怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第五話 レッドカイザー、暴走-12

 扉を閉めて、ジローと彼の部下、そしてアキの三人だけになった。車内は大人が立って歩ける通路部分があるが、幅は広くはない。椅子を大きく引くと塞がってしまうが、ジローはアキと同じように椅子を通路に出して座った。
「この車両は頑丈だし、中の声は外に聞こえない」
 言いながら、ジローは心の中で盛大にため息をついていた。
「ユイ君のことだね」
「そう、そうだ」
 アキは静かに言うが、目は鋭く光って殺気めいたものを放射している。果てしないプレッシャーに、ジローは胸を潰されそうな思いがした。
「君には言いたいことがあるが、分かっていると思う。もう、街の近くで、というより誰かに見られる危険のある場所で現界を解かないでくれ」
 アキは頷かない。じっとジローを見ている。
「……結論から言おう。ユイ君は既に救出した」
「っ!」
 アキは目を丸くして、全身から放たれたいた邪気が一瞬にして消え去った。車内の空気が軽くなり、思わずジローも笑みを浮かべた。それで一層、冷たい汗が流れ出た。
「そっか、ユイ、助かって……よかった……本当によかった」
『ジロー、礼を言おう。ありがとう』
 レッドカイザーの声がした。頭の中で反響する声に、ジローはほんの少しだけ救われる。
「そう、ジローさん、ありがとう……それで、ユイは今どこに?」
 ジローは微笑んだ表情のまま固まった。瞬きをしながら目線が下がっていき、笑みも消えていく。顔ごと下を向いて頭をかいた。アキの怪訝な視線が自分の頭に注がれているのを、ジローは感じ取った。顔を傾けて、自分の背後に立つ部下に目配せをしてから、顔を上げた。
「ユイ君は、街を去った」
 アキは眉根をわずかに寄せた表情のままだった。
 ユイは街を去った、そこまではいい。
「街から出るにあたって、十分な護衛を付けた。彼女の両親のもとまで送る」
「な……そ……?」
 誘拐事件にあい、故郷に帰る。どこもおかしくはない。アキは良く分からないという顔をしていた。ただ、その違和感がジローの態度に関するものかどうかを図りかねている。
 ジローはいよいよ、決定的な言葉を口にすることにした。
「ユイ君は、二度と君に合わない」
 アキの目がゆっくり瞬いた。一瞬力が抜けたように肩が下がった。が、次の瞬間にはジローは胸ぐらを掴まれていて、アキの強い憎しみの眼に穿たれていた。認識できないほどの刹那に踏み込んだアキの一歩が、車両を揺らす。ジローの部下がアキの腕を剝がそうとしたが、重機でも相手にしているようにびくとしない。
 恐怖のあまりジローは笑みが浮かびかけた。彼の一種の癖だ。それをなんとかこらえる。ここで笑えば殺される自信があった。
「なんで! なんでそんなことを! 俺が、何かヘマをやったか! 怪獣は倒した。ここに降りたのは悪いと思ってるけど、それほど俺はユイが心配だった! それでも街の中には入らなかったんだから、その分評価されるべきだろ!」
『アキ、よせ!』
「それがあんたらのやり方か! ええっ? 不安の中命がけで戦ってきて、怪獣教の連中に馬鹿みたいなこと言われて……そうだ、実はユイの救助はできてないんじゃないか? それを誤魔化すためにあんた、そんなことを!」
 アキから熱気が立ち上る。ジローは思わず目を細めた。
「違う! 最終的には我々の意向だが、キミに会わないと言ったのはユイ君の方からなんだ!」
「ユイが?」
 アキの手にこめられた力が、わずかに緩んだ。
「おい!」
 ジローが部下に合図すると、部下の男は小さな外部情報端末を、車両の電子端末に差し込んだ。モニターに現れたファイルを開くと、中に音声データがあった。それを再生する。
 ジローと数人の男の会話の内容だった。アキはその中に、聞いたことのある声があることに気付いた。
 ジローの部下が早送りをすると、やがて沈黙部分が現れる。それから少しして、また誰かと誰かが話し始めたところで等速再生に戻された。
 ユイの声だった。アキがこの日久しぶりに聞いたユイの声は、昔の面影が濃く、決して聞き間違えることはなかった。ユイとジローの声が話している。
 襟元を掴む手はどんどん緩くなっていった。ジローは命を救われた気分になりながら、つい二時間ほど前にユイと交わした会話を思い出した。



