誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

日下部君の家族【2】

「余りお話をした事はないのですが、秋葉さんは女性らしい可愛い方なので、副社長にお似合いですね。美男美女です」

第一印象はとても良かった。特別な意識をしなくても仕草や言動、思考までもが女性の独自性を感じた。日下部君が惹かれるのも分かる。私には無い女性らしさがあるもの。私と同じような、ふわふわウェーブの髪型をしていても、秋葉さんは可愛らしいのに対して、私は可愛いからは遠ざかっている。

「そんな事を言ってくれるのは佐藤さんだけですよ。日下部さんからは、おままごとだって笑われるし、あの人、本当に口悪いですよね」

にこにこしながら話しているかと思えば、不意にムッとした顔になり、膨れっ面で日下部君の文句を言っている副社長が愛らしく思える。義理の弟で日下部君にとっては恋敵だったのだろうけれど、何となく憎めないな。

「お兄ちゃんの学生時代の話とか聞きたいし、今度ゆっくり、お兄ちゃんも交えて皆で食事でもしましょう」

「えぇ、是非」

皆、日下部君の学生時代の話が聞きたいんだな。現在の日下部君よりも、学生時代の方が沢山知っているし、沢山語れる事がある。

副社長は他の皆とも雑談を交わし、我が部署を後にした。食事会がいつになるかは分からないけれど、秋葉さんとも話をしてみたいし、楽しみだ。でも……、秋葉さんと日下部君が楽しそうに話をするのを見るのは酷だな。秋葉さんは副社長の婚約者だって知っているけれど、日下部君の想い人が秋葉さんだから複雑。

日下部君はどんな想いで二人を見ているのだろうか?私だったら、きっと耐えられない。ましてや、兄弟で同じ人を好きになって、その好きな人が手に入らないくせに身近な人として傍に居るなんて……。何ていうか、拷問に近い。

私はPCでお盆期間中の各店舗の売上高や客単価を見ながら、日下部君の事を考えてはマウスをクリックする手を止めて、またPCの画面を目で追って……を繰り返していた。

午前中、日下部君は戻らなかった。お昼休憩の時に社員食堂ですれ違った。その時に小さな声で私に耳打ちして、午後は外出して、そのまま退勤するらしいと聞かされる。その後、私は一日の作業を終えて、日下部君の連絡がないままに帰路に着く。

日下部君からの連絡も無かったし、一体、何時に帰って来るんだろう?どこに外出したのだろう?

夕飯の材料を購入し、マンションに着くと日下部君の部屋の玄関先に見知らぬ男子学生が座り込んでいた。

どうしよう?エレベーターから降りた私は、呆然としてしまう。

「お姉さん、誰?」

私がスーパーの買い物袋を持ち、立ち尽くしていた事に気付いた男子学生が私に声をかけてきた。

「え、えっと……」

どぎまぎしてしまう。校章入りの白い半袖シャツとチェックのパンツの制服に身を包みこんでいる、この子の顔を見ると誰かに似ている。

「もしかして、お兄の彼女?」

「……ま、まぁ、そんなとこです」

彼女ではないが、そう言って、この場を過ごせるならと思い、否定はしなかった。この男の子が似ている誰かは日下部君。高校生の時の日下部君の面影がある。きっと、この子は日下部君の弟だ。

「ふぅん……。まぁ、なかなか良いじゃん」

男子学生は立ち上がり、私を上から下まで品定めするように確認して、ふっと口角を上げて笑った。なかなか良いじゃん、って、どう受け止めたら良いのやら。私は苦笑いを浮かべる。

「もしかすると、日下部君の弟?」

「そうだよ。お兄には電話で断られてるから、ここに直接来れば、お兄に会えると思って来ちゃったんだ。……今晩、一晩泊めてくれる?」

「私は構わないけど……。とりあえず、中に入ろうか?」

玄関のセキュリティロックを解除して、弟君も家の中に入れる。会社でも初めて義理の弟君に会ったし、日下部君の弟君達に一日で両方会えてなんて、凄い偶然だ。

「御飯作っちゃうから、待っててね。ところで、お名前は?」

「日下部  陽翔(くさかべ  はると)だよ。お姉さんは?」

「佐藤 琴葉だよ。日下部君とは高校の同級生なの」

「ふぅん……」

部屋の中に入れてあげると、自己紹介をした後は、素っ気のない返事をする陽翔君。入るなり、くつろぎ出して、ソファーに横になりながら、ゲームをしているようだ。

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