【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する
第57話 武術家と竜騎士姫と陰湿王
通りを歩く、黒いコートの男。
ハンターズの一員、名前はアルッシー。
「ご、ごめんなさい、おじさん……っ」
「んぅ〜?」
走りまわり、アルッシーの黒革コートにアイスクリームをぶつけてしまった少年。
コートの真黒はバニラの白で台無しだ。
アルッシーは、鳥巣のような乱れた髪に、奇妙な飾りをつけて、これまた奇抜なサングラスを掛けた中年の男だ。
見た目は変質者と言って違いない。
さらに、身長2mは下らない巨漢でもあるアルッシー。少年は怯えきっている。彼の母親も血の気の引いた顔をしていた。
アルッシーは少年の肩に手を置く。
「いいんだよぉ〜、ぼうや、子供は元気なのが一番だからねぇ〜」
「ぅ、ぅう、ぐすん、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「えらいねぇ〜ごめんなさい言えたねえ〜」
少年の母親は安堵した。
アルッシーが見た目より、ずっと健全な人格の持ち主であることに。
だが、アルッシーは穏やかな笑顔のまま、少年の肩を掴む手に力を込めた。
「い、痛いっ、痛いよ……ぅ!」
「このコートどうしてくれんだよお〜?! こんなんじゃハンターズやってられねぇだろぉうがい?! ええ〜? 謝って済むなら警察はいらないよねえ〜?」
「どうか! どうかおやめください! 申し訳ございません! 許してやってください!」
少年の母親は泣き叫び、アルッシーへ持ち金のすべてを差し出して許しを乞うた。
アルッシーは粘着質な笑みで「許してあげる俺って、えらいねえ〜!」と言い、母親の財布をふんだくった。
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──ラナの視点
刻はすこし遡る。
拳闘場をエイトが出ていったの後。
ラナはむさ苦しい人混みをわけるのに疲れて、彼を探すことを諦めた。
「外に行ったのかな…、でも、なんでだろ」
ラナは勝手に自分を置いていったエイトにご立腹だった。頬を膨らませて、なんでひとりで行動するのかな、と木床を踏みつける。
「何ということか、第3回戦、圧倒的な力を見せつけていたエイト選手、不戦敗です! 非常に残念でなりません、どうしたのでしょうか……」
司会の宣言で掲示板のトーナメント表上のエイトの名前にバッテンが付けられる。
ラナはため息をつき「もうー!」と案の定、失格となった相棒へ不満を漏らす。
他にも不満を抱える者はいた。
2階観客席から見ていたリーシェンだ。
「彼と戦えないんじゃ、この戦いを続ける意味がなくなったじゃないか……」
酒瓶を握りつぶす。
ただ、彼は怒れることなく、標的を次に移した。
彼の視線の先にはラナがいる。
デートの約束をすっぽかされた女子のような彼女に、リーシェンは近寄って声をかけた。
「やあ、こんにちは、ラナちゃん。僕はリーシェン。同じ拳闘者だ、よろしくね」
爽やかに話しかけるリーシェン。
黒髪を撫でつけ、同色の感情が読めない瞳をラナに向ける。
ラナはその瞳を見つめかえし、ぷいっとそっぽ向く。
言葉すら返さず、相手にしない。
「はは、これは手厳しいね。僕はこれでもチャンピオン経験豊富なんだ。仲良くしておいたら良いことあるよ? お金だっていっぱいあるし、名声もある。まだまだ動きは素人な君にも、武術のなんたるかを教えてあげることも出来るよ?」
リーシェンは話しながら、ふと思う。
自分の目的が対戦相手視察から、ナンパに変わってることに。
でも、仕方ないじゃないか。
この子は可愛い。
うん、そうだ、仲良くなろう。
リーシェンは柔軟に思考を切り替えて、ラナを好意の視線で身始める。
一方のラナは、ため息をつき、またこの手の輩か、と力なく首を振った。
彼女は冒険者ギルドの酒場でも、よくナンパされた経験を持つ。
声の掛け方、仕草で相手が何を考えているのかは、たやすく予想できるものだった。
ラナは水に入った手短な机からコップを手にとり「失せなよ」と言って、水をリーシェンにぶっかける。
「おっと、そうはいかない」
リーシェンはコップを口に手のひらを当てて邪険アタックを阻止する。
「この戦いが終わったら、いっしょにご飯食べに行こうよ、もちろん奢るよ?」
「興味ないって言ってるの。先約がいるから」
「先約? あれ、彼氏いるの?」
「ふん、当たり前じゃん」
ラナは得意げに鼻を鳴らす。
およそ、エイトの事を考えている顔だ。
リーシェンが途端に興味をなくしたように肩を落とした。
と、その時、拳闘場が揺れた。
続いて聞こえてくるのは、都市内放送だ。
響き渡るパシフィック・ディザステンタの声にラナは困惑する。異世界語ではない。ゆえに何言ってるのかは理解できない。
やがて、拳闘場の者すべてが慌ただしく扉を開けて逃げだしはじめた。
