誘惑の延長線上、君を囲う。
新たな居場所【1】
日下部君との同居を解除するべき、私は賃貸を探していた。職場から程近い所が良いけれど、手頃な相場の賃貸が見つからない。
「今日はごめんなさい、お休みなのに……」
「佐藤さんの頼みならば、直ぐに駆けつけますって!」
目の前の爽やかイケメンは、以前、住宅メーカーで勤務していた時にお世話になっていた営業マンの伊能さん。手頃な相場の賃貸が見つからない為、住宅関連で良い不動産があるかを伊能さんに聞きたくて仕事帰りに待ち合わせをした。本当は伊能さんが休みの日ではなく、別の日にしたかったのだが、仕事上の都合も合わずに今日になった。
「そうそう、佐藤さんが僕に譲ってくれたMさんなんですが、超豪邸を建ててくれる事になったんですよ。お陰様で成績も上場です。本当にありがとうございます!」
「ううん、こちらこそ、感謝してます。伊能さんならば引き継ぎを安心して任せられるって思ってました。ちなみに他の人にはあげたくない好条件の案件だったから伊能さんに引き継ぎ出来て良かった、……てのもあります」
伊能さんは私の仕事上の先輩社員だった方で、優秀な人材そのもの。年齢は私よりも二つ下だけれど、上司や部下、顧客からも信頼が厚い。
「……と言うか、突然辞めてしまって申し訳ありませんでした!ずっと謝りたくて……!今日、直接会ってご挨拶が出来て良かったです」
伊能さんにお世話になったのに、仕事を辞めてからは電話とメールのやり取りだけで済ませてしまい、直接会ったのは今回が初めてだった。
伊能さんが話をしようと口を開いた時にオーダーしていたコーヒーが届いて、口に含んでから私に話しかけた。
「僕も会えて良かったです。久しぶりに会って話せて嬉しいですよ」
伊能さんは少しはにかんだような笑みを浮かべ、後から届いたワンプレートの料理を食べ始める。このカフェはワンプレートが売りで、サラダ、メイン、サイドメニューから、それぞれ好きな物が一品ずつ選べる。伊能さんはメニューの中からオムライスとチキンソテー、シーザーサラダが一緒盛りのワンプレートを選んだ。私はその他は同じで、シーザーサラダではなく、和風サラダにした。
「ここのオムライス美味しいですよね。でも、カフェだから大盛りにしても少ない感じがします」
「まだ食べてないから、私の分を是非どうぞ。ここに乗せちゃっても良いですか?」
「わ、すみません!こんなに頂いたら佐藤さんの分が……」
「良いんです。私は帰ってから、お酒も待ってますんで、良かったら食べて下さいね!」
爽やかイケメンはお酒に弱く、普段から飲まない。私はどちらかと言えば酒豪クラスなので、伊能さんとは職場の飲み会以外ではお酒を交わした事はない。
「ありがとうございます。では、遠慮なく頂きます!佐藤さんはお酒好きですよね。僕は嫌いじゃないんですが、直ぐに酔いが回ってしまうので困ります」
「体質もありますから、仕方ないですよ」
不動産屋以外のたわいもない会話もして、あっという間に二時間が過ぎてしまい、そろそろ帰ろうかと言う事になった。カフェの外に出て、伊能さんと一緒に駅までの道程を歩いて居る時に着信音が鳴る。日下部君だった。メッセージアプリで、『以前の職場の方に会うから今日は遅くなるかも』と仕事終わりに送信しておいたが返信はなく、しばらくしてからの連絡だった。
伊能さんにすみませんと断り、電話に出た。
「今日は遅くなるって言ったでしょ。ご飯食べてないなら、何か買って帰るから」
『いや、そういう事じゃなくて……、前の職場って考えたら男ばっかりだったな、って心配になって電話した』
「別にやましい事は何も無いよ。今、帰ってるから、又ね」
プツッと一方的に電話を切った。
