【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する

ノベルバユーザー542862

第69話 終焉者


知らない記憶が蘇る。
風化した石碑が復元されるように、すこしずつ隠されていた情報が明らかになる。

それは、赤子の視点から始まった。

まだ生まれたばかりの子供。

俺は誰かに抱かれていた。

「ガアドがいる…」

(ぐぎぃ)

幼い俺を抱きかかえる若い男。
今よりずっと元気があるように見える。

しかし、なぜこんなものが?

俺がガアドと出会ったのは数日前。
アルカディアにやって来てからのはずだ。
幼少の頃の俺が会っていることはありえない。

(ぐぎぃ)

ガアドはえらく優しい目で俺を見つめる。
かたわらには顔も知らない女性がいる。

どこなくラナに……いや、赤い瞳と黒髪は、ファリアに似ているか?

「可愛いわ、この子の名はファリアにしましょう。優しい人形姫様のお名前よ」
「どうしてだい、マリィ、男の子なのに」
「ガアドったら知らないのね。シュミー様のもとでは男の子も女の子も、名前の性差はないのよ」
「そうか…そういうものか」

若いガアドは顎に手をそえて思い悩む。

「でも、やめよう。やっぱり、名前はこれまで通りでいきたい」
「どうして? もう送るは気はないのでしょう?」
「だとしても、だ。マリシア、僕はね、僕の人生に背を向けることはできない。彼らのためにも過去から逃げるわけにはいかない」
「ガアド……」

マリシアと呼ばれは女性は憂いの眼差しでガアドをみつめ、そっと口づけした。

──視界が流転する

(ぐぎぃ)

今度は俺は二つの足でたっていた。

「母様!」

俺は手に本を持ちながら走っている。
駆けるさき、にこやかなマリシアが唇に指をたてて静かにするよういってくる。

彼女は貝殻で装飾された水槽につかりながら、小さな少女を腕に抱いていた。

とろけるほど愛らしい表情の少女は、すやすやと眠っていた。
述べるべきは、少女とマリシアの下半身は、よくにたピンクの鱗柄の魚類のものだと言うこと。

あの柄は見覚えがある。

(ぐぎぃ)

そうだ。

カジノで見た人魚状態のファリアはちょうどピンク色の美しい柄の鱗をしていたか。

「エイト、ファリアが起きてしまうわ」
「母様、母様、この魚たちと仲良くなる方法って本には嘘が書いてあるであります!」

俺は変な口調で文句を言っている。
まったく身に覚えがない。

「あらあら、それは大変ね。いったいどこが嘘だと言うのかしら?」
「物語のなかでは、魚たちは『ごはんをあげたら喜び、踊って感謝をしめしました』と書かれているのに、ぼくがごはんをあげても誰も踊らなかったのです! これはおかしなことなのです!」
「まあ、それは大変ねことね。でもね、エイト、それは嘘ではないのよ。お魚さんたちは気持ちを伝えれば、必ず答えてくれるわ。お母さんがお手本を見せてあげましょう」

マリシアは近くの金魚鉢にひとつまみのごはんをあげる。

金魚たちはパクパク食べると、嬉しそうに尾ひれを動かして、華麗に舞いはじめた。

「ほらね、エイト、踊っているわよ」
「ど、どうやったのでありますか?」
「ふふ、お魚さんたちと心を通わせること。エイトも偉大なる神殿の末裔なのだから、きっと彼らと仲良くすることができるわ」
「うーん…まだまだ修行が足りないでありますか……」

俺は残念そうにつぶやく。

──視界は流転する

今度は俺の視線がすこし高くなっている。
遠くに人形ひとがたの的が見えた。

「よく狙え。深呼吸をして集中するんだ」
「はい、父さん」

銃を構え、深く息をすい、呼吸をとめる。

引き金をひく。

撃鉄が鳴らされ、煙の匂いがした。
続けて6回、くりかえす。

ガアドに渡されたリボルバーを全弾正確に的に命中させた。狂いなくすべてが的の頭部へと吸いこまれるように当たっている。

ガアドは別の銃を渡して来た。
今度は自動拳銃だ。

引き金を引くたびにスライドがさがる。
反動はすくなく、リボルバーより簡単にすべての弾を的にあててみせた。

「状況次第でどんな武器を調達できるかは変わる。武器を選ばず、目的にあわせて、なんでも使えるようになっておくことが大切だ」

ガアドはそう言い、自動拳銃のマガジンを交換して、薬室に手動で1発の弾をこめた。

「どうして手動で1発こめるんですか?」
「ん、ああ、これは癖みたいなものだ。私がエイトくらいの年齢だった頃『1発でも多く撃てたほうがいい』と思って、友人に教えてもらったんだ。その時の名残りだな」
「いっぱい撃てたほうがいいんですか?」
「当てることのほうがよほど大事だ。目的にあわせた銃を選べるようになるのもな。暗殺用なら一発撃てれば事足りる。常備するための銃ならやはり拳銃だ。屋内戦闘なら取り回しやすいサブマシンガンあたりか。ただ、いつだって変わらないのは込められる弾は常に最大まで込めて事態にあたること。そうすれば、1発に後悔することはなくなる」

