誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

真実を知りたい【3】

ほんのりとしたフローラルな甘い香りが鼻を掠める。香水……?柔軟剤かな?女性らしい香りがまた男心をくすぐるのかもしれない。

「お前はまた、そんな食事の取り方して!ちゃんと飯食えよ!」

日下部君は秋葉さんのトレーの上に置いてある食事を見て、捲し立てた。

「うるさいなぁ、日下部さんは!疲れてるんだから、身体が甘いものを欲してるの!」

売り言葉に買い言葉でムキになっている二人。秋葉さんは何だかイライラしているみたいだ。その二人の様子を心配そうに見つめている澪子ちゃん。

秋葉さんは日下部君など、お構い無しにサラダをモグモグと勢い良く口に運んでいる。そんな秋葉さんから、徐々に視線を向けられている気がした。恐る恐る、秋葉さん側を向くと……。

「佐藤さんと今度ゆっくりとお話したいなー。女子会 しませんか?澪子ちゃんと綾美も呼んで」

私の視線に気付いた秋葉さんに、ニッコリと微笑んで話かけられた。こんな風に不意打ちに可愛さ全開で話かけられたら、女の私でもドキッとしてしまう。澪子ちゃんは話が反れた事により、二人のいがみ合いが終わった事に対して、ほっとしている様だった。

「ぜ、是非しましょう。私はいつでも空いてますので」

営業で培ったスマイルを添えて返答する。女子会かぁ……。秋葉さんのお誘いを断る訳にもいかずに、ついついOKしてしまったけれど、乗り気ではない。日下部君の想い人の秋葉さんをもっと知りたい気持ちもあるが、やっぱり複雑だなぁ。

秋葉さんと澪子ちゃんは計画話に花を咲かせている中、日下部君はムスッとしたままだった。食事をガツガツと口に頬張り、「先に行く」とだけ言い残して、この場を去って行く。午後からは私も一緒に外回りに行くと言われていたので、二人よりも先に社員食堂を後にした。

化粧室でメイクを直して、Иatural+の企画室に戻ろうとした時に日下部君とすれ違う。相変わらず、不機嫌そうな顔をしていた。

「休憩終わったら、駐車場まで来て。車の中で待ってる」

「はい、分かりました。一旦、戻ってから直ぐに行きます」

「外回りしたら、直帰で良いから。それから、デスクの上に出張の申請書置いてある。それは、後から説明するから、一先ずしまっておいて」

出張……?どこに?いつ?

「あ、はい。では、直ぐに向かうようにします!」

日下部君は伝えたい事だけを言い残し、さっさと駐車場に向かってしまった。私は日下部君の背中を見送った後、急ぎ足で企画室へと向かい、メイクポーチをバックにしまう。外回りに行く支度をして、直帰のマグネットを予定表に貼る。企画室のスタッフに挨拶をして、駐車場へと向かった。

日下部君の車に駆け寄り、コンコンと軽く助手席側の窓を叩いた。ゲームをしながら暇を潰していた日下部君は私の姿に気付き、タブレットをサイドポケットへとしまった。

車の扉を開けて助手席に乗り込むと「お願いします……」と呟いてシートベルトを締めた。おずおずと日下部君の方を見ると目が合った。

「顔が強ばってる」

ぷにっと両手で両頬を摘まれて、見つめられる。

「さっきは……、秋葉と小嶋がうるさくて休憩してるようでした気がしなかっただろ」

そう私に言い、両手を両頬から離した。私は掴まれた右頬を右手でスリスリと撫でた。痛みを感じた訳ではなく、さっきまで怒っていた日下部君の私だけへの特別な行動が嬉しかったから。余韻に浸っている、という感じかもしれない。

「そんな事ないよ。今度、女子会に誘われたし……、仲良くなれたら嬉しいよね」

女子会で秋葉さんには、日下部君との馴れ初めではなく、婚約者の副社長の馴れ初めを聞いてみたい。秋葉さんが日下部君を恋人としての好きじゃないのは分かってるのに、胸が苦しい。日下部君の気持ちが分かっているから、二人を見ていると辛い。

私と日下部君だって充分に仲が良いけれど……ヤキモチからなのか、二人は私達以上の関係に見えてしまう。どうしたら、この気持ちが消滅してくれるのだろうか?何度、唇を重ねても、身体を重ねても消えないわだかまり。

「委員長が本音で言ってるとは思えないんだけど?俺と秋葉の事を小嶋から聞いてどう思った?」

下を向いていた私に問いかけて、顎を上向きにさせた。真剣な眼差しをした日下部君は私の事をじっと見ている。視線に耐えられずに、助手席側の窓を見ようとする。

どう思った?って、そんなのは不愉快でしか無かった。真実を知りたいけれど、聞いてしまったら、もっともっと臆病になる。真実を知りたいけれど……、本当は怖い。

それにどう思った?なんて聞き方に対して、どう答えたら良いのか分からない。

「日下部君は、それを聞いて何が知りたいの?どうしたいの?」

質問に質問で返す事にした。日下部君が困ると思って、視線を合わせながら。私ばかり、一喜一憂してるのは性にあわない。だから、形勢逆転のチャンスを狙いたい。じいっと食い入るように日下部君を見つめて、答えを待つ。

「相変わらず、委員長には負けるよ」

答えたく無かったのか、日下部君は誤魔化すように唇を重ねた。誰も居ない、駐車場で二人、濃厚なキスを交わす。お互いに言いたくない時は誤魔化せば良い。本当の恋人じゃないんだから──

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