怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第十一話 無限の宇宙-7

 レッドカイザーはイャノバに一つ、確認したいことがあった。エーテル界に行く前に、ウタカに会わなくてもいいのかと。しかしイャノバはウタカに会いたいとは言わなかったし、そこに躊躇いを見せることもなかった。今のイャノバはレッドカイザーのよく知る戦士の顔で、自らの使命に覚悟を決めていた。その覚悟に、今更水を差そうとは思わなかった。
 イャノバは私の命に変えて、ウタカのもとへ返そう。
 レッドカイザーはイャノバに、跳躍のわざを使えばエーテル界へ行けると教えた。イャノバは依然意識を乱されながらもなんとか集中し、レッドカイザーの力を遡り、源流たる本体があるエーテル界の座標を見出すことに成功した。そこへ自分の質量ごと全ての力を返す。
 巨人は物質界より消失し、大穴に新たな高峰が天を突くように黒黒とそびえるのみとなった。



 エーテル界に来て、イャノバはかつてない力の激流に耐えなければならなかった。本体であるエーテル形質が内包する力は、物質界に現界できるものの比ではない。レッドカイザーは何度もイャノバの名を呼び、正気を保たせようとした。ここで暴走したら、その時点で両宇宙はおしまいだろう。
 レッドカイザーはエーテル宇宙の壁の外側から現界していた。イャノバが目指すと言ったのは、エーテル宇宙と物質宇宙が最も強く繋がる場所、このエーテル宇宙の中心、すなわち王の玉座があるところだった。行けばヴルゥとその参加との戦闘は避けられないだろう。イャノバに力を振るわせて、身に宿ったものを実感させることをレッドカイザーは恐れた。それでも、行く他ない。
 レッドカイザーはすでに、エーテルの体を動かすこともできなくなっていた。全ての命運はイャノバが握っている。自分の命と、両宇宙、そこにいるすべての生命の存続が、一つの物質界の生命に委ねられていた。
(そうして過ちを犯し、私は私の宇宙を灼いた。私の前任者アバンシュも、さらにその前のものも……)
 炎の壁を越えて、内宇宙へ至る。エーテルの輝きが渦を巻いて中心へ流れている視覚的錯覚が、物質界の意識を持つイャノバとレッドカイザーの中に流れ込んでくる。
(イャノバ、君ならできる。できるはずだと信じている。君が失い、得てきたものは、一時の感情で流されていいものではないのだから)
 エーテル界には物理法則など存在しない。どれほど距離があろうと、そこへ向かうという意思を持てば到着する。ただしそれは瞬間移動とは異なり、超高速移動をしているのに近いが、それともやはり性質を異にする。“道中”もまた存在するし、ゆえにエーテル生命に“見られる”こともある。行く手を阻まれたり、攻撃をされることもある。
 エーテル界の移動に関わる空間的、時間的概念は不確か極まるのだ。
 イャノバが宮殿へ向かって動き出すと、どこからか現れたエーテル生命の襲撃を受けた。
「相手にするな、逃げろイャノバ!」
 イャノバは言われたとおりにしたが、追っ手を巻くことはできない。エーテル界での逃亡は容易であり難解だった。脚の速さで逃げ切るわけではなく、複雑な地形があるわけでもないので隠れるわけにもいかない。“逃げる”という意思、それこそが逃亡の秘訣に他ならなかったが、ただ念じればいいというわけではない。経験による感覚の獲得がなにより重要だった。
 物質界からエーテル界に来て間もないイャノバの逃げ筋は、一般のエーテル生命たちの攻撃欲を刺激した。
「先王だ!」「臆病ものの先王だ!」
 以前であれば、レッドカイザーを襲うなどありえないことだった。ヴルゥが何かを吹き込んだのか。レッドカイザーの知る由ではなかったが、イャノバが一度でも迎撃に振り返ればそれで全てが崩れる悪寒があった。
 頼むイャノバ、堪えてくれ。そう願いながら、レッドカイザーは宮殿に行けば戦闘は避けられないとも知っている。
 背後にエーテルの集中が発生し、いよいよ攻撃が加えられようとしているのをレッドカイザーは感じた。
(どうにも、ならんか……!)
 イャノバの背後にいたエーテル生命が何かをしようとした刹那、光線がそれを貫いた。数体の生命が一斉にエーテルへ還っていく。
「レッドカイザーさま!」
 そう発しながら駆けつけたのは、ハンバスだった。部下たる戦士も連れている。レッドカイザーはハンバスの登場にイャノバが心を乱さないか心配だったが、自身の体を満たす力に飲み込まれないようにするので一杯のようで、体のそとにあるエーテル質まで気が回らないようだった。
