誘惑の延長線上、君を囲う。
新たな居場所【3】
「良かったら食べて。今日は車で出勤するから、一緒に行こう」
私は思わずコクンと首を縦に振り、頷いた。買い置きしてあったバターロールもテーブルに置かれ、「いただきます」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で言ってから、食事を始めた。
日下部君の言う通り、見た目も中身もカリカリだったベーコン。目玉焼きは半熟加減がちょうど良い。日下部君は依然としてコーヒーだけかと思えば、主食は食べずにオカズだけを食べている。
日下部君は泣き腫らした私の目を見ても、何も言わない。明らかに腫れぼったいのにな。黙々と食べていて、会話はない。
「出張の許可証、明日までだから。提出忘れないように」
先に食べ終わった日下部君は食器を片付けながら、私に背を向けて語りかける。出張内容などはメールに添付してあったものを確認したが、許可証を返送してなかった。今まで忘れた事も提出期限がギリギリになる事も無かったのに、どうかしている。
「そうだ!昨日、同級生の田中から電話があったんだけど、正月に同級会をやらないか?って。街中でたまたま担任の安東先生に会ったらしく、その時に話が出たらしい。琴葉のとこにも誰かから連絡が来るだろうけど、一応、知らせておく」
「……うん、分かった」
先程の返事をする前に日下部君から意外な話が飛び出した。まだ誰からも連絡は来てない。同級会か……。行きたい気もするが、日下部君との関係性をどうにかしてからだな。
「瞼、腫れぼったいな」
日下部君の姿をなるべく視野に入れないように俯き加減で食べていたら、そっと手を伸ばされ、瞼に指が触れた。こんな時にでも、胸が高まってしまう。ドキドキしたくないのに、好きだって感情を無くしたいのに。
「支度が出来たら車で行くぞ」
私が目を合わせずにずっと下を向いていた。何かしらの会話をするのが辛い。日下部君はスーツのジャケットを羽織ると自分の部屋へと消えた。
「はぁっ……」と深い溜め息をつき、日下部君が入れてくれたコーヒーを飲み干す。日下部君の入れてくれるコーヒーは常に濃いめで苦さが勝つ。けれども、そのコーヒーに砂糖と牛乳を入れて甘ったるくして飲むのが好き。苦くて甘いだなんて、まるで日下部君みたいだな。
別れを告げると言う事は、この苦味のあるコーヒーも飲めないし、車の助手席にも乗れないし、二人きりでは食事も出来ない。そして、先程みたいに日下部君は自分のモノみたいに私には触れない。
再会してからの当たり前の生活がリセットされ、以前の私一人の生活に戻る。
大丈夫、きっと……大丈夫だよ、私なら。先を考えてしまうと涙が溢れそうになるが、じっと我慢する。
私も食器を片付けて、支度をした。支度が終わる頃、タイミング良くリビングに現れた日下部君。
「支度出来たか?」
私はゆっくりと頷く。その他はお互いに何も話さずに車に乗り込む。
「もうすぐクリスマスだな……。クリスマスはどうする?」
職場までの道のりはほぼ会話が無かったのだが、信号待ちの時にクリスマスの装飾を見て日下部君が突然言い出した。
どうする?とは……?
「琴葉の予定はある?友達とクリスマスパーティーとかするの?」
何故、そこは友達限定なの?
「パーティーはしない。……イブか当日のどちらかは出かけるかもしれないけど」
「そうか、予定分かったら教えて。クリスマスはどこかに行こう。イブは金曜だし、当日は土曜になるから」
日下部君に『前の職場の人に告白された』と伝えたのに、何にも気にしてないのか、クリスマスの誘いをしてくる。私が伊能さんとお付き合いしないと思ってる?日下部君が誘えば、私はホイホイ着いていくと思ってる?
日下部君は好きだって言ってくれないくせに、ズルいよ。
「い、行けない。……というか、行かない。私には私の用事があるし、日下部君も他の女の子と一緒にい、」
『他の女の子と一緒に行ったら?』と言おうとしたが、途中で言葉を遮られた。
「……分かった。俺よりも、告白された奴を選ぶならそれでも構わない。但し、俺にも会わせろ。俺が駄目だと判断したら、即、琴葉を連れて帰る」
いつもよりも沈んだ様な暗めの低い声で、日下部君は私に向かって言い放った。
「な、何なの?それ?」
「俺は本気で琴葉に嫁に来て欲しいとずっと考えていた。だけど、今更、そんな奴が現れるなんて思いもしなかった。琴葉が本気でそっちの男を選ぶと言うなら止めないが、俺が原因ならば精一杯努力して離さないつもりだ。……これは、昨日、夜中に考えた事」
「な、何、勝手な事を……!」
「だから、とにかく男に会わせて欲しい。琴葉を守れなさそうなら認めないからな!」
勝手な日下部君に腹が立つ!伊能さんは誠実で優しい人なんだってば!日下部君みたいに『好き』と言ってくれない人じゃない。真っ直ぐに気持ちも伝えてくれるし、回りくどくもない。私はストレートに気持ちを伝えてくれて、愛してくれる人が良いの。
日下部君が好きかどうかも分からなくて、秋葉さんの穴埋めかもしれない私なんて、もう疲れたの。
「バッカじゃないの!人の気持ちも知らないで!勝手な事ばかり言わないでよね!く、クリスマスは伊能さんと過ごすから!」
バンッ!赤信号で止まった時に車から降りた。丁度良く、タクシーが空車だったので飛び乗る。
あーぁ、情緒不安定。日下部君に初めて酷い言葉を浴びせてしまったかも?でも、仕方ないよね。泣いてばかりは居られないから、今までの鬱憤晴らしてやる!
