【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる

ノベルバユーザー542862

アフターストーリー 怪物の宿命



熱狂が渦巻く闘技場の中心で、帝国で圧倒的な力を示して来たプロテイマーと、前チャンピオンが、モンスターを戦わせている。

アルバートは特別席から、手元の資料でモンスターの特性や、試合前評判による人気具合を見ながら、悠々と観戦している。

近くには、彼の護衛であるユウ、見た目的にボディガードとして満点のダ・マンがいる。
外見は変わっていないが、頭が良くなっており、また燃費も改善され、各種性能にも見直しが施されたハイエンドモデルである。

アルバートは、好物であるコケコッコのゆで卵をムシャムシャ食べ、試合を観戦しながら、夢想にふけっていた。

世界は変わった。
変えたと言うべきだろうか。

人生の命題である使役魔術の普及は、良い方向で達成されつつあるだろう。

テイマーリーグを設置し、キメラを戦争の道具ではなく、競技のパートナーとして売れるようになった。隠れた才能ある者たちに機会を与え、高品質なテイマーたちも呼び覚ました。

本来なら魔術など知るよしもない魔術王国の外の人間たちの中にも、原石はいっぱいいた。

スターが生まれれば、人は熱狂する。
熱狂は人に憧れを抱かせる。

リーグの興行は空前絶後の大成功だ。

おかげで怪物学会の総資産は、魔術協会に迫りつつある。国外での評価はすでに怪物学会のほうが高い。

腐敗を貪る停滞した権威主義者たちは、ゆるやかな衰退を余儀なくされるだろう。

プライベートも充実してる。

「さて、そろそろ帰るか」
「マスター、全部見ていかないの」
「忘れたのか。アデラインの誕生日だ」

ユウは黙したままだが、どことなく穏やかな顔つきになったようだった。

ふと、そんな彼女の表情が曇る。

「……マスター、あいつ」

ユウの淡白な声に、浮かれた様子のアルバートは我に帰り、顔が引き締まった。

彼女が言う、あいつ、は一人しかいない。

本当に嫌なやつの登場だ。

「……間が悪いやつめ」
「そうですかぁ〜?」

アルバートの背後、暗黒の喪服を見にまとう線の細い男はニヤリと笑っている。

赤い眼の悪魔だ。

「いやぁいやぁ、凄い熱狂っぷりですねぇ〜。流石はアルバート・アダン、やる事なす事全てを成功させてみせる、まさしく天才と呼ぶにふさわしぃ〜」
「要件を言え」
「せっかちですねぇ〜。そんなにせっかちだから可愛い彼女と結婚できないんですよぉ〜」
「話題が古いな。とっくにしてる。実態のない『破れぬ誓約』など、俺の前じゃ意味はない」
「おんやぁ~? まさかあの契約をどうにかできたとぉ~? 後学のために、どうやったのかぜひお教えいただけますかぁ~?」

長らく手こずっていた強力な魔術だったが、先日、ようやくジャクソンの同意のもと契約を無効化してもらうことに成功していた。
そのおかげで、アルバートとアイリスは結婚式をあげることができたのだった。
とはいえ、契約を無効化させたあとは、彼には、眠るアイリスへの暴行の代償を支払わせたのだが……。

アルバートは熱のこもっていない無機質な視線を、彼のすぐ横にて、沈黙を保ったまま棒立ちしているダ・マン・ハイエンドへと向ける。

ダ・マンはまるで意識がないように、無表情のまま、白一色の瞳で中空を見つめている。

赤い眼の悪魔は「ああ、まさか!」と、なにかを察したように、凶悪な笑みをうかべて、高笑いしはじめた。

「あーはっはははは! 流石は魔王分霊をしただけのことはありますねぇ~! 憎しみへの報復には余念がない!」
「敵にかける情けはない。当然だ」
「あはっ! 吾輩も生前は極悪人として知られていましたが、貴方はそれ以上にえげつないッ! どうです、死んだら吾輩の助手として悪魔になりませんかぁ~? 元・魔王だなんて経歴は悪夢でも注目されますよぉ~?」
「時間がないんだ。いつまでおしゃべりをしてる。はやく要件を話せ、パルテモス」

