怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第九話 イャノバ-2

 ウタカが物音に振り返ると、イャノバがいた。片手には短槍を持ち、もう一方の手に小さな獣の亡骸が抱えられている。イャノバは上機嫌そうにそれを掲げて、ウタカに振ってみせた。
「西の方に言ったらいたんだ。ヤプマクの肉は滋養があるからなあ、保存しないでこのまま食いたいんだ」
「いいけど、西ってことはあの山間を走ってきたの? 出かけてからそんなに時間が経ってないのに」
「最近はやたら調子がいい」
 ウタカは石版に並べて日干しにしていた魚の切り身から離れて、イャノバから獣を受け取った。ウタカが両腕で抱えられる大きさのこの獣は、白い綿のような毛皮に、黒い顔からくちばしのように突き出た口が特徴だ。毛皮がまだ泥に慣れていないことからまだ若い個体のようで、それなら肉は柔らかく甘いだろうとウタカは予想した。
 ウタカはイャノバが立てた柱に獣を逆さに吊るして、首に切れ目を入れて血抜きを始めた。イャノバは一休みと言わんばかりに地面に腰を下ろした。
「飯を食ったら、また住居造りに挑戦しなきゃな」
「そうね」
 住居を組み立てる知識はウタカが持っているのだが、それがあまり完全なものではない。巫女としての知の伝授の最中にウタカはイャノバの婚約者と決まったから、巫女のわざ全てを持っていはいなかったし、不完全なままのものも多くあった。それでもウタカには物見の才があり、今はそれを頼りに手探りで幾度となく挑戦している最中だ。ふたりの近くには半分焼け落ちた屋敷があり、それにまだ使える部屋があったので今はそこで寝ているが、イャノバは住居を新しく用意する必要に駆られていた。
 里の民が逃げ出してから、半年が経っていた。イャノバとウタカはふたりで暮らしている。かれらがいるのは浜の里でもっとも海に近い“最初の家”で、里長の“家”だ。一個の家としてもっとも広く、大きな屋敷がある。漁業の道具は焼失を免れて残り、船もあった。
 一方で、浜の家から陸側一帯の森はすっかり焼失されていた。禿山のような荒野が広がり、そこには鳥すら降りてこない。イャノバが見た限り他の家は全て焼けてしまっていて、住居はあばら家のようになっているか炭となって崩れているかのどちらかだった。
 こんな状態の浜の里にも客はあった。森から立ち上った煙から、一体何があったのだろうと様子を見に来る他の里のものたち。あるいは、里を失ったり里から追放されたならず者どもだ。イャノバは枯れ木よりも寂しい風情の、石のような木々が並ぶ荒野でこうした連中を全て撃退してきていた。ある時は十人の蛮族が訪ねたが、開けた場所で特に策を弄するでもなく、イャノバは一方的に相手を狩り尽くしてみせた。
 ウタカはイャノバと自分で消費する以上の食料備蓄を作り続けている。それもイャノバの指示で、いつ里のみんなが帰ってきてもいいようにとのことだった。
 イャノバたちはやむを得ず里長の屋敷に住んでいる状態で、そのためにいつ他の里の民が帰ってきてもいいように別の住居を用意する必要があった。里長の許可なく屋敷で寝泊まりするなど言語道断なのだ。
 ひとりで何人分もの仕事をこなすイャノバの一日の仕事量は常軌を逸していた。日のうちに哨戒し、狩猟をし、家を組み立てるための作業をする。海のものを捕るのはウタカがやるが、この焼けた森で狩猟などはできるはずがない。だからイャノバは、できる場所まで行っていた。浜の里からある程度離れればまた森がある。イャノバは一日で往復するようなものでない距離を走って、肉やウタカの言う山菜をとってくるのだ。そしてこれは家屋の組み立て、ひいてはその材料である木材についても同じことが言えた。やはり健丈な木々のあるところまで走り、伐採し、丸太を持って帰ってくるのだ。
 ウタカを何より驚かせるのは、それらの仕事にイャノバがほとんど時間をかけないことだった。
 この異様な体力と膂力について、ウタカは目処がついていた。イャノバの中に、何か得体のしれないものが混じっている。半年前、白い巨人を燃え上がらせた力だ。ウタカは離れたところから、天まで上って緩やかに波動する灼熱を見ていた。里に伝わる神話でもあのような力はない。この森をすべて焼いて、海を干上がらせ、それでなお余りある巨大な力の塊だった。その一片がイャノバの中にある。
 その小さな火炎がイャノバを強くしているのだとウタカは分かっていた。しかし、イャノバは気がついているのか。自らの体調について、いつまで動いても疲れないとしか感じていないというのは能天気にすぎるとウタカは思う。
(ふつう、そんなに長い間働くなんて無理なのよ、イャノバ)
 休息も取らず、それを自分の義務だと信じて動き回るイャノバにウタカは不安を感じていた。代償なく力を授かることなどありえない。筋を得るには時間と戦いが、知を得るには地位が要る。ウタカが抱くのは、いつしかイャノバにはその力の代償を払わされる時が来るだろうという予感だ。
 アキノバは滅多に降りてこない。神獣はあれから幾度となく来ていて、その度に降りてきてはいるのだが、ウタカはじっくりと話せずにいる。上位世界ではなにか良くないことが起きているらしい。それでも一度、短くやり取りをしたことがあった。人形は、イャノバがこれからどうなるのかは分からないと言った。
 イャノバの中の炎はじっくりと大きくなりつつある。それがいずれイャノバを増長させ、あるいは薪として燃やし尽くしてしまうのではないかと思うと、ウタカは唇を噛まずにいられなくなった。

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