ガアドはそう言い、俺の頭をくしゃくしゃと撫で「ご飯にしよう」と優しく言った。

──視界は流転する

俺の視点はさらに高くなっていた。
片手で自動拳銃を連射して、複数の的に正確にあててのける。

「エイト、こっちに来なさい」
「父さん? まだ昼食にははやいのでは?」

俺はマガジンを交換して、薬室に一発のこめる。

「いいからはやく、来るんだ」

焦りの表情をうかべるガアドに手を引かれて、俺はどこかへと連れていかれる。

いつも暮らしていた小さな部屋では、マリシアが眠るファリアを小型のカプセルに入れていた。

ちいさな潜水艇みたいだった。

「急いで、ソルジャーズが来るわ」
「君もいっしょに」
「無理よ、この体じゃ逃げられない」
「平気だ、こんな時のために避難路をつくって置いたんだ。はやく海中へ逃げてくれ」

ガアドは狭い部屋のソファをどかす。
ソファ裏には耐圧ハッチがついていた。

ガアドはうなずき、マリシアはハッチのなかへ人魚の体を滑りこませた。

「圧力を調整後、海へ放水される。海なら僕たちよりはやく逃げれるはずだ」
「酸素街の西港で待ってるわ」
「すぐに迎えにいくよ」

ガアドはマリシアと唇をかさね、別れをつげる。ハッチを閉じて大きな手元のパネルを素早く操作した。

と、その時、部屋の扉が蹴破られた。

3人の兵士がはいってくる。

「動くなガアド、アルカディア転覆を狙った重大な叛逆行為により、その身柄を拘束する」

兵士3人がサブマシンガンを構えるうしろから、ひときわ立派な制服を着た男がやってきた。

修羅場を抜けてきた戦士の顔立ち。
俺はその顔に見覚えがあった。
顔にはまだ傷がない。

(ぐぎぃ)

