【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する
第36話 カイン
「エイト、ラナを返して欲しかったらその水槽に浸かってもらおうか」
カインは顎でドーム中央の巨大水槽を示す。
何が目的なのかは不明だ。ただ、俺はどのみち選択肢はなかった。
俺は巨大水槽のへりに飛び乗る。
「っ」
俺がへりに登ると、巨大水槽の奥方の壁がスライドするように動いた。
壁に空いた穴から、数メートルサイズの巨大なサメが何匹も水槽のなかに放たれる。
「どうした、エイト? 入れよ。それともこの女に代わりに入ってもらうか?」
卑怯に脅すカインを睨む。
ラナは小さく首を横にふり、俺に巨大水槽へ入らないよう言ってくる。
俺は少し考えることにした。
果たしてカインは本当にラナを殺せるのか、と。
ラナの話によれば、カインはウォルターの部下だったらしい。推測するに、奴は数年かけてラナをより深い暗海に招く為に、少なくない労力をさいてきたはずだ。
それなのに、人質として彼女を簡単に殺せるのか。これは虚勢なのではないか。そう俺は思い、試すことにする。
「ハッタリはやめろ。ラナから聞いてるぞ、カイン。お前はラナを深海に招きよせるために多くの労力と時間を使ったってな」
「だから殺せるわけないって言いたいのか、エイト。だが、残念。この女の捕獲は行き掛けの駄賃だ。おまけなのさ。俺の地上での任務はもっと別にあり、そして、それは達成され十分な利益をだしてるんだよ」
カインは肩をすくめて軽薄に笑う。
「ははっ、残念だが、エイト。リーダー達が『終焉者』としてお前を認識してる限り、この女はお前を排除する為の手段としていかようにも消費できるモノにすぎない」
リーダー達の考える『終焉者』……それをアルカディアから排除する為なら、彼らにとって垂涎モノの奴隷であるラナでさえ簡単に殺せる。それがカイン含め向こう側の認識か。
というか、リーダー達は予想以上に″俺″という個人の正体に迫ってるんだな。まだアルカディアに来て数時間だと言うのに、どこから情報を集めてるのか……油断ならない敵だ。
「エイト、諦めろ。アルカディア内にいる以上、リーダー達には絶対に勝てない。彼らは都市のなかのすべてを掌握してるんだ」
「俺はお前たちに興味はないんだが……カイン、ひとつ聞く。『終焉者』って何なんだ?」
「お前が知る必要はない。……が、まあ、いいだろ。地上じゃ無能ジブラルタと一緒に優しくしてもらったからな。冥土の土産に聞かせてやる。文字通り、アルカディアに終わりをもたらす者のことさ。リーダー達は『終焉者』がいつかアルカディアにやってきて、この理想郷を破壊すると考えてる」
「なんで、それが俺なんだ?」
「さてな。お前が偶然に偶然が重なっただけで、このアルカディア来たと知っている身としては、お前ひとりにリーダー3人とも私兵を動かしてるのは馬鹿らしいと思わざるおえないんだが……まあ、彼らは超能力者だ。何か考えがあるんだろ。……あ、ひとつ聞きたいんだが、エイト。お前は自分が『終焉者』だと思っているのか?」
「いいや、まったく。カイン、俺たちの仲だろ? 進言してくれよ、ウォルターとやらに俺は『終焉者』じゃないって。大人しく見逃してくれれば、お互いに傷つく事はないって」
「いいぞ。だが、そのまえに水槽に入ってもらおうか」
どうやら、これ以上話をする気はないようだ。
俺への情など微塵も感じさせないカインの瞳を見つめる。冷たい。何も感じていない。
説得は無駄、か。
「わかったよ、カイン…」
俺はうなずき、巨大サメが泳ぐ水槽に飛びこんだ。
────────────────────────────────
──カイン視点
「あははっ、やった、やったぞ」
カインは、眼下の巨大水槽が水しぶきとともに、真っ赤に染まって行くのを見て笑っていた。
もし彼がリーダー達の考える『終焉者』でないとしても、そう思われてる人物を仕留めたのだ。地上調査任務と称して、実質追放されていた経歴を帳消しにする功績である。
「カイン」
人質に取られたラナは名を呼ぶ。
彼女にとって許しがたい裏切り者の名だ。
「どうした、ラナ。怒っているのか? それとも悲しいのか? あるいは後悔してるか?」
「どれも違う。ただ、聞かせて欲しいの。カインさ、一度でもわたしの事を……わたし達のことを友達だと思ったことはある?」
「……」
カインは眉をひそめ、ラナの言葉の意味を考える。が、意味があろうとなかろうと、カインにとってはどうでも良い事だった。
カインはラナに答える。
「残念だが、ラナ、お前たちはいつだってレポートにまとめる為の観察対象でしかなかったよ。……さあ。そこのアナザーに手を貸した反逆市民たち、武器を捨ててこっちへこい!」