「すみま、」と言いかけた時、伊能さんは私を見て、「彼氏さんですか?」と真剣な眼差しをしながら聞いてきた。電話の声が漏れてて、会話が聞こえたのかもしれない。
「いや、そーゆー関係じゃないんです。同居人です。いや、私が住む所が無くてお世話になってる人です」
彼氏でも無いから、そういう関係性になる。
「そうですか……。もうすぐ、クリスマスですね。佐藤さんはご予定ありますか?」
「予定ですか?特にはありませんけど?」
世間はクリスマスモード。煌びやかな街並みにクリスマスソングが流れている。丁度、横断歩道が青信号待ちになり立ち止まった時に周りを見渡しながら、私の手を取り、伊能さんは言った。
「クリスマスは佐藤さんと過ごしたいな。Mさんの件の連絡をする度にいつも、佐藤さんともっと過ごしたかったな、って思ってたんです。良かったら僕と過ごして貰えませんか……?」
「え……?」
聞き間違えだろうか?伊能さんからクリスマスのお誘いがあった。青信号になり、手を繋いだ形のまま、横断歩道を渡る。伊能さんの冷たい手が私の冷え切った手をじんわりと暖めていく。
「佐藤さんと出会った時は彼女と別れたばかりでした。傷心してた所に癒してくれたのは佐藤さんで、仕事で会える度に舞い上がってました。いつの間にか、好きになってたんですよね!」
私は、こんなにもストレートに告白された事なんてない。照れながらも、気持ちをぶつけられるのは嫌じゃないかも。
「ずっと佐藤さんと、こうして過ごしたかった。今日は勇気を出して、お誘いして良かったです!返事は今日じゃなくて良いです!良い返事だったら嬉しいけど……、良い返事じゃなくても貰えると嬉しいです」
私は、コクンと首を縦に振って頷いた。
まずい、揺らぎそうな自分が居る。伊能さんは誠実だし、きっと私を大切にしてくれると思う。
でも、いつも脳裏に浮かぶのは日下部君だ。完全に囚われていて切り離せない。
「今日はごめんなさい、お休みなのに……」
「佐藤さんの頼みならば、直ぐに駆けつけますって!」
目の前の爽やかイケメンは、以前、住宅メーカーで勤務していた時にお世話になっていた営業マンの伊能さん。手頃な相場の賃貸が見つからない為、住宅関連で良い不動産があるかを伊能さんに聞きたくて仕事帰りに待ち合わせをした。本当は伊能さんが休みの日ではなく、別の日にしたかったのだが、仕事上の都合も合わずに今日になった。
「そうそう、佐藤さんが僕に譲ってくれたMさんなんですが、超豪邸を建ててくれる事になったんですよ。お陰様で成績も上場です。本当にありがとうございます!」
「ううん、こちらこそ、感謝してます。伊能さんならば引き継ぎを安心して任せられるって思ってました。ちなみに他の人にはあげたくない好条件の案件だったから伊能さんに引き継ぎ出来て良かった、……てのもあります」
伊能さんは私の仕事上の先輩社員だった方で、優秀な人材そのもの。年齢は私よりも二つ下だけれど、上司や部下、顧客からも信頼が厚い。
「……と言うか、突然辞めてしまって申し訳ありませんでした!ずっと謝りたくて……!今日、直接会ってご挨拶が出来て良かったです」
伊能さんにお世話になったのに、仕事を辞めてからは電話とメールのやり取りだけで済ませてしまい、直接会ったのは今回が初めてだった。
伊能さんが話をしようと口を開いた時にオーダーしていたコーヒーが届いて、口に含んでから私に話しかけた。
「僕も会えて良かったです。久しぶりに会って話せて嬉しいですよ」
伊能さんは少しはにかんだような笑みを浮かべ、後から届いたワンプレートの料理を食べ始める。このカフェはワンプレートが売りで、サラダ、メイン、サイドメニューから、それぞれ好きな物が一品ずつ選べる。伊能さんはメニューの中からオムライスとチキンソテー、シーザーサラダが一緒盛りのワンプレートを選んだ。私はその他は同じで、シーザーサラダではなく、和風サラダにした。
