怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第七話 始まりの炎-6

 白い人形の姿を基礎に完成したレッドカイザーの現界体はやはり白く、石っぽい表層が鎧のようになって、関節からは巨木の外皮にも思える意匠が覗いた。
(想像以上にエーテルの流入が少ない。まあ、大きさが相手と同じほどになったのはいいだろう)
 大きさに対して質量は人形の分しかないので、それによって起こる不都合は"器"のエーテルの力で対処することにした。これの出力対象を適宜変更すれば、物質界の複雑な理の中でも動作できるようになるだろう。炎を無力化するのよりも遥かに少ない量で、かかる力を無効にできる。
 神獣が白い巨人を向いた。
 レッドカイザーはエーテル生命に向けて声を上げる。
『聞けい、エーテルの戦士よ。私は下位世界の戦士、してここは我が力の拠り所。いかな理由があろうと、立ち入ったからには容赦はせぬぞ』
『下位世界の戦士、だと? まるでエーテルの如き力だが……いずれにせよ、その程度の力で我らに歯向かうとは、いい度胸だ』
 レッドカイザーはぎくっとした。下位世界の戦士のふりをするには、自分があまりにも"エーテル臭すぎる"ということに気が付かなかったのだが、なんとかやり過ごせたようだった。
 この神獣は灰色の体に赤い斑点がついている。手足があるが、頭は方のあたりからこんもりと弧を描く程度の盛り上がりがあるだけだ。その手にしたって、指はない。レッドカイザーも指はなかったが、拳を握り込んだような形で、互いに不足はなかった。
 レッドカイザーは先手必勝とばかりに神獣へ寄っていった。一つの容赦もせず、こんな物はさっさと終わらせてしまうつもりで、拳を胸へ打った。神獣の胸にエーテルの流入源が見えていた。そこを破壊できれば現界を維持できなくなるはずだ。
 神獣の動作は緩慢で、簡単に隙を突けた。レッドカイザーの攻撃は、しかし本体に届かない。弾力のある見えない鎧に阻まれている。
(むっ?)
 右の拳を引いて、左の拳を打ってみた。やはり弾かれる。
(な、なんだこれは)
 驚いているうちに神獣が腕を振りかぶり、白い巨人を横薙ぎに払った。神獣の攻撃には質量性とエーテル性の二つの威力が混じっている。質量性は体を吹き飛ばすだけでほとんど効かないが、エーテル性は芯に響くようなダメージがあった。
 軽い体は油断するとぐんぐん体が遠くへ飛ばされていく。レッドカイザーが慌てて空気抵抗を受け入れるようにすると、白い巨体は空中で急停止してゆっくりと降下していく。巨大な白い体は、木の葉一枚折らずに森林に乗った。
(なんということだ、出力が足りない。足りなすぎる)
 "器"のエーテルの防御力は素晴らしいが、攻撃に使おうと思ったときは閾値を超える大出力を使わなければならないらしい。ダーパルやヴルゥが門を開けるのに四苦八苦するわけだった。エーテル界でレッドカイザーは自分の力があまりに大きすぎてまるで気にしていなかったが、"器"の力は所詮"器"でしかなく、攻撃に用いるのはまるで本来の用途ではないのだ。
 レッドカイザーは立ち上がって、再度打ち合いを挑んだ。神獣の攻撃をかわすのは容易く、それを縫って一方的に打撃を当てるのも簡単だった。しかし、百発当てても効かなければ意味がない上、この戦士はエーテル特性によって空気の膜のようなものが全身を守っている。この空気の鎧が分厚い。
 "器"を攻撃に使うならば、全身の防御を捨てて手の打ち込む面一点に力を集中させなければならないのだが、そうすると僅かなあいだ完全に停止する必要がある。一度エーテル出力を変えたあとは、再度変えるまでに時間がかかるのだ。エーテルの戦士はだんだんとレッドカイザーの動きに順応しつつあって、思い切ることができない。攻撃をすると泊を読まれ、最初は余裕だった反撃を寸で避けるようになっていた。
(埒が明かんぞ、これは。この人形を使い潰すつもりで此奴に勝っても、次にこれ以上の質量を持った器に現界できる保証はない……!)
 唯一の武器である身軽さをもって怪獣を翻弄するように右へ左へ回るが、相手にしてみればひたすらに鬱陶しいだけだろう。
 こんなはずではなかったとレッドカイザーが心中で弱音を発したとき、信じがたいものを見つけた。
 イャノバが怪獣の足元に駆け寄り、短槍で攻撃を仕掛けようとしていた。その攻撃は見えない壁に阻まれ失敗するが、イャノバは諦めず何度も食らいつく。
(馬鹿めが!)
