怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第十一話 無限の宇宙-1

 イャノバに宿った炎の力は、日に日に強くなっていった。神獣を倒すために現界するたび、レッドカイザーはそれを実感した。むろん、物質界のイャノバがその形質を失わない程度のエーテル流入でしかない。レッドカイザーのもつ力の総量から比べれば、“失われた”というのもおこがましい、無量大数中のミクロ数量が如き分量だ。それでもレッドカイザーは炎を侮ることはしなかった。焦りは募り、なんとか手を打たねばと思案にくれた。エーテル的に質量ゼロである意識だけを人形に送って現界している、自分という他でもない前例がある以上、炎が同じことをしていてもおかしくはなかった。
 死んだウタカを復活させたと聞いた時、レッドカイザーはぞっとした。イャノバに肉体にとどまっているだけでも、生死を操る力を得ているのだ。それも死にかけではなく、死んでからそれなりに時間が経ったものを組成させたというのだから。
 レッドカイザーは以前、神獣の攻撃を受けて瀕死に陥ったイャノバをやはり炎の力で癒やした。失われた組織を修復し、命の活力を見事取り戻したのだが、物質を無から生み出す所業は生半なことでは起こらない。レッドカイザーは自分が炎の正体を定めあぐねるうちに、炎の方ではこれは使える手だと、ウタカの命を奪うよう運命を仕組んだように思えてならなかった。
 もはや現界させる、させないの話ではなくなっていた。炎は自立を始め、いよいよイャノバの体を燃やしつくそうと動き始めている。
 レッドカイザーは何年にも渡って説得を続けた末に、ようやくイャノバの了解を得ることに成功した。
 宇宙へあがる許可だ。宇宙の果てを見に行き、そこに何があるのかを見に行く。なにもないかも知れない。少なくともレッドカイザーは、エーテル界の宇宙の壁の向こうに、無限宇宙が広がっているのを知るまで両世界が閉じられていることに疑問を持たなかった。
 エーテル界が閉じられているように、物質界も閉じられている。物質界が閉じられているように、エーテル界も閉じられている。その前提の一つが覆されて、そこに活路を見出すほかはなかった。
(なぜ始まりの炎は、その力の継承時に世界を閉じるのか。その答えが、きっとあるはずなのだ)
 イャノバが宇宙へ出るのを嫌がった理由は、ウタカと子供らのためだった。子供は今四人になり、イャノバとウタカの仲は睦まじい。いかに新しい里で多くの人がいるとは言え、ウタカから離れるのを嫌がったのだ。
「神獣が出たらどうする!」
『その時は跳躍で簡単に戻ってこれる、一瞬だ! 頼むイャノバ、私と一緒に来てくれ!』
 レッドカイザーは三日で往復できると言ったが、実際のところ、イャノバの星へ帰るのには神獣を待つ必要があった。とりあえず宇宙の果てを目指すのは簡単だが、そこから広大な宇宙の中のどこかにある母性へ帰るのはまず不可能なことだったからだ。したがって、母性に出現した神獣のエーテル反応を掴み、そこへ跳躍するのが最善の策であった。
 イャノバは何年にも渡ってレッドカイザーの提案を拒否したが、ついにウタカが言った。
「その方のおかげであたしたちは息を吹き返したのよ、イャノバ、少しくらいいいんじゃないの? イャロカももう大きくなって、あたしたちを守ってくれる。そうよね?」
「うん!」
 幼な子の訓練に使う短槍を、イャロカはさすがイャノバの息子とばかりに機敏に振り回した。
 イャノバは不安を消し去ることはできなかったが、ウタカの言葉を聞いて宇宙に上がる決意をした。
 ウタカよ、もっと早くに言ってくれたら良かったのに、とレッドカイザーは思わずにいられなかったが、ウタカもウタカでイャノバと遠く離れるのは嫌なようだった。もしかしたら、下位世界に降りる度に同じことを繰り返すので、いい加減それが嫌になってイャノバに言って聞かせたのかも知れなかったが、レッドカイザーにはイャノバと共に宇宙の果てを目指している現状にたどり着けたのなら、なんでもよかった。
