり、空気は乾燥し、外套がいとうを着なければ凍え死んでしまいそうな気温。

そんな環境の中、頭のおかしい奴がいたりする。

「ウリァァッ! ウリァァッ!」

狂気的に叫び続け腕を突き出す子どもがひとり。

自分でもどうかと思う。
この寒い冬空の下、上裸でひたすら巨木に「貫手ぬきて」をかましまくるのはおかしい事だと思う。マジで。

「ウグゥゥッ! アァァッ折れたァァッ!」

また指が折れた。拳も砕けた。
もう何度目だよ、これ。

少なくとも……いや、数えるのが馬鹿らしくなるくらいは指を折っている。
俺がおかしいと思っているのは極寒の気温の中、上半身裸で修行していることではない。

確かに上半身裸で極寒の中、修行することも十分におかしなことだ……だが違うのだ。

その程度の事なら頑張ればどうとでもなる。
問題は修行内容の方なのだ。

「うガァァァッ!」
「おやおや、まだ痛みには慣れないかい?」

テニール・レザージャック。
俺の師であり、とんでもないサイコパス。

師匠は傍に置いてあるをコツコツと剣の鞘で叩く。
黒酢でも入ってんのかと思うほどデカい壺だ。

「ほら、早く治した方がいーー」
「言われなくてもッ!」

師匠が言葉を言い終える前に、両手を壺の中に突っ込む。
壺の中にはドロドロした液体と、いっぱいの草が入っているのだ。

ーージュァァァ

「はぁぁ、はぁぁ、あぁぁ〜癒しの音ぉ〜!」

肩で息をしながら水素が抜けていくような音聞いていると、痛みが和らいでいくのがわかった。

「よし、それじゃ再開だ。今日は『貫手ぬきて』100発で拳が壊れない様になるまで頑張るんだよ」
「はぁぁ、はぁぁ、はぁ……あいッ!」

やけくそ気味に返事をして再び修行に戻る。
ほとんど鎧圧がいあつ拳で貫手を繰り返す荒業に。

「うりゃァァァァァ! うらアァァァァァ!」

再び、痛みを紛らわす咆哮と、巨木に穴が空く音が辺りに響き始めた。

俺が想像できる修行の中でも、これほどまでに壮絶な修行はない。
痛みでどうにかなりそうな頭を必死に働かせる。

今にも意識が飛びそうだ。
待てよ、なんで、こんな辛いことやってるんだっけ?

「うりゃァァァ! ラァァァ!」

一体いつからこの地獄は始まったんだ?

「オラァァ! ウリャァァ!」

そうだ、あの日からだ。

師匠から手紙を貰って、3ヶ月ぶりに再会したあの日から、この地獄のような修行が始まったのだ。



ひと月前。

師匠が冗談になってない冗談を言って、俺がからかわれていた時の事だ。

「ほっほっほ! 本当に親子揃っていい反応をするねぇ」
「師匠やめてくださいよ、寿命の削り合いなんて、誰も幸せになりません」

あの時は、まだ冗談を言う気力が残ってた。
本当は気づくべきだったんだ、師匠の機嫌がなぜか異様に良いことに。

「あぁー笑った笑った。ずいぶん久しぶりだねぇこんな楽しい気分になるのは」
「そんなに楽しいですか?」
「あぁ楽しいとも。やっとが始められるんだからねぇ」
「……? どういう意味ですか?」
「そのまんまさぁ。さっきつい口から出てしまったがあったろぅ?」
「あ、あぁ、言葉ですか」
「本当はもっと時期を見て始めようと思ったんだけどねぇ、君はもう色々聞いているみたいだし、隠すこともないかなってねぇ」

あの時の師匠は本当に楽しそうだった。

「し、師匠、何を言ってるんですか?」
「おやおや、わからないかい? よーく考えてごらん。なんで、私が君を育てたいと思ったのかを」
「……父さんに頼まれたからでは?」
「それもあるねぇ。だけどアディフランツに頼まれたくらいじゃ、私は弟子を取らないよ」
「そうなんですか?」

なんだが、だんだん暗いものが滲み出てくるようで怖かった。師匠がいままでの師匠ではなくなっていくのが声を通じて伝わってきていた。

「狩人テニール・レザージャックが弟子をとる理由。それは次の世代を任せる者を育てる為に他ならない」
「それは、つまりーー」
「私は君を狩人にしたいということだ」
「なるほど」

