怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第五話 レッドカイザー、暴走-5

 人を跳ね飛ばし迫ったのは、アキの行動を監視している国の人間だ。
「あんた何やってんだ!」
 それまで素っ気なく、紙のコップに入ったコーヒーを啜っていた男は、アキが自分に話しかけていると気付いて明らかに動転した。その気迫が物理的な壁となって迫ってきたように身をのけ反らせた男のジャケットの襟を、アキはすかさずつかんだ。まだ熱いコーヒーが蓋にあいた口からこぼれ、コンクリートを濡らして湯気を立てる。
「何って」
 男はなんと答えればいいかわからなかった。アキとは初対面だ。監視していることが知られていたのが驚きであり、この人波から自分をそうだと見抜いたのも驚愕すべきことだった。今のアキにそんな冷静で精密な観察ができるとは到底思えなかった。
「ユイがさらわれた! なんでユイに一人の監視もつけなった!」
「そ、それは」アキの手が力を込め、男は一瞬言葉を詰まらせた。「私の仕事は君の監視で」
 周囲には目が多すぎた。異国の人間の目だ。男はなるべく他の者に聞こえないよう静かに言おうと努めた。しかし、アキは構わず大声でまくしたてる。
「他にもいるだろうが! あっちと! あっちにも! 一人でも付ければ問題なかったんだよクソが!」
 捨てるように地面に男を降ろした。尻もちをついて、アキを見上げる。
 アキのただ事ではない怒声に、周囲の人間は目の色を変えた。そそくさと立ち去る者がいて、車を片手で止めたのを見た者は遠巻きから携帯端末のカメラを向けている。
 監視の男にとってはこれ以上ない最悪の状況だった。アキが注目を浴びていて、その力の一端を衆目に晒してしまったのだ。
 アキの状態は普通ではない。男は元々、アキが軽犯罪者に私刑を下す様子は見ていた。まともではないと思っていたが、今はそれをはるかに上回る。大義名分の全てを取り払った先にあるむき出しの凶暴性は、簡単に生存本能の警鐘を鳴らさせた。
 監視の男はアキを少しでも落ち着かせるために、言うしかなかった。
「あの女の子は助ける、時間はそう経っていないから、短い時間で見つかるだろう! 簡単に街を出ることはできないから、まだどこかにいるはずだ」
「当たり前だ!」
 アキは翻って歩き出した。
「どこへ行く!」
「呼び出しを受けてる。ユイがいたら俺がそのまま救う。あんたは今言ったことをやれ」
 アキは振り返らないで、数秒ほどじっとしていた。それからまた歩き出し、人を割って走り出すとすぐに見えなくなった。人だかりは破壊の権化のような青年が消えると、関をなくした川のように流れ始めた。
 ほんのわずかな時間、アキに背中を向けられていた監視の男は、思わず身震いをした。アキは何かを言おうとしていた。いや、言っていた。
 もし、ユイを見つけられなかったら、どうなるか。
 クソガキが、と男は口にする寸前で言葉を噛み殺した。立ち上がりながら端末を取り出し、然るべき機関に連絡をする。監視対象の暴走と原因、その暴走を速やかに終息させるための具体的な内容を報告した。