 神獣が足踏みをしただけで石の礫が無数に飛び散り、イャノバは死ぬだろう。この人形の質量が"個"たりえるのはイャノバの認知境界のおかげなのだから、彼がいなくなるとどうなるか。
 逃げろと声をかけようにも遠すぎる。大きくなれば声の届く範囲も広くなるわけではない、大気の振動で音を伝えているのとはわけが違うのだ。
 一か八かレッドカイザーは身を引いてやや遠巻きに攻撃を仕掛けるよう動いた。その距離を詰めようと怪獣が一歩を運ぶ。イャノバが顔を覆っているのが分かったが、怪我などはしていないようだ。レッドカイザーは神獣の振りかぶった一撃を危なげなく避けて脇を抜けると、イャノバのすぐ頭上のあたりで現界を解除した。
「アキノバ!」
 イャノバが人形に気づいて走ってくる。
『走れ!』
 イャノバは人形を抱えると、木と枝を巧みに利用し加速しながら神獣から離れていった。レッドカイザーがここまでくれば大丈夫だろうと言うと、イャノバはさすがに息を切らせ、樹皮に背中を擦って座り込んだ。
『逃げろと言ったはずだ、死にたいのか!』
「アキノバは戦っていた! おれだけ逃げるわけにはいかなかった!」
『あの巨体に短槍ごときでやりあえると、本気で思っていたのか』
「おれは他にやり方を知らない」
『だったら、なおさら逃げるべきだ』
「そうしたら、アキノバはひとりだ。ひとりじゃ神獣に勝てないぞ」
 イャノバはレッドカイザーが劣勢だと判断して飛び込んだらしい、ということが分かった。レッドカイザーにとって屈辱的な事実であるが、イャノバのおかげで仕切り直す状況に至れたのは拾い物だった。
「これからどうする」
『再度挑戦する。時間をかければ……あるいは勝てるかも知れない』
「おれも行く」
 レッドカイザーは大きくため息をついたような間を置いた。
『行って、どうする。また短槍で突くか』
「違う、アキノバと同じように化身となって戦うんだ。さっき、アキノバが化身へ変わろうとしたとき、俺は驚いてしまったけど、あのまま続ければおれも化身になれたんだろ」
『それは分からん。そして、ここで分からんことについて賭けをやるつもりはない』
「できる! できる気がする。おれは、イャノバだぞ。おれのもとにあんたが来たってことは、あんたはおれに試練を与えに来たってことだ。天上の大神や英霊は、できる試練しか与えない。おれは、できる。やり遂げてみせる」
 そんな根性論でどうにかなる問題ではないのだとレッドカイザーは言ってやりたかった。しかしこの少年はまるで言うことを聞かない。頭はいいのだか悪いのだかわからないが、レッドカイザーが自分抜きで現界しないよう手に持って離すことはもうしないだろう。
「アキノバ、分かってる。おれはさっき逃げてしまった。けど、もう逃げない、そう誓える。里を守りたいんだ、アキノバの守った里を、おれの故郷を。だから、もう一度挑ませてくれ」
 この少年は勘違いしていると、レッドカイザーは思っていた。これは自分の試練なのだ。それも、自分で自分に課すような真似をして、危機に陥っている。少年はそれに巻き込まれただけに過ぎないのだ。それがレッドカイザーの主観だった。
 少年の主観はどうなっているのだろうかと、レッドカイザーは考えた。自分をアキノバという太古の英霊だと信じて、その所有者であった自分こそ選ばれた存在、ないしこれから選ばれるべき存在で、要するに試練とは"自分にそれだけの価値があるか天に試されている"ことを言っているのだ。イャノバはそのために生命など惜しくもないという姿勢で、戦場へ飛び込んできた。それほど死して英霊となったものを敬っているし、里のことを大切に思っているのだろう。
 確かにイャノバと共に現界することはできる。そうしたら質量が増え、流入できるエーテルがさらに増える。アキノバの体はこの人形の何倍も大きい。問題は、まずイャノバは確実に死ぬだろうということで、この場合の死とは俗な言い方をすれば"魂"を失った状態になるということだ。生命活動は現界終了後も続くはずだが、意識は戻らない。イャノバがそのような状態になって、この人形を下位世界の器として使い続けられるのだろうかという不安もレッドカイザーにはあった。
 だが、そもそも自分は何をしにここまで来たのか。物質界とエーテル界、二つの宇宙の均衡を守るためではないのか。この身をもってヴルゥの浅はかな野望を食い止めるためでは……。
 下位世界の生命イャノバか、二つの宇宙。どちらを優先すべきか。
『……イャノバ、だったか』
「はっ」
『死ぬかもしれんぞ』
「はっ、死にません」

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品