怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第一話 レッドカイザー、現界-6

「やるよ」淀みなく、アキは簡潔に言った。
『後悔するぞ』
「多分、運命ってやつだよ。君がボクのとこに来た時から、こうなるって決まってたんだ」
 レッドカイザーは短く唸るような声を出す。
『運命か』
「ボクにできるなら、ボクに守れるなら、ボクはやるよ」
 レッドカイザーがため息をついたように思えた。何かを深く後悔しているのか、選択を誤ってしまったことに気付いたのか、そのような悲嘆が込もっているようだった。それから少しして、『どこか、見晴らしのいいところに行こう』と言った。
 レッドカイザーは現界をすると体が大きくなるから、建物を壊さないように配慮しているのだとアキは分かっていた。アキは、うろうろと移動を始めた怪獣の方へと歩き始めた。
「どうやって倒すの」
『やつも私と同じエーテル生命体だ。やつに打ち込んだ打撃の感触から、エーテル流入源が胸のあたりにあることが分かっている。そこを破壊すれば、もう再生はしない』
「え、それじゃあ」
『やつの現界の原理は私とは違う。やつはエーテルありきで現界している。だから、体が破損してもエーテルの求める通りに物質が集められて体を再構築する。十分な質量が得られて、エーテルの力も十分だ。一方で、私は器ありきだ。プロセスは完全に反対で、この器に収まる量のエーテルしか現界させられない。巨大になって見えるが、実際は泡のような存在だ。中は空洞に等しく、質量は器の分しか得られない』
 そう聞いてアキには納得のいくことが多かったが、また疑問に思うこと出てきた。そんな軽い体で、あのように大きくては、歩くことはおろか立っていることすらままならないのではないだろうか。それに関しては、エーテルという力が何か作用しているのかもしれない。
『恐くないか』レッドカイザーが聞いてきた。怪獣の背に向かって歩いて、もうすぐそこまで来ていた。
「大丈夫、レッドカイザーがついてるから」
『レッドカイザー……レッドカイザーか』自嘲気味に笑ったような声を漏らし、続けた。
『いいだろう、私はレッドカイザーだ。君の名は?』
「アキ」
『よし、やるぞ、アキ』
 アキは頷いて、レッドカイザーを高く掲げた。
 赤い塗装の超合金のおもちゃが、黒く染まる。その闇が自分の手を伝って、肩まできたと思うと、アキは五感の一切を失った。
 自分の体も、世界の一切も感じず、ただ無限のように湧き上がる力と、闇の奥で確かに煌めく炎の熱を感じた。孤独の世界で、アキの心を救う唯一の道標のように見えたそれに、アキは引き寄せられる。命を宿したように脈動する炎に、アキが魂の形なき輪郭で触れようとしたとき、そのイメージは終わりを迎えた。
 アキは地平線を見ていた。すぐ足元の破壊された町は整った家並に続き、河川を越えてビルが立ち並ぶ小さな摩天楼をすぎて、人の営みの生み出してきたものがそのようにして延々と、天と地の境まで伸びていた。
 怪獣が気配を察知したように振り向く。今や目線は同じ高さだった。
『な、なんだこれは……どういうことだ……』
 レッドカイザーの声を感じるが、それは自分の意識の底から聞こえてくるようだった。アキは自分の手を見る。自分の意思で、手を動かしてみせた。
『アキ、君の意識が明瞭に存在しているどころか、体の操作権まで得てしまっている。一体、どうなっているのか』
 アキの姿は、レッドカイザーがおもちゃ単体で現界した時とは異なっていた。ロボットのおもちゃはロボットのような姿になったが、アキの肉体が器として加えられた今、全身を甲冑で鎧った戦士のような姿をしていた。
『レッドカイザーがやったんじゃないの?』アキは自分の声が、レッドカイザーの声と同じように頭の中で響いて認識できることを知った。
 アキは手を握っては開いてを繰り返す。力で漲っていた。堅牢な砦であり、不落の要塞。この体はまさにそうであり、それが二つの脚と二つの腕を備えている。向かい来るものすべてを平らげる自信が、今のアキにはあった。
『違う、これはできるできない以前の話なのだ。これは、由々しき事態だが……今は原因を探っている余裕はない』
 怪獣がレッドカイザーに向けて腕を伸ばす。アキが何度も見た拘束技だ。生身の要領で避けようとして、妙な感覚によってバランスを崩してしまい、あえなく両腕を捕まえられてしまう。
 体にまるで重力を感じず、空を切る感覚もない。助走なしに最高速が出てしまうような暴れ具合と、無重力下で踏ん張らなければならないような不合理に身を晒されたようだった。
『アキ、落ちついて聞け。さっきも言った通り、この体は極めて軽い。この巨体で動くにはあまりに不都合だ。しかし幸いなのは、この状況と私のエーテルの相性が良いということだ。私のエーテルは、簡単に言えばあらゆる干渉を無効にできる力を持つ。壁のような能力だと思えばいい。それを全身に纏っていると考えろ』
 レッドカイザーの言葉は、どれほど長くても一瞬でアキの心に届いてくるようだった。
『これで風圧をはじめとした、動作に支障をきたすあらゆる要素を排除している。この星からかかるわずかな重力と電磁力を純粋にとらえて、疑似的に地上の動作を可能にしている。同じような原理で、敵の攻撃も無効にできる。衝撃は消せないが、体に損耗は生じない。問題は攻撃だ』
 アキは怪獣の拘束に抵抗していた。おもちゃ単体の現界時より確かに出力が上がっているのだ。両腕を強引に近づけ、敵の腕を引きはがしながら、逆につかみ返す。
『防御と動作のために、全身に力を巡らせている都合、面積当たりのエーテルの濃度が極めて薄い。怪獣に決定打を与えるには、攻撃の瞬間に力のリソースを一部に集中させる必要がある。つまり攻撃に転じる瞬間、我々は極めて無防備になる』
 アキが両手で怪獣の腕をつかみ返すと、手のひらに力が集まるのを感じる。同時に、全身を寒々しい感覚に襲われる。アキが強く握ると、怪獣の両手が粘土のように潰れて、千切れた先端部分が地に落ちる。怪獣の肉片はおぞましい血液をあふれさせたが、みるみるうちに土くれへと還っていく。
『姿勢の制御のために回している力を攻撃に使うわけにはいかない。防御に回している分を使うしかないのだ。そして、この体は水泡が如し。守備の空いた隙に一撃たりともかすろうものなら、お終いだ』
『ってことは、あいつの攻撃を全部避けながら攻撃すればいいんだね』
 怪獣は足元の瓦礫から腕を再生させる。
『エーテルの操作は私が担当のようだ。アキ、君は敵の懐に入ることを考えろ』
 レッドカイザーは怪獣をじっと見据えて、慎重に一歩を踏み出した。また一歩、さらに一歩。音もなく、怪獣に近づく。今、アキには先ほど回避に失敗した理由が分かってきていた。レッドカイザーの足は地面に吸い付くようになっている。電磁力だのと言っていたことに相当することだろう。ステップをするように動いたが、この体は完全に地面から離れることができないのだ。
 だが勝手は分かった。あとは慣れだ。
 怪獣が腕を伸ばす。拘束のためではない、質量攻撃として繰り出してきていた。速度が乗っているが、右の拳を身を半にしてかわし、もう一つを腕でいなそうとする。猛烈な衝撃がアキの右腕に走った。骨にヒビが入ったような痛みは徐々に消えていく。腕は正常で傷一つない。生身であれば脂汗をかいたろうが、レッドカイザーに汗腺はない。
 正念場だ。

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