誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

日下部君の家族【1】

お盆の連休明け、強い陽射しでアスファルトに照り返しが来る中、最寄り駅から本社までの道のりを歩く。

とにかく暑い。一体、何度あるんだろう?そう思いながらも、もう少しの距離感が縮まらない。

「佐藤さん、おはようございます!」

「た、高橋さん。おはようございます!」

後ろからヒールの音をカツカツと鳴らして早歩きで会社へと向かって居るのは、バイヤーの高橋さん。

「休み明けはダルいですよね。毎日のようにビールを飲んでたんで、仕事したくないです」

「ビール好きなんですか?」

「えぇ、大が付くほど好きです」

高橋さんとは気が合いそうだ。早歩きだったのは、暑いので早く社内に入って涼みたかったらしい。出勤の時間帯が違うのか、高橋さんの旦那さんは一緒じゃなかった。高橋さんは私に歩幅を合わせながら、お盆休み中の話をしてくれた。お盆休み中は旦那さんの実家に行ったり、家飲みしたりしていたみたいだ。見た目は綺麗系なのに、居酒屋やビアガーデンが大好き人間な高橋さん。

「そう言えば……、日下部さんがお盆休み中に何をしていたか知ってます?常になら、誘えば家飲みに来るはずなのに、珍しく来なかったんですよ!」

高橋さんは私達の現在の関係性を知ってか、知らずか分からないが、そんな事を聞いてきた。

「彼女出来たのかな?でも、全然、そんな素振りがないんですよね。連休前も普通に残業してたし、プライベートのスマホも気にしてなかったし。それに、暇な時はタブレットでゲームしてました!」

あー、確かにたまにゲームしている。モンスターを育成しながら敵を倒して、ダンジョンをクリアしていくゲームだ。相当なレベルまでやり込んでいる。私はゲームに興味が無いから、楽しいかは不明だけれど、日下部君にとっては大切な時間なんだよね。

「日下部君ね、学生時代はモテモテだったから、彼女が居ないのだとしたら不思議な位だよ」

「まぁ、顔面偏差値が高いのは認めますが、性格に歪みがありますからね。仕事中はガミガミうるさいし、細かいし。でも、それでいて、気配りしてくれるから女の子はキュンキュン来ちゃってたのかな?」

正にその通り。学生時代は完璧なまでの王子様だったから、バレンタインのチョコレートも沢山貰ってた。その中で、どさくさに紛れて『義理だから!』と言って無理矢理にチョコレートを押し付けた記憶がある。義理の割には手作りだったが、日下部君の友達連中にもカモフラージュであげたから、そのまま義理だと思われていただろうな。それもそのはず、お返しは何も無かった。

高橋さんの日下部君の仕事上の愚痴を聞きながら、会社へと到着した。高橋さんが面白可笑しく社内に入り、Иatural+の企画室へと向かう。

いざ企画室へと入ると待ち伏せをしたかのように、扉の入口付近に男性が立っていた。

「おはようございます、高橋さん、佐藤さん。一緒に出勤なんて珍しいですね」

「おはようございます。佐藤さんとはたまたま会ったので。ついつい沢山話しちゃったー」

男性は見た事がない人だったが、私の顔も名字も知っていた。誰だろう?Иatural+の企画室の方?

「佐藤さんとは初めましてですね。私は代表取締役副社長の花野井 有澄と申します。佐藤さんは日下部さんの同級生なんですね。佐藤さんの話題は少しだけ、日下部さんから聞いています」

日下部君から何を聞いたの?良からぬ事を言ってない事を祈るしかない。

花野井……?社長と同じ名字だ。

「今日は日下部さんの話題をしながら出勤したの。絶対に絶対、日下部さんが飲み会に参加しなかったのは何か訳があるって思って!……さて、日下部さんが社長室に呼ばれてるって聞いたから、帰って来るまでコーヒー飲んじゃおうっと」

高橋さんは日下部さんが不在だと分かるとコーヒーマシンから、カフェラテを注いでいた。美味しそうな香りが辺りに漂い、私の分も入れてくれる。

「佐藤さんとは仲が良くて、一番の女友達だって言ってました。……ちなみに俺は、日下部さんの義理の弟です。宜しくお願いします……!」

語尾になるにつれ、副社長の声が小さくなった。義理の弟だとバレたくなかったのかもしれない。私は遠慮なくカフェラテを頂きながら、副社長と話をする。

副社長はアイドル系の可愛いらしい顔付きをしている。目がパッチリ二重で鼻筋も通っている。茶系の髪の毛、スラリとした手足。身長も180センチは超えていると推測される。

副社長は私のデスクの横に椅子を持って来た。

「佐藤さん、因みにこの人、秋葉 紫の婚約者だよ。知らない人は居ないと思う」

同じ職場だから有り得る事だけれど、社内公認って羨ましい。頭のなかで二人並べて考えてみると秋葉さんと副社長、確かにお似合いだ。ふわふわ〜なやんわりとした雰囲気が二人のイメージだ。

日下部君は、この副社長と恋敵だったんだ。日下部君と副社長は痩せ型という部分以外は似ていないから、秋葉さんの好みが副社長だったのだろう。性格的にも副社長は穏やかな雰囲気を醸し出しているから、日下部君とは違う。話し方もとても丁寧だ。

「誘惑の延長線上、君を囲う。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く