誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

同居人は鬼上司【1】

「……で?売上が伸び悩んでいる原因は?」

「原因?」

「1号店は2号店の二倍近く売り上げている。それに比べて2号店はどの店舗よりも売上が悪い。立地が好条件にありながら、伸び悩んでいる理由は何だ?」

8月、店舗での研修期間を終えて正式にエリアマネージャーに昇格した。各店舗を巡り、本社にて上司の日下部君にそれぞれの状況を説明している。

「バイトのおしゃべり?お客様が居ても居なくても、接客以外は話をして過ごしていました。……それに1号店と2号店は家財がありますし、雑貨だけと異なり、あそこのバイトの女の子は向いてないのかもしれません……。応対が適当だな、とは思いました」

「向いていないと思うなら他店に移るってもらうか、そもそも話をしているのを注意したりするのも佐藤の役目だろ?このままだと2号店は撤退する事も視野に入れないと行けなくなる。データのまとめばっかりしてないで、暇があれば2号店に足を運んで活を入れて来い。俺の手の回らない事に対して、先に手を回してもらわないと困る。何の為のエリアマネージャーだ?」

「はい、申し訳ありません……」

偉そうに椅子にふんぞり返りながら座り、コーヒーを飲みながら受け答えをしている。二人きりの時とは違い甘い雰囲気などなく、ネチネチうるさいし、鬼上司だ。

「佐藤さん、日下部さんって高校時代もこんな人だったんですか?」

「あ、ありがとうございます。いただきます。えっとね、もっと明るくて硬派なイメージだったよ」

私がネチネチと怒られているのを気にしてか、バイヤーの高橋さんが私にコーヒーをいれてくれたので受け取り、一口含んでから話し出す。高橋さんは海外に買い付けに行かない日は、本社勤務でネットから輸入雑貨の仕入れを担当したりしている。高橋さんは親しみやすく、時々、日下部君をいじる。

「余計な話はするなよ、佐藤」

「えー、いいじゃないですか、少し聞きたいです!」

日下部君は私を止めたが、高橋さんは昔話を聞きたくて目を輝かせている。高橋さんは私達が高校の同級生だとは知っているが、同居人だとは知らない。総務課の夫の高橋さんも守秘義務があるので、日下部さんか佐藤さんが話さない限りは言いません、と約束してくれている。

デートの後、日下部君は勝手に引越しの手続きなどを進めて、丸め込まれて7月中旬には引越しを完了した。私と日下部君と夫の高橋さんしか知らない秘密。

「日下部君ってね、とにかく先生からも友達からも女の子からもモテモテだったんだ。誰からも好かれるタイプ。私もどちらかと言えば男勝りの方だったから、日下部君とは気があってたね」

「そうなんですか!今の日下部さんは鬼ですけどね!どこで擦れてしまったのでしょうか?」

「……さぁ?久しぶりに再会したら、こうなってたわね。長い年月がそうさせた、としか言えないね」

高橋さんは日下部さんを見てはクスクスと笑っている。日下部さんは何も言わぬまま、ムスッと面白くない顔をしている。そんな日下部君を何気なく眺めていたら、目が合ってしまった。私の事をギロッと睨んだ後、プライベート用のスマホを弄り出したと思ったら私のプライベート用のスマホのアプリにメッセージが届いたという通知の音が鳴った。

確認すると日下部君からで『帰ったら覚えてろよ。仕返しは十二分にしてやる』と届いていて、返事をする間もなく、すぐに『明日は休みだから出かけるぞ。どうせ暇だろ?』と届いた。お誘いは嬉しいんだけれど、一言余計なんだよね。

自分のデスクに戻り、高橋さんや他の社員の視線を掻い潜り、知られないように日下部君とのやり取りを続けた。

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