今思えば、確かに納得できる理由だ。

たとえ友人の頼みだからって、何年も毎日のように無償で剣を教えてくれるだろうか?
師匠は寒い日も、暑い日も、雨の日でも、雪の日でも、どんな時だって修行に付き合ってくれていた。

その情熱の理由に気づくべきだったかもしれない。
だが、俺は気づかなかった。
俺は一心不乱に優秀な息子になるために、ファンタジー世界を楽しむために頑張っていたんだ。

「吸血鬼の力を持ちながら吸血する必要がなく、幼い頃から見せる数々の天賦てんぷの才能。このまばゆいまでに輝く黄金を狩人に磨き上げない理由がない」
「そんなに才能ありました? 俺あんまり上手くやれてた記憶ないんですけど……」

魔法は一切使えず、3年間毎日のように修行してやっと『剣圧』を扱えるようになるレベル。
才能といえば、おのれりっすることの出来ない殺人アーマー『鎧圧がいあつ』くらい。

比較対象がいなかったのもあるが、自分のことをそんな天才だなんて思っていなかった。

今の俺があるのは、必死に努力したから。
その努力相応のモノが手に入っているだけなんだ……と、俺は考えていた。

「おやおや、謙遜けんそんも過ぎると嫌味に聞こえてくるねぇ。アディフランツに聞いたが、君は1歳で流暢りゅうちょうにエーデル語をあつかい、そこから2年間もの間、魔術の修練しゅうれんに励んでいたんだろう? そして3歳にして高度な『鎧圧』を自然と身につけるようになる。そして6歳になり、だった3年で『剣圧』すら扱えるようになってしまう……私の元で修行したとは言えあまりにも規格外だねぇ。君がに居てくれて、本当に良かったよ」

師匠の賞賛の数々。
褒められることに弱い俺はかなり調子に乗ってた。
あぁ本当に愚かな事にノリノリにちょずいて波に乗ってしまっていたんだ。

「いや、まぁ僕的には普通にやっただけなんですけどね! へへへ」

完全に馬鹿だったと思う。

「君は必ず素晴らしい狩人になれる。その器がある! 私との出会いは運命のはずだ……アーカム、さぁ私のもとで狩人になってくれるかい?」

全然悪い気はしていなかった。
人類を陰ながら守る、正義の秘密結社。

そこのOBである師匠に推薦してもらってる。
わくわくしていた。楽しかった。

スパイ組織にエージェントスカウトの気分だった。
お世話になってて、義理的に断れなかったのもある。

さらに頭の冷静な部分では、師匠の言った「こちら側」という言葉もしっかりと分析していた。
こちら側があるなら、当然「あちら側」があるということだ。

俺は将来を見込まれて「こちら側」にいるから大事に育てられているのだ。
もし、俺が師匠の協会への推薦入社を蹴ったら「こちら側」を自分から抜けることになる。

仮に半吸血鬼の俺がそんなことをすれば、即座に首が飛ぶ可能性だって考えられた。
つまり、選択肢なんてあるようで元から無かったのかもしれない。

「まぁ、いいですよ。狩人……なっても」
「ありがとう、アーカム」

師匠は本当に嬉しそうな顔で言った。
そして、うんうん、と頷き立ち上がったんだ。

「さて、これも久しぶりだ……ゔっん! アーカム・アルドレア、これより『狩人かりうど修行しゅぎょう』を始める。今までのは修行はすべて下準備だ。この先には辛く厳しい修行が待っている……が、アーカムなら必ずや乗り越えられる。一緒に頑張っていこうねぇ」
「はい! どんな修行も乗り越えて見せましょう!」

本当に「馬鹿野郎!」と1ヶ月前の自分を殴りたい気持ちになる。

覚悟が足りなかったのだ。
流れに飲まれて、やすやすと地獄に飛び込んだ。

師匠の言った辛く厳しい修行なんて表現は嘘だ。
あまりにも生ぬるい言葉。

実際に待っていたのはタダの地獄だったんだよ。



時間は現在へ。

巨木に「貫手ぬきて」を繰り返す。

「うりゃァァァァァッ! オラァァァッ!」

あ、指が折れた。

「ウギャァァァッ! 折れたぁぁっ!」

もう、本当馬鹿なんじゃないだろうか。

せっかく傷を治したのに、指を折って、また治して……こんなのただのアホウのする事だよ。

「おやおや、まだ痛みには慣れんかねぇ?」
「ウリィィィッ!」

慣れるわけがない。
逆にどうして、慣れるという思考が出てくる?
あんたバカなの、死ぬの?

