あの日

僕ちゃん

六話 6月の海

 6月らしい黒い雲の多い日だったが、私たちには十分だった。どこまでも続いているのにどこまでもは見えない海。私達はそのでかさにただ見とれていた。

 「この海どこまで続いてるのかな」

 村から出たことのなかった私達には考えることもできなかった。

「大人になったらあそこまで五人で探検しに行こうよ」

 桜は海のずッッと奥を指差した。山で育った私達には地平線なんて言葉はしらなかった。

「ダメだよ じいちゃんの話だとあそこまで行ったらこの世界から落ちてしまうらしいよ」

 満月だった。満月にとって祖父の言葉は絶対的に信じることができるものだった。

「だから俺らが見に行くんだろ」

 瑛太がすかさずフォローを入れる。今思えば瑛太は転校する前に先の約束がどうしても欲しかったのだと思う。

 私達はそれから思い思いに海を楽しんだ。私達は初めは引いたり戻ったりする水を不気味に思っていたが、瑛太が水の動きにあわせて行ったり来たりを繰り返すのを見てすぐに皆、キャッキャキャッキャと遊びだした。

 水に入らなくてもあの時の私達には十分楽しかった。だがすぐに

「うわっ」

 やっぱり福太だった。急に強くなった波から逃げ切ることができなかった福太はズボンがビショビショになってしまっていた。

「うわぁーー おねしょだ」

 福太を除いた四人はケラケラ笑う。まだ小学生の私達には笑わないなんてことは無理だった。 

「皆やめでぇよぉーー」

 福太が手で水をかけてくる。だが福太だ。筋肉のお化けだ。たかが子供の遊びだが、福太だ。

「ザッバーーン」

 私達の身長を優に越えた波がおきる。やっぱり福太だ。

「うわっ しょぺえぇー」

 私達は服までずぶ濡れになった。結局私達は服が乾くまでの間スッポンポンで六月の海を楽しんだ。海から出た後はとても寒かったが不思議なことに遊んでるときは誰も寒さなんて感じていなかった。

 海から出た私達は急に体が重くなり、全員で座り込んで会話を楽しんだ。

「そいえばさぁ なんで海に来たんだっけ?」

 全員で顔を見合わせた。私達は海に来た理由なんて忘れてしまっていた。今度は五人でケラケラ笑う。

「あっあれだよ海に叫びに来たんだよ」

 満月だった。ここで私の名前を出さなかったのは彼なりの配慮だったのか、本当に忘れてしまっていたのかは分からなかったが、私には満月の言い回しが嬉しかった。

「じゃあさ皆で叫ぼうぜ 男気じゃん拳ジャーンケーンポーン」

 今度は福太の一人勝ちだった。福太の顔はとても嬉しそうだった。
 
 「男気だから福太からな」

 福太はやっと気付いたような顔をしたがすぐに息を吸い始めた。福太の大きな体がさらに膨らむ。私達四人はパンクするのではないかと内心アセアセしていた。空気が入るところまではいると

「「おでぇーーはぁーーーケーキ屋さんになりでぇーーーーー」」

 福太の意外な夢に私達はビックリしたが、福太のやりきったぞって感じの顔を見た私達は「なれるぞ」とか「頑張れ」とか当たり前のことしかいえなかった。しかし福太はとてもやる気に道溢れた顔をしていた。しかし私にはやっぱりケーキを食べる福太の姿しか想像することができなかった。

 「「私はーー中学生のーー源太くんのぉーーーーおよめさんにぃーーなりたーーい」」

 ただ年上に憧れる年頃だったのかもしれないが、私と満月だけは自分の心のモヤモヤを押さえることができなくなった。この気持ちがなになのか分からなかったが、私と満月が桜を意識し始めたはこの時期からだった。

 次は私の番だった。私も将来の夢を言おうかと思ったが、ここで逃げるは違うと思い結局

「「ぼ 僕は本当に生まれる前の記憶があるのにぃーーー なんで なんで誰も信じてくれないんだよぉーーー 僕は嘘なんてぜっったいにつかないのにぃーー  」」

 今まで忘れていたが、思い出すと一気に辛くなってしまい、つい長くなってしまった。だが自分の心をそのままさらけ出したおかげかとても心が軽くなった。

 気付いたら四人の小さな手が私の背中にそっとのせられていた。誰も信じているとは言わなかったが私にはそれで十分だった。

 私のおかげで心をさらけ出しやすくなったのか瑛太も

「「俺が転校しても絶対忘れないでくれよ お 俺はそれが一番こわいんだぁーーー 中学になって皆新しい友達ができたら今日の楽しかったことも忘れるかもしれない。俺達はいっっしょう友達だぞおおおおおおぉぉぉぉーーー」」
 
 瑛太はずっと私達のリーダーだったが精神はまだまだ子供だった、眠れない夜もあるし、不安になることだってある。瑛太は転校が決まってからずっと不安だったのかもしれない。その証拠に瑛太の肩は軽く震えていた。

「「あたりまぇだぁーーーー」」

「「大人になっても忘れるわけなんてねぇーーーだろぉーーーー」」

 皆好き勝手に叫び出した。この時の私達は本当に一生このままだと信じていた。

「「ありがどおおおおぉぉぉーーー」」

 そういって振り返った瑛太は笑顔だったが目には涙がたまっていた。ツー 涙が一筋瑛太の頬を伝った。瑛太はまだ少し震えていた。

 最後は満月の番だった。

「「俺も実はぁーーーー生まれる前の記憶がありまぁーーーす。黙っててごめーーん。皆これからもよろしくぅーーーー」」

 私は本当に嬉しかった。私だけでなく他にも仲間がいたと言うことが。でも後でよくよく話を聞くと滑り台でこの世界に来たとか私の記憶と違うことを言っていたのですぐに嘘だと気付いた。そう優しい嘘だと。満月も本音をぶつけたかったかも知れないのに私を一人にしないためと瑛太を安心させるためにあんなことを行ったんだと思う。私はもう生まれる前の記憶を信じてくれなくても何とも思わなくなっていた。

 全員が叫び終わった後皆はもう一度海に足をつけに行ったが、私と満月は残った。遠くで眺める海の景色も好きだったからだ。

 「海ってお腹の中みたいだよな?」

満月が話しかけてきた。

「地球が生まれた時は海しか存在しなくて、そこから長い時間かけてたくさんの生物が生まれて、そこから人間も生まれた。そこから人間の時代が始まり、俺達が生まれたんだろ。それまでに何億という生物が死んでいるその魂とかってどこ行くのかな?天国かな?そしたら今ごろきっと混み混みだよ。俺は海に戻ってるんじゃないかと思ってるんだ。海の中って温かくて広くてまるでお腹の中みたいだよ」

 満月の話はながかったが不思議と考えさせられるところがあった。私と一緒に真っ白の世界にいた赤ちゃん達が仮に一世代分だとしてもとてつもない数の赤ちゃん達がいた。それが数世代分となったらもう収集がつかなくなってしまうと思った。

 私は目をつぶってゆっくり考えた。でも思考がどんどん加速するだけで思考が落ち着く気配は一向になかった。もうだめだと思った私は考えるのをやめて目を開けた。

「えっ」

 そこは懐かしい場所だった。やはり私は嘘なんてついていなかった。私はまた真っ白の世界に戻って来ていた。赤ちゃんの姿に戻って・・・

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