私は思わずコクンと首を縦に振り、頷いた。買い置きしてあったバターロールもテーブルに置かれ、「いただきます」と聞こえるか聞こえないかの小さな声で言ってから、食事を始めた。
日下部君の言う通り、見た目も中身もカリカリだったベーコン。目玉焼きは半熟加減がちょうど良い。日下部君は依然としてコーヒーだけかと思えば、主食は食べずにオカズだけを食べている。
日下部君は泣き腫らした私の目を見ても、何も言わない。明らかに腫れぼったいのにな。黙々と食べていて、会話はない。
「出張の許可証、明日までだから。提出忘れないように」
先に食べ終わった日下部君は食器を片付けながら、私に背を向けて語りかける。出張内容などはメールに添付してあったものを確認したが、許可証を返送してなかった。今まで忘れた事も提出期限がギリギリになる事も無かったのに、どうかしている。
「そうだ!昨日、同級生の田中から電話があったんだけど、正月に同級会をやらないか?って。街中でたまたま担任の安東先生に会ったらしく、その時に話が出たらしい。琴葉のとこにも誰かから連絡が来るだろうけど、一応、知らせておく」
「……うん、分かった」
先程の返事をする前に日下部君から意外な話が飛び出した。まだ誰からも連絡は来てない。同級会か……。行きたい気もするが、日下部君との関係性をどうにかしてからだな。
「瞼、腫れぼったいな」
日下部君の姿をなるべく視野に入れないように俯き加減で食べていたら、そっと手を伸ばされ、瞼に指が触れた。こんな時にでも、胸が高まってしまう。ドキドキしたくないのに、好きだって感情を無くしたいのに。
「支度が出来たら車で行くぞ」
私が目を合わせずにずっと下を向いていた。何かしらの会話をするのが辛い。日下部君はスーツのジャケットを羽織ると自分の部屋へと消えた。
「はぁっ……」と深い溜め息をつき、日下部君が入れてくれたコーヒーを飲み干す。日下部君の入れてくれるコーヒーは常に濃いめで苦さが勝つ。けれども、そのコーヒーに砂糖と牛乳を入れて甘ったるくして飲むのが好き。苦くて甘いだなんて、まるで日下部君みたいだな。
別れを告げると言う事は、この苦味のあるコーヒーも飲めないし、車の助手席にも乗れないし、二人きりでは食事も出来ない。そして、先程みたいに日下部君は自分のモノみたいに私には触れない。
再会してからの当たり前の生活がリセットされ、以前の私一人の生活に戻る。
大丈夫、きっと……大丈夫だよ、私なら。先を考えてしまうと涙が溢れそうになるが、じっと我慢する。
私も食器を片付けて、支度をした。支度が終わる頃、タイミング良くリビングに現れた日下部君。
「支度出来たか?」
私はゆっくりと頷く。その他はお互いに何も話さずに車に乗り込む。
「もうすぐクリスマスだな……。クリスマスはどうする?」
職場までの道のりはほぼ会話が無かったのだが、信号待ちの時にクリスマスの装飾を見て日下部君が突然言い出した。
どうする?とは……?
「琴葉の予定はある?友達とクリスマスパーティーとかするの?」
何故、そこは友達限定なの?
「パーティーはしない。……イブか当日のどちらかは出かけるかもしれないけど」
「そうか、予定分かったら教えて。クリスマスはどこかに行こう。イブは金曜だし、当日は土曜になるから」
日下部君に『前の職場の人に告白された』と伝えたのに、何にも気にしてないのか、クリスマスの誘いをしてくる。私が伊能さんとお付き合いしないと思ってる?日下部君が誘えば、私はホイホイ着いていくと思ってる?
日下部君は好きだって言ってくれないくせに、ズルいよ。
「い、行けない。……というか、行かない。私には私の用事があるし、日下部君も他の女の子と一緒にい、」
『他の女の子と一緒に行ったら?』と言おうとしたが、途中で言葉を遮られた。
「……分かった。俺よりも、告白された奴を選ぶならそれでも構わない。但し、俺にも会わせろ。俺が駄目だと判断したら、即、琴葉を連れて帰る」
いつもよりも沈んだ様な暗めの低い声で、日下部君は私に向かって言い放った。
「な、何なの?それ?」
「俺は本気で琴葉に嫁に来て欲しいとずっと考えていた。だけど、今更、そんな奴が現れるなんて思いもしなかった。琴葉が本気でそっちの男を選ぶと言うなら止めないが、俺が原因ならば精一杯努力して離さないつもりだ。……これは、昨日、夜中に考えた事」
「な、何、勝手な事を……!」
「だから、とにかく男に会わせて欲しい。琴葉を守れなさそうなら認めないからな!」
勝手な日下部君に腹が立つ!伊能さんは誠実で優しい人なんだってば!日下部君みたいに『好き』と言ってくれない人じゃない。真っ直ぐに気持ちも伝えてくれるし、回りくどくもない。私はストレートに気持ちを伝えてくれて、愛してくれる人が良いの。
日下部君が好きかどうかも分からなくて、秋葉さんの穴埋めかもしれない私なんて、もう疲れたの。
「バッカじゃないの!人の気持ちも知らないで!勝手な事ばかり言わないでよね!く、クリスマスは伊能さんと過ごすから!」
バンッ!赤信号で止まった時に車から降りた。丁度良く、タクシーが空車だったので飛び乗る。
あーぁ、情緒不安定。日下部君に初めて酷い言葉を浴びせてしまったかも?でも、仕方ないよね。泣いてばかりは居られないから、今までの鬱憤晴らしてやる!
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