【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる

ノベルバユーザー542862

ジェノン商会籠絡編 Ⅴ


『翠竜堕とし』はアーケストレス魔術王国でも最も名のある冒険者パーティのひとつである。

もう現役を引退しているが、かつては王都で華やかな武功を語り尽くし、物語の最後には果ての山脈より現れた竜王を撃墜し、正真正銘の『竜殺し』としての畏怖畏敬を受けてきた。

しかし、この物語には嘘がある。
実際のところ『翠竜堕とし』は竜殺しをなしえていないのだ。

確かにリーダーの絶剣によって、空から地上へと引き摺り下ろしはしたが、竜はその後軽やかに飛びあがり去ってしまったのである。

現代において、この事実はかつて現場で戦っていた者ならば皆が「実はな──」と前置きをして話し始めるトリビアとなっている。

「それじゃ、エイポックさんは竜を殺してないんだ」
「『竜殺し』の異名持ってるのに。変なのー」

よく似た顔の少年少女は、口をそろえて父親のトリビアに頬を膨らませた。
伝説と思ってきた『竜殺し』エイポックの肩書きが、誇張に過ぎないと知ってしまったショックは大きかったみたいだ。

「まあ、そう言うな、タイヨウ、ルナ。リーダーの実力は本物だ。流石にもう50手前だから、全盛期は過ぎちまっただろうが、それでも機会があればあの人は竜だって討ってみせるだろうさ」

そう語るのは唯一『竜殺し』とパーティの創設時からの付き合いである壮年の男だ。
彼の名前はナリヤ。
『紅鉄』の二つ名をもつ『翠竜堕とし』のサブリーダーだ。

ナリヤは本日より、新しく『翠竜堕とし』に所属することになった息子と娘に、リーダーの武勇伝を聞かせている最中だ。

先日、引退を決意したかつての仲間の枠を埋める形での起用ではある。
だが、ナリヤはドラゴンクランでよく学び、よく成長した我が子らには、ダイヤモンド級冒険者の能力があると確かな自信を持っていた。

あるいは、遠い王都の学校に通うため別居している子供らを、ジャヴォーダンに呼び戻す口実が欲しかっただけかもしれないが。

「いいかお前たち。リーダーは言わずもがな、俺だって冒険者としてはもう引退してもおかしくない歳だ。ここでしっかり学んで、全部を吸収するんだぞ」
「任せてください、父さん」
「そんな何度も言わなくてもわかってるよ」

父を敬愛するタイヨウと違い、子煩悩なナリヤにルナはうんざりしたため息を漏らす。
ナリヤは大好きな娘のそんな仕草ひとつで自分の世界が崩壊する音を聞いた。

ルナは察しの良い子である。
そんな事で毎回、絶望をうかべる父のことを見てられないので、彼女はダメージを与えた後は必ず、パパ呼びをして癒してあげるのだ。

と、そんなこんなナリヤの一家が家族の再会に花を咲かせているところへ、扉をノックする音が聞こえてきた。

開けると険しい顔をした老人と、そば付きのメイド、よく焼けた肌にたくましい筋肉をした中年男が入ってくる。

ナリヤのほうが筋肉の厚みはあるが、その中年男の身体には、よく絞られ、仕上げられた筋肉の美しい均整があった。

幼年期の頃から実に四十年。
冒険と闘争に人生を捧げてきた、伝説の男──『竜殺し』エイポックの登場であった。

「ん? タイヨウくんとルナちゃん。こうして会うのは初めてだね」

物腰柔らかい中年男は、そう言いナリヤの子らとついに対面を果たした。
何十年も前に生誕した報告を聞いていたが、ナリヤは冒険者『紅鉄』と、二児の父親としての自分をわけていたので、家族にはエイポックすら深くは関わってこなかった。

タイヨウとルナは、オーラの厚みに気圧され、緊張してカクカクしながら握手をかわした。

「エイポック、ナリヤ、勝手に旧交を温めるな。貴様らにはすぐに動いてもらわねばならん」
「ああ、そうでしたね、ミスター・ジェノン」

不機嫌な老人──マクド・ジェノンは、杖で床をついて立場をわからせるように威圧する。
伝説の英雄に対して、礼節のない横暴な態度にタイヨウとルナは、眉をひそめた。

だが、彼らとて知っている。

目の前にいる老人が、複数の鉱山と製鉄工房を運営し、数百台の馬車を動かして、ジャヴォーダンと他の都市との物流を掌握している、ジャヴォーダン物量ギルドの長であることを。

ジェノンは近郊の貴族でも慎重になる数少ない特権階級未満の家だ。

「フン、ずいぶんと若いのが入ったようだが、本当に平気なのか?」
「大丈夫です、ミスター・ジェノン。タイヨウとルナは、ドラゴンクランでも非常に優秀な成績をおさめている詠唱者です。属性魔術の系統もリーダーや自分と相性がいいです」
「所詮はケツの青い学生だろうて。まあいい、モノは結果でしますのが商人のやり方。ワシ自身の目で見極めるわい」

マクドは若い兄妹から視線を離して、メイドに話を始めさせた。

「こちらが本日の依頼です」
「モンスターの異常発生ですか」
「ジェノン鉱山の運営が止まっているなると、これほ確かに商会にとって大問題ですね」

エイポックは受け取った資料をひと目サラッと流し読みして、ナリヤへと渡し、彼もまた要点をすぐに把握して、それをタイヨウとルナへと渡す。
兄妹は初めて見る依頼書にワクワクを隠せない様子で、食いつくように見入った。

「理由は判明しているんですか?」
「まったくの不明です。1ヶ月ほど前から坑道に恐ろしいモンスターが現れるとの目撃情報があり、適宜対応していたのですが、ここ1週間は特に出没頻度があがったのです」
「そうか。目撃されたモンスターの種と、坑道の地図をリストアップしておいてくれ。アンデット系やゴーレム系がいる場合、装備を多少考える必要があるからな」

エイポックは慣れた指示をして、この依頼を受領する意思だけ示しておく。

マクドは偏屈そうな顔をくずさずたずねる、

「ワシも同行する。貴様らはあくまで視察の護衛として雇うのじゃからな」
「だとしてら、もう少し冒険者を雇ったほうがいいかもしれませんよ、ミスター・ジェノン」
「いらん。素人をどれだけ雇っても金ばかり掛かって実益を生まんからな」

エイポックは老人をひとり抱えることでのリスクが気になっていた。通常なら、もっと人数を用意するべき案件なためだ。

「お前たち、高い金を払うんだ失敗は許さんぞ」
「最善を尽くしましょう」

マクドは重苦しい声にエイポックはそう応えた。

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