頭をカチ割ってのぞけば答えがわかるのか?
まったく、この鬼畜ジジイめ。

「ぅぅう、ぐすんっ」

出血で真っ赤に染まり、骨がこんにちは、してしまっている拳を大きな壺の中に打ち込む。

ーージュァァァ

この壺がなかったら、俺の精神は崩壊してとっくに廃人になってしまっている事だろう。

「はぁぁ、はぁぁ、はぁぁ、あぁ〜癒しの音ぉ〜」

痛みが引いていき、指がになって、癒されていく。

この巨大な壺の中には師匠が森でかき集めてきた、極めて効果の高い薬草をふんだんに使って作られた、大量の特製回復ポーションが入っている。

師匠は3ヶ月の間、森の調査だけでなく、ポーションを作ったりして、修行の準備も同時に進めていたんだとか。
ちなみにこの壺ポーションを作ってくれたのは、師匠の友人の錬金術師らしい。

見た目は完全に大量の草と緑に濁った水が入っただけの壺なので、RPGに出てきそうな綺麗な半透明のポーションではない。

こんなところも現実感があって萎える原因だ。
透明でキラキラ光ってる神聖な水みたいな物を期待していたのに……現実はいつでも非情なんだ。

「うーん、まだ治るのかい……? 流石はアーカムだねぇ。いくらでも鍛えられるってことじゃないか」

師匠は悪魔のような笑みを浮かべている。

「ヒィィィ!」
「さぁ! まだまだ続けるよぉ?」

訂正しよう、このジジイは鬼畜じゃない。悪魔だ。

「ウリャァァ! オラァァァ!」

再び痛みに耐える時間がやってくる。

実を言うと、俺が苦しんでいる理由は俺自身にもあったりする。

特別な回復ポーションは、肉体を修復する際に以前より高負荷に耐えられるように、超再生する割合がが高く作られている……言うならば修行用回復薬だ。

それなら「無限に骨折しまくってめちゃくちゃ鍛えられんじゃん!」と思うかもしれないが、もちろん限界は存在する。

この回復の仕組みには本人の魔力の量や体質が大きく関わっているらしく、何十回も繰り返せるシロモノじゃない。

普通は……ね。

「ウリャァァァ! アリャァァアッ!」

結論から言って俺はどうやら普通じゃなかった。

もう本日、何回目になるかわからない回復だが、一向に治癒の勢いが下がる気配がない。

何度でも再生する。

そのため師匠は悪魔のような顔で、「もう一回! あともう一回!」と何度でも骨折を強いてくる。

「オラァァッ! オラァァッ!」

そもそも「鎧圧」を纏っていれば巨木への「貫手」くらいで粉砕骨折なんてしない。
師匠が使うなって言わなければとっくに「鎧圧」で指先を覆っているさ。

この体め、俺の意思に反して、いつの間にか剣気圧をコントロール出来るようになりやがって。

拳術などの体術修行は、剣気圧のコントロール能力を向上させる効果があると師匠は言っていた……つまり、アディの拳術修行がここで効いてきているのだ。

それが良いことなのか悪いことなのか、今の俺にはもはやわからない。
だってそのせいで痛いんだから。

「アタタタタタタタッッ!」

集中力が切れて「貫手」が百裂拳に変わっていく。

「こらこら、それはまた早い。ダメだよアーカム」

いや百裂拳の技、レザー流にあるんかよ。

くそ、もう痛すぎて頭がおかしくなりそうだ。

「うーん、今日はここら辺にして終ーー」
「ッ! わかりました! 今日はもう十分ですね!」
「ずいぶんといい返事をするねぇ」

よし、今日はさっさと帰ってエヴァの胸をアディから奪い取って癒してもらおう。

「よし、じゃあのメニューだ」

なんでやねん!

