見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

四話

「大丈夫ですか! 生きてますか!」
「……う、ん」

 俺はもう一度呼びかけながら女の子の近くにしゃがみ、軽く体を揺すってみた。だが、女の子の反応は薄い。

 一応揺すった時に小さな呻き声をあげていたので、生きてはいるみたいだけど。
 見た所、足首が少し腫れている以外は特にケガもしていないみたいだ。
 さて、どうしたものか。

 流石にこのままここに置いて行く訳にもいかないし。かといって、俺には人を一人背負って長距離を歩く程の力も体力もない。すぐ近くに人里があるなら話は別だが。

 ……仕方ない。この娘が目を覚ますまで、ここにいるしかないか。それに初めて出会った人間の、しかもかわいい女の子だ。

 薄く青みがかった、ふわっとしたロングヘアー。童顔と言って差し支えない顔立ち。胸は……あまりある方ではないようだ。

 白と水色のワンピースの様な服を着ている姿は「美人の女性」というより「かわいい女の子」と言った方がしっくりくる。

 個人的にはかなりタイプではあるが……って、何を考えてるんだ俺は。
 いや、決してやましい気持ちがある訳じゃないですよ? 本当ですよ?
 と、一人で若干いい訳染みた事を考えていると、また「ぐぅ~」と腹の虫が鳴く。

「そうだった。腹が減ってるんだった」

 異世界に来て初めて見つけた女の子に気を取られ、空腹なのを忘れていた。
 とりあえず、近くに食べ物が無いか探してみるか。まだ火は起こせないから、果物なんかがあると助かるんだけど。

 そんな事を考えながら立ち上がった、その時。

 パキッ

 と、小枝でも踏み折ったかの様な物音が聞こえた。
 何気なく音がした方に視線を向けてみると、そこには全身緑色の、小柄な鬼の様な生き物が立っていた。

「な、なんだアレ?」

 慌ててしゃがんで岩陰に身を潜め、アレに向かって鑑定をかけてみた。すると。

「ゴブリン(特殊個体):魔物 オス スキル:身体強化 気配探知」

 と出てきた。
 ついに出たか、魔物。しかも名前に「特殊個体」と書かれている。

 異世界で初めて遭遇した魔物が特殊個体とか、運が良いのか悪いのか。いや、考えるまでもなく悪いな。
 俺はまだこの世界の事について何も知らないが、少なくともアレが普通じゃない事ぐらいは分かる。

 じゃないと、わざわざ「特殊個体」とはつかないだろう。念の為、ストレージから棍棒を取り出して右手に握る。

 こっちに気付かず、立ち去ってくれればそれでいい。幸いこの岩陰は、向こうからは死角になっているみたいで、こっちに気付いている様子はない。

「よし、いいぞ。そのまま気付くなよ。気付くな、気付くな」

 俺は無意識にぶつぶつ呟いていた。
 が、俺はさっきゴブリンにかけた鑑定結果を思い出し、とんでもない勘違いをしている事に気が付いた。

 そう。あのゴブリンは「気配探知」というスキルを持っていた筈だ。名前からして、周囲の気配を探るスキルといった所だろう。

 となれば、俺がここに潜んでいるのがバレるのも時間の問題という事だ。
 くそ、いっそ先手必勝で先に仕掛けるか? だが、失敗したらどうする? 俺は今まで戦闘なんてした事がないんだぞ。そう上手くいく筈がない。じゃあどうする?

 様々な思考が脳内を駆け巡る。と、その時だった。

「ゲギャギャギャ」
「!」

 俺がどうするべきか迷っていると、突然ゴブリンがこっちに視線を向け、面白そうにケタケタと笑い始めた。どうやら最悪の事態に陥ってしまった様だ。
 その目はまるで、獲物を見つけた狩人。狩人はゴブリン。獲物は俺ってか?

「くそ!」

 慌てて岩陰から飛び出すと、ゴブリンも俺の動きに合わせる様に正面に移動し、俺とゴブリンは正面から向かい合う形で対峙した。
 両手に棍棒を握りしめ、中腰姿勢を取る。

 俺の背後には、未だに気を失ったままの女の子がいる。今ここで女の子を放って逃げれば、ゴブリンはこの娘に気を取られて、俺を見逃してくれるかもしれない。

 だが、そんな事をしようなどという考えは、俺の中には微塵もなかった。仮にそれで助かったとしても、そんな事をしたら絶対に一生後悔する。そんなのはごめんだ。

「う、うおぉぉぉぉ!」

 震える体を鼓舞する様に叫び、俺は棍棒を構えたままゴブリン目掛けて走り出した。戦闘経験? さっきも言ったがそんなもんねえよ。様子見なんて器用な事、出来る筈もない。弱者が強者にそんな事したって、殺されるだけだ。

 ただがむしゃらに突っ込む。俺に出来る事なんてそれだけ。
 ゴブリンの目の前に来たら、後はとにかく棍棒を振り回す。

 上から、横から。時には振り上げ、時には突いて。ただひたすらに振り回した。型なんて物は知らない。上手い力の乗せ方も知らない。
 ただ殴る。とにかく殴る。ひたすら殴る。殴り続ける。

 だがその全てを、ゴブリンは時に躱し、防ぎ、受け流してくる。そのせいで、俺は全くダメージを与えられない。

 そうしている間にも俺の体力はどんどん消耗していき、息が上がり、あっという間にスタミナ切れに陥った。

「ゲギャッ!」
「――!?」

 俺の攻撃の手が鈍ってきたのを感じ取ったのか、今まで防戦に徹していたゴブリンは、ここで初めて反撃に出てきた。
 小細工も何もない、ただのタックル。

 反射的に棍棒を盾代わりにして何とか直撃は避ける事が出来た。だが、そのあまりの威力に、俺は堪らず吹っ飛ばされ、地面を数度転がり、近くの大木に背中から打ち付けられた。

