あの日

僕ちゃん

八話 あの女

 「パンッ」

 私の頬がじんわり赤くなった。あの女は怒っている様子ではなかったが気が高ぶっているということは分かった。

「本当に心配かけて、学校から電話が掛かってきたと思ったら次は病室よ。警察にもお世話になって......」

 あの女の顔は本当に疲れているように見えた。それから私が倒れて気を失っていたこと、瑛太君達がすぐに病院に掛け合ってくれたから助かったこと。瑛太君達はさっきまでここにいたが、学校の先生達についさっき連れていかれたということをあの女が教えてくれた。

 私はまず満月達が無事ということにとても安心した。そのあとあの女に私は 「ありがとう」 と伝えた。今までも感謝したことは何度もあったが自分の気持ちをちゃんと言葉で伝えたのは初めてだった。

 あの女は一瞬だけ顔を崩したが

「じゃあ 帰りましょ」

 そう言って後ろを向いた。私も別に病気というわけじゃなかったのですぐにあの女のあとを追った。外に出ると潮の匂いがいっぱいした。

 帰りの車の中で海をぼんやり眺めていたら 

「ザッバァァーーン」

 とても大きな魚が海を飛んでいた。私には海が私にバイバイを言っているように感じた。私もすぐに心のなかで「また来るよ」と返した。すると不思議にもその大きな魚が笑ったように私には見えた。その笑顔はどこかふわふわな生物とかぶって見えた。

 やがて海が見えなくなってきたが、それでも私はずっと窓の外をボーっと眺めながら今日のことを振り返っていた。特に真っ白な世界での出来事を。私と私の前世の記憶を持った者のとは誰なのかということを。そして成人したらすぐに死んてしまうんだということも。これに関しては成人なんてまだまだ先だと思っていた私にとっては対して気になるものではなかった。

「ついたわよ」

 気付いたらもう家についていた。病院から家まで二時間強ぐらいだったが、その間私とあの女の間に会話は一つもなかった。家に帰ると父がもう家に帰って来ていた。

「薺 お前ちょっと背伸びたな?」

 そう言って父は私の頭にポンッ と手をおいた。そこから手をグシャグシャと左右にゆらす。いつもは嫌だったが今日の私にはなんだか悪い気がしなかった。そして後で身長を計ったら三センチも身長が伸びていた。

 それから父は学校を抜け出したことは怒ったが、海まで行ったことは誉めてくれた。それも怒られると思っていた私はビックリしたが改めて凄いことをしたんだと実感し、誇らしい気分になった。

 私はその興奮が覚めないうちに布団へと向かった。もちろん眠れるわけがなかったが、目だけはちゃんと閉めていた。最初のうちはまた、来世の私が誰になっているのか、そして今何をしているのかを考えていたが、段々まぶたがおもくなってくると今度は満月や桜、皆との今日一日について考えるようになっていた。

「コッケコッコォーー」

 私の家で飼っている鶏のコッコの鳴き声で目が覚める。私はいつのまにか眠ってしまっていたのだ。まだ太陽が出たばかりだったが日差しが強く梅雨のなかでは特段天気の良い朝だった。

 すぐに井戸に水を汲みにいき顔を洗う。ここまでは毎日の日課だったが今日からは違う。

「来世の自分まってろよぉーーー」

 決意表明に大声で叫んでもう一度顔を洗う。とても冷たいがその冷たさが私は大好きだった。

 それからもろもろの準備をして学校へと向かった。もちろん虫眼鏡を持って。気持ちはシャーロック・ホームズだった。

 「おはよー」

 またいつもの場所で四人集合して学校へと向かう。

「薺 もう大丈夫なの? 本当に心配したんだから」

 桜は本当に心配してくれているようだった。でも私もやっぱり男の子だったので気絶したなんて記憶すぐに忘れてもらいたかった。元気とばかりに腕をグルグル大きく回す。これだけで皆安心してくれたのかすぐに私の体調の話は流れて行った。

「お前らいいか 海に行ったことはもう先生達にばれてしまったけど、俺たちが警察に追われたってことはぜっったい内緒な」

 瑛太は人差し指を唇に当てる。やっぱりどうしても五人だけの秘密が欲しかったらしい。

「誰にも言ってないだろうな?」

 瑛太がさらに念を押す。私はもちろん言っていなかったし、他の皆もすぐに首を縦にふった。

 瑛太は満足そうに腕を組んでとても嬉しそうに真っ白な歯を見せた。

 そうこうしているうちに学校が見えてきた。私は昨日黒板に悪口が書かれていたことを思い出して少し不安になったがその気持ちはすぐにどっかに行ってしまった。教室に行くとすぐに謝りに来てくれたからだ。

 小学生は単純だった。昨日まで悪口を言っても良いと認識されていたのに、学校を抜け出してしかも海に行くなんて偉業を成し遂げた私達は一躍ヒーローみたいな扱いを受けるようになっていた。

 私達が自分の席に着くと何人もの生徒が机の回りに集まってきたがやっぱり悪い気分はせず、とても心地よいものだった。

「人気者たちーーちょっと来なさいー」

 先生に呼び出されたが、人気者達という呼び名がとても良い呼び名に思えて思わず頬が緩んだ。

 しかし私達はこっぴどく怒られた。本当に容赦なく。やっぱり学校を抜け出すなんてヒーローでも何でもない、ただの悪いことだ。私はそう思った。先生達はまさか私達が海に向かっているとは思わず、ずっと歩き回り私達を探してくれていたらしい。確かに先生達の顔はひどく疲れているように見えた。そう昨日のあの女の顔のように。あの女も私を探してくれたのかな?そんなことが脳裏に軽くよぎった。

「うんっ?」

 昨日のあの女?私は大変なことに気付いてしまった。すぐに皆にもう一度確認する。

「皆 本当に警察のこと誰にも言ってないんだよな?」

 皆すぐに首を縦に振る。私はそれからずっと上の空だった。ずっとあの女のことを考えていた。早く家に帰ってあの女を問いただしたい。それだけを考えて授業を受けていたので、内容なんて一つも入って来なかった。

「キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン」

 チャイムと同時に私はダッシュで家へと向かった。本当にダッシュだ。体力のことなんて何も考えなかった。

「ハァハァ ハァハァ」

 家が見えてきた。後もうちょっとだ。

「あら、薺そんな急いでどしたの?」

 声の主はあの女だった・・・・


 

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