怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第十話 アバンシュ-7

 イャノバははじめ、目の前で起こっていることが理解できなかった。女たちの営みは男の預かり知れないことだ。ウタカが体を壊してしまったのかとも思った。しかしウタカが腹を押さえているのに気づくと、ようやくそれが出産なのではないかと思い至った。
 どうすればいいのかまるで分からない、産気づいた女は浜へ連れて行かれるが、そこで何をしているのか見たことも聞いたこともない。今は浜の家で、すぐそこに浜がある。海に連れて行くのだろうか? そしてどうする。
 ウタカが苦しそうなうめき声を上げた。
「う、ウタカっ……」
 イャノバはウタカを抱き上げるが、これまで枝葉のように軽かったその体が、ずっしりと腕に沈み込んできた。
「おれは何をすればいい? ウタカ? しっかりしろ!」
 ウタカの体はひどく震えて、まともに会話もできなくなっていた。抱き上げた体は尋常でないほど熱かったが、イャノバは火を起こす必要があると考えた。
 イャノバはウタカにはだけていた毛皮を被せて、囲炉裏に残った灰を捨てる。弓切りで素早く火種を用意し木屑で覆い、規則的に息を吹きかけた。火が立ち薪を三本足す。
 イャノバは桶から水を汲んで、ウタカの口に運ばせた。ウタカは飲もうとしなかった。
 痛みが大きくなっているのか、ウタカの声は次第に大きく、壮絶なものになっていった。いつも静かなウタカが上げる絶叫に、イャノバは足がすくむ思いがした。自分の体が冷えていき、汗が出始める。
 まずい、ウタカがまずい!
 火は焚いた、ものは飲み食いできないらしい。他に、何がある? できることはもうないのか? なにか一言でも言ってくれればイャノバはなんだってするつもりでいた。どんな無茶だって聞けるはずだった。だがイャノバは、体の強さでは如何ともし難い事態に直面して、何をすべきか、どうするべきかすら分からない。
 せめて産婆がいれば……。
「産婆」
 イャノバは人形を見た。アキノバはもういない。イャノバはひとり家から飛び出して、東へ走った。奥の里は北にあるが、遠い。東の近いところにには里があるのだが、ここは浜の里と敵対関係にあってなんども攻めては防ぎとを繰り返している。イャノバは戦士になりたての頃、一度だけこの里がどこにあるかを見に連れて行かれたことがある。浜の里は東の里を襲う理由が“先制防衛”以外にはないが、ひどくやられれば報復することもある。戦士は一度は敵の住処を知らなければならないとされていた。
 普通に行けば一日かかる距離だが、イャノバは全速力を維持して一刻が経つ頃には東の里の外縁の森へ触れた。イャノバは自分の強みの発揮をする時だとばかりに哨戒に見つかるのも無視して突切り、円を描いて配置されているだろう“家”の一つにたどり着いた。
 巨大な害獣を防ぐため、槍のように尖った丸太が柵のように並んで置いてあるそこを、イャノバはひとっ飛びで越えると敵である里の“家”で大声で言った。
「おれは浜の里の戦士イャノバ! おれの妻ウタカが子を産むために苦しんでいる! 子産みを知る女か産婆を寄越してくれ!」
 すぐにイャノバが無視した哨戒中の戦士やら家で休んでいた戦士が短槍を持って侵入者を囲んだ。イャノバは丸腰だったが、堂々として……いや、まるで眼中になく、ただ逼迫した事態を一刻も早く解決しなければならないという意識だけがあった。
 イャノバはもう一度声高に自分の名と要件を叫んだ。
 屋敷から男と女が出てきて、男はイャノバを囲む戦士の背後から問いかけた。
「浜の里か。我らにどのような見返りがある」
 イャノバはそれについては微塵も考えていなかった。
「……分からん! だが、魚はいくらでもある。それをくれてやる!」
 家父と見える男はイャノバの返答に目を丸くして、大声で笑い始めた。戦士たちも、“家”にいる他の女たちも堪えきれないように笑い出した。
「なにがおかしい!」
「この里の南端は海に面している。多少の魚介程度は崖の上からでも捕りようがあるのだ。そして貴様の言った浜の里、どのような状態にあるか我々が知らぬ道理はないだろう。いかに浜が有用であろうと、森がなくては住みようがない。あそこにはまだ住人がいるとは知っていたが、まさか貴様のような考え無しとはな」
