怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第九話 イャノバ-5

 レッドカイザーはかつて、ウタカの語った伝説を思い出していた。アキノバという男が海から浜の里へ上がり、敵をいなしあらゆる知を与えたという伝説だ。複雑な構造の家屋の造り方や工作道具などはアキノバが伝えたものあろう。その知恵の出どころが、イャノバたちの文明よりも数百年は進んでいる場所からやってきた者であるならば、たしかに納得できることが多かった。
 アキノバはこのような文明の在り処からやってきたのだろう。それがどうしてか浜の里に流れ着いたのだ。
 レッドカイザーは体が硬直しているのに気付いて、イャノバの意識に語りかけた。
『イャノバ、今は神獣に集中しろ』
『あ、ああ……』
 白い巨人が神獣へ向き直ったときのことだった。なんの前触れもなく、あたりが真っ暗闇に包まれた。青い空はどこにも見えず、足元でそよいでいた金色の野も何も見えない。塔も、町も、レッドカイザーには一切知覚できなくなっていた。
『これは……やつのエーテル特性か? イャノバ、まずは慎重にならねば、っ!』
 レッドカイザーは驚愕した。イャノバは体を走らせようとしていた。どこに何があるとも見えない闇の中を巨人の体で駆け出し、危うく転倒しかけながらもなんとか持ち直してイャノバは虚空へ拳を繰り出した。レッドカイザーには自分の体のことも見えない。だがどう動いているかは感じとることができた。
『イャノバ、何をしている!』
『それはこっちの言うことだ! アキノバ、なぜ呼吸を合わせない、体が動かしづらいぞ!』
『なにっ』
 自分だけ?
 レッドカイザーは自分だけが感覚を遮断されいるのかと逡巡し、イャノバに言った。
『神獣の場所はわかっているのか』
『素っ頓狂なことを、今、目の前に!』
 膝がたたまれ身を低くする感覚があった。神獣の攻撃が行われ、それを回避したのか。レッドカイザーは、なるほど確かにイャノバには神獣の能力が効いていないのだと知った。この神獣はおそらく、エーテル界のものの知覚を遮断する力を持っているのだ。
(下位世界のものの見方を心得ていても、これを回避はできないのか。一方でイャノバは外を見ることができている。体の、物質界の質量の所有権を持っているからか?)
 本来であれば体の感触も全て消失してしまうのだろうが、そこに関しては“器”のエーテルが干渉を防御しているのだろう。
 レッドカイザーにしてみては考えるほど厄介な相手だった。怪獣がどこにいるのか、イャノバがどこへ向かって攻撃を仕掛けるのか分からなくては、エーテルの操作を行うのは難しい。跳躍しようとしているのか踏ん張ろうとしているのか分からなくては、重力の干渉を切るか否かでは逆に行動を制限しうる。
 そしてもし、レッドカイザーの仮説の通り神獣の能力が身体感覚全てを奪うものであったなら。トドメのために拳へエーテルを集中させ、防御が無くなった瞬間、レッドカイザーはこの体を知覚できなくなる。その状態で全身へのエーテルの再分配が可能なのかは、レッドカイザーには疑問だった上に、それをわざわざ試すわけにも行かなかった。これはいつも以上に失敗が許されない勝負だった。
 イャノバは見えない敵の攻撃を避け、反撃を撃つが、その動きにはキレがない。レッドカイザーの即興的なエーテル操作なしでは、巨人の体は多少素早いくらいの取り柄しかない。
『イャノバ、次にどう動くかをことばで伝えろ! 私には周りが見えないのだ、それが神獣の能力だ。今は君の言うことに合わせるしか私にできることはない!』
『な、なに? わかった、やってみる。左へ動いて、左で撃ち込む!』
(左へ動いて……この動きは、回避か? 単に隙につけ込む次手のためか?)
『少し下がって、肩から当たる! 跳ねさせろ!』
(下がって……待て、敵への距離はどうだ? 体は今敵からどれほど下がった?)
