話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

新たな居場所【2】

『またね』と言って伊能さんと駅で別れてから、電車の中で考える。離された手の感触が日下部君とは異なる。そんなの当たり前なのに、違いを比較してしまう私がいる。

私の脳裏に侵食している気持ちが消えない限りは、誰と付き合っても上手くはいかないのだろう。……けれども、日下部君を忘れる為には新たな一歩を踏み出す事以外の改善策は無いに等しい。

マンション付近になり、日下部君に『もうすぐ着くよ』とメッセージを送信した。直ぐに既読になった。近くのコンビニで日下部君の夕飯とビールを購入する。重い足取りでマンションの玄関前まで着き、深呼吸してからドアを開けた。

「ただ、いま……」

マンションのドアを開けるなり、待ち構えていたかのように日下部君が立っていた。玄関先に荷物を置いてヒールを脱ぐ。歩き疲れた足が解放感されてリビングに向かおうとした瞬間に、日下部君の腕に絡め取られて身動きが取れなくなった。

「おかえり。遅かったから心配だった。帰って来ないかと思った……!」

ぎゅうっと力強く抱きしめられて、冷え切った身体が少しだけ温まった気がする。

「ちゃんと帰って来るよ。私の居場所はココしか無いんだから」

両手を日下部君の背中に回して、胸板に顔を埋める。何故だか、泣きそうだ。日下部君を失うのが怖い。この温もりを感じる事も出来なくなり、今の生活も失ってしまう事を私は耐えられるだろうか?

離れようって決心したハズなのに失うのが怖い。

「やっぱり、男と会ってたのか?友達となら、いつもは何時には帰るとか送ってくるくせに、何にも連絡が無かったから。それに、前の職場は男ばっかりだから……」

ヤキモチなのか、どうか。ヤキモチだとしても、好きだって一言も言わないし、日下部君はズルイ。

「く、日下部君には関係ないでしょ……!」

腕を振りほどき、無理矢理に身体を離す。

「シャワー、浴びてくる」

日下部君に背中を向けたまま、振り向かずにズカズカと怒ったように力強く歩き出す。

もう、心が限界なんだ。涙腺が決壊し、ボロボロと涙が溢れ出す。生活を共にして、何日かに一度は身体を重ねているのに不安しかない。

「琴葉、……琴葉!」

背後から右腕を捕まれ、そのまま捕獲される。先程よりも力強く抱きしめられ、逃げようとしても身動きが出来ない。泣き顔を見られたくないが、背後からも覗きこめば見えてしまうかもしれない。涙で化粧が落ちて、ぐじゃぐじゃな顔。止めたいのに溢れ出て、止まらない涙。もう、最悪だ。こんな見苦しい私を初めて、日下部君の前でさらけ出してしまった。

「自分で突き放したくせに、何泣いてんだよ?」

日下部君の困り果てた様な、弱々しい声が耳元で聞こえる。吐息が耳にかかり、その後に耳に唇が触れた。耳から首筋にかけて、触れるだけのキスを落とされる。くすぐったくてやめて欲しくて、咄嗟に後ろを振り向きそうになった時、唇を塞がれた。不覚にも息が出来ない程の荒々しいキスに腰が抜けそうになった。

怖い……。これ以上、日下部君に溺れたくない。

「今日、前の職場の先輩に会ったの。久しぶりに会ったんだけど、告白された……。付き合おうか……、迷ってる……」

唇を離された後、少しずつ言葉を絞り出した。日下部君との中途半端な間柄を続けるよりも、伊能さんとの将来を考えた方が幸せなのかもしれない。日下部君と一緒に居ると、どうしても秋葉さんを思い出してしまい、自分自身と比べてしまう。

「琴葉には俺が居るのに?」

日下部君はそう言い残し、私をその場に置き去りにして自分の部屋に消えた。見た事もないような、悲しげな表情だった。身体への脱力感があり、もう何もしたくなかったが気力を振り絞り、シャワーを浴びに行く。終始、泣きながら、シャワーを浴びる。ここならば、いくら泣いても誰にも気付かれない。嗚咽が出る程、泣きじゃくった。

久しぶりに自分の部屋で寝る。陽翔君が泊まりに来た以来だ。

日下部君は何をしてるのかな?寝ようと思い、目を閉じても思い出すのは日下部君の事。今日は、あの時みたいにメッセージは来ない。分かってはいるけれど、切なくて寂しいや。

学生時代みたいに片思いしてただけの方が、精神的にも安定していたと思う。あの時は話せるだけで嬉しくて、舞い上がっていた。……でも今は、純粋な関係ではないから、話すのも辛い。思い出に浸りつつも、現在の関係性に疑問符を投げかける。

このままで良いはずが無い。そう思えば思う程、再び涙が溢れてしまう。

──翌日、案の定、瞼は腫れ上がった。泣きながら寝てしまった様で、頬には涙の後が残っている。目元を冷やしてみたが、腫れは引かず。仕事を休む訳には行かないので、化粧で誤魔化してみる。

やっぱり、駄目か……。多少の誤魔化しは効いたが、完璧には隠せなかった。

「おはよう。目玉焼き焼いてみた。ベーコンがカリカリになった……」

一緒に住んでるので、日下部君に会わない訳にはいかない。朝食をとらずに先に出かけようとしたら、見つかってしまい、リビングに連れて行かれた。朝食は早めに出て、ベーカリーカフェで食べて行こうかな?と思っていたのだけれど……。

カタンッ。日下部君の焼いてくれた目玉焼きとベーコンがのったお皿がテーブルに出された。

「誘惑の延長線上、君を囲う。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く