悪魔はクスクス含み笑いしながら「そうですねぇ〜」と前置きをして話し始めた。

「これ覚えてますかぁ〜?」

悪魔がそう言って取り出したのは、紫色の光沢を持つコインだった。

「そっちの金だろ」
「ええ〜。今回は三つほどご報告に来たのですぅ〜。これが一つ目。吾輩の悪夢へ、学会の資産を移動させる準備ができたというご報告ですよぉ〜」

それは、かつて赤い眼の悪魔が、アルバートに提示したアイリスの債務の肩代わりの方法だった。

かつて悪魔は言った。

『吾輩としては、血のお嬢さんがひとりで借金の返済をしていただくよりも、怪物学会に払っていただい方がより多く取立てできるので助かるのですぅ〜』

魔界──またの名を悪夢──に住まう悪魔の多くは、そこで使われる経済活動のタネ──暗黒通貨を集める事に必死だ。

赤い眼の悪魔も例外ではない。

「で、二つ目の報告は?」
「為替の話ですよぉ〜。魔力10,000で、暗黒通貨1枚へ変換できるレートが常なのですが、少々、悪夢でトラブルがありましてねぇ──」

どうにも時期的に今、人間界から魔界へ魔力の結晶を送ると、ロストが大きくなってしまい、赤い眼の悪魔に損益が発生するらしい。

「ので、暗黒通貨を怪物学会で作って、吾輩の口座まで送金してください。言ってる意味わかりますねぇ〜?」

アルバートは呆れかえった。
なんて無茶苦茶を言ってくるのだろうか。

「お前こそ、その意味をわかって言ってるのか? やる訳がない。そっちの世界の通貨を、こっちで作れるとわかったら、ほかの悪魔にも目をつけられるの必須だ。そんな危険は犯せない」
「そう言わずにぃ〜。吾輩たち『象牙連盟』の悪魔たちにとって、このコインは自身の価値を示す大事な大事な物なのですぅ〜」

『象牙連盟』。魔界の悪魔たちの結社らしい。力ある悪魔だけが、連盟に名を連ねることができるんだとか。

「吾輩の資産の多くは魔力にすり潰して、血のお嬢さんの暴走のために使ってしまったんですから、一刻も早く返してもわないと連盟から名を消されるかもしれませんねぇ〜」
「知らん。無理なものは無理、絶対に嫌だ」

アルバートと悪魔の密談という名の口喧嘩は、観客の歓声のなか、しばらくつづいた。

「まあ、嫌だと言うなら、もうひとつ手はありますがねぇ〜。それが三つ目のご報告……いや、依頼の相談なのですがぁ〜」
「言え」
「『彼』が吾輩の悪夢で、眷属を殺しましたぁ〜。吾輩は悲しい、悲しいのでぇす」
「……結局、そこに戻ってくるか」

赤い眼の悪魔と初めて会った日の事を思い出す。

実は一番最初に、この悪魔が、アルバートへした依頼は魔力の返済ではなかった。

最初の依頼は、ある者の暗殺だった。

アルバートはそれを断り、代替案として直接、アイリスが借りた魔力を返済することにしたのだ。

法外な返済をふっかけられようと、その方がずっと現実的に思えたからだ。

「エドガー・アダン。彼が裏で率いる純血学派上層部『進化論者』たちは、悪魔を悪夢から引きずりだし、世にも恐ろしい研究を続けていますぅ〜。吾輩をして身の毛もよだつ話ですねぇ~」

悪魔は、アルバートの皿から卵を奪って、ひょいっと口に運ぶ。

「連盟は首魁エドガー発見には至っていませんが……知ってますよぉ、貴方はもう会っているのでしょうぉ~?」
「どうしてそう思う」
「貴方は彼の孫ですし……彼の目的を考えれば、貴方の体は彼の魂の箱として、この上ないでしょう。それに、性能面でも非常に優秀ですからねぇ~」
「まだ俺は俺のままだ」
「フム。あの男は才能が好きです。貴方の同意なく、ことにはおよばない……とすれば、もう立派になった貴方に、どこかのタイミングで会っていてもおかしくは無い、どうでしょうかぁ~?」