まぁ次があるのはわかってたんだけど。

「はぁ……わかりました。やりましょう」
「ほっほっほ、そんながっかりするもんじゃないよ。君は凄まじい勢いで力を付けている。こんな修行じゃ物足りなく感じる日も近いだろうねぇ。このままいけばきっと凄い狩人になれるよぉ」
「あー、はいはい。もう何度も聞きましたよ、それ」

師匠の励ましワード常套句だ。

君は凄くなれる、そう言われて最初は頑張れていたが、最近効果がめっきり薄い。

見え透いてんだよ、このジジイ。

「おや? そうだったかな。まぁ今は辛いだろうが頑張ろうじゃないか」
「頑張ってるのは俺だけですけどね」
「ほっほっ、まだまだ元気があるようだねぇ。それでは次はだよ」

ここ1ヶ月ずっとやって来た修行の流れだ。
指を強化しまくってからの柔術をやらされる。
こっちも「鎧圧」を使ってはいけない。

「はぁー、まぁ一番痛いのは終わったしもうひと頑張りしますか!」
「その意気だ。では戻ろう。家まで競争をしようか」
「いいでしょう。俺の剣気圧すべてを脚力に変えます。勝ったらチョコレートで」
「ほっほっ、いいだろう。これは負けれなくなってしまったねぇ」

師匠は杖を取り出し、杖先を軽く振った。

「ほいさっ」

すると、空中に突如火の玉が出現する。

無詠唱の魔法だな。
発動速度、射程、空中への出現という条件からみて、おそらく火属性二式魔術の発火炎弾じゃないだろうか?

「あの≪発火炎弾はっかえんだん≫が地面についたら、始めだ」

師匠の言葉には答えずひたすら集中する。
脚への「剣圧」を最大に高め、身体が置いていかれない具合に全身の「剣圧」をコントロールする。

そしてーー、

ーージュゥゥウッ

火の玉は雪の上に水蒸気を発生させながら落ちた。

「テァラッッ!」
「ほっほっ!」

地面をえぐり飛ばしながら、全力の「縮地」で、完璧なスタートダッシュを決める。
師匠、すみません、これは勝てますわ。


ーーテニール視点ーー


昨日よりもわずかに速くなっている。

アーカム・アルドレアの師、テニール・レザージャックは倒れ伏す弟子を見下ろし感心していた。

「ふうぁっ、ふうぁ、ふうぁ……」
「これは、危なかったねぇ。もう少しで私の負けだったよ」
「ふぅ、ふぁ、はぁ、嘘ですね、こっち、ちらちら見ながら、走ってた、じゃない、ですか!」
「ほっほっ」
「はぁ、はぁ、はぁ」

