怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第六話 レッドカイザー、憤然-4

 漲る力はとめどなく、かつてない。体の底、心の奥、物質的な限界を超えた境界の彼方から無限の力が滾々と湧き出でる。アキは自分の魂まで器と差し出し、かかるエーテルの制約は今失われつつあった。
 深い闇の中で光る、炎。宇宙すら燃やし尽くせる破滅の火球に向かってアキの意識は急降下する。
 あと少し、あと少しで届く。
 視界が開かれ、アキは巨人と化して摩天楼の中にいた。足元には元いた群衆があり踏みつぶしている格好だが、レッドカイザーの重量では大人一人踏みつぶせない。人波はさざめいて、巨人の脚下から逃れるために動いている。
『なんだ、何が起こった!? なぜ私は、現界しているのだ!』レッドカイザーの狼狽する声が意識の裏から聞こえた。『それに、なんというエーテル量だ……アキ! これはいったいどうなっている!』
 アキは答えるつもりなどなかった。言い訳など一つも用意していない。ただ、確かなのは現界の主導権はアキが握ったということで、自分の存在としてのリソースを全て使い果たした彼は、レッドカイザーの意思で現界を解除したならば意識を失い二度と目覚めない空の状態になってしまうだろう。そのことにはレッドカイザーも気付くはずだ。
『アキ、なぜ何も言わない! 君は……自分が何をしたのか……馬鹿な、ありえない、そんな……』
 アキは意識を集中させてレッドカイザーのエーテルの核心を探すが、現界時に感じる巨大な炎の気配はどこにもない。あるのは自分で蓄えた炎だけだ。
 エーテル界だ。エーテル界に行かなければ炎の力には触れられない。アキと言う穴は仮初めの力で埋められて、真なる力を観測することすらできない。
 レッドカイザーが行うエーテル界を経由する空間跳躍、その感覚を思い出そうとした。しかし、普段は限界と同時だから感覚的な記憶が混ざり合って工程を詳細に思い描けない。
『アキ、なぜ黙っている! ア……なっ』
 胸にざわめきが起きる。不安が固形物としてのしかかり、赤い光沢の“肌”が隙間なく加圧される感覚があった。
 アキの炎が一層強く燃え上がる。
 怪獣だ。
 それは奇妙な光景だった。怪獣の現界は映像記録で見たことはあるが、自分の目で直接確認するのは初めてだった。
 空間にぽっかりと穴があいたように見えた。そこから何かが染み出てくるとも言えないまま、変化は周囲の物質へ及ぶ。道路が抉れ、ビルが削られて穴へと向かい、すぐに肉とも金属とも言えない状態へ変換されていく。
 巨大なエネルギーの流入と、大地が虚空へ吸い上げられるのを嫌うように巨大な揺れが発生した。わずか五秒にも満たないその間に瓦礫は怪獣の体を完成させ、小さなクレーターと半月状に削られた摩天楼の中央に怪獣の威容があった。黄色く、脚は細く短いが腕が大きい。頭部は半球が埋め込まれたようにこんもりとした部分が肩からあり、そこから一本の短い板が角のように伸びている。
 十五年ぶりだ。
 かつて崩壊区域と呼ばれたこの座標に、十五年ぶりに怪獣が現れたのだ。
 超高層ビルが揺れの余韻を消しきれず、他の建造物を巻き込みながら倒れた。
 怪獣出現に住民が恐れおののき、狂乱して逃げ惑う。ただ、巨人となったアキには彼らの悲鳴の一つも聞こえない。
『なぜ、今怪獣が!』
『いいよ、いいじゃないか!』
 怪獣までは目測で五百メートルがあったが、そこで怪獣は拳を振りかぶるような動作をした。絶対に届かない距離で、それは不可解極まりない。アキは経験と本能によって反射的に身を屈ませる。
 怪獣が殴るように腕を伸ばした瞬間、瞬間移動を行ったようにレッドカイザーのすぐ目の前に移動してきていた。右の拳は空を切り、レッドカイザーは屈んだ姿勢から怪獣の懐にジャブを撃ち込もうとした。