 レッドカイザーはこれ幸いと、ハンバスたちに宮殿へ向かうと伝えた。
「成さねばならないことがある。それがなにかは言えん、だが、あるいはお前たちから反対されるようなことだ」
「ヴルゥさまの下へ、下るのですか」
「いいや」
「なれば従わぬことはございません」
 ハンバスはどこかへ姿を消したレッドカイザーを探し出そうと努めていた。だが炎の壁の外側に居るとは思いもせず、広大な辺境は捨て、比較的監視が容易な宇宙中心部に部下を置いていた。ヴルゥを成敗するためか、下るためか、いずれにせよレッドカイザーは現れると信じていたという。
 いよいよ宮殿へ寄ると、ヴルゥの配下との衝突が避けられなくなった。今も物質界に現界している分を引いても、ヴルゥの集めた若いエーテル生命の軍勢はなお膨大だった。一方ハンバス率いる軍団は圧倒的に数で劣るもののいずれも歴戦の勇士で、中にはレッドカイザーの宇宙平定戦争を生き残ったものもいる。
「私は故あって力を使えん、お前たちに任せてしまうが、いいか」
「あなたさまが一度力を使うと決めたならば、我々は不要でしたでしょう。ここへ連れ立たせて戴いたことこそ我が誉、王のため命を賭すことをどうして惜しみましょうか」
 ハンバスたちの攻勢は凄まじく、レッドカイザーは単身宮殿の中へ滑り込んだ。
 エーテル生命の力で作られた“外壁”は無味な板を規則的に並べただけものでしかない。それでも宮殿は特別な場所で、用もなく寄り付くものはいない。玉座にヴルゥはいなかった。あの大量現界のために、どこかへ移動しているのだ。
「うっ、ぐ!」
 イャノバが苦しみの声を上げると、体から炎が弾けた。炎の力が強く昂ぶっている。次の宇宙を生み出そうと、徐々に火力を増している。イャノバの意思で制御できる現界が近かった。
「イャノバ、いけるか」
「……ああ」
「何をどうする」
「簡単なことだ……おそらく。下の世界へ炎を流す。この世界からならば俯瞰ができるから、きっとうまくいくはずだ」
「下位世界へ? それでは、君の宇宙が灼かれてしまうぞ」
「見ていろ」
 イャノバはエーテルの体で、上とも下ともつかない場所に跪いた。祈るような姿勢は、エーテル生命の意識にはどう映るだろうか。
 イャノバは器のエーテルで下位世界へ門を開け、宇宙全体を包んでみせた。時間をかけ、慎重に、穴の一つもないように覆った。極限の意識状態の中にあるはずなのに、レッドカイザーはイャノバの技巧と集中力に驚愕するほかなかった。
 なんという精神力だろう。始まりの炎は悠久の果てに、この男を継承者に選んでしまったのだから、ほとほと運のないやつだと言える。
 思いながら、レッドカイザーは自分もそうなのだろうと気付いた。当代の始まりの炎が自分で、次に選ばれたのがイャノバだから、今ここまで漕ぎ着けることができたのだ。
 壁の中に入る決心をしなかったら、モノクが自死をしていたら、イャノバが宇宙の果てへ行くのを頑なに拒んだら、始まりの宇宙に遺物が残っていなかったら、イャノバが自分の言葉を聞いてくれなかったら。
 アキノバとイャノバという二つの名。自分の真の名が“アキ”でなければ、はじめて炎を降ろした時に運命は決してしまっただろう。イャノバは矜持を失い、暴走をやめなかっただろう。
 永い炎の継承の果てに、天文学的な確率の巡り合わせが今奇跡を起こそうとしているのだ。
 イャノバは下位世界を包み終えると、一呼吸ぶんの間をあけた。
 そして一気に、全力で炎を下位世界へ注いでいく。エーテル界から物質界へ流れる力は、次元の格差から厚さ無限の分の一にも満たない。故に膨大な熱量が瞬間的に凝縮され、すぐに発散されていく。
 宇宙が誕生していた。
 流れ込む炎によって新たな宇宙が誕生し、またさらに宇宙を、そしてまた宇宙を止めどなく生み出し続ける。すでに数えられる数量ではない新しい宇宙が、下位世界の真なる虚無を満たしていく。
「下位世界が、無数に……!」
 一つ一つは有限の宇宙であり、閉じた宇宙だった。それが無限に増殖していく。連続しているのではなく、連結しているのでもない。互いに独立している並列存在として。並列宇宙として、限りあるものが限りなく生まれ出ていた。

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