誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

ひと夏の思い出【4】

二度寝して起きたら、既にチェックアウト1時間半前になっていた。朝食ブッフェの入場終了時間まで残り30分になり、慌てて飛び起きる。朝は散歩コースに行く暇も無く、朝食を取り、荷物の最終確認をしてからホテルを後にした。

リゾートホテルから温泉街の宿までは少し距離があり、カーナビを設定すると2時間位はドライブの時間があった。道路脇に続いている木々の中に光が射して、緑をキラキラと輝かせ、何とも美しい光景。

「あっ、キャンドル造りが出来るって書いてある!」

「ん?寄り道してみる?」

日下部君は私が返事をする前に左側にウィンカーを出し、左折して駐車場に車を停める。時刻は10時半過ぎ、開店したばかりの時間なのか、混み具合は僅かだった。

「これは60分かかるのか……。どうしようかな?」

「いいじゃん、別に。温泉まで急いでいる訳でもないから、気に入ったのにしなよ」

「ありがとう、じゃあ、これにする!」

キャンドルハウスには沢山の良い香りのするキャンドルや雑貨が沢山置いてあった。お店の隣のワークショップ的な工房では、キャンドル造り体験が出来る。私は90分コースのブリザードフラワー入のグラス型のキャンドルホルダーを制作することにした。

担当スタッフの方に教わりながら、時間をかけてゆっくりとブリザードフラワーの位置を決めていく。私はカラフルな物が良かったので、色付きの紫陽花をメインにした。紫陽花は赤、青、薄い紫の3色を選び、その他に葉類を2種入れる。

制作している間、日下部君は隣に座って見ていた。日下部君は周りの目を惹き付けてしまい、同じグラス型のキャンドルホルダーを制作していたマダム達にも友達同士で旅行に来ていた女の子の二人組にも絡まれる事となった。

「結婚前の旅行だなんて、素敵だわぁ!」
「作品出来たら、皆で写真撮りましょ!」

マダム達には結婚前の旅行だなんて日下部君は勝手な事を言い、女の子の二人組には高校時代の同級生なんだと言いふらし、最後には皆で記念撮影をして終了。その後は、仕上がったキャンドルホルダーをラッピングして貰い、自分自身や友達達へのお土産を買い込んだ紙袋を車のトランクに乗せた。

「全く知らない人達だったし、歳も離れていたけど、もの凄く楽しかった。ありがとう、日下部君」

車の助手席に乗り、シートベルトを締めた直後に日下部君に向かってお礼を言った。

「お陰様で90分間、暇を弄ばずに済んだから俺も良かったよ」

ゆっくりと車は走り出し、温泉街へと向かう。温泉なんて久しぶりだから、ワクワクする。露天風呂とかあるかなぁ?自然に囲まれながら入る温泉は、心も身体も癒されるなぁ。

景色を眺めながら車に揺られていると、いつも通りに眠気が襲って来る。日下部君の運転する車は乗り心地が良いんだよね。うとうと……、瞼が重くなってくる。

「わぁ、自然がいっぱいだぁ!東京よりも涼しー!」

しばらくして温泉街付近の山の高台に着くと駐車場に降りて、背伸びをして綺麗な空気を沢山吸い込む。

「良く寝たーって、背伸びした方があってると思うけどな……」

「うるさい!寝ちゃって、ごめんってば」

「まぁ、いいよ。いつもの事だから」

日下部君も運転で疲れたのか、欠伸をして背伸びをしている。私は咄嗟に日下部君の肩を揉み、労ったつもりだったが、力が強すぎたのか「痛い!」と言われて、直ぐに中断した。

高台から見える景色に心が奪われて、清らかな気持ちになる。下や周りを見渡せば木々が生えていて、動物も出てきそうな雰囲気。

「ほら、おにぎり買っといた。起こしても起きないから適当に選んだけどな」

日下部君が車の中からコンビニの袋を取り出して、おにぎりとお茶を手渡してくれる。誰も周りには居ないし、広大な自然の中で二人きりで食べるおにぎりは格別に美味しかった。

「そうだ、日下部君、一緒に写真撮ろ!」

「またかよ……」

ブツブツ言いながらも要求に応じてくれる。この旅行中に何枚、一緒に撮っただろう。別れが来た時の為に本当は後々に残したくないから、一緒に撮らない方が良いのだろうけれど……日下部君との思い出は一生残しておきたい。他の誰かと結婚しても、一生独り身だったとしても、思い出は墓場まで持っていく覚悟だ。思い焦がれて、やっと一緒に過ごせている。そんな大切な思い出は、想いが叶わなかったとしても、一生涯の宝物にしたい。

日下部君に再会してしまった今、他の誰かを日下部君よりも好きになる人なんて現れないのだから───……

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