怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

エピローグ-2

 イャノバは老人と歩き出した。どこへ向かうつもりでもなかったが、二人の足取りは確かだった。老人は自分の背よりも高い杖を一歩ごとについたが、その先端よりぶら下がる火は不思議なほど揺れず、二人を高みから照らした。
「十年ぶりか、遅かったな。今日こそは来るはずだという予感に呼ばれて、何度出たことか」
「すまないな。この通り、方方遊び歩いていたものでな」
 老人は着ているものを自慢気に広げてイャノバに見せた。イャノバは刺繍や装飾の異なる衣類をじっと見た。
「これはイジン広河の、山麓の部族と砂漠近くの部族のものだな。流行りの年が違うな……砂漠の方が古い。これはウバトスクー湿地の刺繍に見えるが、あれより複雑なようだな。近くに派生部族があるのか? ううん、知らないものが半分近くある」
「ほう、分かるのか。浜の里恋しさに外の世界を恐れていたお前はどこへ行ったのやら」
「あいにく、おれはこの十年を遊んでいたわけではないのだ。さあ、まずはこのおれを散々待たせた所以を聞かせてもらおうか」
 イャノバに促され、老人は目を遠い過去を見る目をした。火がわずかに揺れて、老人の目の中で光が泳いだ。
「お前と別れたあとか。そう、我が子、エーテル界の王ヴルゥに体を破壊されたあとのこと……私はお前の意思を継ぎ、宇宙へ炎を返した。この物質界と並んで存在する、無限の宇宙へと。エーテル界は開かれ、また無限の世界へと姿を戻した。
 私は本来であれば、その時に生み出した無数の並列宇宙の何れかに落ちるはずだった。無限数の存在からこの宇宙へ返ってくることなど、不可能なはずだったのだ。せめてお前がいてくれれば、この宇宙がお前の身にかける引力を頼りにできたのだがな。しかし、実際は知ってのとおりだろう。
 私は多くのものを犠牲にした。そしてそれを忘れてしまった。全て自らの犯した罪ゆえに、そう思い運命を受け入れる覚悟を決めていた。だがな、そうはならなかった。あの体にはまだこの宇宙の産物が残っていた。イャノバ、お前の人形だ。この宇宙はあの人形を引き戻そうとして、私は必死にそれに食らいついた。覚悟を決めたと言いながら、無様なことだが……私はその“機会”が与えられたことを、天命だと信じた。きっとまだ成さねばならぬことがあるのだと。
 そうしてこの世界に落ちて、気づけばこの体だ。おそらく、人形は質量の一部としてこの体をつくるのに使われてしまった。どこを探してもなかったからな、返せなくてすまない。そしてこの体大部分の形質と質量だが……誰のものだか分からん。この世界に落ちた時近くにいた者か、あるいは私の意識が現界と同じような作用で生み出した形なのか。ただ、それにしては私はこの体を他人には思えないのだ。どこか懐かしさと、常に共にあったような安心感がある。なんにせよ、この宇宙で生きるための要素を備えているのは大いに助かった。私はこの宇宙に帰ることだけを考えていたが、思えば体の心配はしていなかったからな。実に幸運だった」
 老人の話を聞いて、イャノバは今一度その顔を見た。皺は深く刻まれているが、まっすぐ伸びた背としっかりした足取りには活力を感じる。走ればイャノバより早く、力では里一番の者にも勝る気がした。そしてそんな老人の顔は、イャノバの頭のどこかでかすかに引っかかるものがあった。
「おれにも見覚えがある気がするな。いや、見覚えというのとは少し違う、雰囲気というか、うまく言葉にはできないが……うぅん、どこだったか」
「お前が? ふぅむ、そうか」
 老人は思案顔をすぐに切り替えた。
「……まあ、この話はいいだろう。かくあれ、私はこの大陸を思い思いに歩いて旅をしてきた。人、食、里、山や川。この足で様々なものと出会い、この目で見てきた。次はな、海の向こうへ行くつもりだ。向こうの大陸も歩き尽くそうと思っている。お前にも無事会えたことだしな」
「それなら我が里に留まるといい。近く向こうから船が来る。それに乗るのだ」
「ほう、興味深い話だ。聞かせてくれるだろうな」
 いいとも、とイャノバは返事をして、今度は彼が語る番となった。
「おれが以前読んだ通り、向こうの船が浜の里へ来たのだ。まあ恐ろしかった。恐ろしかったが、力でかかられればこちらも必死で痛手を負わせる覚悟があった。連中には我々がさぞ野蛮に見えたろうから、そこを突いたのだ。長を脅かせておけば、あとは言葉で交渉をするのみだ。いや、言葉は通じなかったのだが。ただ、こちらにはウタカがいる。相手の意を見事に汲んで、常に場の主導権を握っていた。脅かすだけではあとから報復を受けたかも知れないが、そこで甘い汁を吸わせてやったウタカの手腕には全く舌を巻いたぞ。