「かはっ!」

 肺の中の空気が強制的に吐き出される。そのあまりの衝撃に、俺は一瞬呼吸困難に陥ってしまった。
 全身が痛い。「どこが」とか、そんな事も分からないぐらいに。
 だが、幸いにして腕は動くみたいだ。

 俺は急いでポーションを取り出し、それを一気に飲み干す。途中むせそうになったが、無理やり流し込んだ。
 すると、体から何かが抜けるみたいに「スーッ」と全身の痛みが引いていった。

 そのおかげで、少しずつ思考が回る様になってきた。
 たかが正面からのタックル。ただそれだけの攻撃が、ここまでの威力だなんて。一体どんな身体能力してんだ?

「あっ」

 そこで、自分が戦闘中に致命的な隙を晒しているのに気が付いた。
 不味いと思い、慌てて立ち上がりゴブリンを見ると、ゴブリンは特に追撃してくる事も無く、こっちを見て愉し気に笑っていた。

 なんてことはない。俺は必死に戦っていたつもりだったが、向こうはただ遊んでいただけだったのだ。
 力の差がありすぎる。どうする? どうすればこの状況を打破出来る?

 このままだと、俺は……俺はあのゴブリンに殺されるのか? こんな簡単に?
 ゴブリンがゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。俺は衝動的に一歩後退る。だが、足に上手く力が入らず、尻餅をついてしまった。

 それを見てゲラゲラと笑うゴブリン。
 嫌だ、死にたくない。まだ生きたい!
 何か、何かないのか? この状況を打破する方法は!

「――あ」

 その時、俺の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
 成功するかは分からない。だが、他に良い方法も思いつかない。どの道やらないと死ぬだけだ。なら、やるしかない!

 俺は覚悟を決め、ストレージ画面を開いた。
 ストレージを俺の少し先の位置、その上空十メートルぐらいの場所で、下に向けて展開するように念じる。

 ……よし、後はタイミングだけだ。
 ゴブリンが少しずつ俺に近づいてくる。その距離およそ五メートル。四……三……今だ!

 俺はストレージから岩を取り出す……というより射出する。さっき収納しておいた岩だ。上空で射出された岩は、重力に従って落下してくる。

 地上十メートルから落下してくる岩。
 足元に不意に出来た影を怪訝に思ったのか、ゴブリンが空を見上げ、そして目を見開く。
 ゴブリンが空を見上げるのと、岩がゴブリンにぶつかるのは、ほぼ同時だった。

「ゲ!?」

 ゴブリンは慌ててその場から逃げようとしたみたいだったが。流石に間に合わなかったらしい。

 ドゴォッ!

 という轟音と共に、ゴブリンは空から降ってくる岩に成す術なく圧し潰された。

「……はぁー。良かった、上手くいって」

 俺は自分の作戦が上手くいった事に心の底から安堵し、ため息を吐いた。
 正直賭けだった。ストレージが手の届かない位置にあるのに、本当に物を取り出せるのか、という。

 成功したから良かったものの、もし失敗していたら、死んでいたのは俺の方だっただろう。ストレージ様々だ。

「ほ、本当に死んでるよな、コレ?」

 岩からはゴブリンの片腕だけが出ており、他は全て岩の下敷きになっている。岩の周りはゴブリンの血で赤黒く染まっており、尋常じゃない量の出血だと分かる。
 これでは流石にゴブリンも生きていないだろう。

 念の為、俺は岩に近づき、棍棒でゴブリンの腕を突いてみたが、その腕は突いた瞬間コロンと転がったが、岩の下からは何の反応もない。

 一応ゴブリンの腕をストレージに収納できるか試してみたら、問題なく収納出来た。
 画面には「ゴブリンの腕(上)」と出ていた。

「上? 特殊個体だったからか?」


 通常個体なら(上)とかは付かないのだろうか?
 そんな事を考えながらゴブリンを潰した岩に触れ、ストレージに収納した。
 今回はこの岩のおかげで本当に命を救われた。

 また似たような状況になるかもしれないし、岩はいくつかストックしておきたい所だ。
 岩を収納し終えると、そこにはポッカリと穴が空いていた。中には、ぺしゃんこになったゴブリンの姿があった。

 うわぁ、似た様なの見た事あるな。あれは間違いなく死んでるわ。
 グロいなと思いながら穴の中を覗いていると。

「うん? あれは何だ?」

 穴の中に赤黒い結晶の様な石と、小さな丸いビー玉の様な物が落ちている事に気付いた。

 試しに鑑定をかけてみると「ゴブリン(特殊個体)の魔石:ゴブリン(特殊個体)の魔力を帯びた魔石」「ゴブリン(特殊個体)の魔核:ゴブリン(特殊個体)の魔力を強く帯びた核」と出てきた。魔石に魔核? 知らない単語だ。

 俺は穴の淵から身を乗り出し、手を伸ばしてみる。するとギリギリ手が届いた。
 二つを手に取り、しばらく眺めてみたが特に何も起きない。

「とりあえずこのまま眺めていても仕方がないし、ストレージに収納しておくか」

 もしかしたらまたコマンドが増えるかもしれないし。
 そう思いストレージに入れてみて確認すると、またもやコマンドが増えていた。増えていたんだが……これどういう事?

 新しく増えたコマンド。それは「スキル抽出」という物だった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品