司会も観客も拳闘者も、全員だ。
「はは、深海生物の襲来か。このタイミングで来られたら、拳闘トーナメントはおじゃんだよね」
「っ、トーナメントは、続きやらないの?」
「そりゃあね。『統括港都市』にやって来たんじゃ続けられるものも、続けられないさ」
リーシェンは誰かが飲み残していった酒瓶を手にとり、ぐびっとあおり飲む。
「けど、僕は君と勝負がしたい」
「トーナメントは無くなったのに?」
「強いやつと戦いたいから、トーナメントに出てたんだ、無くなったら、おやつを取り上げられたみたいで不公平じゃないか」
リーシェンはそう言うと、飲み残しの酒瓶を放り捨て、好戦的な眼差しをした。
瞬間、リーシェンの足元の木床が弾けて、彼の体がラナに肉薄する。
ラナは目を見張り、両腕でリーシェンの蹴りをブロックした。
「へえ、凄いね、見えてるんだ!」
リーシェンの続く中段回し蹴り。
ラナは受けが間に合わず、腹に喰らって吹っ飛ばされる。
闘技場の壁をたやすく貫いて、ラナは外の大通りまで飛んでいった。
リーシェンが後を追いかける。
瞬く間にラナに追いつき、蹴りの乱撃を彼女にくわえる。
ラナは刃のように鋭いリーシェンの蹴りをいなす。しかし、熟達の武術家の理にそった脚技は多彩かつ、繊細、そして強力だ。
「いったッ…!」
ラナは強烈な膝蹴りをみぞおちに深く入れられ、通りをゴロゴロと転がった。
ラナは思う。
こいつは……強い、と。
「どうしたの、まだ脚しか使ってないんだ。これくらいでへばらないでよ、ラナちゃん」
ラナの眉がひくつく。
プライドが傷ついたらしい。
彼女は魔槍を召喚し、体内で魔力を循環させ、打身のダメージを和らげた。
まだまだ動ける。
「正体バレるから、使いたくなかったけど、あんたは槍ないと倒せなそう」
「へえ…何もない空間から槍を取り出すか……そんなコカスモークあったかな?」
リーシェンは怪訝な顔をする。
されど、表情はわくわくしてる。
彼は我慢の効かない子供のように、再びラナへ飛びかかった。ラウンド2。
ラナは速さに慣れた目で、正確に蹴りを受け流し、槍の柄で弱い打撃をだす。
リーシェンはわずかに怯んだ。けれど、強引に次の上段蹴りでラナの頭を狙う。
しかし、ラナがさきに置いた弱打のせいで、リーシェンの動きにキレが足りない。
ラナは槍の腹で蹴りを受け止めて、代わりにリーシェンへキックの応酬を喰らわせた。
吹っ飛ばされ、倒壊しゆく建物のなかに突っ込んでいくリーシェン。
すぐに、瓦礫をどかし、通りに戻って来て彼は頭をぶるぶると横に振った。
「凄い蹴りだね、意識が飛びかけたよ」
リーシェンは足跡のついたお腹をさする。
実はラナは細かい技も使える。
筋力ステータスのせいで脳筋姫などと、不名誉なあだ名をつけられてるが……。
リーシェンとラナはお互い一本ずつ取ったつもりで向かい合う。
「はは、よし、いいだろう。今から武術を使うよ。両腕だって使う。つまり本気だ」
ラナは生唾を呑みこみ、眉根をひそめる。
真剣勝負。
高まる緊張。
殺気が充満していく通り。
「えらいねぇ〜、ちゃんと使ってくれるなんてえ〜あれがスキルってやつだろうねぇ〜」
張り詰めた決闘の場に、場違いな声が響く。
アルッシーだ。
ハンターズのアルッシーが、ラナのスキル発動の瞬間を物陰から目撃していたのだ。
「誰あんた?」
問いかけるラナ。
リーシェンは黙している。
「いや、実はこういう物でして──」
アルッシーは懐から、フラッシュバンを取り出した。強力な閃光を発して、視覚と聴覚を一時的に奪う手榴弾の一種だ。
ピンが抜かれていたフラッシュバンはすぐに爆発した。
強力な光によって、ラナとリーシェンは感覚の自由を奪われる。
ラナは近づいてくる気配を警戒して、視覚と聴覚に頼らずに防御を固めた。
「ふっふふ、俺ってえらいねぇ〜、ちゃんとノルマ達成するなんてすごいえらいねぇ〜」
アルッシーはそう言い、ご機嫌なままふたりを置いて、どこかへ去って行ってしまう。
数秒後。
ラナとリーシェンが感覚を取り戻す。
「なにがしたかったの……?」
ラナは言った。
意味不明なアルッシーの行動。
その訳はリーシェンの口から話される。
「自分の体をよく見てみるんだ」
「わたしの体?」
ラナはリーシェンへ振り向く。
すると、彼の雰囲気が少し変わってる事に気がついた。
さっきより大文若く見える。
実際、若返っていた。
ラナは急いで近くのショーウィンドウで自分の姿を見た。
よく磨かれたガラスには、21歳のお姉さん属性を兼ね備えたラナは映ってない。いるのは、およそ12歳前後の幼き日のラナだ。
「えええ〜ッ?!」
ラナはびっくりして、高い声をあげる。
こんなに可愛い声になってしまった。と思いながらも叫ばずにはいられなかった。
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