絶対にこの少年を狩人にしてみせるとテニールは考えていた。

かつてアーカム・アルドレアほど才能を持つ者にテニールは会ったことがなかったからだ。

何をやらせても上手くこなし、一生懸命に取り組み、いつも自分をを驚かせてくれる。

魔術の才能こそなかったが、生まれつきの鎧圧のこともあり、剣術、拳術はもちろんのこと、やわらの技にも高いセンスを感じる。

最近はモチベーションが下がって来ているようだが、それでもちゃんと修行をこなす勤勉な子だ。

アーカムは間違いなく素晴らしい狩人になれる……とテニールは育手として彼を非常に高く評価していた。

「ほら、集中して。力の流れを感じるんだ」
「……こんな感じですか?」
「いいや、こうさ。よく見なさい」

現在、テニールは弟子に柔術を教えているが、これに関してもアーカムはかなりスジが良い。

狩人にとって拳術や柔術は重要だとテニールは考えている。
他の多くの狩人たちはそのように考えない者も多いが、テニールと同じ考えを持つ者は少なからずいる。

狩人になる為に通らなければいけない道として、協会は『狩人の修行』あるいは『狩人の試練』とも呼ばれるものを設定している。

これは現役、もしくは元狩人が己の「狩人とは」という信念と協会の狩人育成規範に従って、新人狩人や狩人候補者を育てたり、試したりすることを示す。

それぞれの狩人ごとに、狩人に必要とするモノの解釈が違うので修行や試練の内容は多様性に富み実に様々だ。

どんな技術を身につけさせるか、どんな方法で新人を試すかは担当者に一任されている故だろう。

テニール・レザージャックの「狩人とは」の解釈はこうだ。

『剣がなくても戦え』

アーカムが行なっている修行の根本的理由である。
これこそがレザー流のモットーだ。

テニールが若かったころは「拳術や柔術を総合的に指導する事はアホのする事」という風潮が協会内でも強かった。

拳を鍛える暇があるなら剣を振れ、とも。

かつて多くの狩人がこのレザー流という流派のことをれ物のように扱っていた。

どう考えたって、ひとつの武器を練習し続けたほうがいいに決まっているのに、どうしてレザー流の奴らは無駄な技能を必要以上に身に付けるのか、と。

だが、それも昔のこと。
近年、テニールの考えは協会に認められ、狩人育成規範に「総合力」の項目が追加された。

剣がないから戦えない、そんなことが通るのか?
本物の戦場で。
否、断じて通らない。

私は例え剣が折れても、拳で戦おう。
拳が砕けても、投げで操力で戦って見せよう。
両腕がダメになっても、魔法を唱えよう。

テニールにとって狩人とは常に不測の事態に備える必要があると考えている。

そのためにテニールは「鎧圧」が使えなくなってもアーカムが戦えるようになる為に、そして痛みに怯まずに戦えるようになる為にアーカムに拳を砕かせ、技を磨かせているのだ。

テニールの考える「理想の狩人」は剣術、拳術、柔術、魔術の4科目を高いレベルで収めた狩人のこと。

アーカムに体術を教えるのは、テニールの考える狩人の理想像がそこにあるからだ。

テニールたち、狩人が戦うのは人間以外のたくさんのである。

人智を超えた「怪物」を相手にする。

武器がなくて戦えなかった。
そのために町が一つ無くなった、では済まない。
時に狩人は命をして戦わなければならない。

彼は3ヶ月前の森でアーカムの中に光を見ていた。
凶暴化したテゴラックスをまるで児戯じぎのようにあしらった、

あの力が乾いた狩人の心を動かす決め手だった。

6歳にしてすでに同年代の純吸血鬼を上回る膂力。
この子供アーカム・アルドレアはただの8分の1吸血鬼ではない。

間違いなくそれ以上に何か特別な存在である、と。

「あーなるほどー、こんな感じっすかね?」
「流石だねぇ、アーカム。君は天才だ」
「もういいですよソレ。師匠同じフレーズ使い過ぎです。効果切れですね」
「おやおや、そうかい。なら新しい褒め言葉を考えないとだねぇ」

そうは言ってみたが、テニールの褒め言葉全て、本心をそのまま口にしただけのもの。

弟子、師の心知らず。

老狩人にとってアーカム・アルドレアは弟子となりえる存在にして、最高の狩人になれる素質を持った者。

テニール・レザージャック、御歳おんとし115歳。

協会記録で1403体もの吸血鬼・半吸血鬼を滅ぼし、かつて「血脈けつみゃく断絶者だんぜつしゃ」と恐れられた男は、新たなる人類の守り手を丹精込めて鍛え上げるのであったーー。


ーーアーカム視点ーー


師匠との修行を再開してから半年が経過した。

俺は立派な7歳になり、トニースマスも特に児童虐待することもなく終わり春がやって来た。

毎日が濃厚過ぎて、もう定年退職するくらい歳とってるんじゃないかと錯覚する今日この頃。

「ほけ〜」
「わふぅぅ」

春の陽気な日差し。

毎日、毎日、巨木を殴ったり、突いたり、蹴ったりして日に数百本も立派な木を折っているのだから、自然破壊もいいところだ。
修行のせいで森が減ってるんじゃなかろうか?

「わぅぅ」
「ほけ〜」

最近は「鎧圧」無しでウォークの巨木に「貫手」をしてもダメージを感じなくなってきたので、ますます森林破壊に熱が入っている。

その他の修行と言ったら斬撃を飛ばして巨木をぶった斬ったり、ジジイを投げようとして関節極められたりといった具合だ。

もはやあの荒業に慣れてしまったせいで、この先の人生のどんな苦難も乗り越えていけそうな気さえするよ……いや、マジで。

自分の腕を空に掲げてみる。

傷などは残っていないが、皮膚はぶ厚く骨は超合金製を疑うほどに硬く頑強だ。

もはやウルヴァ◯ン。
きっと俺の骨格はアダマン◯ウムにも負けない。

タフな精神に鍛え上げられた俺はただいま、ポカポカと暖かい日差しを浴びながら、アルドレア邸の庭で日向ごっこをしている最中だ。

「ほけ〜」
「わぅ、わふっ」

傍には7歳の誕生日にアディから贈られた超軽い短剣、通称「カルイ刀」。
昔、タングじいさんが俺に贈ってくれた品が6年の歳月を経て、正式な所有者の手にやってきたのだ。