実を言うと、アルバートは以前にエドガーに会っていた。一度だけだが。

その結果、アルバートは自身の目的と、エドガーの目的が違う方向にあると知った。

あの人はアダン家など、考えてない。
素敵な才能が産まれてくる、自分にとって都合の良い養鶏場程度にしか思ってない。

ゆえに今日まで交わる事なく、お互いの道を歩いてきた。その道は交差する事はないはずだと願っていた。未来永劫に。

「アイツは……おじいちゃんは妄執に取りつかれてる。俺も人のことを言えないが、あの人のはより狂気的だ」

思い出すのは、アイリスを目覚めさせるため、怪物学会悪魔研究室が、一時的に魔界に繋がるゲートを開いた時のことだ。

ゲートの先には、廃墟同然の建物内部となっており、それが魔術師の手による研究施設だと、怪物学会の調査隊にはすぐに分かった。

研究施設から帰ったのは、悪魔研究室室長とアルバートの2人だけだった。

あの廃墟には出会ってはいけない者が住んでいたのだ。

思い出せるのは、

散乱する人の手足。
乾いた血の底で、積み重なる子供の死体。
死体の山を焦り徘徊する骨と皮の餓鬼たち。
強力な血まみれの獣の群れ。

そして、廃墟から見つけた、エドガー・アダンの名前で作成された研究レポート。怪物学会とは定義の違う『キメラ』に関するものだ。

悪魔研究室が閉鎖されたのは、廃墟を見つけてしまったせいだ。優秀だった室長は、今やショックで記憶を喪失してしまった。

あの廃墟の持ち主『進化論者』が、エドガーの所属する狂気の学徒の集まりだ。

ゆえに、怪物学会は危険すぎる進化論者たちと、エドガーに触れることをやめた。

「フム。ただひとりの愛する者ために世界を敵に回すと言えば、ロマンティックですがねぇ~」
「お前はなにか知ってるようだな」
「まあ、多少は、ですかねぇ〜。進化論者たちとは長く付き合っていましたからぁ〜。……あっはは、とはいえ、彼らの手段は地上生物すべてを犠牲にする、人ならざる者たちの儀式ときてます。いいんですかぁ~? 本当にいつまでも無視できるとぉ〜? どのみち、どこかで彼、ないし彼らを止めないといけませんよぉ……その大役が務まるのは──アルバート・アダン、貴方だけなのではぁ〜?」

アルバートはまぶたを閉じて熟考する。

「お子さんが産まれたのでしょう? であるならば、子の生きる世界くらいは守ってあげたらどうでしょうかねぇ〜」

進化論者たち……今の怪物学会の勢力ならば、あるいは有利に話をする事ができるかもしれない。

例えばそう「君たち、怪物学会を敵にしたくなければ、エドガーを差し出せ!!」とか。

「間違いなくそんな簡単じゃないが……わかった、いいだろう。エドガーで手を打とう」
「っ、本当ですかぁ〜?!」
「魔界の通貨を作って悪魔の集会に目をつけられるよりかは、人間の集会に敵対したほうが良いと思うんだ」

いざと言う時の、単純な暴力沙汰になった場合、怪物学会はとても強い。おもな質量的な意味においては大陸で最強だと自負してるほどだ。

怖いのは、それこそ大悪魔だ。
本当に強力な悪魔が相手になった場合、質量など関係なく、それだけで詰む可能性がある。

嫁との痴話喧嘩から学んでいた。

アルバートは黒歴史を思い出し、頭痛のする頭に手を添えて、ジトっとした眼差しを赤い眼の悪魔へと向ける。

「んんんぅ〜ん〜! ビューティフル! では、たしかにエドガー暗殺、お願いしましたよぉ~」

悪魔はニッコリしながら黒い封筒を差し出す。

「これは?」
「吾輩の遺産のひとつですぅ〜」

アルバートは封筒の中身をあらためて、それがナニかが収納された『箱』だとわかる。
言うなれば銀の鞄のような、なかに何かをしまっている空間魔術の術式である。

「なにが入ってる」
「船ですぅ〜」
「……船?」
「ええ〜。まあ、船は船でも『黒船』ですぅ。悪夢と悪夢の間に広がる『虚夢の海』を渡るための船ですよぉ〜」

物騒な物言いだった。

まさかそんなところへ行けと?
いや、問うまでもないか。
彼に会うために必要なのだろう。

「お前、おおかた、エドガーの居場所の目星はついているのか」
「ざっくりとだけですがねぇ〜」

ざっくり、魔界のどこか、とな。

「地獄への片道切符にならなきゃいいがな」
「貴方なら平気でしょうぉ〜。さあさあ! 行った行った、時間は有限ですよぉ〜。はやく、エドガーを殺して来てくださいねぇ〜」

アルバートは「今夜は家族とゆっくりさせろ」と特別席から腰をあげ、ユウとダ・マンを連れてこの場を立ち去る。

悪魔はニヤニヤ笑いながら、アルバートの背中を見送り、温もりの残る豪華な席にポフンっと座る。

ゆで卵を口に放り込み、ぶどう酒も飲む。

「んんんぅ〜ん〜っ、期待してますよぉ〜、『怪物』アルバート・アダン♪」

悪魔は訪れる混沌の予感に、興奮し、不気味なほど響く高笑いをする。
彼の笑い声は、決闘決着の瞬間に興奮した歓声に飲まれ、誰にも聞こえることはなかった。





          

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