青年時代のゼロらしい。

「そいつが8人目の終焉者か。くだらん。まだこんなことをしていたとはな」
「隊長になったのか。昇格したな、ワン」

ガアドはマリシアを逃すための避難路を隠すようさりげなく移動しながら、腰の銃をぬく。

「ゼロだ」

不機嫌に吐き捨て、ゼロは兵士たちに「撃て」と静かに命令した。

射撃される銃弾のあられ。

俺は、ファリアがゆらゆら浮かぶ、ちいさなカプセルを抱えて物陰に隠れる。

ガアドは弾丸を避けつつ、ちょうど3発だけ発砲して、兵士3人の頭に風穴をあけた。

「小癪な目だ」

ゼロはサブマシンガンを足で救うように二丁拾いあげ、両手にもって撃ちはじめた。

ガアドは素早く近づき、ポケットから取りだしたコカスモークを、飛んでくる弾丸とこすりあわせて火をつけて口にくわえる。

思わず「うそぉ…」と俺は声がもれた。

「っ、この──!」

ゼロは両腕に雷撃をまとう。
そして、両手から稲妻を放電した。

が、ゼロのカミナリは銀色のキラキラした煙により、あらぬ方向へ流れていき、ガアドには当たらない。

「避雷だと……ッ」
「絶版、お前用だ」

ガアドはそう告げ、ゼロにタックルにして共に床を転げる。

彼が「エイト!」と叫び、今が逃げるチャンスだとわかった。

走りだした入り口横で、ゼロを黒いメリケンサックでボコボコに殴ってるガアドを横目に、俺は部屋を飛び出した。

しかし、その時だ。

ガアドが弾かれたように飛ばされたのは。

ゼロがガアドから奪った拳銃にオーラを込めた。あの弾丸はまずい。

「父さん!」

俺は立ちとまる。

父の死を幻視した。
しかし、ゼロが拳銃を向けた相手はガアドではなかった。

俺でもなかった。

「魚類の無断飼育は禁止だ」

ゼロがオーラで強化した弾丸を撃ったのは耐圧ガラスの外側だ。

たった1発で頑丈なガラスを貫通した。
虚をついた凶弾は、避難ポットから放水されたばかりのマリシアを撃ちぬいた。

「ぁ、ぁ、マリィ…、そんな、マリィ」

ガアドは床を這いずりながら、耐圧ガラスへと手をのばす。
ひび割れて、今にも決壊しそうなガラスの向こう側には薄く微笑むマリシアがいる。

声は聞こえない。
けれど、彼女の最期に言いたいことはわかった気がした。

直後、ガラスは砕けちる。
勢いよく海水が入りこんでくる。

俺たちのなかでも何かが壊れた瞬間だった。

──視界は流転する

「人魚の成長は人間とは違うんだってな」

俺は酸素街の港へむかっていた。
目を覚さないファリアに話しかけながら、とぼとぼと歩く。

あの後、都市内浸水にまきこまれ、そのまま別の区画まで流された。
政府側の追手はまいたが、ボロボロで食べ物もなく、体力も限界だった。

カプセルの人魚姫を守れたことだけが幸運だ。

「ファリア……はやく、目を開けてくれよ」

俺は深いため息をついた。

「エイト……」
「っ、父さん!」

港につくと集合場所にガアドがいた。
目のしたに酷いくまがあり、彼もまた何日も休めていないようだった。

「ファリアは無事か?」
「大丈夫です、布に包んで守りました」
「よし…それじゃ、お前はその潜水艇に乗れ」
「あの……」
「どうした?」
「母さんは」
「……母さんは死んだ。すべてアルカディアのせいだ」

ガアドはちいさなカプセルを俺から取りあげると、標準的な7人乗りの潜水艇を指差した。

「使命を果たせ、エイト」
「…………はい」

危険な生活だった。
いつかはこうなると覚悟もしていた。

俺は潜水艇にのりこむ。

操縦を教わっていたし、乗る理由もなんとなくわかっていた。
俺はついに偉大なる『ミッション』の時が来たのだと自分を鼓舞した。

「これを」
「はい」

ガアドは『エイト・M・メンデレー』と刻まれたドッグタグを首にかけてくる。

「一時記憶を失うかもしれないが、やがて記憶の遺伝子ロックは解除される。いつか戻ってくるんだ、アルカディアを破滅させるために」

俺はガアドへ別れをつげながら、潜水艇を動かして港を出港する。

──『終焉者』
メンデレーの子供達の生きる意味。

いつの日かアルカディアを破壊するため、遺伝子情報に『アルカディア滅亡』を刻まれた存在。
外部世界からの侵入者に厳しいアルカディアの細胞情報系のスキャニングも、そもそもアルカディア出身者ならばパスできる。

地上神殿で強力な力を得て、滅しに故郷に戻る──これが『終焉者』のシナリオだ。

地上の異世界人たちと、海底都市のごくわずかな反乱分子とのあいだで組み交わされ、長い年月のもとに計画された作戦だった。

「父さんいってきます」

潜水艦の窓から敬礼する。

深くうなずくガアド。

「っ、誰だ!」

と、その時。
ガアドはとっさに背後にふりかえり、銃をぬいて連射すると走りだした。

ソルジャーズが港へ来ていたのだ。
人魚がふくまれていたため、集合場所の候補地を特定されてしまっていたらしい。

「船を破壊しろ。決して逃すな」
「はっ」

ゼロの命令で、港のソルジャーズがランチャー砲でこちらへ撃ってきた。

すべての終わりを悟る。

最後の瞬間。
俺は港から手を伸ばし叫ぶガアドの姿に「ごめんなさい」と謝っていた。


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意識が長い没入からもどってくる。

目の前には爆熱の源。
周囲には途方もない重さの氷の大陸。

氷室阿賀斗が勝利を確信している。

「アルカディアの半分を凍らせるために奪い保存したエネルギー1.000兆ジュールの放熱だ──耐えられるかな、終焉者」
「……」

自分の使命、生きる意味、背負った期待。

すべてを忘れていた。

記憶が正常に戻らなかったんだ。
だが、もう思い出した。

過去を全部思いだしたわけではないが、いまここで負けてはならない。

それだけはわかる。

「スキル発動〔熱界碩学ねっかいせきがく〕」

氷室の燃える腕を掴みとる。

「っ、なにをする気だ、終焉者」
「おまえの炎、すべてもらい受ける」

氷室が蓄積した熱エネルギーが放熱されるまえにコントロール権限を奪いとる。
そして〔収納しゅうのう〕をつかってポケットのなかに、″純然たるエネルギー″のまま概念を保存した。

ここにあるのは氷結の空洞だけ。
今にも爆発する小さな太陽は姿を消した。
あたりには静かさがただよう。

「…………ぁ?」

氷室はほうけた表情をしていた。

「お前に俺は殺せない、氷室阿賀斗」

ただそれだけ、俺は王に静かにつげた。

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