ファリアとガアドにカインは叫ぶ。
「そっ。なら良かった」
「ぁ? ラナ、何言ってんだ…?」
ラナのささやきは小さい。
「ていや!」
「ッ!?」
彼女は、ほうけた表情のカインを腹に膝打ちし、裏拳で顔面を叩いた。とっさの攻撃に「うぐぁ?!」とうめくカインに、続いて膝を蹴り折って足を壊した。
あまりの出来事によろめくカインは、体勢を立て直して激昂すると「調子に乗るなよ、クソ女!」と叫んで、すかさず発砲した。
ファリアとガアドが息を呑む。
予感したのはラナの射殺風景。
しかし、目の前に現出したのは、そんな予感を飛び越した光景だった。
「ッ、なんだと……?」
カインはラナの鼻先数センチで、クルクル回転しながら静止する弾丸に驚きを隠せないでいた。
「クソ!」と吐き捨てて、素早い連射でマガジン内の15発すべてをラナに発砲する。
しかし、1発たりともラナには届かなかった。謎のチカラの働きによって、全弾が空中で、せき止められてしまったからだ。
ラナは言う。
「良かったよ、あんたが友達面して命乞いしなくて」
感情を宿さない瞳で、ラナはそう言うと、銃弾を手で払って落とし、勢いをつけた前蹴りでカインを蹴り飛ばした。
巨大サメの水槽へ、真っ逆さまに落ちていくカイン。
彼は手に書かれた残された″漢字″の最後の一画を使用しようとする。
「させない」
ガアドは落下する直前にカインの手の甲を狙撃して、手を吹っ飛ばした。
「『ブリンク』は手の甲の漢数字の画数だけ使用可能な超能力。非常用に一画だけ残しておいたようだが、破壊してしまえば短距離テレポートはつかえん」
「ッ、貴様ぁあああ!?」
カインは失われた右手首から先の痛みよりも、撃ったガアドと、落下先の巨大水槽への恐怖に意識がむいていた。
どうして、俺がこんな目に。
すべて上手くいっていたのに。
そもそも、なんで銃弾は止まって──。
カインは至近距離からの高速弾から逃れる方法は、コカスモークによる特殊能力を使っても難しい事だと知っていた。解けないミステリィを抱えたまま、巨大水槽で待ちうけるサメたちを見つめる。
真っ赤な水面。
ふと、その中から何かが飛び上がって来る。
「ッ」
「カイン、じゃあな。友達じゃなきゃ気兼ねなく地獄に送ってやれる」
「なんで生きで、ぇ、エイトぉぉおおお!」
赤い水槽から飛び出したエイトは、カインを踏み台にして、さらに飛び上がり、ラナのいる台に舞い戻って来た。
絶望に顔を歪めたカインは、叫びながら赤い赤い、死の水槽のなかへ落ちていった。
───────────────────────────────
──エイト視点
「エイト、すごい血だらけだけど」
ラナは俺の顔を拭きながら言った。
眼下に見える血のプールには、サメたちが生き生きと泳いでいる。もう悲鳴は聞こえない。
「全部、サメの血だから平気。最初に俺に噛み付いて来たやつが、そのまま歯茎を怪我して、大袈裟に出血したらしくてさ」
「あ、そういう。って、エイトやっぱりサメに噛まれても平気なんだ。ちょっと心配してたけど無駄だったみたい」
ラナは、呆れたと言って、俺の頭にタオルをかぶせて立ちあがった。
代わりに近寄って来るのはガアドだ。
「『ブリンク』には気をつけろ。最大で『四画』。それほど回数は使えないが、隙をつかれると一気に懐に入りこまれる危険な能力だ」
「覚えておこう」
ガアドの説教を受けて、いかなる時も油断してはならないと肝に命じる。
「ところで、エイト、知り合いのようだったが……あの男とはどういう関係だ?」
「……友達、だと思ってた男だ。あるいは仲間かな。いいや、もしかしたら最初から最後まで…ただ、顔を知ってるだけの間だったかもしれないけどな」
1ミリも疑いをかけなかった自分の愚かさが嫌になった。
カインはずっと昔。それこそ地上時間では5年にもわたってラナを欺いた。
俺は彼女のくじけそうな心を支えたのが、あんな奴だった事が許せなかった。
心の底からふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「……ふむ、そうか。まあ、あまり気にやむな。ひとつの世界に2つの人類がいるから、こういう事が起きる。これは平時ならば起こり得ないことだ」
ガアドは俺の肩に手を置いて、かるく力を込めてうなずいた。
「後の処理は全部、大人に任せておけ。お前はただ脱出することだけ考えるんだ。いいな」
「……? それってどういう──」
「さあ、行くぞ。ウォルターはすぐそこだ。海底遠足の終わりは近い」
ガアドは俺の質問をさえぎり、先を歩き出した。
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