『イャノバ、敵はどこを向いている!』
『今こっちを見てる!』
『腕は!』
『今っ、振り下ろされた!』
 レッドカイザーは神獣の現状をイメージしようとして、それがイャノバのする動きと噛み合っていないように思えた。イャノバの動きはレッドカイザーのするものと根本的に違っている。回避の方向や癖など、戦士として研鑽されたイャノバの動きはとにかく読みづらい。神獣との距離で次はこう動くだろう、この方向からの攻撃はこう避けるだろうと、癖から先読みしようとするのは毎度のことであったが、まず距離感や敵の次の動作が測れなくては予測も立たない。
 レッドカイザーは重力や電磁気力、空気抵抗や慣性などをイャノバの次に動きたい一手のために調整し続けたが、それがイャノバの理想の動きになっていたかと言うと微妙なところであった。
 イャノバの指示はどんどん雑に、意図の見えないものへ変わっていく。レッドカイザーはなんとか食らいつこうとしたが、限界に達してしまったのはイャノバの方だった。
『くそ、くそ! くそ! あいつらなんなんだ! おれを見て、そんなふうにおれを見るな!』
 イャノバが言っているのは、レッドカイザーも先程見た町の住人たちのことだろう。はじめての神獣の出現と、白い巨人。その死闘が日常の中に唐突に現れたのだ。逃げるものは逃げ、残った多くのものが遠巻きにこの神々の戦いと映るものを眺めているのだろう。
『イャノバ落ち着け! 冷静になれ!』
 レッドカイザーには、なぜイャノバが荒れているのか分からなかった。知らない土地で心細いのか? この体で神獣を相手に立ち回って、どこにそんな繊細さを持つ余裕があるのか。
 だが、イャノバは頭で考えるより直感で体を動かしたり、ものに解を与える気質を持っている。彼の野生の部分が、今という状況に強い抵抗を覚えているのだ。レッドカイザーとの連携が上手く取れず、戦いの集中力が持続しない中で、イャノバはその得体のしれない不安を身に募らせている。
『アキノバ! あの力を、炎の力を出してくれ! それなら見えなくても関係ないだろう!』
『だめだ、あの力はそう簡単に使ってよいものではない』
 レッドカイザーは半年前の一件から今まで、一度として炎の力を降ろしてはいなかった。幾度となく危険な場面はあったが、イャノバと力と知恵を合わせなんとか乗り越えてきている。
 下位世界の戦士の正体など、エーテル界で知らないものはいないだろう。現在戦闘中のエーテル生命も、自分が先王レッドカイザーを相手にしていると知っているはずだ。レッドカイザーはそうと分かっていて、炎を使うのを嫌った。
 それをすれば、何かが変わってしまう気がした。炎は自分の知らないことを知っている。自分の意志とは異なる、特別な意図を持っている。イャノバを蝕み、何かを企んでいるようにレッドカイザーは感じていた。何より炎を使えば、この配下を通じてヴルゥ派やレッドカイザー派にそのことが伝えられ、両派の溝が一層深くなってしまうだろう。
 “徹底抗戦”であってはならない。火種はすでに用意されてしまったが、燃え広がろうとするものを食い止めなければならない。
『くそっ! なんでおればっかり……なんでおれはいつだってひとりになってしまうんだ』
 イャノバがどこかへ熾烈な攻撃を加え始めた。殴り蹴りを猛然と繰り返すが、相手には少しの痛手もないだろう。イャノバもそれを分かっていながら、感情の昂りを止められないようだった。
『お前が! お前らがいつもおれをひとりにする! お前らのためにおれは巨人とならなければならず、里を奪われ! そして今こんな場所へ連れてきた! ふざけるな! おれの世界を返せ!』
『イャノバ……イャノバ! 落ち着け、ここには私がいる。君はひとりではない。私の言葉を聞け、君をひとりにしているのは他でもない君だぞ、イャノバ!』
『アキノバがここにいるだと! 声をかけるだけの存在が、どうしてそこにいることになるのだ! そんなものはやまびこと変わらん!』
『なんだと』

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