誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

同居人は鬼上司【3】

ベッドに押し倒され、お互いに目と目が合うと自然に唇同士を重ねる。私は首筋の後ろに腕を回し、もっと、とせがむように激しく重ねる。

部屋中に舌を絡め合うリップ音が響く。

「どうしたの……?今日は随分と積極的だな」

「……何となく。理由を付けるとしたら、日本酒のせいじゃない?」

唇を離した時、日下部君が私を見て嘲笑う。

「仕返ししてやるつもりだったけど、佐藤を見てたら余裕がなくなった」

妖艶な表情を浮かべた日下部君は私の顔を覗き込み、この後の行為を確認する。私は照れくささを隠す為に目線を反らして、そっぽを向く。

「いつだって、素直じゃないねぇ……、琴葉ちゃんは……」

不意に呼ばれた名前呼びに胸がドキッとした。突然の事で心臓に悪い。

「な、名前……!」

「うん。もう良いでしょ?佐藤じゃなくても。こと、は……」

今度は呼び捨て。舞い上がる程に嬉しいけれど、恋人じゃないから悲しくもある。

「琴葉、俺の事も名前で呼んでみて?」

「や、やだ。……今更、恥ず、かし……」

「じゃあ、素直に呼ぶまでは耐久戦ね」

私の顔をずっと眺めながら、髪を撫でている。ドキン、ドキン。日下部君の視線を痛い程に浴びて、胸が苦しい程に高鳴り、息が出来なくなりそう。

「もう、いい加減に呼んでくれる?我慢も限界なんですけど?」

それはそっちの勝手な都合でしょ?と思いながらも、見つめられる事に耐えきれずに私はついに観念した。

「……ふ、ふみ……や君……」

照れくささから日下部君の手を押しのけて、胸元に顔を埋めながら呟いた。

「その初々しい感じ、正直、……ヤバイ。わざと煽ってる?」

胸元から引き剥がされて、無理矢理に顔を上げられる。だかしかし、見上げた先には日下部君の真っ赤な顔があって微笑ましくなった。

私達、付き合っても居ないし、友達からの延長線だからお互いの名前を呼び合うのも一苦労。気恥しくて堪らないのだ。

その後、私達は身体を重ねて、そのまま眠りについた───……

目が覚めたら、日下部君は隣りに寝てなかった。頭が重いし、喉が焼け付いたようにカラカラだ。ベッドから出たくない気持ちを余所に、無理にでも身体を動かしてキッチンへと向かった。

冷蔵庫の中にあるペットボトルの水を喉に流し込み、リビングに目を向けるとソファーに横たわる日下部君が居た。日下部君はタブレットのゲームを付けたまま、うたた寝していたようだ。冷房が程良く効いている部屋の中は、うたた寝には最高である。

日下部君は眠って居る時も、整った綺麗な顔立ちをしている。中性的ではないのだが、目鼻立ちがハッキリしている。モデルとか俳優とかでも通じそうな位なのに、彼女が居ないなんて残念な人だ。決して性格も悪くないのに……。

付いたままのタブレットを消そうと日下部君に手を差し伸べた時、うっすらと目を開けた。

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