 ガラではなかった。ユイはすっかり油断していたのだ。
 アキには四時間で終わると伝えたが、この会談で必要事項を互いに素早く話し終え予定よりも一時間を節約することができたのは両社の代表の間に翻訳に立ったユイの手腕だ。今回ユイを呼んだ契約主はもちろん、彼との会議のために足を運んできた先方もユイの能力に感心した。
「気が向いたらうちの専属の翻訳者にならないか」
 それは言われ慣れた文句で、また断り慣れてもいる。稼げるだけ稼いだからこの仕事はやめてしまうつもりだった。ユイはそのために一切のしがらみを嫌った。
 ユイはこの街には友人の一人もいない。自分には特殊なセンスがあり、それによって人の悪意を感じ取ることができてしまうし、逆に弱みを突きつけたり理解者を装うことでいかようにでも身を守ることができた。このような街でもトラブルらしいトラブルとはユイは無縁だった。それがこの日、朝からどういうわけか体が火照っていた。妙な気分と言うわけではなく、例えるならとてつもない意欲に満たされていた。
 今日は一味違う。その感情が、ひったくり犯へのタックルを生み出し、アキとの再会になった。そして、アキと再会して、なぜ体が熱を帯びているのか分かった気がした。
 アキは運命の人だった。アキと久しぶりに会い、すっかり男性的に逞しくなっていたことが、自分でも驚くほど嬉しかった。そうして初めて、自分がこの街で孤独を感じていることに気付いた。
 それと同時にアキの中に巣食っている黒いものに怯えたのも事実だ。自分にとってアキが運命の相手だと直感したように、アキもまたユイを生涯を共にすべき人だと思っていることは分かった。アキがあのような性根になってしまったのは自分のせいなのかもしれないとユイが思うのは必然だ。
 自分は彼と共にいて、支えるべきか。あんな状態になってしまった彼を、自分は救うことができるか。
 そう考えながらも、一緒にいたいという理性の外から響く声も大きかった。
 お手洗いの鏡で自分と向き合い、これから下へ行ってアキと会い、どうするべきか。そもそも会うか合わないべきか。
 理性と感情の揺らぎは大きく、二人の清掃員が大きな籠を押して入ってきてもユイはしばらくぼうっとしたままでいた。そしてその一人がユイに向き直り近づいてきたとき、ユイは正気に戻ったが、遅かった。
 そうして意識を失い、目を覚ますとどこか暗い屋内にいた。首の後ろがひりひりと痛み、スタンガンのようなもので意識を断たれたのだとユイは知った。
 ホテルの一室のようだが、いやに広い。高級ホテルのスイートならばこれほどの空間はあるだろうが、ユイはそんなところを借りたことがないので分からない。
 手を縛られたユイは窓を背にして椅子に座らされていて、周囲に十人ほどの男女がいるのに気づいていた。ユイにはこの部屋の玄関口が暗がりの奥にあると分かっていたが、そこまで単身逃げ切るのはどう考えても不可能に思えた。
 淡い、お香のにおいがユイの鼻腔をくすぐった。足元に建てられた五本のろうそくからだろう。上品な香りで、高級品だと伺える。
 左の壁にはプロジェクターが何かを映していた。屋内のようだが、夕暮れの外の様子が見えるその場所は、建築中の建物のように見えた。プロジェクターはユイの頭上の天井に内蔵されて、人が間に立っても干渉を受け辛い作りになっている。
 ろうそくの明かりは壁一面の映像に負けてろくに人物を照らさないが、場の陰気さを演出するのには成功していた。
「ねえ」ユイは池に石を投げ入れた気持ちになった。「逃げようがないんだから、この縄を解いてくれてもいいと思うんだけど」
 水面に波紋が行き渡るのを待つようにしてから、ユイの正面の男が「おい」と言った。まだ若く、身なりは上品とは言えないが、纏う空気は洗練されている。ユイはどこぞの御曹司のようだと見破った。
 ユイの背後にいた一人が、手の拘束をほどいた。痕が残っていたが、すぐに消える程度のものだ。
「ずいぶんと落ち着いて見えるな」
 ユイは先ほど、この十人の誰かにでも通じるようにと、共通語を話した。ユイの正面の男などは見るからに異国の人間だったが、その彼が、ユイの国の言語で話しかけてきた。
「危害を加える気はないんでしょ」
 ユイも母国語で返した。
 言いながら、彼らの狙いが既に理解できていた。彼らの用がユイの能力にないということは、必然”ユイを利用して達成できる目的”が他にあることになる。そんなものは一つしかない。
「我々は、怪獣教だ」
 ユイは眉一つ動かさず、静かに、力強く男が言うのを聞いた。他の九人の雰囲気が引き締まったものになる。
「聞いたことくらいはあるだろう」
「昨日街の教会で暴れたっていうニュースは見た」
 男は一瞬両目で上を見ただけで、特別に不快な感情は出さなかった。
「悲しいことだよ、我々の理念を理解できない者が怪獣教を名乗っているだなんてね。彼らは末端の人間だ。一切の権力を持たず、組織内で最も多くの人間がいる層だ。多くの組織がそのヒエラルキーの最下層を御しきれないように、我々もまた彼らを縛り切れない。そして、怪獣教本来の理念を理解させることも難しい」
 怪獣教はここ数年で勢力を伸ばしつつある新興宗教だ。ミーハーな若者が面白半分に乗っかるようなカルトだと思われ、たまの暴力沙汰で世間からの評判は良くない。しかし、裏では怪獣を操るための研究や、怪獣を人工的に作り出す方法などを探しているという噂もある。どれも根拠のない憶測だったが、上層部の権力と財力は本物と見るのがいいだろう。
「貴女も怪獣教を誤解しているようだね。あまりこういった話をみだりにするものではないんだがね、なにしろ通常人類の感性ではこの理想を理解することは困難なのだから」

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