「なにっ」
「敵地へひとりやってきた度胸は認めてやろう。だが、取引はない。貴様の持つもので、里の女をみすみす付けてやれると本気で思ったか?」
 イャノバが家父のいうことに反論しようと大口を開けると、すぐにその妻と見える女が続けた。
「あんた、妻が産気づいてんのかい」
「そ、そうだ!」
 この女なら話が通じる、まだ道はある! イャノバは希望を見出した。
 女は言った。
「つまりあんたの里には産婆がいないわけだ。他の女も」
「おれとウタカの二人だけなんだ」
「二人……? あんた、身重の女を置いてひとりここまで来たっていうのかい。それで産婆を寄越せって? バカにするのもいい加減にしな」
 女は目を剥いてイャノバを睨みつけた。
「仮にあんたの言う通りひとり付けてやっても、浜の里に着くのは明日。あんたが自分の女を捨ててから都合二日になる」
「なっ、ちが」
「あんなたの女はとっくにおっ死んでるか、産み終えて力のない状態でろくに物も食えず、ひとり弱っていってるだろうね。この寒季で明日帰り着いて生きてるかなんて、百に一つもないよ!」
「違う、聞け! おれはさっき里から出て半刻もかけずにここへ来たんだ、おれがおぶっていけば半刻で着く、まだ間に合う」
 イャノバの主張に、周囲の者はことごとく呆れ返った様子だった。イャノバの言うことは何から何まで出たらめで、そんなわかりやすい嘘を平気でつくからには、産気づいた妻の話も眉唾だった。
 家父とその妻は顔を見合わせると、イャノバに背を向けた。
「待て! 話は終わっていない!」
 イャノバは二人に寄ろうとすると、一斉に五人の戦士が遅いかかってきた。イャノバは返り討ちにしようとして、今は殺してはまずいと、奪い取った短槍の底で腹を突き頭を殴り、瞬く間に無力化してみせた。
 “家”のものはイャノバの尋常でない武威に慄いたが、家父の意思は揺るぎなかった。
「女はやらん。気に入らなければおれを殺せ」
「そうはいかん! 聞け、おれは英霊の力を身に宿している。今見たとおりだ! おれならば半刻で里へ戻れる、本当だ、ことが済めば日があるうちに産婆を連れ帰る、信じてくれ、頼む! 頼む……」
 イャノバは短槍を落とし、膝をつけて頭を垂れた。家獣が主人に服従するさまを思わせる姿勢で、ひとりで幾人もの戦士を圧倒する力を持つものがそうすることに心痛めたものもいた。だが、人を遣るかどうかを決めるのは各人それぞれの意思ではない。家父か、それ以上の権力を持つものでなければこの異郷の戦士に付くことを許すことはできなかった。
 “家”のものたちは、家父を見た。家父は愛すべき家族たちの顔を一人ひとりみて、イャノバに目を下げた。
「貴様の覚悟は分かった」
「じゃあっ」
「だが、ダメだ」
 家父の決意は堅いものだった。
「ここにいる“家族“はみな、おれの愛するものだ。お前がいかに清らかであろうと、天上の加護を受けていようと、外のものに付けることはできん。貴様がひとりでこの里までやってきたのと同じように、それがおれの家父としての義であり譲れぬものだと思っている」
「そ……そん……」
「帰れ。貴様が天命を授かっているのなら、それにすべてを任せ妻とともにいることだ」
 イャノバは足元が崩れていく感覚があった。
 救われない? ウタカは死ぬのか?
 イャノバはウタカの尋常でない苦しみようを思い出した。ひとりなら攫っていけると思ったが、攫った女が言うことを聞くとは思えなかった。誰も家父の決めたことに異を唱えることはしない。家父の定めたことは絶対だということは、イャノバもよく知っている。
 イャノバの胸中には絶望と怒りと悲しみが渦巻いていた。呼吸が乱れて獣のような気を放ち、家父はゆっくりと立ち上がるイャノバを警戒した。
 イャノバは拳を固く握って、空を見た。灰色の雲に覆われて陽は見えないが、まだ暗くなるまでに時間があるように思えた。
 諦めるわけには行かないと、イャノバは里の外へ向かって走り出した。
 これから奥の里へ向かう。自分の限界を越えた速度で走った。体が異様な熱を持ち始めても構わず、森の中をまっすぐ北へ、涙を堪えながら走り続けた。

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く