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誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

ひと夏の思い出【2】

日下部君は私にどういう答えを望んでいるのだろうか?日下部君の言葉を鵜呑みにして、期待して、叶わなくなった時に傷つくのは私だ。

「琴葉がはぐらかしてばかりいるから、面白くない」

現状維持が良いとは言えない。現在の関係性を打破したいけれど、解決策が見当たらない。自分の胸の内を告げたら、もしかしたら、日下部君は受け入れてくれるかもしれない。……けれども、秋葉さんの存在がチラついて気になるうちは私自身が落ち着かない。心のどこかで、日下部君の私への気持ちを疑ってしまうから。

「……だって万が一、日下部君の気が変わったら、私はどうなるの?」

「気が変わることなんてないよ」

「そうかな?人の気持ちって、流されて変わる事だってある」

現に日下部君が私の行動に流されて、同棲までするまでに関係性が変わったじゃない?これから先も、人の気持ちに"絶対"など無いのだ。移りゆく季節と共に人の気持ちも移り変わる。

「そうかもしれないな……。だからこそ、琴葉と一緒に居たいと思ってるんだよ」

カラン。日下部君はグラスを揺らしながら、中の氷をグラスの内側にぶつけては音を出す。グラスを見つめながら、話す日下部君はどこか儚げだ。涼やかな目元とすっと通った鼻筋の部分に前髪がかかっていて、より一層、儚げな雰囲気を加担している。

そんな日下部君を隣で見てはドキドキが止まらない。私は学生時代からずっと日下部君に片思いしていて、その日下部君が『未来の旦那様』まで言ってくれているのに、素直に飛び込んでいけない。大好きだからこそ、これ以上、傷つくのは嫌。自分がまいた種だけれど、日下部君の居ない未来なんて考えたく無い。重症化する前に、終止符を打ちたいのに……打てない。

日下部君と一緒に居たい。離れたくない。……けれども、私のモノだと言う確信も無い。頭の中が混乱していて、答えを見い出せない。

「な、何回も言ってるけどね、……あの日の事を後悔して懺悔したいだけなら、もう充分だから。ありがとう、日下部君。私はおひとり様にも慣れてるし、元の生活に戻っても大丈夫だから」

「はぁ?」

日下部君は鋭い目付きで私を睨み付ける。ゾクゾクと身体中に悪寒が走る。完全に怒らせてしまったようだ。今まで、こんなに怒っている日下部君なんて見た事が無い。

「この際だから聞くけど、琴葉は俺の事を何だと思ってるの?嫌なら、琴葉から身を引けば良いじゃん?それなのに、俺に従うってどういう事?裏を返せば、俺が独り身で寂しそうだから、構ってあげてるって言いたいの?」

「ち、違う……!それは、誤解……!」

「違わない」

「違う、絶対に違う……!私は日下部君が、すっ、」

否定しつつも、危うく口を滑らせてしまう所だった。慌てて口を押さえた。好きだなんて、言えない。好きだなんて、言うのが怖い。

「俺は琴葉と一緒に居るのが楽しい。夫婦になってもきっと上手く行くと思ってる。……琴葉が素直になってくれればね?」

先程の態度とは裏腹に穏やかな目で私を見て、ふんわりとした手付きで頭を撫でて、微笑む日下部君。ギャップがヤバい。一気にドキドキが加速して、全身が火照っていくみたいに熱を帯びる。

「琴葉は俺にもっと、言いたい事を言ってよ。聞きたい事も聞きなよ」

隣に座っている日下部君が急に距離を縮めて来て、顔が近い。空のグラスを両手で持っている私に気付いて、「何が良い?持って来るから」と言ってグラスをヒョイッと私の手の内から奪った。私は「甘めのカクテル」を頼んだ。

何度も抱かれていて裸も知っている関係性なのに、不意に近付かれると心臓に悪い。ふとした瞬間の何気無い仕草や態度が、私にはキュンキュン来るのだ。

「はい、甘めのカクテル」

日下部君はコースターの上にカクテルを置いて、指でスッと目の前まで押した。オレンジ色のカクテル。

「スクリュードライバー?」

「うん、御存知の通り。生のオレンジを絞ってジュースにしたものだから、より一層、美味しいと思うよ」

背の低い太っちょのグラスの横には飾り切りをしたオレンジが添えてある。一口含むと、オレンジのみずみずしい甘い味が口に広がる。

「美味しい!ありがとう、日下部君」

オレンジ生搾りのスクリュードライバーは初めて飲んだ。クセになりそうな位、美味しい。

「日下部君は何飲んでるの……?」

先程と同じロックグラスに透明な液体。

「飲んでみる?」

グラスを差し出されたので、口に含むと思いがけないものだった。

「水じゃん!何で……?」

「ちょっと飲みすぎてるから、休憩」

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