 実はおれたちも大陸を……と言っても、近場に限るが、巡って様々な物品を集めていた。珍しい保存食や加工品をな。それで相手の興味を引いたものを目ざとく選び抜いて、相手の持つものと交換してやったのだ。ふふっ、奴ら最初はおれたちがものを知らない踏んで高くつけようとしたのだが、やはりウタカが見抜いてな。自慢の女房だ」
「思い切ったな。大海を難なく越える連中は、武具も優れていたのではないか」
「その通りだが、連中がむざむざおれたちの陣地に入ってきてくれたおかげで、簡単に条件を飲まざるを得ない状況を作ることができた。最初は確かに剣呑だったが、今ではすっかり仕事仲間だ。おれたちは海の向こうの珍品を手に入れ、連中はこの大陸の珍品を手に入れる。
 栽培というのを知っているか? 自分たちの手で種を植え、自然のものを作り出すのだ。最近はそれもはじめて、様々な物品を安定して作り出せるようにしている。
 だが、まだまだだ。もっと多くの産物が手に入るようにしなければならん。人手を増やし、行商を常に渡らせるようにできねば。全ては始まったばかりに過ぎんのだ」
「頭が回るようになったな」
「うむ、おれでも不思議だ。だが、悩んだ時、困ったとき、どうすればいいのか自然と分かるのだ。あの日からずっとだ」
 あの日、がいつを指しているのか老人には聞くまでもなかった。イャノバが炎の呪縛から逃れた日だ。イャノバの頭を埋め尽くした無数の記憶の断片は跡形もなく消えたはずだが、延々と連なる継承者たちの知恵が残滓として残っているのかも知れなかった。
 イャノバは未だに夢を見ることがある。守るべきものを守れなかったと、力を求める何者かの夢だ。その度にウタカがいることに感謝し、自分の選んだものは間違っていなかったと思うのだ。
 風が吹いて、老人が少し体を強張らせた。イャノバはそれを見て思い出したことがあった。
「そうだ、茶がある。我が里の特産品だ」
 イャノバが木彫りの水筒を渡すと、老人は興味深げに鼻を鳴らして口に運んだ。すでにぬるくなっていたが、実に爽やかな香りでほのかな塩の風味が気付けになっている。
「海の葉から作った茶だ。あれが食えると分かったものの、そのままでは売れないからな。乾燥させればどうだと、イドアリカ高原には行っただろう? あそこの茶を参考に乾燥させてみたのだが最初は生臭くてな。しかし、ウタカが香りのいい部分だけを残す製法を見つけたのだ。今は里の秘伝だ」
「イャノバおまえ、ウタカには一生頭が上がらないではないか」
「それの何がいかんのだ」
 老人が静かに笑うとイャノバもそれに倣った。再び風が二人を撫でた。潮の香りが運ばれている。耳を澄ますと、遠くに潮騒が聞こえた。二人の足は自然そちらへ向く。
 暗い空がほのかに青さを取り戻しつつあった。夜明けが近い。海を見ると、水平線に三つの影が点のように見えた。
「力がないとは、もどかしくないか」老人が聞いた。「以前のように走れないだろう。長く歩くこともできず、力も、お前より強いものがいる」
「分かっていることを聞くな。そのために、おれは今奮闘しているのだ。いずれ、おれもこの世を去る。そうなっても子らが、その子らが、さらにその子らが生きていけるようにするのだ。おれひとりの力など、あろうがなかろうが変わらん。皆で強くなるのだ。して、お前はどうなのだ。おれとは違い、永く力とともにあった者は。心細いのか」
「いいや」老人は簡単に否定した。「どのような形であれ、力そのものに固執してしまうようなものはいかん。あれは己の裁量を越えた力だった。いまの私は、この身一つ守れる力があればいい。お前のように守るべきものも持たないしな」
「ふっ、悲しい男よ」
「そう簡単に見つかるものでもないのだよ若造。だから私は、まずは人へ手を差し伸べるところから始めている。人の大切なものを守る手伝いをな。そうやっていれば、いずれ自分の尽くすべきものを見つけられると思っている」
「そうか」
 イャノバは言い、一層明るくなりつつ在る空で、輝きの際立ち始めた星があるのに気付いた。
「見ろ、アキノバ(明けの明星)だ」
 二人はじっと星の沈みゆくのを見た。海の果てから金の光が立ち始める。海が青かったことを思い出し、雲が白んでいく。若草や低木が自らの仕事をせんとばかりに揺らぎはじめて、あとから風が吹いたように二人の間を過ぎていった。
「寒いな」
 老人は体を擦った。
「老体、向こうから来たいい酒があるのだ。馳走しよう」
「なるほど、それはいい」
 向き直ると、崖下に浜が広がっているのが分かるようになっていた。そこを伝うように進んでいくと、まばらな若木の間に屋敷が見え始める。煙が一筋立ち上っているのに寄ると、裸の男と女たちが火のそばで寝転がっていた。イャノバは頭をかいて、海水を汲んでくるのを思いついた。ほくそ笑む彼に老人も手伝いをすると決めて、杖の火を消しその後に続いた。

   ―赤灼鋼帝レッドカイザー 完―

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