見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

十七話

「知らなかったら、気にもしなかったんだ。それは間違いない。でも、知っちゃったんだ」

 俺はただの人間だ。会社からの帰りに交通事故に遭って、女神様から特典スキルを貰い、日本からこの世界に転移してきた転移者ではある。だが、あくまでそれだけ。
 助けを求める人全てを救える訳じゃないし、どんな問題でも解決できる訳でもない。ただの一般人だ。

 特別な存在なんかじゃない。

 でも、知っちゃったら、どうにか出来ないかって思ってしまう訳で。
 食べ物が足りないなら、ストレージにオーク肉なんかが収納されている。
 病気になっているのなら、ポーションで治せるかもしれない。

 住む場所に問題があるのなら、ストレージで材料を生産して、それで作れるかもしれない。
 やれる事が、あるかもしれない。
 なら、目に見える範囲で出来る事はしたい。

「ダメか?」

 二人の様子を窺う様に問いかける。
 もし断られたら、その時は一人でも様子を見に行こう。少しでも出来る事があるかもしれないから。

「……仕方ありませんね」
「本当に、君という男は」

 二人はやれやれといった様子で肩をすくめ、溜息を一つ吐くと、そう答えた。
 それはつまり。

「いいのか?」
「何を今更」
「私達は仲間じゃないですか」

 二人の言葉に、俺はほっと息を吐いた。どうやら二人も一緒に来てくれるようだ。
 断られなくて良かった。いくら一人でも行くといっても、やっぱり一人だと寂しい物があるからな。

「ありがとう、二人共。それじゃあ早速……」

 孤児院に向かおう、と言いかけて、俺はある事を思い出した。

「どうした、カイト君?」
「行かないんですか?」

 俺が突然固まった事を訝しんでか、二人が俺に向かって尋ねてきた。
 いやぁ、行きたいのは山々なんだけど。

「孤児院ってどこだっけ?」

 ズコッ、という擬音が聞こえてきそうな程、綺麗にズッコケる二人。孤児院の事ばかり気にして、肝心な「孤児院の場所」を知らないという事実が発覚。
 完全に盲点だった。

「……さっきの人に聞いてみましょうか。すみませーん!」
「はーい!」

 マリーが呆れた様な視線を俺に向けた後、すぐさま従業員さんを呼び出した。

「あれ、お客様? まだお部屋に戻ってなかったんですか?」

 従業員さんはフロントに戻ってくると、俺達がまだ部屋に戻っていない事に疑問を感じたみたいだ。

「あの、さっき言ってた孤児院なんですけど」

 俺が従業員さん……そういえばニーナさんって呼ばれてたよな。
 ニーナさんに尋ねると、その表情が一瞬にして暗くなる。

「その話なら、もう気にしないで下さい。お客様には関係ない話ですから」

 ニーナさんの口から放たれた言葉は、拒絶の色を多分に含んでいた。何もしないなら、首を突っ込まないで欲しい。まるでそう言っているかの様に。
 いや、流石にそれは考え過ぎか。

 だが、あまり話したい事じゃないというのは充分伝わってくる。

「いや、実はここに来る途中に狩ったオークの肉が結構余ってまして」

 だが、だからといって引く理由にはならない。

「食べ物が少ないって言ってたので、少しでも孤児院の足しになればと思うのですが」

 正直食べ物の寄付は一番の目的だといっても過言じゃない。
 今の孤児院が必要としている物の一つだろうし。

「え、オーク肉って……もしかして、孤児院の子達にですか!?」

 オーク肉の話をすると、ニーナさんは一瞬呆気に取られたような表情をした後、信じられない事を聞いたとでも言いたそうな勢いで尋ねてきた。
 残念ながら本当の事だし、聞き間違いでもない。

