怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第十話 アバンシュ-4

 レッドカイザーはモノクの綴ったエーテル界の歴史が、自分の知るものと寸分違わないことが気になった。生命の間で伝えられる宇宙創成期から原始エーテル生命の発生、戦争の終わり。王の代わりが生まれ、下位世界へ侵攻するそれらと対峙する。そこから先の内容は自らの行く末を予言されているようで、レッドカイザーにとって見れば決して心地の良いものではなかった。
「私とともにこの外宇宙へ来たものは、みなエーテルへ還った。ここは無限の広さを持つが、故に窮屈だ。娯楽はなく、自らの存在を誇示する必要もない。そういった時間の中で、自我を保てず自らエーテルへ還ったのだ」
「ここは……本当に無限に広がっているのか? 探せば果てに辿りつけるのではないか」
「ほう、では貴様がやるか? この世界が有限である証明を。もし壁を見つけられず諦めようとした暁には、私から言ってやろう。果ては見つかっていないだけであるはずだ、探せ……とな」
 モノクの冷たい意思がレッドカイザーに届いた。少なくともモノクはこの虚無のような世界で、幾度となく果てを探しに宇宙の中心(空間が無限であるならば、どこだって中心点ではある)から離れただろう。モノクの結論に水を差したレッドカイザーの落ち度だった。
 レッドカイザーはようやく、一つの事実を認めなければならなかった。
「本当に、無限の宇宙なのか」
「ああ。故に、すべてが異なる。壁の内側の宇宙と異なり、この宇宙には闘争がない。追うものがなく、追われるものがないのだ。故に生命は発生しなかった。一定の密度のエーテルが、どこまでも無限に続いているだけだ。そして仮に、貴様が――始まりの炎が壁で宇宙を囲わずこの無限宇宙に出現していたとしても、やはり生命はなかっただろう。如何様にも逃走が可能であるし、エーテルも無限に存在している。わざわざ闘う必要はまったくないのだからな」
 逃げるのに発達したエーテルも、逃げた先で進化を行うかと問われればそれはありえないことだった。複雑化とは生存のために行われるのであって、安全で停滞した場所では決して起こり得ない。待っているのは退化や回帰のみだ。
「ではモノク、お前はなぜ自我を保ちここまで生き永らえているのだ」
「偶然だ。そうとしか説明できん。何度もエーテルへ還ろうと思った。だが、この壁の向こうからいつかアバンシュさまが姿を表すかも知れないと期待していたのだろうな。あるいは、自ら壁の内へ戻ることができるのかも知れないと……内側の世界はどのようになっている? いや、貴様の知るエーテル界の道のりを話せ」
 今度はレッドカイザーの番だったが、どうにも伝えるのが億劫だった。というのも、内容がほとんど同じなのだ。そこに出てくる名が異なるだけで、そしてモノクの語ったものから宇宙焼失の結末が抜くとぴったり重なるようなあらすじとなってしまった。レッドカイザーにとっては比較的直近のことなので、モノクより詳細に伝えることができたが、してみれば予め用意された話を脚色したものでしかないと受け取られても致し方のないことだった。
 レッドカイザーが伝え終わると、モノクは考えてから発した。
「貴様が来るまで確証はなかった。だが、私も永いことここにいる。宇宙の誕生から今に至るまでの悠久の時をな。その中で考えることが数多くあった。その仮説の一つが、今当たったらしい。つまり、貴様もまた炎の贄でしかないということだ。次にその生命を繋げるための足場、それが貴様の……始まりの炎を継ぎしものの正体なのだ。ようやく、真実の輪郭が見え始めたというわけだ」
「それはつまり、私は……元々は下位世界の生命だったということなのか? だが、どうやって。このように巨大な力が物質界の一個体に宿るなどありえない」
 イャノバを器に現界するレッドカイザーからしてみれば、ほんの少量のエーテルしか入らない質量だ。そこへこの炎が丸く納まると聞いても、冗談にしか思えない。