 アキの視界が目まぐるしく変化した。凄まじい加速感で、怪獣に抱き着かれたような格好で街の中を転がっている。あらゆる高層建築を勢いのままに踏みつぶしながら、怪獣がレッドカイザーに馬乗りになって拳を叩きつけた。が、赤い巨躯は思い出したように高速の慣性から逃れて怪獣が一匹で転がっていく。
 アキはレッドカイザーを立ち上がらせて怪獣を振り返った。怪獣の通った跡が轍となって残っている。怪獣の位置は十歩ほど先だ、体勢を立て直そうとしている。背後を見ると、自分も一緒に吹き飛ばされた跡が一直線に伸びていた。
 加速能力だ。発動中はレッドカイザーのように無敵で、ソニックブームも起こさない。しかし途中で進路を変更できないという弱点があるらしい。
 アキは敵のエーテル特性を分析して、すぐさま走り寄っていった。怪獣に加速移動の狙いをつけさせまいと左右に並ぶビルで三角飛びをし、瞬く間に距離を詰める。
 アキは左手を突き出し、怪獣の眼前に躍り出た。
『前方集中!』
 怪獣が加速を行う。レッドカイザーを巻き込みながら空中へ飛びあがった怪獣は、ぐんぐん速度を落としていき、やがてビル街のさなかに二体もろとも墜落した。
 レッドカイザーの左腕は怪獣の体深くに突き入れられていた。敵の加速の勢いを借りて、低出力のままトドメを刺したのだ。今回の現界でこれまでより巨大なエーテル出力を手に入れることができた故の力技だ。
 怪獣のエーテルが流入源を失い上位世界へ帰っていく過程に触れ、アキは一つの知見を得ていた。怪獣の帰る先、エーテルの戻る先を肌で感じている。すなわち、エーテル界の座標だ。
 レッドカイザーの体の上で怪獣はみるみる瓦礫へ変わっていき朽ち果てる。立ち上がると、体に覆いかぶさっていた瓦礫が滑り落ちて土煙を撒いた。初めて怪獣を倒した時の充実感を、アキは思い出していた。
『怪獣が、なぜこんな時に……しかも、目の前に? 何か、何かがおかしい』レッドカイザーは明らかに狼狽していた。『アキ、そうだ、どうしたのだ、何があった。君の中にある炎は異常な発達を見せている』
『ユイだよ』
『なに?』
『ユイを助けたいんだ』
 アキの声色は澄んでいて、優しかった。
 この十五年、怪獣が現れなかった街はたった一度の戦闘で崩壊しつつあった。三つある関門に人々は殺到し、あるいは狭い住協の中で家族を抱きしめ信じる神に祈りながら最後の時を待っている。有力者はこぞって地下シェルターへ走り、文明が崩壊した後に使うつもりの資産をカバンに詰めては部下に運ばせる。
 この星に救いの場所は、もうない。光ある世界に背を向けて、暗い穴倉へ入っていく。
 アキの胸に再び重しがのしかかる。
『怪獣の現界? 二連続か、いいね!』
 場所はごく近い。近いどころか、街の中だ。そこはアキがエーテル界からレッドカイザーを強引に呼び出した座標だった。先程の怪獣が生まれたのと同じ場所だ。
 振り返ると、数分前に削られたばかりの道路やビルがさらに広範囲にわたって崩壊しながら一つの巨影を形作ろうとしている。巨大な揺れがあり、レッドカイザーの傍らに立つビルが先端を震わせながら塵を撒いた。
『なんだ?』
 アキは目を見張った。
『なっ』
 レッドカイザーも言葉を失う。
 現れた怪獣を前に、アキはそのエーテル特性をすでに看過できていた。青い巨体はのっぺりとした人型に、前腕と肩のあたりが大きく隆起して装甲のようにも見える。
 力だ。巨大な力。この怪獣はレッドカイザーと同じエーテルを持っている。あらゆる干渉を防ぎ、また触れるものを全て穿つ潰滅の力が、求めるままに器を得て現界していた。
『バカな、なぜアドゥロが自ら! 流入源は、どうやって……いや、違う。アキ、君か? 私を強引に現界させたことで、エーテル界からではなく物質界から穴があけられたとするなら』
 アキは怪獣へ向かって駆け出した。赤い巨体はしかし、レッドカイザーのエーテル操作が間に合わず思うまま加速できない。
『アキよせ! あれはまずい!』
『なにが!』
『あれは……あれこそがエーテル界の王なのだ!』
『……あれが?』

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