「ええ、まあ。量もそれなりにあるので、良かったら分けてあげたいなと」

 俺がそう言うと、ニーナさんから信じられないものを見る様な目を向けられる。
 あ、そうか。

「実は俺、アイテムボックス持ちで。これがオーク肉です」

 ストレージからオーク肉の一部を取り出してニーナさんに見せる。
 すると俺を見る目が信じられない様なものを見る目から、今度は驚愕の目に変わった。

「アイテムボックス!? アイテムボックスなんて、私初めて見ました! でも、なるほど。それで余ってるなんて言ったんですね。納得です」

 ストレージからオーク肉を取り出す所を見せると、ニーナさんは俺の話をあっさり信じてくれた様だ。
 アイテムボックスへの信頼が凄い件について。

「それで、孤児院の場所なんだが?」

 俺が改めて感心していると、隣からフーリがニーナさんに孤児院の場所を尋ねてくれた。

「あ、はい。アイテムボックスなんて初めて見たので驚いてしまって。孤児院の場所でしたね。少し待っていて下さい」

 ニーナさんは一度裏へと戻って行き、再び戻ってきた時には、右手にグルグル巻きの巻物の様な物を持っていた。
 受付まで来ると、ニーナさんはそれを開いてカウンターの上に広げる。

「これはこの辺りの地図なんですけど、分かりますか? この黒丸。これがうち――渡り鳥亭なんですけど、ここから先が一般居住区兼商業区。早い話、一般市民が生活する区画です。今回はなんの関係もありませんね」

 関係ないと言いながらも説明してくれるあたり、根がまじめなんだろう。

「で、孤児院ですけど、ここから真っ直ぐ行った先に、今は誰も住んでない大きな屋敷があります。そこを左に曲がって、少し行った所にある古い教会が孤児院です」

 地図を指差しながら孤児院の場所を丁寧に説明してくれるニーナさん。目印もあるし、非常に分かりやすい。ていうか、貧民街なのに屋敷?
 ちょっと気になったけど、今聞いても話の腰を折るだけだし、黙っとこう。

「なるほど、ここからそう遠くないな」
「そうだな。これならすぐ着きそうだ」

 考えてみたら、あんなに華奢な子が通える場所なんだし、そんな遠くにある訳がないか。

「よし、場所さえ分かればこっちのもんだ。早速行ってみよう」

 善は急げとばかりに二人に声をかけ、俺は出入り口へと向かう。

「あ、ちょっと待って下さい」
「そんなに急がなくても大丈夫だぞ、カイト君」

 後ろから二人の声が聞こえてくる中、俺は宿から出ようとして。

「おっと、その前に。ニーナさん、ありがとうございました」

 一言ニーナさんにお礼を言っとかないと。

「え、何で私の名前……って、そうか、あの時」

 ニーナさんは俺が名前を呼んだ事に少し驚いた様子だったが、すぐにさっきの出来事を思い出したのか、一人で納得していた。

「お礼を言うのは私の方です。本当に、ありがとうございます」

 逆にニーナさんからお礼を言われてしまった。
 ここで変に返しても長くなるだけだな。

「ええ、それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

 手短に終わらせる為にも一言だけそう告げて、俺達は宿を後にした。

「あの子達を、よろしくお願いします」

 後ろからニーナさんの声が聞こえてきた気がするが、丁度宿から出る所だったので、イマイチよく聞き取れなかった。



「さて、それじゃあ早速孤児院に向かうか」

 確か、この道を一般区とは反対方向に向かって、少しした所にある無人の屋敷を左に曲がると、その先にある教会が孤児院だったな。
 ここからでも見えるんじゃないかと思えるぐらい近くにあるな。

「ああ。道を間違えない様にな、カイト君」

 だからこそ、こんなに分かりやすい道を間違える訳にはいかない。こんな事で方向音痴扱いはごめんだ。

「時間的にあまり長居は出来ませんし、早く向かいましょう」
「そうだな。ちょっと急いだ方がよさそうだ」

 この時間だと、孤児院に着いてもほとんど時間が無いかもしれない。あまり遅くなるとニーナさんにも迷惑だろうし。
 という事で、俺達がとる行動は一つ。

「よし、走るか」
「はい」
「ああ」

 二人も俺と同じ考えだったのか、俺の提案に二つ返事で頷いた。よし、問題ないな。
 こうして俺達は、誰からともなく孤児院目指して走り始めた。

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