誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

愛も恋も存在しない【2】

壊れ物を扱うみたいに優しく私の頬にも触れる。次第に日下部君の顔が近付いて来たので、ぎゅっと目を閉じた。

「佐藤、友達なら俺の事突き飛ばさなきゃ駄目じゃん」

あれ……?キスされるかと思ったのにされなかった。日下部君は私から手を離し、ソファーの右端に移動する。あー、何だろう、この距離感。青春時代の甘酸っぱい感じがする。こないだ抱き合ったとは思えない位の初々しさに動揺する。

びしょ濡れのままに勝手に押しかけて、私は何がしたかったのだろう?

「私……、日下部君とは友達で居たいけど、でも友達でも居たくない」

「……え?どういう事?」

「あの日の事は忘れてって言ったけど、身体を重ねた以上はもう……友達になんて戻れないんだよ。でも、今まで築いてきた関係が崩れるのも嫌なの。わがままでごめん……」

再会してから、私は日下部君に対する想いが再熱していくのを自覚した。本当は大好きだって伝えたい。今、ここで伝えてしまったら、今度こそ、友達ですら居られなくなる。そういう事は避けたいから、不確かな言葉で誤魔化した。

「日下部君と一緒に居ると気兼ねしないし、楽しいの。だから、これからも時々、こうして会ってくれたら嬉しいな……」

「それは構わないけど……、だったら、付き合……」

日下部君が何かを言いかけたので、途中で遮る。私には日下部君が責任を感じて付き合おうとしているのが手に取るように分かる。

「こないだだって人肌が恋しいから私が誘っただけなんだし、日下部君はそれに応じてくれただけ。今日だって……寂しいから着いてきちゃっただけなの。自分でも迷惑な奴だなって思ってるよ。

友達は皆、彼氏が居たり、結婚して子供が居たりするのに……私は一人ぼっち。夜、帰って来ても誰も居ないんだもん、寂しいよね……」

「帰って来ても一人だから、俺だって同じだよ」

私はそっと肩を抱かれ、コツンと私の頭と日下部君の頭がぶつかる。子供を落ち着かせるみたいに頭を撫でられ、「よしよし」と言われた。

「と、友達には……こ、んな事しないでしょ?」

「だって、佐藤的には元の友達には戻れないんだったら、別に良いんじゃない?寂しくなくなるまで隣に居るよ」

心臓に悪い。艶のある流し目も行動も言動も、全て。いつの日か、日下部君の彼女になる人はこんなにも甘さを与えられるんだ。羨ましいけれど、心臓が持たなそうだ。

「も、もう寂しくないからっ、大丈夫。……仕事だからそろそろ寝よう」

「逆に……俺が寂しいって言ったら?慰めてくれないの?」

私は立ち上がり洗面所に行こうとした所を腕を掴まれ、引き止められてソファーに逆戻り。再び、隣に座る事になった。

「……日下部君が嫌じゃなかったら、いいよ。……しよ?」

慰めるって身体を重ねる事だよね?もうどうにでもなれ、と私は冷静さを失い、スルりとハーフパンツを脱ぎ、次にパーカーを脱ごうとした時に日下部君に止められた。

「いや、そうじゃなくて……、ただ抱きしめさせて」

……ん?私はとんでもない勘違いをしてしまった。こないだみたいに抱き合うのかとばかり思っていたから、つい脱いでしまった。馬鹿じゃないの、私!日下部君も私の生脚が出た状態では、目のやり場に困っているし、収拾がつかなくなっている。そっと手を伸ばされ、ぎゅっと力強く抱きしめられる。

「佐藤……、それはちょっと可愛過ぎて……ヤバい」

日下部君に抱きしめられている私は、そんな少女漫画みたいな台詞に一喜一憂する。

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