正直、俺自身存在を忘れていたくらいだが、すごい剣だったと記憶してる。
実戦で使うのが楽しみな逸品だ。

「ちびっこはお昼寝の時間だな」

隣でシヴァを枕に眠る双子のの頭を撫でる。
サラサラの銀髪が気持ち良い。

「お前ら絶対キュートにクール育つよなぁ。俺は間違えてアディに似ちまったって言うのに」

カルイ刀を手に取る。

「んぅ〜まぁあんま変わってねぇんだよなぁ〜」

輝く刀身に映った自分の顔は、不思議なことに前世と結構似ていた。
アディが黒髪で日本人っぽいせいだろうか。

「はぁ〜」

どうせ転生するんだったらもっとイケメンにして欲しかったよ、マイゴッド。
昼寝している双子を見やる。

「やっぱ銀髪いいなぁ」

エヴァに似た2人が羨ましい。

俺も異世界補正で微妙にイケメンになったような気もしなくはないが……それでもエヴァの美貌の前では有象無象のモブBに早変わりしてしまう事には変わりない。

「モブAに似ちまったらなぁ。いやまだ7歳だ。いくらでも挽回出来るはずーー」

ん?
なんとなしに気配を感じて目を開ける。

「アークぅう! お前マジで失礼すぎだってのっ!」
「うぉぉあ、アディ!?」

ビビった。間違えて名前で呼んじゃったよ。
目を開けたら、アディが顔をのぞかせていたのだ。
この人はなんで俺の知覚に引っかからないんだろうか。
こっそり近づかれる頻度がアディだけ異常だ。

「おいおい、呼び捨てか? お前ってやつはーー」
「あ、ははは、えっと、父さん仕事は?」
「んぅ……今日はないよ。そっちこそ今日はテニールさんのところ行かないのか?」
「えぇ、1週間ほどお休みを頂きましたから。ゲートボール大会が近いらしく、師匠はコンディションの調整に入ってます」
「あーそういえば、商店街のじい様達が騒がしかったけな」
「そうそう、それですよ」

師匠の趣味の一つにゲートボールがある。
なかなかのガチ勢で、俺も一度やらせてもらったが全く上手く出来ななかった。

師匠は接待プレイなどせずボコボコにしてくるタイプの人間だったので、俺が今後の人生でゲートボールをやることは多分もうないだろう。

「そうかぁ、休みなのかぁ」

アディはシヴァを枕にし庭に寝転び始める。

「父さんも今日は休みですか」
「そう、だから可愛い娘と遊びに来たのさ」
「僕とアレクとは遊んでくれないんですか?」

子どもたちへ注ぐ愛に差をつけるなんてひどい父親だ。

「なんだよ、その目は。冗談に決まってるだろう……てか、お前と遊ぶって何するんだよ。真剣でぶった斬り合うのか? 勘弁してくれ」
「ははっ、確かにそれは遊びとはちょっと違うかもしれませんね」

快活に笑いカルイ刀をクルクル回して弄ぶ。

「あー! みんなこんな所にいたの! 私だけ仲間はずれにしないでよ」

騒がしい声。
されど空気たちが自ら喜んで震えだす甘い響き。

「お、アルドレアの女神が降臨なさったぞ」
「母さんですか」
「わふわふっ」

ここで我が母が庭へやってきた。
エヴァも巨犬に両膝つき枕がわりにし始めた。

暖かな日差しの下みんなで寝転んで愛犬をでる。

これほどに絵面的にも内容的にも、幸せと言えるものがあるだろうか。

「母さんは可愛いですね」
「ふふ、ありがとう」

エヴァに頭を撫でられる。
細く華奢な指が優しく温もりを伝えてくれる。可愛い。

「おいおい、アークだけずるいだろう。ん゛っん! おかぁさん、ボクもぉなででぇー!」
「ふふふ! うちは甘えん坊さんが多くて大変ね」

俺に対抗すべく、こうして定期的に幼児退行するのが我が父……アディフランツという世にも恐ろしい半吸血鬼の正体だ。

師匠が見逃したのもうなずける危険度の無さである。

「まぁ、こうして家族で揃ってるのも稀だ。どうだみんなで町に出てみないか」
「いいわね! いきましょ!」
「たまにはいいですね」
「わふっわふっ!」

小さな予感が運命の糸を引く。
家族揃ってクルクマの町に繰り出すことになった。

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