「ここのオムライス美味しいですよね。でも、カフェだから大盛りにしても少ない感じがします」
「まだ食べてないから、私の分を是非どうぞ。ここに乗せちゃっても良いですか?」
「わ、すみません!こんなに頂いたら佐藤さんの分が……」
「良いんです。私は帰ってから、お酒も待ってますんで、良かったら食べて下さいね!」
爽やかイケメンはお酒に弱く、普段から飲まない。私はどちらかと言えば酒豪クラスなので、伊能さんとは職場の飲み会以外ではお酒を交わした事はない。
「ありがとうございます。では、遠慮なく頂きます!佐藤さんはお酒好きですよね。僕は嫌いじゃないんですが、直ぐに酔いが回ってしまうので困ります」
「体質もありますから、仕方ないですよ」
不動産屋以外のたわいもない会話もして、あっという間に二時間が過ぎてしまい、そろそろ帰ろうかと言う事になった。カフェの外に出て、伊能さんと一緒に駅までの道程を歩いて居る時に着信音が鳴る。日下部君だった。メッセージアプリで、『以前の職場の方に会うから今日は遅くなるかも』と仕事終わりに送信しておいたが返信はなく、しばらくしてからの連絡だった。
伊能さんにすみませんと断り、電話に出た。
「今日は遅くなるって言ったでしょ。ご飯食べてないなら、何か買って帰るから」
『いや、そういう事じゃなくて……、前の職場って考えたら男ばっかりだったな、って心配になって電話した』
「別にやましい事は何も無いよ。今、帰ってるから、又ね」
プツッと一方的に電話を切った。
「すみま、」と言いかけた時、伊能さんは私を見て、「彼氏さんですか?」と真剣な眼差しをしながら聞いてきた。電話の声が漏れてて、会話が聞こえたのかもしれない。
「いや、そーゆー関係じゃないんです。同居人です。いや、私が住む所が無くてお世話になってる人です」
彼氏でも無いから、そういう関係性になる。
「そうですか……。もうすぐ、クリスマスですね。佐藤さんはご予定ありますか?」
「予定ですか?特にはありませんけど?」
世間はクリスマスモード。煌びやかな街並みにクリスマスソングが流れている。丁度、横断歩道が青信号待ちになり立ち止まった時に周りを見渡しながら、私の手を取り、伊能さんは言った。
「クリスマスは佐藤さんと過ごしたいな。Mさんの件の連絡をする度にいつも、佐藤さんともっと過ごしたかったな、って思ってたんです。良かったら僕と過ごして貰えませんか……?」
「え……?」
聞き間違えだろうか?伊能さんからクリスマスのお誘いがあった。青信号になり、手を繋いだ形のまま、横断歩道を渡る。伊能さんの冷たい手が私の冷え切った手をじんわりと暖めていく。
「佐藤さんと出会った時は彼女と別れたばかりでした。傷心してた所に癒してくれたのは佐藤さんで、仕事で会える度に舞い上がってました。いつの間にか、好きになってたんですよね!」
私は、こんなにもストレートに告白された事なんてない。照れながらも、気持ちをぶつけられるのは嫌じゃないかも。
「ずっと佐藤さんと、こうして過ごしたかった。今日は勇気を出して、お誘いして良かったです!返事は今日じゃなくて良いです!良い返事だったら嬉しいけど……、良い返事じゃなくても貰えると嬉しいです」
私は、コクンと首を縦に振って頷いた。
まずい、揺らぎそうな自分が居る。伊能さんは誠実だし、きっと私を大切にしてくれると思う。
でも、いつも脳裏に浮かぶのは日下部君だ。完全に囚われていて切り離せない。
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