見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

二十九話

「わ、悪い。俺は、ここまで……みたいだ」

 どうして、こんな事になっちまったんだろうな。

「何を言ってるんですか! 一緒に果ての洞窟を踏破するんでしょう? そう言ってたじゃないですか! そんなのに……そんなのに負けないで下さい!」
「そうだぞカイト君! 私達は仲間だろう? そんな事言わないでくれ!」

 俺を仲間だと、一緒に果ての洞窟を踏破するんだと。そう言って励ましてくれるのは、俺のかけがえのない仲間、マリーとフーリだ。
 だが、どんなに誤魔化しても、自分の事は自分が一番よく分かっている。

 俺にはこの階層――九層の突破は不可能だと。

「悪いな、二人共。俺には……無理みたいだ」

 二人の励ましに、俺は力なく答える。俺はこんなにも無力だったのか。それに、なんだか眠くなってきて……

「寝たらダメです! 起きて下さい!」
「起きろカイト君! 寝るな!」

 二人が必死に声をかけてくる。ああ、ダメだ。寝たらダメだって。抗わないとダメだって分かっているのに、俺の意志に反して眠気は強くなる。
 でも、仕方ないよな。だって、だって……。

「こんなモフモフ、久しぶりなんだから! もうダメだ~」
「だからモフモフしないで下さい! それ魔物なんですよ!」
「ペット感覚で顔を突っ込むんじゃない! ええい、無駄に力が強い!」

 フーリが俺をモフモフから引き離そうとしてくるが、それも無駄な事。身体強化と剛力に加え、モフモフへの愛でブーストされた俺の力は、最早あのシンの怪力すら上回るだろう。

 目の前のモフモフ――マッスルキャットを苦しめない様、抱き着く力は最小限に、しかし両手は絶対に離さない様に力を籠める。

「フシャーッ! シャーッ!」

 マッスルキャットの威嚇する様な声が聞こえる気がするが、きっと気のせいだ。そう思い込み、俺は久々のモフモフを堪能させて貰う事にした。



 遡る事数時間前。
 ガンツさんから防具を受け取った俺達は、久しぶりに果ての洞窟探索に繰り出す事にした。

 九層関連の依頼を受けるべく冒険者ギルドに立ち寄り、依頼をいくつか確認。マッスルキャットの爪の納品という依頼を見つけ、それを受ける事になった。

 その時の俺はマッスルキャットと聞いて、筋肉モリモリの熊の様な見た目で、鋭い牙と眼光、そして口からは涎を垂らし、鋭い爪を隠そうともしない、化け物然とした魔物を思い浮かべていた。

 だから問題ないかと聞かれた時も、特に考える事無く返事をしたのだ。いくら化け物みたいでも、オーガに比べればマシだろうと思ったからだ。
 実際フーリも、オーガに比べれば大した相手ではないって言ってたし。

 しかし、それが間違いだったと気付くのは、果ての洞窟九層に潜ってからの事だった。



 目の前に広がるのは、二層を思い出させる広大な森。ここも二層と同じなのかと思ったが、よく見ると少し違う様だ。

 まず、蔦が絡みついた木が沢山ある事。そして、植物の生い茂り方、葉の形が熱帯植物を彷彿とさせる事から、ここは普通の森というよりもジャングルに近いのだと分かった。

 そしてこのジャングルが、今日から俺達が探索を開始する階層――果ての洞窟の九層だ。

「さあ、今日からまた探索再開だな」

 フーリの言葉で、改めて冒険者業を再開したんだという実感が湧きあがってきた。
 休み明けでやる気が出ないかもしれないと危惧していたが、やっぱり果ての洞窟に来るとワクワクするし、新しい階層の探索は楽しみだと感じる。

 ああ、やっぱり好きな事は自然とやる気も出て来るもんなんだな。
 これが向こうの世界の仕事なら、やる気なんて全く湧いてこなかっただろう。
 当然だ。ただ生きる為だけに続けていた仕事なんだから。

