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誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

同居人は鬼上司【5】

───眠っていたはずなのに、急に息苦しくなり、うっすらと目を開ける。

「……っん、……わぁっ、な、何?」

「着いたぞ、起きろ!」

目を覚ました瞬間に日下部君の顔が目の前にあった。寝起きから心臓に悪く、鼓動が高鳴る。

「鼻を摘んでも起きなかったら、キスをして起こそうと思っていたところだった。キス出来なくて残念……」

日下部君はドキドキしている私なんか、お構い無しに妖艶な笑みを浮かべている。私の側から離れた日下部君は、先に車から降りていた。

車内からは知らない景色が広がり、慌てて上半身を起こす。寝起きで状況が把握出来ていないが、そう言えば、朝早くに叩き起されて、頭がぼぉーっとしているままに支度をして車に乗せられ、海に向かった。いつの間にか、私は寝てしまっていたんだ。

「………ごめんね、日下部君。また寝ちゃってた!」

「もう慣れっ子だから大丈夫。それより、今日はヨダレは垂らしてなかったぞ」

「ば、………馬鹿っ!」

日下部君の後を追うように車から降りる。日下部君は、晴れ晴れとした夏空の下、運転で凝り固まった身体を伸ばしていた。私が降りた事を確かめると、いつもの意地悪を言い、ニヤニヤと笑う。

さり気なく、手を繋いで歩き出す。

「海に入らないなら暑すぎるから、水族館行こう」

「水族館なんて、いつぶりかな?楽しみ!」

水族館は海辺付近に隣接してある。夏休み期間の日曜日とあって、海も水族館も賑わっていた。子供連れとカップルが沢山居る。

私達は水族館を楽しんだ後に海辺の回転寿司に入り、その後は海を眺めた。あんなにも賑わって居たのに、夕方が近くなればなる程、人の姿は僅かしか居なくなっていた。

「あっついけど、海に来ると夏真っ盛りって感じがするよね」

砂浜を歩き、しゃがんで海水に触れてみる。気温が高いせいか、生温い。

「そう言えばさ、夏休み期間中の学習会の後に皆でかき氷を食べに行ったのを覚えてる?」

進学校だった私達の高校は、夏休みと冬休みの期間に何日間か課外学習があった。不得意な科目を希望して授業を受けられたのだが、それよりも優先すべきは日下部君だったので、こっそりと同じ科目にしていた。

「覚えてるよ。あの後、カラオケも行ったよな?」

「……え?カラオケ?私、日下部君とはカラオケに行った事ないよ?」

「そうだったか?記憶があやふやだけど、いつでも隣には琴葉が居た気がしてる……」

私もそう思っているよ。素直に言葉には出せないけれど……。

「いつの間にか、隣に居るのが自然体になっていたんだな。現在だって関係性は変わっても、こんなにも自然に隣に立って居られる。これから先の未来、琴葉が隣から消えてしまったら……と思うと何だか怖いな」

日下部君は立ちながら私に向かって話をしている。凄く喜ばしい事を言ってくれたのだけれど、私が一番に欲している言葉二文字は決して言ってくれない。自分の方に打ち寄せては消える波を見つめながら、悲しみに暮れる。

何度も身体を重ねても、名字から名前呼びに変わっても、一緒に住む事になっても……、結局は日下部君は、あの人を思い続けているのかもしれない。それに加えて、私の事など女性としての好きではなく、あの人を手に入れられないが為の穴埋めかもしれない。誘惑の延長線上での欲を満たす為だけの存在または、関係性を持った罪悪感から包囲しているだけ。

日下部君が私を大切に扱ってくれているのは充分に承知している。けれど……”好き”の二文字が足りないだけで、心が締め付けられる。それでも、私からは怖くて言えない。今の関係性が終わってしまうかもしれないから……。将来的には結婚するかもしれない相手になった日下部君だけれども、関係性が終わってしまうのなら、我儘は封じ込めておこう。今の生活には何の不満もなく、寧ろ、以前の生活よりは格段に幸せで満たされているのだから……。

「……日下部君、私達は大人になったから、今度はさ、かき氷じゃなくて、ビアガーデン行こうね。夏の間に絶対に行こう!約束ね!」

日下部君の言葉を置き去りにするかのように話題を変えた。私はもう一度だけ、海水に触れてから立ち上がる。そんな私を穏やかな目で見つめながら、手を差し出してくれる日下部君。私は当たり前のように手を取り、恋人みたいに指を絡めて歩き出す。

ズルいかもしれないが、私は今の関係性を守り抜きたい。私の方こそ、日下部君が離れてしまったら絶望感に溢れてしまうから。

いつの日か、日下部君が心から好きと言ってくれる日が来たら、『私もずっと好きだったよ』と告げたい。その時はきっと、気がかりも解消されていると思うから──……

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