【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する

ノベルバユーザー542862

第9話 〔そよ風〕の正体


歩きながら考え事をするといいとか、どこかの誰かが言っていた気がする。

俺は、ほかほか温かい全裸のまま、部屋を歩きまわり思考をめぐらせていく。

「俺のスキル〔そよ風〕は、風を作り出すスキルではなく、その仕組みを作りだすスキル……つまり、その仕組みを作りだすスキルであるからこそ、俺はこの『液体金属』を自分のために役立てる事ができるという訳だ」

俺は立ちどまり、仁王立ちして、黒い小箱のなかの銀の液を見つめる。

俺は風を起こせる。
それは、ほんのささやかなものだった。

だが、今では俺は2トンの水圧を打ち消すほどの風を際限なく起こしている。

「……いや、本当に風を起こしてるのか?」

スキル開発には、既存のスキルの使い方を疑うことが重要だ。

固定観念。
先入観、思い込み。

それらは、スキルの創造と想像の幅を狭めてしまう。

「俺は風を起こしてはいない? そうだ、そもそも、なんで、俺は海底で風を起こせる? 風は空気の流れ。空気がない海中では、俺のスキルはそもそも空気の流れを作り出せないはずだろう?」

そのはずだ。
だが、現実は違う。

「空気の層の正体……空気は、産まれてきた? 俺のスキルは海底の世界に新しい空気をもたらした、のか?」

頭を使って想像を広げていく。

もし仮に俺が空気を生みだしていたのならば、俺は何から空気を生み出していたんだ?

魔力?
純粋なエネルギーから、空気を作れるのか?
いや、魔力は俺が何かから空気を作り出すシステムを運行するために、消費するエネルギーのはずだ。

どこかに素材があった。
何がある、何が俺の身の回りにはあった?

「………………海水?」

そうだ。

俺のまわりには、無限の水があったじゃないか。

俺を苦しめていた凍えるほど水が、同時に俺に空気をくれていたんだ。

「だとしたら、俺のスキルは水から空気を作れるスキル……か? いいや、違う。師匠は『仕組みをあやつる』と言っていた。つまり、俺のスキルは何らかの作用で、水から空気を作りだし、さらには空気の流れを操れるんだ。これらはふたつの能力ではない。共通した、ひとつのスキルによって可能となっている結果だ」

俺は頭を悩ませて、手のなかにそよ風を作り出してみる。

今となってはスキルパワーがあがったおかげで、自由自在に風をあやつり、やろうと思えば、3メートル先のコップを揺らすことも出来る。

「操る能力と、水から生成する能力が、共通したひとつのスキルによって得られている……どういうことですか……師匠、この宿題は俺には難しすぎますよ」

俺は途方にくれて、黒い小箱を手に取った。

「これが、どう俺の役に立つんだよ」

俺は黒い小箱のなかで、タプタプ揺れる銀の液体を見つめる。

ふと、俺は銀の液体の表面を風でなぞってみた。

波紋が起きる。

それはまるで、ラナとよく遊んだ海岸で、潮風に、穏やかな海が揺れるがごとき様相だ。

「……ぁ」

ぼうっとしていると、ふと風の力加減をあやまってしまい、思ったより強く空気を銀の液体にぶつけてしまった。

黒い小箱から『液体金属』が溢れてこぼれてしまう。

「嘘だろっ! 頼む、だめだって!」

俺は思わず床を這って、衝動のままに手を伸ばした。

だが、そんな事で液体の落下を止められるはずもなく『液体金属』は床に飛散してしまった。

「ぁ、ぁ、嘘、って言ってくれよ……」

俺は目の前が真っ暗になってしまった。

師匠と占い師に渡された、絶対に大事だったアイテムをこんな形で無駄にしてしまうなんて、俺はどこまでダメな奴なんだ。

俺は伸ばしていた手を、ゆっくりと引いて立ちあがろうとする。

「……あ?」

体が、妙な引っ掛かりな覚えた。

否、体というよりは、腕がひっかかりを覚えたというべきか。

その違和感は決して大きい物ではなく、長い時間革の椅子に座っていたら、良い感じにお尻がフィットして立ち上がりづらくなった……そんな程度のささいなモノだった。

だが、それは触感にとっての話だ。

視覚にとっては、その違和感はミステリーとなって現れていた。

「なん、だ、と……?」

俺は目を見開いて、足元を見下ろす。

宙空に浮かぶ銀の粒たち。

手を動かすと、地面にこぼれていた銀色の液体が、流動的にうごめいて空気中を泳ぎだす。

なんという奇特。

こぼした『液体金属』は、それぞれ空気中を落下する雨粒のように、別れて空を優雅にただよっているのだ。

この現象を引き起こしているのは、間違いなく俺自身だ。

「操れる、のか? 俺は風だけじゃなく、この『液体金属』を自由に操れるのか?」

俺は高い集中力で空気中に散らばった、銀の粒を一か所に集中させてみた。

ちょうど、スイカほどの銀の玉を生成することに成功した。

「凄い……これが俺の〔そよ風〕によって可能なことのひとつなのか……なんだよ、名前詐欺にもほどがあるだろ」

俺は液体金属の球体を、手では触れずに潰したり、縦長の棒にしたり、いろいろ形を変形させて遊んでみた。

しかし、この操作はとても難しかった。

結局、全裸のまま数時間練習しても、たいして金属の液体の操作能力は向上はしなかった。


⌛︎⌛︎⌛︎


ーー次の日

俺は朝起きてから、海底を2時間ほど散歩してすぐに我が家へ戻ってきた。

スキルの練習をするためだ。

「よし、それじゃ始めるか」

俺は昨日、黒い小箱に戻し置いた『液体金属』をふたたび、手を触れずに持ちあげた。

そして、例にならって形を変える練習をおこなった。

「ん、そういえば、この『液体金属』以外のものも操れるのか?」

疑問に思い、遠くのコップを手元に引き寄せようとしてみる。

「ダメだ。操れるのは風と、この液体金属だけ、か。なんでこの2つなんだろうか……」

俺は晴れない疑問をもちながらも、この日以来、毎日毎日、かかさず12時間、液体金属操作を練習するというハードトレーニングを実施しはじめた。

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