「心当たりは、全くないのか? そうだな、アバンシュさまの感じていたことであれば……エーテル界の一般の生命が、物質界の形質を認知できないということに驚かれていたな。また、下位世界の矮小な一生命のことをよく気にかけていた。……アバンシュさまもまた、もとは物質界の生命だったのだと知れば、合点がいく」
「私が……?」
 心がざわめいた。納得しかけるところで、自分はやはりエーテル生命ではないのかと思考が引き戻される。どうやってか炎を奪い、この身に宿して宇宙の王となったのだ。
 なぜ? なんのために? 思い出せない。自分の起源のことは、何一つとしてわからない。
「おそらく、始まりの炎はその継承をもって宇宙の破壊と創生を繰り返しているのだろう。エーテル界では壁と内包する生命が一新され、物質界では宇宙そのものが一新されていると考えられる」
「私がそれをやったというのか? 一つの宇宙を消し去ったと? あるいは、この炎が……炎がそうやって継承されてきたのであれば、始まりの時は一体どれほど旧いのだ」
「知らぬ。分からぬ。知り、分かるすべもない」
 レッドカイザーは考えた。事態は尋常ではない。そして恐るべきことだ。この炎は永い継承の時を繰り返し、効率化し、都合の良い運命を実現するすべを持っているのだ。たどる道は収束し、やがて一つの終わりへ至るため。その邪なものが、自身を満たしている。レッドカイザーは己に破滅が待っていることを理解し、そして成すべきことを理解したように思った。
「この継承の因果から抜け出す方法はないのか」
「不可能だろうな」モノクは素早く、簡潔に放った。「始まりの炎の力は一つの意思で御しきれるものではない。貴様、先程炎を出すのを渋ったろう。次の継承のために力が貴様のもとを離れ始めいてるのだ。そのような実感があるか? ないだろうな。炎にとって貴様は主人ではなく、むしろしもべなのだ。主人がしもべに一々己の成すことを諭す道理はない」
 レッドカイザーはこれに何も返せなかった。モノクは淡々と、事実のみを並べるような調子で続けた。
「その力はまさに宇宙に匹敵するものだ。とどのつまり、これは宇宙の意志なのだ。受け入れ、散れ。貴様がアバンシュさまを喰らったようにな」
 ようやく、レッドカイザーはモノクが味方ではないのだと知った。モノクはアバンシュと再び会うことを希望にここで生き永らえていたのだ。そうして出てきたのは、あらたな始まりの炎の継承者だ。それはアバンシュという存在が宇宙から失われたことを意味する。
 モノクはレッドカイザーを絶望させるために、この事実を突きつけてきたのだ。レッドカイザーはそう遠くない未来に抹消される。イャノバに消される。そして悠久の果てにイャノバもまた自らと同じ運命をたどるのだ。
 レッドカイザーの思考が堂々巡りを始め、硬直したのを見て、モノクは些末なことを思い出したように加えた。
「そうだ。貴様の真の名があったな。かつてアバンシュさまから聞いていたのだ、下位世界の協力者の名をな」
「私の……?」
「ああ」
 ぞっとするものがレッドカイザーの心の奥から湧き上がった。それがいずれ形を得て噴き出すことは避けられないと直感しながら、レッドカイザーはモノクの続ける意味を受け入れた。
「アキ、と言った」
 レッドカイザーはこれを必死に抑えようとしたが、無駄な努力に終わった。刹那の後に炎が噴き出し、モノクを呑み込もうとした。あたりを一斉に包んで燃やし尽くす。しかし、モノクがエーテルへ還った様子はなかった。いつ炎が暴れだしてもいいように、いつでも逃げられるよう準備をしていたのだろう。
 レッドカイザーは暴れる炎を鎮めようとしながら、モノクの最期に投げた意味を反芻していた。
 アキ。それが私の名?
 不思議な感覚だった。自らの内になかったその意味が、自分を満たしていくように思えた。そして、いくつもの知らない声が自分を呼んだような気がした。炎の荒れ狂う、攻撃的で野蛮なものとは違う暖かさをそこに感じた。

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