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誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

ひと夏の思い出【5】

おにぎりを食べ終わって一息ついてから温泉街に向かう。温泉街は昨日のホテルの周りとはまた異なる、まったりとした雰囲気を醸し出していた。

今夜は老舗の高級旅館を予約した。日下部君が今回の旅行分を全部払うと言っていたが、毎回支払って貰っているし、私の気も済まない為に今回は折半する事に取り決めをした。だから思う存分、楽しむ事にしている。本当は私が全額支払いたい位だが、日下部君がそれを許さないから、せめてもの折半。

私達はチェックインをしてから、温泉街をブラブラする。お饅頭屋さんはないけれど、和菓子屋さんがあるらしい。黒を基調とした麗しい外観の和菓子屋に引き寄せられ、日下部君と入る事にした。バイトの美鈴ちゃんへの個人的なお土産は可愛いキャンドルにしたけれど、バイトの子達が皆で食べるお土産は和菓子にしようかな?でも、若い子は和菓子は好きじゃないかな?

「美鈴ちゃん達へのお土産は何にしようかな?美味しそうな和菓子があるけど、食べないかな?」

「あの子、抹茶味が好きだって言ってたぞ。抹茶のカステラとかは?こっちの抹茶と通常のカステラが入ってるのが良いんじゃない?通常のもあれば、他の子も食べるよ」

和菓子をじっくり見ていると日下部君が覗き込んだ。そうか、美鈴ちゃんは抹茶好きなのか。それは知らなかった情報だ。

「俺は誰にも旅行行くとか言ってないから、会社には買って行かない」

「……とか言いつつ、リサーチしてるじゃん!」

「どうせ、琴葉が買って行くんだろうなと思ったからな」

日下部君は私の行動を読んで、美鈴ちゃんに聞いてくれていたようだ。日持ちもするので、日下部君の言う通りにカステラにしよう。お土産を買うついでに部屋で食べる可愛らしい練り切りと金魚の入ったキラキラゼリーを自分用に購入した。

お土産の紙袋を手に持ち、老舗の旅館まで歩く。日下部君はさりげなく、私のお土産の袋を取り上げて右手に持ち、反対側の左手で私の手を繋ぐ。日下部君と二人きりの時は、本当に恋人同士みたいなんだけどなぁ……。

「あ、弟からだ。出ても良い?」

日下部君のパンツの後ろ側のポケットから、バイブ音が鳴り出した。私に断りを入れてから、スマホを耳に充てる。

『何だよ、何か用かよ?……はぁ?今、出かけてるから行かないし。明日?明日も無理!』

冷たく言い放ち、一方的に電話を切っていた。年の離れた弟君にそんな冷たい態度はどうかと思うわ……。

「はぁっ。マジで有り得ないから。実の母親から呼び出しだ。ただ単に集まって、ワイワイやりたいだけだから行く必要もないけど……。迷惑な話だ」

実のお母さんからの呼び出しならば、もしかしたら義理の弟君から?
実のお母さんは彩羽コーポレーションの社長さんだよね?以前、日下部君が副社長義理の弟君から、会社を継いで欲しいと言われたと言っていたけど……。そう考えると、推測するに社長さんだと思う。入社したばかりで会った事はないが、きっとそうだ。

聞きたいけど、聞かない。無理に踏み込まない。私は日下部君の話を適当に聞き流した振りをして、無関心だとアピールする。本当は聞きたくて仕方ないけれど、私は家族にはなれないのだから我慢。日下部君の内情を知ったら、更に親密になったと勘違いしてしまうから、我慢、我慢。

温泉旅館に着くと若女将が笑顔で出迎えてくれて、部屋へと戻る。客室は特別室を予約出来たので、部屋に露天風呂が付いている。だけれども、とりあえずは旅館の温泉に入ろうか、と言う事になり浴衣を持って出発。

浴衣は五種類の中から選べたので、落ち着いた色柄を選んだ。色はくすんだ水色で、柄は青と紫の紫陽花。浴衣なんて、何年ぶりに着るのだろうか?最後に来たのは高校生?そんな事を考えながら、ゆっくりと時間をかけて温泉を堪能する。露天風呂から見える自然がからマイナスイオンを浴びているような気がして、身体中から邪心が浄化されるような感覚に陥った。

「温泉どうだった?」

「お肌ツルツルになったみたいだよ」

先に部屋に戻っていた日下部君は、窓際の椅子に座り、瓶ビールを飲んでいた。グレーの浴衣が物凄く似合っていて、惚れ直してしまいそうだ。

「温泉に入らなくてもツルツルだろ。……琴葉、浴衣が凄く似合ってる。こっちに来て、一緒にビール飲もう」

そう言われて、ドキドキしながら日下部君の目の前の椅子に座る。窓際から景色を眺めながらのビールは最高に美味しい。

「あー、お風呂上がりのビールって、何でこんなにも美味しいんだろうね!」

「琴葉はビールを飲んでいる時が一番幸せそうだな」

今の幸せは日下部君に再会出来た事、学生時代に叶わなかった恋人同士の真似事をしている事、ビールが美味しい事。いつか、不幸になるとしたら、この全ての時間が消えて無くなるという事。ビールは美味しいけれど、日下部君と一緒に飲む事を覚えてしまった今、一人では美味しくないよ。

「ビール好きだからね。夜の夕食は何が出るかな?」

「刺身食べたくない?夕食メニューとは別に、勝手に刺身の盛り合わせを二人前頼んだけど、良かった?」

「私も食べたい!マグロよりもホタテの刺身やイカの刺身が好きなんだよね」

「大丈夫だよ、そう思って、ちゃんと指定しておいたから」

私は酔っている時のたわいない話は覚えてないけれど、以前に言っていたのかな?

夕食は部屋出しで、地元の登板和牛ステーキなど、地元産の食材をふんだんに使ったメニュー。日下部君が別注文してくれた刺身は、氷で出来ている器に盛られてきて、非常に涼しげだった。

夕食時には地元産の冷酒を飲み、その後は、地ビールにした。地ビールは今回の旅行でお気に入りになったので、様々な種類の物を飲んでみたい。

「ご馳走様でした!お腹いっぱいだー」

夕食を思いっきり楽しみながら、味わって食べた。食べ過ぎと思える程に、お腹がパンパンになるまで食べてしまった。夕食の後片付けをして貰ってから、客室にある露天風呂へと入る。

日下部君も一緒に入るのかな?とは予測していたけれど、食べ過ぎて、少しだけぽっこりと出てしまったお腹を見られたくない。湯船の中では、日下部君に背中を向けて入っていた。

「今更、恥ずかしいも何もないだろ?こっち向いてよ」

日下部君に背後から抱きしめられる。昨日は抱き合わ無かった為、そわそわと心の中がざわめく。日下部君に触れられるのは嫌じゃなく、寧ろ、もっとして欲しい。日下部君の気持ちは手に入らないかもしれないけれど、身体は独占し続けている。

露天風呂の照明がダウンした明るさと月明かりの中、日下部君とキスを交わす。逆上せるくらいに何度も濃厚に深く、深く。貴方とこうして情熱的に抱き合った事、忘れないよ───……

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