「お願いって?」
「私を両親のもとへ返して欲しいんです」
「それは、気持ちは分かるけど」
「……二度とアキ君と会わないようにして欲しいんです」
「え?」
「今日、何年かぶりにアキ君と会いました。彼、すごく大きくなっていて、私すごく嬉しかったんです。変なことを言うようなんですけど、運命の出会いを感じたんです。……その、すいません。でも、彼は昔と変わってしまってた。暴力を振るうことに躊躇が無くて、昔もそういうことがあったんですけど、あの時は何とか我慢出来たり、赤い彼の言葉で止まったりして。でも、今はもうだめなんだと思います。彼は自分のために力を使ってる。それがいずれ、大きな間違いを生むと思うんです。今アキ君の元にいたら、彼は暴力で全てを手に入れられると考えてしまうかもしれない。私が彼の考えを直せたらとも思ったんですけど、それができたとしても、彼にとっての世界が彼の周りだけになってしまうかもしれない。普通の人なら、それでいいんです。でも、彼はこの星を守らなくちゃいけないから」
「君の言いたいのはつまり……アキ君の更生を諦めるということかい? そして……」
「私が生きている保証と共に、この世界のどこかに雲隠れすれば、彼はその力を正しい方向に使ってくれると思うんです。私がどこにいるか分からなければ、アキ君は一人でも多くの人を助けるために力を使ってくれる」
「彼にそこまで愛されているという自信があるんだね」
「私もそうですから」



 会話はそれから、事務的なものへ変わり、ジローが方針を変えてユイを街の外へ送るためにあらゆる伝手へ連絡する声が聞こえた。そこまで行って、音声記録が中止される。
 アキの手は依然ジローの襟首を掴んでいるが、すでに力は入っていない。
「なんだ、それ。おかしいじゃないか、俺はいつも、街で、人助けを」
 ジローは大きく呼吸しながら、小さく震えるアキを見つめた。
「自分のために、って。違う、俺は人の、正義のために」
「アキ君」
「ユイは、ユイはどこだっ!」
 ジローは再び首を絞められたように苦しくなったが、一瞬だった。
「教えられない」
「なんで、なんで!」
「うッ」
 ジローは激しく揺さぶられ、意識が遠くなる。聴力が戻る頃に、自分が床に放り投げられたことに気付いた。アキは椅子を蹴飛ばし、モニターを殴り、コンソールに並べられたスイッチ類を潰していた。ジローは部下の男に支えられ、上体を起こす。
 アキの目が二人を見た。
「教えろ! ユイはどこだ!」
 目は赤く、うるんでいた。ジローは八年前、両親を亡くしたばかりのアキの悲痛な表情を思い出し、重ねた。ジローはあの日、何もできない自分に無力感を覚えながら、十歳の少年を怪獣の戦う場所へ送り届けた。その小さな背中が、今目の前にいる青年に不思議に重なった。
「教えられない」
 ジローは静かに、毅然として言った。
 アキは倒れていた椅子を持ち上げたと思うと、それを振り回しジローの目前をかすめて壁の電子端末にぶつけた。
 ジローはわずかな間、覚悟したように目を瞑っていたが、やがてゆっくりと目を開けてアキを見上げた。
「アキ君。俺は、そしてこいつも、この国を守るために命を捧げている。君からすればちっぽけな存在だろうが、そのためにこれまでの人生全てを捧げてきたと言っても過言じゃない。我々には守るべきものがある。誇るべき力のためじゃなく、そのために戦ってきたんだ。我々を殺して君が納得するなら、そうするがいい」
 アキは半壊し凶器と化した椅子を手に持って、ジローを見下していた。肩で息をして、歯ぎしりをするように口元を歪ませて、目を力の限り瞑って……。
「なんで……」
 白々しい電気の光る低い天井を見上げながら、涙を流し、震える声で呟いた。手に持っていたものを力なく落として、アキ自身も崩れ落ちる。
 それは彼が久しく忘れていたものだった。かつて彼を身の底から浸したその感情は、再び深淵から蘇り今一度抱擁をした。
 その涙を見ながら、ジローはもう、自分にアキを救うことはできないと感じ取っていた。ただ一人を除いて、何人にも。
 アキはまた、大切な人を失った。
 そして、この日を最後に、アキが街へ繰り出すこともなくなった。

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