 イャノバとレッドカイザーは超光速で宇宙を航行していた。“器”のエーテルであらゆる物理干渉を無効にすれば、宇宙を漂う岩石なども一切原子まで砕いて飛ぶことができた。加速に関してはあらゆる恒星の重力を器用に取捨選択して、無数の電磁石が両極交互に並んだ中を磁気を帯びた物体が通ると徐々に速度を増すのと同じように行った。重力を受ける角度まできっちり計算し、不要な力は切り捨て、無限に加速をしんがら虚空を“落ちている”。今なお驚異的な加速は続いて、五十億光年の距離を一日で飛び越える算段だった。まっとうな科学で同じことが成せるなら、たちまち宇宙が老いていくのを見ることができたろうが、エーテル界一の怪物となるとイャノバをウタカのもとへ返すことも造作もないことだった。
 前にも後にも光は一点としてなく、闇が続いている。あらゆる光が届く前から発生源は後ろに過ぎ去る。もしかしたら星の十や百は貫通してしまっているのかも知れなかったが、レッドカイザーもイャノバも何かに気づくことはなかった。
『イャノバ』レッドカイザーは聞いた。『力を手放す必要が来た時、お前はそれを手放せるか』
『いやだ』
 即答だったが、分かっていたことだった。
『この力のおかげで、おれはウタカを救えた。イャロカとセヌカもだ。アキノバがなんと言おうと、おれはこれが邪まなものだとは思えない。おれたちを救ってくれる奇跡そのものだと信じている』
 せめてイャノバの考えが変わってくれるものがあってくれと祈るうち、レッドカイザーは休息に速度を落としはじめた。急に慣性を利かせても“器”のエーテルで満たされた白い巨人の体は四散しないが、速度が速度なだけに周辺宇宙の空間そのものに被害が出ることが考えられた。それでも考えられないほどのごく短時間で宇宙が光線に満ち始め、やがて点として見えるようになった。
 巨人の目の前には漆黒の何かがあった。上と下と左右となく、それは広がっている。球形の宇宙を球形に押し込める、まさに壁のようだった。今なお宇宙を拡張しようと、光速を越える勢いでイャノバたちから遠ざかるゆえに暗く見えるのだ。
 レッドカイザーはイャノバの緊張を感じた。
 レッドカイザーもまた、ここに来て恐れを抱いてしまっていた。
(間違いない、始まりの炎だ)
 暗い壁の正体は始まりの炎の残滓だった。エーテル界を囲っていたのと同じように、この宇宙を有限たらしめている。
 その性質はエーテル質と言うより物質的なものに近かったが、このわずかなエーテルを宿すだけの体で通過できるだろうかという疑念がよぎってしまった。だがレッドカイザーは、イャノバのうちに宿る炎が彼を殺すことは許さないだろう確信した。
 人形に単体現界して来ていたなら、きっとダメだったろう。イャノバを連れてきて正解だった。
 あとはイャノバの覚悟だけだった。
『本当に、ここへ入るのか』
『ああ。大丈夫だ、イャノバ。君は炎を宿すもの、いかな試練も乗り越えられる』
 試練というと、イャノバは幾分気概を得た。レッドカイザーも、炎を逆に利用してやれたことにしてやった気になった。
(さあ、貴様の欲しいイャノバだ。新たな薪だ。彼を燃やすのが惜しいがために、この向こうにあるものを私から隠し通せないのだ)
 イャノバは慎重に深呼吸をするように気持ちを落ち着かせ、やがて決意した。
『行けるぞ、アキノバ』
 白い巨人は前進を始めた。速度を増し、壁に近付くと、暗黒の空間が一転輝きを得始めた。レッドカイザーとイャノバは、この宇宙のどの恒星よりも高い、創造の熱、神の息吹の中へと飛び込んだ。
 押し戻されるような超高圧力に負けず、速度を増していく。炎が宇宙を拡げるのよりも速い速度で突っ切ろうとするが、壁は想像よりも遥かに分厚く、奥に行くほど“硬く”なっていく。全ての物質の素が、エネルギーという状態でありながら超高質量の半物質として行く手を遮った。これまでのように物理干渉を受け付けなければいいという問題ではなかった。なにしろ、この力の根源は他でもない始まりの炎というエーテル質も備えているからだ。
 埒が明かなかった。レッドカイザーは意を決し、ここで終わるならどの道それまでと、一か八かの賭けに出ることを決めた。
『イャノバ、炎を降ろすぞ!』

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品