 やる気なんて、そもそも持ち合わせてすらいなかった。
 ……やめよう。社畜時代の事を思い出すのは。

「ああ、そうだな。また今日から気合を入れるか!」

 両頬をパンッと叩き、気合を入れ直す。

「わっ。気合十分ですね、カイトさん」
「もちろん。アルクの護衛まで残り二週間ぐらいだし、それまでは果ての洞窟探索を楽しまないとな」

 冒険を楽しむなんて不謹慎なのかもしれないが、楽しいと感じるのだから仕方がない。

「あと二週間か。そういえば、アレも丁度その頃開催される筈だったな」
「アレ?」
「カイトさん、アレと言えば勇者歓迎パレードの事ですよ。確か前に話しましたよね?」
「あ、ああ、アレね! そういえばそうだったな!」

 マリーに言われ、俺は二週間前の事を思い出した。
 確かにアルクの護衛を引き受けるって言われた時に話してたな。すっかり忘れてた。

「噂だと結構派手にやるみたいだし、折角ならパレードが開催されてる間は王都に滞在するのもいいな」
「賛成! 折角のお祭りなら、楽しまないとね! 果ての洞窟探索はいつでも出来るけど、お祭りはその時だけなんだし!」

 フーリの問いかけに、マリーが二つ返事で返していた。
 パレードかぁ。マリーの口振りからして、多分日本のお祭りみたいな感じなんだろうな。

 折角王都に行くんだし、観光も兼ねて祭りを楽しむのも悪くないか。いや、むしろ良い。もしあるなら、出店なんかも回りたい。

「俺も賛成だ。果ての洞窟は逃げないんだし、その時はパレードを楽しもう。召喚勇者っていうのも、ちょっと気になるし」
「あ、そうですね。召喚勇者はカイトさんと同じ異世界人なんですし、やっぱり気になりますよね?」
「ああ、そうだな」

 その召喚勇者というのが、はたして俺と同じ世界出身なのかとか。もし同郷なら、同じ時代、同じ国から召喚されたのかとか、気になる事はいくつもある。

 もしも実際に会って話が出来るなら聞いてみたいが、まあそう簡単に話なんて出来ないだろう。

 なんせ相手は勇者様だ。ただの冒険者でしかない俺が話なんて、そうそう出来る筈もない。

「シッ。二人共、静かに」

 そんな事を考えている時だった。
 前方を歩いていたフーリが、不意に立ち止まり、俺達を片手で制し、ストップをかける。

「魔物か?」
「ああ。あそこだが、見えるか?」

 フーリが前方の木の上を指差していたので、一応目に魔力を集中して、その先を見てみると。

 そこにいたのは、一匹の猫だった。

 小学生ぐらいの子供とあまり変わらないぐらいの大きさで、二本足で立っているという事実を除けば、とても可愛らしい猫だ。

 それを確認した瞬間、気が付いたら、俺はその場から飛び出していた。
 気配探知を使い、周囲に他の魔物の気配が無い事を確認し、魔力を集中した目で周りを確認し、危険が無い事まで確認した上で。

 自分でも驚くぐらいスムーズに索敵が出来たと思う。それぐらい、早くその魔物に近づきたかった。だって、それは……。

「ねこちゃあぁぁぁぁん!」
「「ええぇぇぇぇ!?」」

 後ろから二人の叫び声が聞こえてきたが、そんな事は気にしていられない。かわいい猫がそこにいるのだから!

 跳躍スキルを使って踏み出した一歩で、一気にトップスピードまで持って行き、更に人間ロケットで加速する。
 この間僅か一秒程。

 一瞬で目の前に現れた俺に、猫ちゃんは驚いている様だったが、今は気にしていられない。
 すぐさま両手でその子を抱き上げ、そのまま停止。お腹を天に向けて寝転がし、そこに顔を埋める。

「はぁ。モフモフさいっこう!」

 顔を左右に動かし、その毛並みを存分に味わう。

「ギニャァァァァ!?」

 猫ちゃんから悲鳴にも似た鳴き声が聞こえてくるが、そんなもので今の俺を止める事は出来ない!

「ちょ、カイトさん!」
「相手は魔物だぞ! 目を覚ませカイト君!」

 すぐに俺を追って来たのであろう二人が、俺を猫ちゃんから引き離そうとして、冒頭へと戻るのである。
 猫ちゃんのモフモフには勝てなかったよ。

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